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文集 H27

虚構的乖離性予想癖 ≒ 被害妄想

作者: 珈琲髭

「あ……き、来てくれたんだ、ね」


 夕刻。まだ強い西日が差し込み、辺りはオレンジ色に染まっている。


 突然だが、一つ話をしよう。

 聞く所によると、同輩である学徒諸君、若者達はおよそ人気のない場所を探し求め、日夜奔走しているという。各々で異なるが、当人達の事情により密会を行う為だ。通常校であるならば、体育館裏、屋上がメジャーである。ごく稀に、体育館倉庫を使用するマニアックな若者もいる。


 通常校であるならば、である。悲しいかな、我が円学工業高等学校に体育館裏はない。そもそも体育館が独立しておらず、本校の二階に鎮座しているからだ。そして授業で使用するような部屋は施錠がしっかりしている。加えて、屋上はセコムに見張られている為使用不可能である。


「えっと、ね。あの、今日佐藤君を呼び出したのは、その、伝えたい事があったからなんだ」


 これらの観点から、我が学工の放課後の密会場所は、トイレ及びトイレの外のベランダ、大穴として完全下校前の教室内に限られる。


 今回の場合、後者だ。そして、密会とは、秘密にしたい事を秘密裏に行う事である。高校二年生、無個性野郎こと俺は女生徒と向き合っていた。

 完全無欠の一対一である。宮本武蔵の気持ちが僅かながら理解出来た。


「よく聞いててね。一回しか言えないと思う、から」


 指摘される前に自分から言うが、偉人の心情を理解したと錯覚する程、俺は混乱している。と同時に、恐らく、期待していた。


 女生徒、放課後、呼び出し、学校、夕焼け、教室、赤面。

 これらから導き出された膨大な選択肢を絞る事は通常なら困難を極める。がしかし今の俺は自意識過剰野郎だ。答えは一つである。


「私は、あ、あなたの事が……好き、です」


 やはり、告白だ。こうやって体験するまで、都市伝説だと思っていた。


 確かに、同輩が彼氏彼女と呼び合う仲になっている例は幾つか見る機会がある。だがしかし、そのきっかけである告白行動の現場を見る機会はない。それを見るのは当人達に対して失礼である。

 だからこそ、昨今の恋愛シミュレーションゲームでは大きく取り上げられている。虚構性が高いからだ。

 俺とはなんの縁もない青春イベントの大御所、告白。

 何故俺が告白されているのか。


 事の発端は一分前に遡る。




 HRも終わり、下校の支度をしていた時であった。名前が不明な女生徒が突然話しかけてきたのだ。心底驚いた。釈明の為に言い訳をすると、名前が出てこないのは覚える気がないからではなく、忘れてしまうのだから仕方がない。俺の脳年齢は六十後半なのだ。


 話を戻そう。なんでも、俺に用がある女子がいるから、指示する教室に行ってやってくれとのこと。俺に用がある本人だが、彼女の名誉の為に名前は伏せる。仮にTとしよう。ともかく、俺はTに呼び出された。


 当初俺はヤキ入れ、リンチをする為に呼び出されたのかと思った。特段目に付く事はしていない。

 沈殿物デブリの如く日々を過ごしている。まずありえないはずだ。移動中はその思考に囚われていたが、そうとは言い切れない。


 俺は罪を犯してしまったのか?

 気を抜いている訳ではない。しかし不慮の事故とは、意識の外からの攻撃を指す言葉である。廊下ですれ違った際に目が合ってしまった事だろうか。それとも、提出物を配る時の指による接触事故だろうか。

 いずれにせよ、これらを理由に呼び出したのであれば非があるのは俺だ。言い訳のしようがない。そして可能であれば、刑事告発は避けたい。俺は目立ちたくないのだ。


 俺に出来ることであれば何でもしよう。ヤキ入れも構わない。慎んで罰を受けよう。それで贖えるのであるのならば。そう、思っていた。


 それがこれである。


「やっぱり、はっきり言うのは恥ずかしかったけど……でも、自分に嘘はつけなくて」


 夢でも見ているのであろうか。覚めないでほしい。胡蝶でいさせてくれ。

 ……いかん、心と体が乖離してしまっている。インターバルを得る為に、Tの簡単な説明をしよう。


 Tはクラスの中心ではないが、それでも明るい方に位置している。若干クラスカーストに縛られているところがあるが、そういった人間は大抵美形だ。

 Tも例に漏れていない。俺などはその輝きにあてられて今にも蒸発してしまいそうなほど整った顔立ちである。少しばかり抜けた言動をしているが、実際のところTは文武共に優れている。どの位かは知らないが、少なくとも俺よりは上である。ちなみに俺は学年順位二十番代最後だ。もっとも俺は、塾に通ってやっとの成績だから、頭の出来はお里が知れている。


 だから今にも頭がはち切れそうなほど混乱している訳である。才色兼備な女生徒 Tが俺に告白? なんだそれは。

 告白など生まれて初めてだ。反応のしようがない。ここで俺がYESと言えば、両者肯定に従って仮契約が行われ、世間一般で言う『お付き合い』が始まるのだろうが……


『お付き合い』。どこの国の言語だろうか?


 そもそも彼氏彼女とは一体どういった関係なのだ。俺は知らない。

 見聞からするに、昨今の若者はその関係性をファッションか何かと勘違いしている節がある。街に溢れかえったカップルを見ればその位誰でも分かるだろう。やれクリスマスは彼氏彼女と過ごさなければならないだとか、やれ他の異性と会話をするなだとか。少子化問題解決に貢献するのは大変結構だが、所構わず密接し始める行動は辟易とするほかない。うんざりである。だからカップルは嫌いなのだ。他にも日常的な例が散見されるが、腹が立つので割愛する。


 さて、Tの説明から脱線し、答えと意味のない批判を繰り返すことで精神的安寧を得ようとする試みはあながち外れではなく、お陰で現実逃避出来た。冷静になった俺に敵はない。


「で、出来れば! 返事、ほしいな」


 ああ、この可愛らしい小動物を保護してしまいたい。


 ……いやいや、待て、落ち着け。そんな事をしてみろ。それこそ逮捕だ。三十まで綺麗な身を保ち、魔法を習得するのではないのか。しっかりしろ、俺。灰色の青春に色を加えようと、結局は黒くなるだけなのだ。ならば問題など起こさず、卒業一択である。


 よくよく考えてみれば、俺に価値などない。道端に落ちている石ころの方がよっぽど優秀だ。


 そうだ、こんなイベントはありえない。シチュエーションに溺れて、すっかり忘れていた。俺は誇り高いエリートぼっちだ。

 エリートぼっちとは、一般高校生の皮を被り、生活に溶け込む一人ぼっちの事である。それだけの為に、絶対に浮かないよう、ありとあらゆる努力をしてきた。例えば言論で、思想で、空気で、格好で。四苦八苦しながら、自身に装飾を施してきたのだ。俺自身に中身がない事を悟らせない行為が今の俺を構成し、また守っている。


 だから分かる。Tの俺に対する気持ちがまったく伝わらない。勿論色恋の気持ちだ。

 姿勢からも同様の考えに至る。後ろめたい気持ちがある人間は、無意識的にそわそわし、腕を後ろに隠すと言う。まさに今のTである。

 顔の上気も羞恥によるものだと思われる。俺のようなゴミに話しかけるなどといった異質極まる事態は、Tの人生の予定になかっただろう。それ以外の動作は考察に値しない、と言うよりも分からない。

 女子という生き物は、男子からの目線で言うと正体不明であるからだ。


 これらの断片的な情報から察するに、Tの本当の目的は告白ではない。しかし、俺の知る彼女は偽りの告白などといった不誠実な真似はしない。俺の知らない彼女、という可能性はあるにはあるが、おそらくそれはない。俺の予想は三割当たる。


 だとすれば、外的要因、第三者による介入。つまり、強制が浮上する。

 聞いた事がある。何かしらの理由で、何とも思っていない異性に偽りの告白を行う罰ゲームの存在を。全くもってくだらないゲームだが、そう考えると色々と納得がいく。


 挙動がおかしい女生徒群を移動中に見た気がするし、そう言えば、俺を呼び出した女生徒も、不自然な笑みを浮かべていた。それに、先程から出入り口付近に気配を感じる。


 間違いない。これはその手の罰ゲームだ。気配の正体はそれの主催者達だろう。クラスカーストとは、詰まるところ空気を読めるかどうかのランキングである。俺は当然、ランキング外だ。

 であるなら、俺にとってくだらないこのゲームでさえ、彼女達にとっては愉快なものなのだ。それこそ、貴重な放課後を潰すに値するほどである。正直品性を問うが、事を覆す存在や展開はKY、空気が読めないクズとみなされ、その評価は今後の学校生活に尾を引くだろう。どちらかが加虐対象にならなければならない。

 ならば俺とT、どちらが学校に必要か。ひいては、どちらがより社会に貢献できるか。無論Tである。


 だったら俺は道化になろう。エリートぼっちでいる為に。足は温まっている。さあ、行こう。


「ぼ、僕なんかでよきぇれば、ぜひふぃ」

「……えっ」


 決まった。満塁ホームランだ。我ながら迫真の演技である。

 コミュ障ちっくな喋り方は誰にも負けない。イントネーションをわざと外す所がポイントだ。Tも引いている。

 補足だが、一人称が違うのは正しく、エリートぼっちの証と言っておこう。


「ほ、本当!」


 頃合いだ。種明かしを始めよう。何やら喜んでいるようにも見えるが、それもまた観客を喜ばせる一つの演技である。中々の演者魂だ。

 おっと感心している場合ではない、幕を閉じねば。という訳で、とっとと退散しよう。急いでバックを肩に担ぎ、全速力で戸まで走る。


「へ? ちょ、待って!」


 引き留めて何になるのだろう。Tにしては間違った選択だ。いや、罪悪感からだろうか。心配せずとも俺は笑い者だ。

 戸をスライドさせ、廊下に躍り出る。其処には主催者である誰かしらが──


 ──いなかった。あれ?

 いやでも、複数の奇妙な存在感を感じる。それと含み笑い。怖いぞ、なんだこれは。人の視線並に怖い。逃げねば。


 ああいや、ここまでが監視されているのだ。くそ、上手く騙された。道化は滑稽であればこそ愉快であって、それは無様とは違うのだ。


 と、その時。俺に電流走る──

 当たり前の事だ、Tに追いつかれてしまう。更には、この喜劇を見ている誰かに遭遇してしまうかも知れない。自慢の両足が誇る、50m7秒フラットを活かす機会は今だけだと悟る。

 俺は下駄箱まで駆けた。

 何だかおかしな事になったが、当初の目的は果たされた筈だ。俺の行動で、Tは無事にクラス内の立ち位置を守れただろう。これでいい。


 靴を履き替え、自転車の元に向かう。今回の件で俺が得たものはなんだろうか。少なくとも、時間を失った。加えて、酷く疲れた。

 バックを前カゴへ入れ、カギをさす。


「……帰るか」


 俺が俺で居られる、仄暗い要塞に。

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