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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

幽霊信号機と七つの質問

作者: 男爵

01

 生き止まった人間はどこにも行けない。

 俺、伊豆守いずもり まさるは廃校になった中学校。その前にある横断歩道をひたすら往復していた。

 これは儀式だ。横断歩道を50往復する事で出会えると言う――廃校に伝わる『学校の怪談』。

 

「10回目……」


 廃校になった中学校――廃校になった理由は、驚く事にこの横断歩道にあるらしい。


「横断歩道が中学を廃校にするって、どんな状況だよ……20ゥ」 


 正確には横断歩道でなくその上にある信号機。

 この信号機が3つの悲劇を生みだした。

 

 1つ目。

 中学一年に上がる少女が、春休み、一人でこの学校へ足を運んだ。これから自分の通う中学校を見ようと、そんな心華やかな気持ちで足を運んだ。

 希望と期待を胸に、初めて自分の通う中学校へ足を踏み入れようとした瞬間に――この場所で、亡くなった。

 信号は青を示していたが、運転手の信号無視で命を落とした。

 

 2つ目。

 中学二年生の少女二人。彼女たちは仲のいい親友だった。しかしどんなに堅い絆だろうと――堅ければ堅いほど、ひび割れれば元には戻せない。

 一人の少年を求めた彼らの友情はこの場所で終わった。

 校門前で信号を待っていた彼女たちは、その話で揉め合いになって――二人で仲良く轢き殺された。

 

 3つ目。

 中学三年生の容姿端麗な少女。彼女は生徒会長を務める程人徳に厚かった。学校を一番に思った彼女は、夜遅くまで残り作業をしていた。その結果、一人で信号を待っていた彼女は誘拐され、強姦され命を落とした。


 それ以来、この信号は『幽霊信号機』と名付けられた。

 名が体を表したわけではないだろうが、この信号で怪我をする少年少女が増え、更には学校にも影響を及ぼし始めた。


「それでいて――取り壊しも出来ないんだからな」


 30回。

 

 この信号機と中学校を取り壊そうと街も躍起になった時期があったが、その時の町長は心臓麻痺で死に、工事の指揮を執った人間は事故に倒れた。

 その後、死者こそ出ていないが、怪我をする人間が多く、中止になった。

 幸いな事にこの中学校は、街の中心から離れた場所にあるため、それほど影響はなかった。

 むしろ中心部に新しい学校ができたから、街の住人にとっては、良かったとも言えるだろう。


「そんな偉そうに街の事を語っては見るけど、俺は別にこの街に住んでる訳じゃないんだよなぁ……40回目ぇ」


 ついでに言えば俺は中学生では無く高校生だ。


『幽霊信号機』


 その噂はネットでも有名で、生き止まった人間が、50回、横断歩道を往復すると――その人間の前に、1人の少女が現れる。

 生き止まった人間って何だよ。と、思っていた俺だけど、それはまさに今の俺の事だろうな。

 自虐を込めて足を動かし続ける。

 少女は、儀式をやり切った人間に7つの質問を行う。

 その質問に対して、少女の納得いく答えが得られなければ、その人間は殺される。逆に満足する答えを出せれば――先に進める。

 少女と言う信号機を――赤で渡るか青で渡るか。

 そんな怪談を高校生にもなって、信じているんだから、自分で泣けてくる。


「あと……5回ィ」


 この廃校の周りには街灯があるが、光は切れていた。その為に今、俺を照らしているのは、赤、青、黄と変わる信号の3色。

 一定のリズムで信号は変化していくが、俺はその色を無視して横断歩道を往復していく。どうせこの場所に、この時間に、車なんて来ない。

 それに足を止めずに横断歩道を往復しなければ行けない。だから、信号で足を止めたら、その少女に会えなくなってしまう。


「50往復だ! どうだ、出て来いよ!」


 この日本に――いや世界中に自分よりも、生き止まっている人間がいたら教えて欲しい。今の俺は一番最悪な人間だ。


「…………」


 しかし一向に少女の幽霊とやらは現れない。

 今の俺で会えないのなら、この噂を流した人間は会えたのか? 

 所詮、噂にしか過ぎないのか。噂に縋る俺じゃなかった筈なのに――たった数日で人は変わっていく。


「はっ……。馬鹿らしい、横断歩道を50回も往復するなんて。本当――何やってんだよ俺は」


 校門に寄りかかって腰を下ろす。夏の夜は蒸し暑く、ただ歩いていただけなのに汗が噴き出してくる。

 顔を伝っていく汗を、腕で拭った俺は後悔していた。


「家出……しなきゃ良かったか」


 三日間家には帰っていない。

 都会に住んでいた俺は、地方にあるこの噂を思い出してやって来た。今まで散々友達とお金を使ってきた俺には、手持ちは無く――行きの分だけの料金しか持っていなかった。


「帰ろうにも帰れねぇ」


 はっ。

 なに死のうと意気込んできた人間が――帰れない心配してんだよ。その程度の意志じゃあ、幽霊も現れやしないか。


「と、そう思うじゃん?」


 不意に――俺の上から少女の声が聞こえた。


「なっ」


 とっさに上を見た俺の目に飛び込んできたのは――短いスカートから大胆にも露出されている白い太ももと――純白の下着だった。

 

「やらしーな、君は」

「なっ、違うって。俺は幽霊に足があるんだと、驚いただけだ!」

「足はあるよ。ないのは実体さ」


 ほら。

 そう言って彼女は、俺の頭に足を乗せるが重みは何も感じない。

 いざ探していた幽霊を見ると、以外にも怖くない。中学の制服に身を包んだ彼女は、実体がない以外は普通の――否、可愛い女子中学生だ。長い髪の毛につけられたカチューシャは赤いリボン。

 幽霊にしては派手なカチューシャだ。


「いやー、久しぶりに見たよ。本気で50回も往復する馬鹿は」

「悪かったな」

「いや、いいんだ。肝試しがてら、集団で訪れる腑抜けどもよりも――君の方が見込みがある」

「見込み?」

「ああ。行き止まって、息詰まって、生き留った君の方が――面白そうだ」


 少女がおぞましく笑う。その笑みで俺は――直感的に分かる。

 この女は人間じゃない、と。

 怖いとか、可愛いとか――そんな人の物差しで測っていい存在じゃないんだ。

 俺の背筋に悪寒が走った。


「まあ、折角のお客さんだ。来いよ――私の城に」


 彼女は親指で自分の後ろにある廃校を指差した。

 さっきまでは、別に怖くも何ともない廃校だった。それなのに、今は――俺を嘲笑うように待ち構えているその校舎が怖かった。


02

「あーっと、そうだな。どうせなら、一番前の真ん中に出も座ったらどうだい?」


 少女の幽霊は適当な教室を選んで、俺を座らせる。しかし、その教室は偶然なのか、悪意からなのか――今の俺のクラスと同じ数字だった。

 3-B。

 学校は違くてもクラスが同じだと親近感がある。もっとも、ほとんどの学校が上級生になれば下の階になる。

 この学校も同じで、二階にある3年の教室は、一階にある化学室や美術室より普通の教室。だから、ここを彼女も選んだのだろう。


「ふむ、席についたね。それじゃあ早速始めようか。君の求めていた『七不質問がっこうのかいだん』を……」

「『七不質問がっこうのかいだん』?」

「ああ。今から私が学校の怪談にかけた七つの質問を君に行う」


 七つの質問。

 それがこの学校にある階段だった。確かに俺はそれを求めてきたけど――『七不質問』って……。


「うん? ネーミングを気にしてるのか? なら、気にするな私の気分で変わるからね」

「本当、自由な幽霊だな」

「自由でこその幽霊だ。そんな馬鹿な話はともかく最後にもう一度聞いてあげよう――私の『七不質問』。やるかい?」


 彼女はまた悍ましい笑みを浮かべる。少女の目に写る俺はどう見えるのか。

 しかし、少女にどう見られようと――考えるまでも無く答えは決まっていた。


「やるさ――その為に来たんだ」

「良い顔だ」


 少女はくるりと僕に背を向けて黒板に何やら書き始める。チョークは持っていないが、何故か白い文字が黒板に浮かび上がった。

 この学校は今やこの少女のモノなのでそれくらいは簡単なのか。


「一つ目の質問ふしぎ。君は赤マント・青マント・黄マントの不思議を知っているかな?」

「えーと、確か黄色を選べば助かるんだよな?」


 赤のマント着た幽霊。その幽霊は尋ねる「赤いマント・青マント・黄色いマントどれが欲しい」と。

 赤いマントと答えると血まみれにされ、青いマントと答えれば全身の血を抜かれる。

 選択肢の中に黄色があった場合は助かるらしい。


「その通り。しかし、僕の質問に色は関係ないな。マント――それは正義の味方に相応しいアイテムだ」

「そうなか?」

「む……そうに決まっている。とにかく、マントが示すのは正義だ。ならば君にとっての正義とは何だ?」


 俺にとっての正義?

 

「因みに質問には思ってもいない事を答えてくれてもいいぞ?」

「そうかよ」


 そうは言われてもな……少女が納得しそうな答えか。

 怪人から人を守るとかじゃ駄目だろうし、今の俺における正義。それを答えなきゃ――多分この幽霊は納得しない気がする。


「あ、言い忘れてたけど――制限時間はこの信号機が青に変わるまでだから」

「なっ、制限時間あるなら先に言えよ!」


 彼女はそう言って黒板の上に備え付けられた信号機を指差す。それは車用の信号機だったが、教室の左側。先生が座る机の代わりに――歩行者用の信号機が置いてあった。


「教えてあげただけ良いだろーだ!」


 ベー。

 と、舌ベラを出す少女。その真っ赤な舌に魅了されるが、すぐにひっこめてしまう。ベラなんていいから、答えを考えないと。


「ほら、もうすぐ変わるよ?」


 歩行者用の信号が点滅する。


「あ、えーと……。俺にとっての正義――」


 警察?

 それとも正しい行いをする善人か?

 確かにそれらも正義の味方なんだろうけど――俺にとっては正義じゃない。


「はいっ。それでは答え行ってみよー!」

「俺にとっての正義。それは――」


 俺の頭に浮かんだのは一人のクラスメイトだった。あいつは俺がこんなになってもいつまでも一緒にいてくれた。付きまとわれてウザかったけど――なぜかこの場面でその顔が俺の前に現れた。


「どんな状況だろうと、曲がる事のない真っ直ぐな優しさ。それが俺の憧れる正義だ」


 俺は全て失った――そのクラスメイトは同じ部活動に所属していた親友だった。

 バスケ部のエースとして活躍していた俺は、自分のプレーのみを信じて、強引な一人プレーを得意としていた。

 それを良く思っていなかったのか、ある日、部員たちと揉めた俺は右手を折られた。

 今思えばそれが原因で落ちていった。

 華やかな高校生活。

 友情、恋愛、運動、成績。

 どれをとってもトップクラスだった俺は、人を見下して歩いていたのに――今は違う。


「ふーん。まるで、その人物ヒーローを知ってるみたいに答えるんだねぇ」

「うるせぇ」


 しかし、あいつはどんな状態に俺がなろうと、いつでも信じて横にいようとしてくれた。それを振り払ったのは俺だ。

 だから俺にとっての正義は間違いなくあいつだったんだ。


「ふふふ、良い顔だねぇ。じゃあ次行こうか」


 少女は黒板に書かれた一つ目の質問の答えに『あいつ』と書いた。

 この幽霊――ふざけた事してくれんじゃねえか。


「二つ目の質問ふしぎ。トイレの花子さん。これは有名だから言うまでもないな」


 トイレの花子さんか。名前は知ってるけど、どんな不思議かは忘れてしまった。トイレと付いてるから、トイレに出るんだろうけど。


「おや、まさか知らないのか?」

「悪かったな」

「やれやれ、なら特別に教えてあげよう。トイレの花子さんとは――変質者に襲われた少女だ。トイレに隠れたが殺されてしまった少女の幽霊」

「な……」

「この場合、完全にその変質者は『悪』だ。ならば、君にとっての悪は何だ?」


 俺にとっての悪。

 それはさっきの質問――正義の反対を答えればいい。


「それは、人を簡単に裏切る仲間だ」


 歩行者用の信号は青で、車用は赤の表示のまま。一問目とは違って――この二問目はすぐに答えられた。


「裏切る仲間ね、果たしてそれは裏切ったのかな?」

「何が言いたいんだ?」


 俺の腕を折ったあいつらを今でも許していない。この場所で命を落としても――あいつらだけは呪い殺す。

 それほどまでに憎かった。


「君が最初に裏切っていたなら――彼らは表に立ったんじゃないか?」

「そん訳――あるかよ」


 右腕を折られた時、部活のレギュラーメンバー全員に囲まれた。補欠も合わせて10人。

 あいつらは次々に俺の悪口を言って――そこに我慢できなくなった俺は――。

 俺は――。


「ほらね」


 あいつらを殴った。

 あの時の悪口は今でも覚えてる。


「エースはお前かも知れないけど――1人で行っても、点が取れなきゃ意味がないんだ」

「1人で行くからディエンスの戻りが遅ぇんだよ。バスケは攻撃だけじゃねえだろ」

「それにお前はいっつも無茶して怪我ばっかだ――危ないじゃないか!」


 覚えてるからこそ分かっていた。


「彼らは果たして悪なのかな?」

「……」

「君が悪だと思いたかった。私にはそれだけな気がするよ」


 これじゃあまるで、まるで――俺が悪みたいじゃないかよ。

 何で彼女は俺の過去を知っているんだ。


「そんな君の質問には、こう答えてあげよう――」


 俺の口に出していない質問に、少女は答えてくれた。


「幽霊舐めるな。と」

 

 答えになっていないが、少女はそれ以上何も言うつもりも無い様で、二つ目の質問の答えは、君自身。

 そう書き込んだ。


「いやー良いペースですね。勝さん。これなら新記録狙えますよ」

「……」


 アナウンサーの喋り方を真似しながら彼女は三つめの質問を黒板に書いていった。新記録って、何だよ。

 過去に同じような質問に挑んだ奴と比べてるのか?


「三つめの質問ふしぎだ。継続は力なり、続ける事に意味はあると言うけれど――。首を無くしてまで練習するバスケのプレイヤーを君はどう思うかな?」

「努力……」

「ま。気味には最も遠い質問かな」


 勉強も運動も何となく出来た。授業を聞いていればテストは解けるし、運動も少しやれば、その部活でエースになれる。

 やればできる――それは果たして努力と呼べるのか?


「意外だね~。これにもすぐ答えると私は思ってたんだけどな~」

「答えられるさ。努力何てする意味は――ない」

「素直でよろしい」


 彼女は意味なしと答えを書いて、そのまま次の質問に移る。


「4つ目の質問ふしぎ。これも3つ目と似てるんだけど、才能に恵まれたベートーヴェン。凄いよね。今の世にも、彼の作った音楽が奏でられてるんだから。君も聞いた事はあるだろう?」

「運命の冒頭くらいはな」


 扉をノックする音を意識したんだかって昔授業で聞いた気がする。音楽の授業はまともに受けなかったけど、そこだけは覚えていた。

 ベートーヴェンの七不思議は全国でも有名で、夜中になると目が光る。昼間は全然怖くないのにな。


「じゃあ、本題。君にとって才能は?」


 確かにその質問はさっきと似てる。だけど、才能は俺にとっては無くてはならないモノだ。

 俺の顔は女子に人気が高くて、中学から彼女がいなかった日はない。毎日女子と一緒に下校していた。


「ふふふ、やり放題だったんだねぇ。君にとって青春は青じゃなくて桃色だったんだ」

「うるさい」


 部活を辞めるまではまだマシだった。努力は嫌いでも、体を動かすのはスッキリした。だけど、腕を折り、仲間に合す顔の無い俺は――今度は女子へと逃げた。

 二股三股当たり前。

 ひどい時には全校含めて各クラスに3人、彼女がいた。しかしその事がばれた俺は――すべての女子が近づかなくなった。

 恵まれた容姿、才能があるから俺は駄目だったんだ。

 

「だから才能なんていらない」


 才能が俺のプライドを高く、高く積み上げていった。

 プライドがなければ――。


「なるほどね、答えは不必要と」

「ああ」


 俺はこの質問が進めば進むほど――自分に生気が無くなっていくのがはっきりと分かる。悪いのは俺で、勝手に死のうとしていただけ。

 折り返しの質問でここまで傷付いている。更に続けたら俺はどうなってしまうのだろう。


「不安だろうけど辞めないよ。五つ目の質問ふしぎに行こうか」


 声を低くして少女は言った。無理に声を低くしたので、黒板に文字を掻きながら、さりげなくせき込んでいた。

 黒板に書き終えた彼女は軽く咳払いをして、普通の声で質問をする。 


「一段増える階段。しかし増えるのは人間の欲望だ。制限なく増える欲望を――君はどう思う?」


 12段の階段を夜中に数えると一段増える。そんな噂は俺の高校にも残っていた。

 欲望。

 食欲・性欲・睡眠欲が有名ではあるが欲望の種類も実に多い。その中でも俺が求めていたのは――愛情だ。

 荒れた俺を彼女も親も見捨てた。

 俺も不器用で、助けてほしいと言えなかった。言えないままに行動をエスカレートさせた俺は、飲酒・タバコ・バイクは当たり前。学校でタバコを吸って何回も注意された。


「おお、今時の若者にしては古いグレ方だね!」

「しょうがないだろ。グレ方なんてドラマでしか見た事なんだから……」


 学校の頂点を目指して不良たちが抗争を繰り広げていくドラマがあった。それ位しか不良の知識がない俺はその通りに目指した。


「それで、そんなグレてまで手にしたかった欲が――愛情なのかい?」

「そうだよ。そんな俺を正面から止めてくれる人が欲しかった。なのに、皆避けていったんだ」

「しょうがないよ。正面からぶつかるのは、何事にも勇気がいる。轢かれた私が言うんだ。間違いない」

「それは冗談でも笑えねぇって……」


 しかし、今の冗談ではっきりと分かった。やはりこの幽霊しょうじょは――この廃校の前で起きた、幽霊信号機の少女達。

 恐らく全員の顔などが重ねられて出来ている。

 最も美人だと思う顔は――何人もの女性を重ねた顔だと、テレビでやっていた。


「ふふ――。やっぱり、君はいいねぇ。この状況でその表情。久しぶりにいいよぉ」


 その笑みで感じるのは――悍ましさよりも単純な恐怖。

 体から汗が吹き出し――硬直する。


「あ、……あ。あ…」

「イケね。ゴメンね、本気だしちゃった」


 見た目は少女でも幽霊である事には変わりない。笑みを向けられだけで、金縛りに遭った。もしもそんな力を、俺にぶつけられたら――。

 死ぬ場所を求めて来た俺。

 でも――死は怖いのかよ。


「じゃあ6つ目の質問ふしぎだ。鏡に閉じ込められると言うが――それは真実の自分を写し込む鏡だ。内側にいる自分に支配される鏡。君にとって真実の自分とは何だ?」

「真実――」


 優しい親友を付き放した。

 仲間を裏切ったのに、平然と仲間を恨んでいた。

 努力何て必要ないと笑っていた。

 何人もの人間を騙した。

 欲望のままに法を犯した俺は、愛情を受け止められなかった。

 

 それが真実だ。

 

「おいおい、違うだろう? もう君も答えは分かってるはずだ」

「……」

「おお、久しぶりの信号点滅タイムだね」


 歩行者用の信号が点滅する。信号が青になっても俺は答えられない。


「答えられないか。でも特別だ、赤になるまで待ってあげよう」


 青く輝く信号。

 最初から分かっていた。

 俺が落ちぶれた理由も何も関係なく――横断歩道での幽霊にすがった理由もも別の理由で――生き止まった訳でも無い。


「俺が」


 重い口を開こうとするが言葉が出てこない。金縛りに遭っていないのに自由に動かない。


「俺が――悪かった」


 そう。

 『幽霊信号機』の元となった怪談と同じように――俺も少女を轢き殺してしまったのだ。バイクで風を切っていた俺は、しがらみのない風となって――信号を無視してしまった。

 結果――何であんな遅い時間に子供が一人で外にいたのか分からない。でも轢き殺したのは事実。

 俺は恐怖で逃げ去った。

 ここまで来たのも家出じゃなくて逃走劇だった。

 

「だから――許してくれ」


 赤いカチューシャ。

 それは俺が少女にぶつかる瞬間に観たものと同じ形だった。それすらも目を反らして幽霊と話していた。ただのこの場所で死んだ霊だと思い込もうとしていた。


「ああ、安心してくれ。確かにその少女の魂は取り込んではいるけれど、私はその少女と言う訳ではない」

「え……」

「いろんな霊で私は出来ている。だから君の過去も知ってる――言っただろ? 幽霊なめるなと」

「ああ、かもな」

「それじゃあ、君が全てを理解したところで――最後の質問ふしぎに行こうか。私は何でこうして君に質問ふしぎを問うたのか。考えてくれ」


 そう言って彼女は姿を消した。

 教室にあった信号機も無くなり――彼女が黒板に書いた文字だけが、そのまま残っていた。


03 

 それからしばらく経って。

 俺は何とか地元の街へと戻ってきた。

 家に帰るよりも先に、警察へと自首をした俺は、引いてしまった少女の家族と面会をした。

 その少女は今も意識不明の重体で、俺はその子の両親から憎悪の言葉を吐き出されるが、それもすべて自分のした事だと正面から受け止めた。

 それだけで、両親の傷が埋まる訳ではない。俺が刑務所に入って罪を償っても――少女の代わりにはなれない。


「本当に申し訳ありません。謝っても意味はないのは分かってます。人を轢いて逃げた最低な男です。だから、その子にしっかりと謝らせてください」


 少女にあって謝るためなら土下座だろうと何だろうとする。俺は頭を何回も地面に叩きつける。視界に何か赤いものが流れていくが気にしない。

 両親は半ば引きながらも合わせてくれた。

 機械に繋がれた少女。

 いつ目覚めても、死んでしまってもおかしくない状況だと医師は言っていた。

 

「…………」


 俺は無言で頭を下げた。

 言葉は何も言わないけれど――もしもあの廃校にいた彼女に、少女の幽霊が取り込まれていたなら――言葉はいらない。

 

「あ、……お兄さん」


 不意に少女が目を開けて俺を指差した。


「お兄さん、夢の中で――あたしを……助けてくれた」


 後日。

 元気になった少女の話を聞くと――どうやらあの廃校の幽霊と約束してたらしい。横断歩道を往復している俺を見せて、


「今から、彼とゲームをしよう。彼がしっかりと理解すれば君を生き返らせてあげる」


 そう約束した彼女は、あの病院で俺が頭を下げるのを見ていたらしい。少女の幽霊を肉体へと案内した彼女は姿を消したと。

 そう言っていた。

 

「『幽霊信号機』ね……」


 何が生き止まった人間が訪れる場所だ。

 確かに彼女は、赤信号を掲示して足を止めさせるけど――しっかり青に変えてくれたじゃないか。

 この夏、一人の幽霊少女によって体感させられた恐怖は――俺の中で死ぬまで残る。その経験はきっと俺を変えていく。

 自分にできる最大の努力と才能、そして正面から人を受け止める愛情。

 それを持って俺は、沢山の子供の笑顔を守っていく。

 そう決意した。

 だって、あの少女は人なんて殺してない。

 根拠はないけどそう思った。

 ならば――それが真実だ。

 

 俺は赤になった信号機を見上げている。

 そうすれば、あの不思議な少女が現れる。

 そんな予感がした。


自分にとっての恐怖は、人に心を覗かれる事だと感じ、この話を書きました。ホラーらしくないかも知れませんが、楽しんで読んでいただけたら幸いです

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[一言] 秘密基地で書き込みを拝見して参りました、米洗ミノルと申します。 七つの質問(ふしぎ)に関する問答、どうなるんだろうとドキドキして読み進めました。 会話のテンポもとても良くて、少しコミカル…
[良い点]  軽快な文章、少女の語り口、七不思議がよい感じに設問へと昇華されており、読んでいて小気味よいです。こういったお節介系? 幽霊は大好きです。後味悪いだけがホラーではないですからね。 [気にな…
[良い点] ホラー風味の利いた、AVGのような構成が読んでいて楽しかったです。 [気になる点] 「七不質問」よりも「七不質疑」のほうが、「ななふしぎ」とも読めそうで語呂が良くていいかなーって個人的に思…
2015/07/19 11:05 退会済み
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