将来への布石
セリカ・デッセルフは士官学校に入学する。
12歳であった。
その歳での入学は、士官学校最小年記録である。
であるが、さして珍しいことではなかった。
優秀な人物、あるいは幼き頃から軍人を志している武門の家ではその歳で入学する。
士官学校に入学できる最少年齢が12歳なのだ。
その年も、セリカを含め、19名の12歳児が入学していた。
皆、貴族の子弟か、代々の軍人家庭の子供だった。
女はひとりもいない。それに浅黒い肌も。
ゆえによく目立ったが、なにも嫉妬の対象になったのはそのせいだけではない。
セリカが彼らに疎まれるようになったのは、セリカが彼らを押しのけ、新入生代表に選ばれたからだ。
12歳児が、それも女が、加えてダークエルフが新入生代表として、入学式のスピーチを行なうなど、異例であった。
スピーチなるものは好きではないが、ここで舐められるわけにもいかない。
セリカは同期の嫉妬を無視すると壇上にたった。
スピーチはごくありふれたものであった。
こんなところで奇をてらっても仕方ないし、余計なことを言って教官連中に目を付けられたくない。
ただ、途中、冒険をしてみる。
定型文をなぞっているかのようなスピーチの途中、こんな世間話を加えたのだ。
「昨今、我が偉大なるグランツ帝国にも陰りが見える、という輩もいます。我がグランツ帝国が、戦争に負けるとほざく輩がいます。アメリア合衆国がこの大陸戦線に参加し、我が国を駆逐すると吹聴する輩がいる。無論、そのような臆病者はこの士官学校にはいないと思いますが、我らの役目のひとつに、そのような臆病者の蒙を啓かせることがあるかと思います」
不穏当な発言に教師陣はもちろん、在校生もざわめいたが、気にすることなく聴衆を観察した。
先ほどの発言はなかば事実である。
グランツ帝国はこの大陸戦線で優位に戦争を進めているが、今後、戦況かんばしくなくなり、敗退すると予測しているものもいる。
いや、セリカは確実に敗退すると思っていた。
頭の固い軍の上層部は現実を見ずに、アメリア合衆国が参戦してこないと思っているだろうが、それは楽観的すぎた。
この士官学校の連中も同じはずだ。
そのほとんどは猪武者のような思考をしている。それが軍人というものだ。
しかし、そんな中、セリカの発言に注視し、その真意に気がついているものを探し出したかった。
セリカと同じように帝国の負けを予見している人物を探し出そうと、注意を向ける。
数人いた。
そいつらは他の連中のように、セリカのスピーチを小馬鹿にしたり、笑い飛ばしたり、あるいは怒ったりせず、冷静に耳を傾けていた。
なかば納得し、悟ったような表情をしている人物もいる。
セリカは彼らの顔をその網膜に焼き付けると、スピーチの軌道修正をした。
以後、優等生を演じ続け、余計なことは言わず、無難にスピーチを終わらせると、聴衆から拍手を貰った。
入学式を無事終えたセリカは、先ほど目を付けた学生たちの情報集めに奔走する。
新入生、上級生、教官などもいた。
セリカは彼らを将来の部下候補と見なした。
この国の権力を握るとき、あるいは今後、前線で戦うとき、セリカはひとりではなにもできない。
戦争とは集団戦であり、多くの味方、あるいは部下が必要であった。
そしてその味方や部下は優秀であればあるほどいい。
優秀ならば優秀なほど、多くの戦果を期待できるからだ。
多大な戦果、武勲はセリカの出世に繋がる。
それは権力奪取への近道でもあった。
さて、セリカはこの士官学校でのちに帝国陸軍12神将と呼ばれる将軍たちのうち、3人と出会うことになる。
ひとりは、セリカの同期の少年、名をウルバルト・フォン・ノーズマンという。
彼はのちにセリカの忠臣となり、その生涯をセリカに捧げる。
軍人としては帝国陸軍の柱石となり、主に西方戦線で活躍、ライゼ騎士団領侵攻作戦では大いに活躍し、武名を轟かせた。
また将官に出世してからもその手腕を発揮し、パシオン王国の内乱では、親帝国派であるカストロ将軍を支援し、パシオン王国を帝国の同盟国にすることに成功する。
彼はセリカに惚れていた節があり、そのためにその生命と忠誠心を捧げていたようだ。
当然、その恋は報われることなく、彼は生涯未婚であった。
後年、とある新聞の記者にこう尋ねられたことがある。
「あなたの尊敬するセリカ・デッセルフはどのような人物でしたか?」
彼は迷うことなくこう答えた。
「彼女は美しく、気高かった。天使のように清らかで、堕天使のように力強い。歴史に少なからぬ影響も残した。後世、彼女を悪く言う人間もいるだろうが、私は彼女の部下として戦えたことを生涯の誇りとしている」
ノーズマンはそう言い切ったそうだ。
もうひとりの12神将はこの学院の上級生である。
名をベアトリクス、姓をアルムデンという。
彼女は女性であった。
代々、軍人の家系に生まれた彼女は成長すると当然のように士官学校に入り、軍人となった。
成績は絵に描いたような首席で、セリカが入学するまでは歴代最高の入試成績を誇った。
学年が離れていたため、在学中はほとんど知り合う機会がなかったが、正式に軍人になって以降、ふたりは数々の戦場で行動を共にし、競い合うように武勲を上げていった。
ベアトリクスは、最初、同性であるセリカを意識し、ライバル視していたのだが、やがてその度量の大きさ、壮大な構想力、その才能に感化され、セリカに忠誠を誓うようになる。
そして最後のひとりがこの士官学校に教官として赴任しているアイザック・ドライゼン中佐である。
彼は平民出身の士官で、苦学して士官学校に入学し、前線で武功を上げた男だった。ただ、平民出身であるのと軍部内での政治力に欠けることから、40を間近にしても将官になることはできず、士官学校に飛ばされる始末であった。
ドライゼンは在学中にセリカの才能に気が付き、この娘は必ず将来なにかをなしとげると感じとっていたらしい。
在学中からなにかと面倒を見てくれた。
ただ、そのあまりに露骨な態度から、セリカは最初、この男をロリコンとみなし、近づかぬようにしていた。
それが誤解と分かったのは、ドライゼンの机の上に美しい妻と娘の写真を発見し、後日、街でその娘と偶然出会ったときなのだが、それはまた別の話となる。




