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皇女の悪戯

 こうして穏やかに幼年学校時代を過ごした。

 基本、幼年学校とはより上級の学校に入る前の下準備をする期間である。

 読み書きや算数、一般教養などを教わる。

 前世でいえば小学校と中学校にあたる期間である。

 セリカはそこで神童と呼ばれもてはやされた。

 10歳にして大学生レベルの数学を解き、大人でもうなるような詩を作り上げる。

 この世界の常識も同世代の少年少女たちよりも詳しかった。

 乳幼児の頃からこの世界のことを知ろうと務めていたからである。


 セリカは教師陣からも目をかけられ、同年代の少年少女たちからももてはやされた。


 勉強ができ、運動も得意、そしてなによりも美しい少女は、羨望の的となるのだ。

 ただ、中にはこの浅黒い肌を忌避するものもいた。

 また、平民であるセリカを馬鹿にするものもいる。

 しかし、そんな連中は眼中に入れない。


「半分の人間でも味方についてくれたらこちらのものだ」


 この国に民主主義は根ざしていないが、専制政治の国でもそれは同じだった。

 全員に好かれることも、全員の支持を受けることも不可能である。

 ならば絶対的多数の支持を得ればなんの問題もない。

 例えばであるが、この学校に百人の生徒がいるとしよう。


 51人の支持を得られれば過半を制したことになるが、実はそんなに支持はいらない。


 51人の生徒たちも一枚岩ではなく、それぞれグループに分かれる。


 51人の中の最大勢力、26人のグループがあればその支持を取り付ければいいのだ。そうすれば51人の中で最大の勢力になれる。


 さらにその26人がふたつのグループに分かれていれば、その中で14人の支持を取り付ければいい。


 そうすればセリカが権力を握れるのだ。

 多数の集団に見えても、実は権力を握っている人間は少数ということもある。

 そのカラクリがこれだった。

 兵法の基本であるが、セリカはそれを遵守する。

 多数によって少数を各個撃破するのである。


 つまり皇女ルネリーゼの威を借り、学校内に派閥を作ると、目障りなグループをひとつひとつ潰し、勢力を拡大していった。


 次第にセリカの周りに人の輪ができ、少年少女たちの相談が持ちかけられるようになる。


 セリカは気前よく、少年少女たちの願いを叶えた。

 貴族は糞である。資本家は豚である。

 それがセリカの持論であったが、彼らの子弟と仲良くすること自体は否定しない。

 将来、自分の出世の手助けになってくれるかもしれないからだ。

 セリカは将来の支配層たちに恩を売る。

 と言っても学生の願いだ。

 たいしたことはない。

 少年少女が恋に落ちたその手助けをして欲しい。


 それがもっとも多い相談事であったが、中には教師に恋に落ちたという困った相談事もあった。


 色恋沙汰でなければあとは食べ物か。

 この学校は基本的に全寮制の学校である。


 ルネリーゼのように警備上の理由から自宅通学しているものもいるが、多くの生徒は学校内にある寄宿舎で生活していた。


 貴族の集まる寄宿舎だが、この寄宿舎の食文化レベルは、前世のイギリス系の寄宿学校に通じるものがある。


 いや、それはこの寄宿舎に失礼か。


 ただ、この学校の料理はイギリス料理よりもややましといったレベルで正直、平民であるセリカも辟易するものであった。


 剛健、質実、質素という言葉が食堂に掲げられている学校のメシが旨いわけがない。


 美食になれた上流階級の子弟たちには辛いものがあった。

 なので必然的に外部から持ち込まれた食べ物が重宝される。

 帝都の中心部にある有名洋菓子店のケーキ。

 近くの公園のスタンドにあるホッドドッグ。


 それら日持ちしないものは学院内で高値で取引されたし、日持ちがするクッキーなどはなかば通貨として流通していた。


 セリカはそれを牛耳る立場になる。

 それを可能にしたのが、ルネリーゼだった。

 先ほども説明したとおり、彼女は皇族で特別な計らいで自宅から通っている。

 皇族の身体を調べる不敬な教師はいなかった。

 彼女の衣服に菓子を紛れ込ませれば、簡単に密輸が可能であった。

 また弁当を大量に持ち込み、それを振る舞うという手法もある。

 セリカはあらゆる手法を駆使し、学校内の経済と権力を握りしめた。

 ただ、そんなセリカにもひとつだけ困った相談事がある。

 その相談事とは色恋沙汰だった。


 無論、頭が砂糖菓子でできている貴族どもの恋愛ならば、適当にアドバイスし、双方、気があるのであれば無理矢理成就させてしまうことも可能なのだが、それができないケースもある。


 というかしたくないケースだ。

 面倒なことにそのケースは大量に存在した。


 セリカに寄せられる色恋沙汰の相談のうち、少なくともその10%はセリカ自身に関するものであった。


 つまり、セリカに愛の告白をする生徒が多いのである。

 しかも、男女問わず。上級生下級生問わずにである。


 セリカは在学中、30以上の愛の告白をされ、その都度断ってきたが、その都度、顔から火が出るような思いを味わった。


 セリカの外面は完璧な美少女であるが、その中身は男である。

 男に告白されるのは気持ち悪いし、女に告白されるのも微妙であった。


 また長い間、大人をやっていた経験から、見目麗しい少年少女たちが告白する姿を見るのは小っ恥ずかしい。


 ましてや自分がその当事者になるのは恥辱以外のなにものでもなかった。


 セリカは珍しく他人に相談したくなったが、こんな相談をできるのは皇女くらいしかいなかった。


 仕方ないので彼女に相談する。

 彼女は言う。


「それは仕方ありません。セリカ様の美貌は美の女神に例えられるのですから。将来、さぞ美しい美姫になることでしょう。彼ら彼女らが夢中になるのは当然です」


 それに、と彼女は続ける。


「この年代の子供たちは、運動ができるだけで一目置いてくれます。セリカ様はかけっこでも最速、床運動ではまるで体操選手のように舞われます。それだけでなく、勉強も学校一の俊才、非の打ち所がない。そんな少女に恋をするな、という方が無理な相談なのではないでしょうか」


「なるほどね、一理ある」


「一理どころか、十理ありますよ。ですので彼らの告白はあまりむげにしないでください。きっと、勇気を振り絞って告白されているのですから」


「考えておこう。だが、断らないと身が持たない。私の身体はひとつしかないからな」


「うふふ、そうですね、いくらセリカ様でも同時に何人もの相手はできません。特に色恋では」


「そうだな。戦闘ならば百人くらいどうということはないのだが」


 セリカがそう結ぶと、ルネリーゼはこんな質問をしてきた。


「ところでセリカ様、恋人はもたれる予定はないのですか」


「ないな。残念ながら、ではないか。私は男が嫌いでね」


「あらあら、まあまあ、殿方が苦手なのですね」


 どうしてですか、と問われなかったのは助かる。

 ただ、彼女は悪戯好きの妖精のような顔を浮かべるとこう言った。


「実はわたしも殿方は苦手なのです。奇遇ですね」


「それは困る。皇族は将来、結婚しなければならないからね。ルネリーゼよ、お前も例外ではない。将来、政略結婚をし、政治の駒になって貰わねば」


「それは心得ています。皇帝の娘に産まれたときから覚悟していますわ。ですが、それと同時に皇族でも恋愛の自由は保障されています。我が父も皇妃を愛していません。父は公務のために結婚したのです」


「貴族の間でこんな言葉があるそうだな。公人として結婚し、私人として恋愛する。だから愛人を何ダースも抱えて人生を謳歌している」


「はい、ですから、せめて結婚するまでは自由に恋愛を楽しみたいです」


「それは結構。この学校に意中の人間がいるのならば話をつけてやるが」


「いますが、それは遠慮します」


「どうしてだ? 恋は自分の力で成就さえたいか?」


「それもありますが、その方は恋愛に無関心なので」


「まったく、どこの朴念仁だ、そいつは」


「ええ、まったくの朴念仁です」


 と言うとルネリーゼはセリカの不意を突き、セリカの頬に軽く唇を触れさせた。


「…………」


 突然のことに思わず沈黙し、固まってしまう。

 しばし呆然とルネリーゼを見つめる。

 彼女はおかしそうに微笑むと、最後にこう言った。


「ほら、やっぱりセリカ様は朴念仁です。こんなときはなにか気の利いた台詞を言うものですよ」


 彼女は「うふふ」と笑うと体重を感じさせない足取りでその場から立ち去った。 

セリカは呆然とルネリーゼの後ろ姿を見つめながら、彼女の唇の感触が残る頬に手を添えていた。

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