【童話】八色(やいろ)の虹 ~君らしく僕らしく~
「ねえ、赤さん。君はいつも人気者でいいよな」
そう赤に嫉妬しながら話し始めたのは青である。
「何をおっしゃいますやら……。青さん、君だって他の色のみんなに羨ましがられる程の人気者じゃないか。人間さまの子供たちのお絵描きを見てみろ。海に空、子供たちはみんな君を愛してるんだよ。それに比べて僕が絵の中に出てくるのは『火の用心』のポスターを描いてくれている時くらいなもんだよ」
赤も青に嫉妬しているようだ。
「でもさ、その子供たちが大好きな『なんちゃら戦隊なんちゃらレンジャー』ってあるだろ? そのドラマの中ではいつも赤がリーダーなんだよ。いつだって俺は二番目。だから君が色の中では一番なんだよ。だいたい、人間さまのやってる運動会だって、赤組と白組に分かれて競い合ってるだろ? 青組を作ってくれる小学校なんて聞いた事もないよ」
「まあまあ、そう僻むなって。なんといってもクレヨン王子は君なんだからさ」
「ま、まあな」
クレヨン王子と呼ばれ、青はまんざらでもない表情をした。
「それよりさ、緑と黄色の仲の悪さはなんとかなんないもんかね。両方とも三原色は俺だって言い張ってるだろ? ハァ」
赤はため息をつきながら項垂れた。
「確かに。色の三原色は赤、青、黄。光の三原色は赤、青、緑だからな。黄と緑が仲良く出来ないのはしょうがないよ」
「黄と緑の気持ちも分かるけどさあ、黄と緑の祖先は結婚して黄緑なんていう可愛い赤ちゃん産んでんだから意味分かんねえよな」
「ハハッ! それな! でも赤と青の祖先も結婚しただろ? それで産まれた紫も微妙な人生だよな。紫を愛してくれる女性も多いけど、なんと言ってもヤンキーが愛してやまない色になっちゃったもんな」
青は苦笑しながらそう言った。
すると色世界の首領と呼ばれる奴がやって来た。赤でさえも腰を低くしてしまう相手である。
「ああ、これはこれは白さま。お久し振りでございます。いつも人間さまの結婚式ではお世話になっております。白さまはどんな色とでも様になりますよね。羨ましい限りです。人間さまの終焉には、あのおっかない黒さまとだって粋に調和していらっしゃる。いやあ、尊敬致します。来年も小学校の運動会、宜しくお願いいたします。来年こそ負けませんよ」
「おだてても何も出ませんよ、赤さん。お褒めいただけるのは嬉しい限りですが、わたしは人間さまの命を救う事はできません。それに引き換え赤さん、あなたは死にそうな人間さまのお力になってるじゃないですか。我々白には輸血などできませんからね」
「いやいや。それもこれも血液の中で協力していただける白血球のおかげですよ」
白は俯いた後、顔を上げて赤と青に向かって両手をついた。
「赤さん、青さん。今日はお願いがあって参りました」
「やだなあ、白さん。頭を上げて下さい。どうされたんですか?」
色世界の重鎮が頭を下げた事に青は困惑しているようだ。
「いやね、あなた方が羨ましくて。是非わたしも虹のメンバーに入れていただく訳にはいきませんでしょうか?」
「虹……ですか? あの雨上がりの辛い仕事の虹ですか? やめた方がいい。かなりの重労働ですよ」
「それでもいいんです。我々白は脚光を浴びた事がないんです。そりゃ確かに運動会や結婚式には欠かせない色ですよ。でもね、我々白は主役になった事がないんですよ。いつでもただのベース色なんです。子供たちが絵を描く時だって我々白の上に赤や青の絵の具を付けてしまい、我々は残った余白でしかアピールできないんです。要するにいつも皆さんの引き立て役なんですよ」
赤はなるほどといった様子で頷いている。
「我々七色の虹職人の中に欠員が出ればお願いしたい所なんですが、きつい仕事のわりに皆この仕事に誇りを持ってますからね。子供たちの喜ぶ顔を見るとやはり嬉しいもんでね」
青は赤の話にうんうんと頷いた後、空の異変に気づき天を仰いだ。
「おや? さっきまで白かった雲が灰色になってますね。こりゃ、一雨きそうですよ」
すると白が申し訳なさそうに頭を掻いた。
「ああ、すみません。わたしがこんな所で油を売っているもんですから、雲が灰色さんに取られてしまったようですね」
「白さん、お気になさらず。赤さん、雨がやんだら一仕事しますか。でっかい虹を作りましょう。僕はみんなを呼んできますのでここで待機しててくださいね」
青はそう言うとピーと指笛を鳴らした。すると真っ青な絨毯が灰色の雲を引き裂き飛んできた。青は絨毯にひょいと飛び乗ると太陽を塒としている橙の下へと向かっていった。
「橙さん、仕事だよ。集合集合。いやあ、しかしここはいつきても暑いね」
「おう、青さん。了解だよ。すぐ行くから待ってておくれ」
そして青はひまわり畑へと向かう。
「おーい、黄色さーん」
「あら、青さん。どうしたの? おや? 青さんの絨毯少し焦げてやしないかい?」
「ははっ! さっき橙さんの所へ行ってたから少し焦げたみたいだね。それより黄色さん、仕事だよ。また日本中の子供たちの笑顔が見られると思うとわくわくするね」
「あいよ! 今わたしに付いている蜜蜂さんが飛んでったらすぐ行きますから待ってて下さいな」
そして青は森へ向かっていった。夏が大好きな緑は橙さんの日差しを受けながら木の上で昼寝をしていた。
「緑さん、起きて。仕事だよ」
緑は眠い目をこすりながらむくりと起き上がった。
「青さん、分かりました。すぐ行きます」
「緑さん、二度寝なんてしないでね。僕は今から藍色さんと紫さんを呼びに行ってくるからさ」
そう言って絨毯を走らせた。青が次に向かったのは、徳島県にある藍染め工場である。
「藍色さん、今からでっかい虹の橋を掛けるから急いで集合してくれる?」
「あら、青さん。徳島は雨なんて降ってなかったから今日は召集されないと思ってね。今繊維を染めてあげてる最中なんだよ。これが終わったら飛んで行くから待ってておくれ」
「しょうがないなあ。急いでね」
そして最後に向かったのは山梨県にある葡萄畑である。
「紫さん、仕事だよ。今から集合……。あれ? 紫さん、顔が真っ赤だけど……」
「ヒック……。あら、青さん。何か用れすか?」
「用れすかじゃないよ。紫さん、ろれつ回ってないですよ。自分で作ったワインを飲んで酔っ払っちゃったのかい。ハァ! その状態じゃ虹なんて作れないですね。他の紫さんをあたりますからゆっくり寝てて下さいね。でも次は頼みますよ!」
青は呆れ顔で絨毯を走らせた。
「どこの紫さんに頼むかな。しょうがない、千葉に行くか」
ぶつぶつと独り言を呟きながら千葉県の内房にある有名な暴走族の所へ向かっていった。
「あ、あのう……。紫さん、虹を掛けたいんですがご協力いただけませんでしょうか?」
「あん?」
紫はそう言って青に睨みをきかせた。
「おう、青さんじゃねえすか。ウッス!」
海を塒にする青は、暴走し過ぎて海へ転落した紫を助けてやった事がある。それ以来この紫は青に頭が上がらないのだ。
「ああ、君か。良かった。恩着せがましく言う訳じゃないけど今からでっかい虹を掛けるんだ。協力してくれないか」
「青さん、水くせえっすよ。そんな事ならいつでもお手伝いしますぜ。四六死苦っす!」
「紫君、ありがとう」
紫には少し不安が残るものの、青は最強のメンバーを揃えたのだ。
赤・橙・黄・緑・青・藍・紫。虹を構成する全ての色が、富士山の麓に集められた。
赤は全色揃った事を確認し話を始めた。
「これで全員揃ったな。青さん、みんなの召集お疲れさま。よく頑張ってくれたね。そろそろ雨がやみ晴れてくると思う。そこでだ、今までには無かったでっかい虹の橋を掛けようと思う。富士山を覆う程のでっかい虹だ」
「オー!」
全色やる気満々である。
盛り上がるみんなに対し赤は両手を広げ落ち着くように促した。
「なあ、みんな。白さんが虹のメンバーに入りたいと言ってるんだがどうだろう。一度やってもらおうと思うんだが」
すると気性の荒い紫が白に喰って掛かった。
「てめえ! 散々俺たちの切符を切っておいて仲間に入りてえだと!」
何度も何度も白バイに捕まってきた紫は白の事が嫌いらしい。
「紫君、この白さんの塒は雲なんだ。君を捕まえたお巡りさんとは違う白なんだ。いいじゃないか。仲間に入れてあげようよ」
「チッ! まあ、青さんがそう言うならいいっすけど……」
血気盛んな紫とて、命の恩人には従うしかないようだ。
「紫君、そしてみなさん。ありがとうございます。もう、縁の下の力持ち役なんてうんざりなんです。我々白も脚光を浴びたいんです。宜しくお願いします」
白はそう言うと七色に頭を下げた。
「おう、白のおっさんよ。あんた、なかなかいい奴じゃねえか。俺が今まで会った白とは違うな。でっかい虹……掛けようぜ」
紫は白の肩をぽんと叩き笑顔を送った。
「さあ、みんな! 晴れてきたぞ! 準備はいいか!」
赤の号令により全色が戦闘態勢に入る。
虹は外側から赤・橙・黄・緑・青・藍・紫の順に構成されている。一番内側で六色を持ち上げるのが紫の役割である。
「白のおっさん、俺と藍色さんの間に入んな。俺がしっかり持ち上げてやっから安心してくれ」
「かたじけない」
そして全員が指笛を鳴らすと八色の絨毯が現れた。各々が絨毯に飛び乗ると山梨側から静岡側へと大きな弧を描き八色の虹が掛けられた。
しかし富士山を覆う程の大きな弧にはなっていない。
「白のおっさん、随分と重いな。まあ、任せとけ!」
紫は渾身の力を込め、虹全体を持ち上げた。
「ウーリャー! これで……これでどうだー!」
すると虹は大きく膨らんだ。富士山の遥か上空に虹の橋が掛けられたのだ。
学校帰りの時間帯と重なった事もあり、北海道から沖縄までランドセルを背負った子供たちは皆空を見上げている。
「すげえ! なんかいつもと違うぞ!」
「こんなに大きい虹なんて見た事ないわ!」
最初は皆喜んでいた。しかし数分後、子供たちの顔は雲っていったのだ。
「どうした、子供たち」
赤は子供たちの顔が雲っていった事を不思議に思った。
「あっ!」
そう声をあげたのは白である。
「白のおっさん、どうした?」
紫の問いに対し白はこう話した。
「駄目だ。やはりわたしは虹にはなれない」
「なんだよ、白のおっさん。俺がこんなに頑張って持ち上げてやってんのに、もう諦めんのかよ! やっぱり白は白だな。がっかりしたぜ」
「違うんだよ、紫君。よく見てくれ。ほら、わたしが虹の中にいるから雲が灰色に支配されてしまい虹を隠してしまってるんだ。やはりわたしは雲に戻る。そして真っ白な雲を作って虹の近くでふわふわ浮いていなければならないんだ。どんなに大きく美しい虹であっても灰色の雲に隠されてしまっては綺麗な虹を子供たちに届ける事はできないんだよ」
「お……おっさん……」
「いいんだよ。一瞬ではあったけれど、虹の一員になれて嬉しかったよ。これからは君たちの引き立て役として誇りを持って生きていくよ。いくら背伸びをしたところで所詮わたしはわたしなんだよ。わたしはわたしらしく。それが一番なんだよ。紫君、君も君らしく生きていってくださいね。それじゃ!」
白は指笛を吹いた。真っ白な絨毯に乗り込み灰色により支配された雲へ飛び込んで行ったのだ。
「おっさん……感動したぜ。俺……。俺も俺らしく……日本一のヤンキーになるからな!」
「オイ! オイ!」
紫にそう突っ込んだのは青である。
すると暗かった雲は瞬く間に真っ白なそれへと変わっていった。
「わー! 綺麗!」
「すげえぞ、あの虹!」
「おっきい!」
富士山の遥か上空に掛かった大きな虹は、全国の子供たちの小さな瞳の中で七色に輝いていた。
おわり。
最後までお読みいただきありがとうございました♪
物語に出てきた赤さんや青さん。そのキャラクターの風貌については敢えて触れませんでした。
皆さんはどんなキャラクターを想像されましたでしょうか?
ムーミンやくまモンのようなゆる~いキャラクターでしょうか? それとも折り紙で作られたようなキャラクターですか?
皆さんの思い描くキャラクターを想像しながら読んでいただけたなら嬉しいです♪
そしてこの童話、現代の子供たちへメッセージを送る為に書きました。
格好つけたり背伸びしたりして、本来の自分を見失ってはいませんか? あなたはあなたです。あなたの持っている個性はあなただけの宝物なのです。自分をしっかり見つめてあなたの個性を大切にして下さい。
~君らしく僕らしく~
そんな想いで書いたのですが伝わりましたでしょうか(^^;
お気軽に感想をお寄せ下さい♪