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薔薇には薔薇の仕事、百合には百合の仕事

 このように生産性のない学生時代を謳歌(おうか)していたセリカだが、青春時代は永遠には続かない。


 いや、続かせない。


 セリカの目的は幼年学校で青春を謳歌するのではなく、幼年学校を踏み台にし、士官学校に入ることにあった。


 いつまでも学生気分ではいられない。

 いつまでも下級生たちから「お姉さま」と慕われてもいられない。

 いつまでも男子生徒たちの自慰のネタにされているわけにもいかなかった。


 セリカは二年間、幼年学校で勉学に励むと、幼年学校の推薦制度を利用し、帝国陸軍士官学校への入学を希望した。


 それを聞いた幼年学校の教師どもが目を丸くする。


「君のような才媛がわざわざ軍隊になど入らなくてもいいだろうに」


 口々にそう言った。

 私ほどの美貌があれば大貴族の嫁になれるというのだ。

 まさか、反吐が出る。

 こんななりはしているが、中身は男だ。男と結婚する気はない。

 あるいは大学に進学するという手もあった。


「君の成績は学年主席だ。奨学金も貰えるだろう」


 とのことだが、その道もない。


 学業で出世し、帝国の官僚になるという手もあるが、それでは立身の幅が限られる。


 平民、それも女であるセリカが帝国宰相となる日はこないだろう。

 ある程度出世する自信はあるが、そこから上は難しいはず。

 この国の官僚機構の保守性は勉強の力だけではどうにもならない。

 

 時間をかけ上位に上り詰めても、より強力な権力、つまり、皇帝、大貴族、大商人、軍人などに一瞬で蹴散らされてしまう。


 ときの権力者に疎まれ、官僚だけでなく人生まで辞めさせられた被害者は多いことだろう。


 同じ轍は踏みたくなかった。

 ならばどうするか。

 軍人になるしかない。

 以前も言ったが、この国で出世するには軍人になるのが手っ取り早い。


 軍人ならば平民も貴族も関係ない、とは言わないが、平民でも元帥になることはできる。


 現在、グランツ帝国陸軍にいる大将の数は10人、うち半分が平民の出身であった。


 今は空位だが、かつていた元帥にも平民がおり、少なくとも出自によって差別されることは少ない。


 他の職業と比べてだが。

 それでも『女』の身、それもダークエルフが将官になった例は絶無らしいが。

 その前例を盾に教師陣はセリカに説得を重ねるが、聞き入れる気はなかった。


 確かにセリカは女の身、それも浅黒い肌を持っていたが、その代わり優秀な頭脳を持っている。


 前世の記憶も持っていた。


 その記憶には、古今の歴史、戦史が刻まれており、そこらの指揮官など及びもしない戦術と戦略を考え出すことができる。


 セリカは必死にとめる教師陣を嘲弄する。

 心の中でだが。


(貴様らは、将来の元帥、この国の救国の英雄に差し出口を挟んでいるのだぞ)


 これ以上、論議する気のないセリカは士官学校への推薦状を教師に突きつけると、サインをさせた。


 教師は渋々サインをする。

 元々、彼らにセリカの将来を心配する義務も権利もなかった。


 熱心にとめる教師も現れなかったので、セリカはそのままその願書を郵便ポストに投函すると柏手(かしわで)を打った。


前世が日本人の習性である。神に頼ったわけではなかった。

 ――ただ、推薦状が無事、士官学校に届くことを願ってはいた。

 この世界の郵便システムは前世のように優秀ではないのだ。手紙が届かないこともよくあった。





 このように軍人を志したわけだが、問題はルネリーゼの進路であった。


 彼女はセリカと同じ道を進むと、士官学校に入学しようとしていた。

 それはとめる。


「どうしてですか? セリカ様、わたしの一生はセリカ様とともにありますのに」


「終着点は同じでも、同じ道を歩む必要はない」


 それがセリカの答えだ。


 セリカの権力奪取の基本方針は、ルネリーゼを傀儡に仕立て、帝国の権力機構をそのまま奪うつもりであった。


 そのためにはルネリーゼは皇族として出世して貰わねばならない。


「しかし、皇族が軍人となり、出世を重ねるという道もありますが」


「皇族将軍というやつか」


 前世の日本にも宮将軍と呼ばれる人がいた。

 皇族でありながら軍人となり、将官まで出世した人だ。


 また、同じ島国のイギリスという国には、「ノブレス・オブリュージュ」という言葉がある。


 貴いものの勤めという言葉だ。貴族が進んで軍に入り、前線におもむき、死んでいく。


 実際、イギリスという国は馬鹿正直に貴族が前線に立ち、多くの貴族が死んでいった。


 おかげで第二次世界大戦後、貴族は後継者不足に悩んだという。

 現代でも王位継承権上位者が平然と前線に向かう、そんな文化が残されていた。


 このグランツ帝国にもその気風があるようで、彼女の兄弟、親族には軍人が多いのだそうだ。


 ただ、それでも女の身で軍人になった例は皆無のはずである。


 皇女が軍人になるのは、運良く皇位を受け継ぎ、皇帝として大元帥服を着たときだけである。


 その日はいつかやってくるだろうが、今ではなかった。

 なのでセリカは高圧的に言う。


「ルネリーゼよ、勘違いするな。お前にはやって貰うことがたくさんある。この国の上層部に根を張り、情報を収集、やがて私がクーデターを起こすとき、お前には八面六臂の活躍をして貰うつもりだ」


「クーデター……」


「ああ、いわばお前は権力奪取の鍵だ。それまでは大人しく大学に通い、慈善事業にでも精を出して国民の人気を稼いでいろ」


「……承知しました」


 と素直に従う。


「それでいい。薔薇には薔薇の仕事、百合には百合の仕事がある」


「セリカ様が薔薇だと?」


「そうだ。薔薇には棘がある。荒事に向いている。そしてお前は百合だ。百合の花のようにかぐわしい香りを発して、人々を魅了するがいい」


 セリカはそう結ぶと、士官学校入学の準備を始めた。

 ただ、最後にルネリーゼとゆっくりとお茶会を楽しむ。


 今生の別れではないが、士官学校に入れば、今までのように頻繁に会う機会はなくなるだろう。


 それを惜しんでいるのはルネリーゼだけではない。

 セリカにとっても彼女との時間は貴重なものであった。


 この娘の用意する紅茶と茶菓子は、平民のセリカにとってはなかなか食すことのできない御馳走なのである。


 もっとも、この味に慣れすぎると士官学校で苦労するかもしれないが。

 士官学校のメシは幼年学校に輪をかけて不味いと聞く。

 そんなことを思いながら、彼女が用意したミルクティーに口を付けた。

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