宿題~3月~
自分は「ジルロイド病」だと告白した麗奈。僕は、その事実を、僕は完全に信じることはできていない。
3月4日。今日は軽音楽部の活動日だ。生憎の雨だけど、これで雪は溶けてくれるだろう。第二音楽室に入ると、中では、すでに2人が待っていた。
「お、葵君おはよー」
おはよう、と返し、香澄先輩にも挨拶をする。
『さて、今日は早速ギターの練習してもらうよ』
そうだった。一昨日も昨日もずっと病気のことを考えてたけど、僕はギターをやるんだった。
「香澄先輩はギターも上手いんだよ」
「へぇ」
先輩は、黄色いギターと黒いギターを持ってきた。
『どっちがいい?』
「じゃあ黒で」
ということで、自分のギターを買うまでの相棒は、黒いギターに決まった。
それから2時間、みっちり香澄先輩のギターのレッスンを受けたわけだけど、一応言っておくと、僕の女性恐怖症は治っていない。練習自体は結構楽しかったものの、やっぱり緊張しっぱなしだった。
『それで、私たちの活動だけど、決定してるステージは、9月の文化祭。演奏するのは・・・』
「close to the limitの曲ですよね!」
「くろーすとぅざりみっと?」
聞いたことない名前だに、思わずアホっぽく聞き返してしまった。
「あ、もしかして葵君クロリミ知らない?」
「うん」
「めちゃくちゃかっこいいから聞いて損はしないよ。あっ、そうだ。じゃあ今度アルバム貸してあげるよ!」
「そうだね」
『それなら、せっかくだし、葵君が麗奈の家に遊びに行けばいいんじゃない?』
女子の家なんて冗談じゃない。今度持ってきてもらうことにしよう。
『私たちはクロリミのコピーが中心だけど、オリジナル曲も作ってる。私も麗奈も、作詞と作曲はできるからね』
「すごいですね」
『いや、作詞も作曲も誰でもできるよ。適当な鼻唄を歌うだけでも作曲だし、好きな食べ物を30個書くだけでも作詞になるからね』
「あっ、先輩の好きな食べ物30個知りた~い! 今度それで歌詞作ってくださいよ」
『その気になれば書くよ。それじゃあ、葵君には宿題を出そうかな』
「宿題?」
『来週までに歌詞を書いてくる、っていう宿題。1番だけでいいよ』
何という難しい宿題だろう。数学の宿題のほうがまだ簡単なんじゃないか?
『 フリーだと難しいだろうから、お題を出そうか。うーん、麗奈なんかいいのない?』
「そうだなぁ。'卒業'はどうですか。もう卒業式終わっちゃったけど」
『そうだね。じゃあ卒業で。』
「葵君の歌詞見るの楽しみ~! もし感動したら涙のサービスもあげようかなぁー。あははは!!」
『来週検査で来れないって言ってなかったっけ』
「あっ、そうだった。うあー残念! じゃあその次に見せてもらおう」
『それとさ、葵君携帯持ってる?』
「持ってます」
『じゃあ電話番号とメアド交換しようよ』
この瞬間、中2の4月に買った僕の携帯の電話帳に、初めて女性の名前が入ることとなった。
「あ、葵君スマホなんだぁ! なんかガラケー使ってそうなイメージだったんだけど」
「一応時代だから」
そういう彼女は、ピンクのスマホだ。香澄先輩は黒。2人ともイメージに合ってる。
帰ってから、「卒業」から連想するワードを探す作業をした。これは香澄先輩のアドバイスだ。卒業といえば、涙。別れ。僕はどちらも経験したことがない。
麗奈は、自分の身に起こった悲劇に涙を流したんだろうか 。まさかな、と思う。僕は、彼女の告白を信じきれていない。
あれ、何を考えていたんだっけと一瞬思った。そうそう、「卒業」についてだった。僕は、卒業式にはあまりいい思い出はない。やっとおさらばだ、という気持ちでいっぱいだったっけ。うん、思い出すのはやめよう。
3月11日。今日は、麗奈は検査のため休むそうだ。この1週間は、作詞をしつつ、動画サイトでclose to the limitの曲を漁った。その結果、何曲かお気に入りを見つけることができた。そして、今日は、初めてここに来た時にいた男子4人組バンド「ホーネッツ」のギター、F組の菅健太からギターを教えてもらえることになっている。やっぱり、同学年の男子だと気が楽だ。
菅のギターは、10万円という、高校生の手が届く範囲ではないものだった。バイトしてコツコツ貯金し、1年かけてついに手に入れたらしい。
「山木も自分のギター早く買ったほうがいいぞ。自分のものだと愛着が全く変わるぜ」
と彼は言うが、残念ながら僕の所持金はその半分もない。バイトでもしてお金貯めるか。もちろん男しかいない仕事で。
『葵君、宿題できた?』
「え、ああ、まあ一応」
一応とは言っても、この1週間、僕の語彙と知識をフル活用して作った、我ながら自信作だ。
【楽しかった日々に 別れを告げる時 零れる涙は 溶けた雪のよう 思い出のアルバムは 笑顔が溢れて 零れる涙は 桜の花びら】
特に自信があるAメロ。自分にこんな文章が書けたのかと、何度読み返してもニヤけてしまうぐらいだ。
【別れと終わりの3月は 始まりスタートの4月へ】
Bメロ。中学を卒業したときの僕は、新しい人生の始まりだと、高校入学が楽しみだった。
【卒業は寂しいけれど 始まりの日になるから 寂しさは忘れて また歩きだそう】
最後、これがサビ。【また歩きだそう】なんかは、よく使われそうな言葉だ。
『おお、なんかプロみたいな歌詞じゃん。センスある』
「どうも」
『でも、なんか、本心を隠してる気がする」
「えっ・・・」
『要するに、なんか素直じゃない』
素直・・・じゃないか。図星だ。そう、僕は、気持ちを誤魔化して書いていた。本当は、楽しかった日々なんて無いし、卒業アルバムに僕の笑顔は全く写っていない。
『自分の素直な気持ちを書かないとさ、伝えたいことも伝わらないと思うんだよね』
「なるほど」
『でも、初めてにしては出来すぎなぐらいだよ』
「ありがとうございます」
今の感謝。これは素直な気持ちだ。じゃあ、先輩の言葉は本心なんだろうか。・・・わからない。
『そういえば、この間麗奈と2人でカフェ言ったでしょ。あの話聞いた?』
あの話とは、あの話だろう。
「聞きました」
『そうか。それで、どう思った?』
「冗談を言ってるんじゃないか、って思いました」
『だよね。でも私は、もう受け入れることに決めたんだ。だから、これからは、麗奈が、何もやり残さないように、できるだけの夢を叶えてあげないとね』
僕はまだ信じられない。これらはすべて、僕を騙すための狂言でしかないのかもしれない。そんな考えは、消そうとしても消えない。