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学校でのひととき

 このように泥水で心が洗われるような学校生活を送っていたセリカだが、安らぎがないわけでもなかった。


 この学校にはルネリーゼも通っており、彼女と過ごすひとときはすさんだセリカの心を癒やしてくれた。


 例えば昼食の時間、彼女は自宅から持ってきた弁当箱を広げ、セリカもご相伴にあずからせてくれた。


 皇族の持ってくる弁当である。幼年学校の食堂で用意される食事とはレベルが違った。


 サンドウィッチには高級なハムが幾重にも挟まれていたし、塗られているバターは皇室御用達の専用農場で作られたものだ。そのチーズも。


 それら最高の食材を最高の調理人が調理したものが、ルネリーゼのランチボックスに詰められている。


 それを食せるのは、皇族になるか、皇族を支配下に置くかのどちからであった。

 あらためて金色の髪の少女を見る。

 彼女を支配下に置いて良かった。

 そうつぶやくが、彼女はそれを否定する。

「セリカ様、セリカ様はわたしを隷属させたとおっしゃりますが、それは違います。


わたしは進んでセリカ様の意志に従っているのです。はばかりながらもしも隷属契約をしていなくても、わたしは進んでセリカ様と昼食を分かち合うでしょう」


 なぜならば、と彼女は続ける。


「セリカ様のことを友人のようにお慕いしているからです。友人と昼食を取るのに、なにをはばかる必要があるでしょうか」


 セリカはその言葉を聞くとサンドウィッチを紅茶で流し込む。

 この娘は本気なのだろうか。

 魔眼を開いてみる。

 彼女の身体は白く輝いていた。

 セリカを慕っているのは本気らしい。

 なぜ、なのだろう。

 尋ねてみる。

 彼女は明瞭に答えてくれた。


「初めてセリカ様をその目で見たとき、わたしは神の御使いが天から降りてきたのかと思いました。それほどセリカ様は神々しく、美しかったのです」


「ただのダークエルフだ。珍しくもない」


「そのようなことはありません。セリカ様ほど美しい方はいません」


「そいつはどうも」


 女であることに劣等感を持っている人物には響かない。


「ただ、美しいだけではありません。セリカ様は強い。悪漢どもをあっという間に(ほふ)っていく様はまるで物語の中に出てくる堕天使のようでしたわ」


「それは褒めてるのかね」


「褒めています。なにしろ、我が国の物語に出てくる堕天使はかつてこの国を荒らす邪竜を討伐した英雄なのですから。ですから、わたしはセリカ様こそその再来であるとあのとき確信しました」


「それであっさり私の脅迫を受け入れ、隷属してくれた、というわけか」


「はい」


 と、まっすぐな瞳で言う。


「まったく、気が知れぬ娘だ。だが、まあ、期待しているといい。10年、いや、5年後には私はこの国の頂点に立つ。そしてこの国を、いや、この世界を改革する。さすればもう少し住みやすい環境になるだろう」


「セリカ様の目指す国には餓える人はいませんか?」


「少なくともまともに働いていれば食いっぱぐれない国を作る」


「貧困や暴力に怯える人はいなくなりますか?」


「犯罪者は刑務所に入る。それがたとえ貴族でもな」


「皇族はどうでしょうか? 存在しますか?」


「民にとって必要ならばその存在は残るだろう」


 その言葉を聞いたルネリーゼは、ほっとため息を漏らす。

 最初は皇族が存続すると聞いて喜んでいるのかと思ったが逆だった。

 彼女は皇族が滅ぶことに期待をしているのだ。


「なぜだ」


 と問うた。

 彼女は答える。


「この国に帝国が建設されて、数百年、グランツ一族とその配下である貴族は好きなように生きすぎました。貴族たちは数百年間、働くこともなく、民衆から労働の成果を奪い、贅沢に明け暮れた。皇族も同じ。自分たちの生活が平民によって支えられているなどとは夢にも思っていない。彼らは自分たちに奉仕すべき存在だと信じ切っています」


「危険な思想だ。皇族にしては。誰かに話したか」


「まさか、この国を改革してくださる方に出会うまで、秘めていた言葉です」


「賢明だ。今後も私の前以外では話さないように」


「はい」


 と、ルネリーゼは微笑む。


 しかし、このように穏やかな少女がなぜ、そのような反帝国的な思想を抱くようになったのか、気になった。尋ねてみる。


 彼女はこころよく答えてくれた。

 

「わたしの父親は母親の恋人を殺した鬼畜でございます。

 街で偶然見かけた母親を見初めた皇帝は母親を後宮におさめさせると、母の恋人を殺し、憂いを絶ちました。

 幼き頃から、母親にその話を聞かされて育ちました。

 お前の父親は悪魔である、と。

 お前にもその血が半分流れていると。

 母は病床の中、そう呪詛し続け、世を去りました」


 ルネリーゼは過酷な話をさも当然のように語る。


「幼き頃から母親にそう聞かされ、皇帝を。いえ、帝室を滅ぼすように命じられてきました。

 そして帝室を滅ぼせる存在、セリカ様と出会ったのです」


「……なるほどね」


 この娘の憎しみの原点は母親か。これは根深そうだな、そう思った。

 しかし、根深い分だけ、強固で容易に壊れそうになかった。

 あるいは皇族をすべて始末したあと、この娘を皇帝にすえるのも悪くない。

 この娘を陰から操り、帝国を動かすのだ。

 そんな青地図を描きながら、セリカはサンドウィッチを食す。

 ルネリーゼはその姿を凝視していた。

 なにか顔についているのだろうか。

 あるいはサンドウィッチになにか盛られたのだろうか。

 もしも後者ならばこの娘はすごいたまだ。そう思ったが、それは違った。


 彼女はサンドウィッチに薬物を持ったのではなく、サンドウィッチそのものを作ったらしい。


 味の感想を聞きたいようだ。


(……この不細工なツナサンドが皇女の手作りか)


 正直、サンドウィッチを不味く作ることなど不可能である。

 ましてやツナサンドは誰が作ってもう旨い。


 なので無難に、

「なかなかだな」

 という感想を漏らした。


 その言葉を聞いたルネリーゼは花も恥じらうような笑顔を見せた。


「とても光栄ですわ、セリカ様」


 その笑顔に思わず見とれてしまう。

 彼女は同性の眼から見てもとても魅力的な少女だった。

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