おじょうさま
「そうそうー、あれに乗ってたよー。」
「なっ、嘘だろ…?」
いつも冷静なそうたに、一矢報いた気がして、なんだか気持ちよかった。
「なぁ、こんな面白そうなこと…見逃すわけにはいかねぇよな‼︎」
俺たちは顔を見合わせることなく、木漏れ日の降る、森の中を走り抜ける。滲んだ汗が鬱陶しいけれど、俺たちは笑い合っていた。なんだかんだで、こんな日々が俺は好きだ。
森を抜けて、崖の下の坂道まで来たところで馬車が、見せつけるかのように、ゆったりと向かってくるのが見えた。
「あー!あれあれ!あの馬車だよ!」
「そんなこと言われなくてもわかってるよ。」
「どんな子なんだろうな⁉︎すごく楽しみだぜ。」
道を脇に逸れながら、みんな窓を必死に覗こうとする。おい、なお。お前はもう顔見てるんだろ。
とは言っても、派手な金色の装飾のなされた、大型の馬車は身長160センチ前半の俺に、中を覗けるわけもなかった。真っ赤なカーテンがしてあったからな。きっと豚みたいな奴が乗ってるんだろうな、とか考えてたところで、馬車が止まった。
「えっ、えっ…?」
「落ち着けよ、なお。慌ててちゃ見っともない。」
となおが半分パニックになってるのを見かねて、そうだが嗜める。
手綱を握っていた馬子が、駄馬を止め、そそくさと馬から降りてドアを開けた。「どうぞ、お嬢様。」と優雅な仕草と落ち着いた雰囲気を見て、メイドさんなのかもしれないなと思った。
彼女をメイドと断定できないのは、服装のためだ。姿形から女性と判別はできるが、黒いズボンに白シャツ。その上に黒いベスト。なにより目に付くのは大きな魔女のような黒い帽子だ。メイドとは明らかにかけ離れた服装だ。
お嬢様を目に入れると、まず真っ黒なドレスが目に入る。しかもただ黒いだけでなくて艶がある。さらにそこから伸びる四肢は、太陽によく映える白さだ。
村には素材そのまま、と言っても過言でないほどの服しかないし、日焼けのない肌は、俺が見た中で1番肌が白いであろう、隣町のまちさんと比べるまでもなかった。だから見惚れてしまったのは仕方のないことなのだ。
「貴方達は目上の相手に向かって、自分から挨拶をするということすらも…知らないのかしら?」と落ち着いた声で言いながらお嬢様は、メイドの手を借りてこの村に舞い降りる。そう、舞い降りる。そういう表現が正しいとでも言えるほどに彼女は美しかった。
向日葵のような印象を持たせる、よく通る美しい声に、とても皮肉を言われたと気づけなかった。見惚れて聞いてなかったなんてことは、断じてない。
「そんなに珍しいものかしら。まあこんな辺境の者たちには、我らのように高貴な存在は、雲の存在であるのだろうけれど。ねぇ、イルカ?」
「全くおっしゃる通りではないか、と私は。」
「いくらここが貴方達の住んでいたところとは違うとはいえ、初対面でそれは失礼ではないですか?」
唖然となる俺たち2人を横目に、そうたはしっかりとやり取りをする。
「名乗りでることもせず、私に口答えするなんて、はぁ…あまりに頭に中身が詰まってないみたいで呆れてしまうわ。」
やれやれと言った雰囲気で、お嬢様は首を振る。
「初対面の印象というのは大事なもの、リンナ様、ご慈悲を与えるおつもりで、この方達をお許しになってはどうか、と私は。」
イルカの一声でひとまずその場は収まり、挨拶を交わした。リンナ達と別れて、大きなため息をついた俺たちは、また秘密基地へと戻ることにした。
毒舌を極めたお嬢様と、清楚な雰囲気のメイドっぽい女の子。めんどくさそうだけど…面白いかもしれないな、なんて思った。