『 』と不楽はちょっと違う
ギイッ、と音を立ててキャラバンのドアはゆっくりと開いた。
部屋の中はまるでルーミアが住んでいた部屋のように薄暗く、中に足を踏み入れた不楽は目を細める。
一度追い出されているから入りづらい。
だからまだ追い出されていないルーミアと不楽は、サヘルへの説得を頼まれた訳だけれど、しかしそれはルーミアには不可能な事だった。
吸血鬼は招かれないと部屋に入ることは出来ない――ゆえに人を招こうとしていない引きこもりがいるキャラバンの中にルーミアは入ることが出来なかった。
だからこそ、不楽が中に入ったのだが――。
薄暗く、音もない静かな部屋の四隅に、エマ・サヘルはいた。
いつも通り全身を毛布でくるまり、自身のその姿を隠している。
大蛇のニナは、そんな彼女を守るかのように、その周りを囲うようにとぐろを巻いている。
「……」
不楽は一歩進む。
その時キャラバンが少し揺れ、ニナが頭をもたげた。
チロチロと舌を出して、威嚇をするように不楽を睨む。
しかしそんな事を気にも留めず、不楽はサヘルに近づく。ニナは舌を震わせ音を鳴らし、今にも襲いかかろうとした時、サヘルの腕がニナの頭を撫でた。
「いいよ、ニナ。ありがとう」
ニナの頭を撫で、毛布はもぞもぞと動くと、頭と思われる場所が持ち上がった。
「ああ、あんたか」
「悪かったかな」
「……いや、別に」
なんだか口ごもっているように――何かを言おうとして呑み込んだように聞こえたが、その理由は不楽にはさっぱり分からなかった。
精々、舌でも噛んだのかなと思った程度だ。
「出てって」
と、前置きも脈絡もなく、サヘルはそう言い放った。
不楽は「うーん」と唸りながら顎に手を添えて首を傾げる。
「それは無理かな」
「どうして」
「きみを外に連れ出すように、僕は命令されたから」
「誰に?」
「外にいるみんなに」
「……そう」
隠せと言われていないからあっさりと白状した不楽に、サヘルは俯きながら返した。
なんというか、物寂しげな感じだった。
もちろん不楽にはそんな感情の機微なんてものは分からない。
分からないがしかし、どことなく妙な感覚を覚えた。
見覚えがあるのだ。どこかで同じような感じの人を見たような。
「あ」
と、ひとつの答えに辿り着いた不楽は声をあげる。
「なに」
「似てるんだ、ルーミアさんに」
「はあ?」
サヘルな怪訝な声をあげる。
毛布に包まり、顔は目の周りが微かに見える程度にしか分からないのだが、それでも充分に理解できるほどに、もの凄く嫌そうな顔をしている。
「なんであいつと私が似ていると言われないといけないの」
「事実だから仕方ないよ」
不楽は、自身とサヘルでニナを挟み込むような形になるようにして座った。
ニナは不楽のことを威嚇することなく、頭を下ろしている。
しかし完全に油断しているわけでもなく、どこか不楽を観察しているようにも見えた。
「小馬鹿にされた気分よ」
「あはは」
不楽の背後にあるキャラバンのドアが派手な音を鳴らしながら勢いよく開いてすぐ閉じた。
ドアノブを捻った音もしなかったし、外から強い力が加わって無理矢理こじ開けたようだった――蹴飛ばしたようだった。
自分の近くまで転がってきたドアノブのパーツを見ながら、不楽は思った。
犯人は考えるまでもなく、彼女だろう。
「ルーミアさん、怒ってるみたいだね」
「あんた達いつもこうなの?」
「え、あ、あ、ん、んーん?」
不楽にしては珍しく、少し混乱したように目が泳いでいた。
サヘルは不審そうに不楽を見る。
「なに、壊れたロボットみたいな反応して」
「えっとそのいつもっていうのは、僕が創られてからずっとって事?」
「二人でいる時ずっとって事」
まさかそんな解釈をするとは思っていなかったサヘルは、強く言い返した。
ようやく彼女も、不楽と二人っきりで話すその面倒臭さに気づいたようだった。
「あーうん、そうだね。イエスでもあるし、ノーでもあるかな」
「なにその曖昧な答え」
「だって僕は元々、ルーミアさんを退治する為だけに創られたんだから」
「……は?」
「ルーミアさんを殺すために創られたんだ」
「いや、言い直さなくても分かるから……え、え、なに。どういうこと? あんたはあいつを殺すために?」
「そうだよ」
突然の、想像の斜め上を行く返答に、サヘルはあからさまに混乱を見せる。
不楽は何ともなさそうに言いながら、左腕を横に伸ばして、その腕を覆う袖を捲くった。
様々な人の死体を継ぎ接ぎして創られたゾンビ――フランケンシュタインの化物である彼の体は、異常なほどに普通だった。
どこにも継ぎ接ぎの跡がない。
まるでピースとピースとの隙間が見つからないような、一枚の写真にしか見えないパズルのように、綺麗に継ぎ接ぎされていた。
不楽はそんな腕の一部を摘んだかと思うと、おもむろに引き千切った。
ぶちぶちと音をたてて、筋肉繊維が切れる。
サヘルは爬虫類のような目を見開く。
「あ、あんた何をしてるの!?」
「ほら、血が流れていないでしょ」
サレルが声を荒げても、不楽はマイペースに話を続ける。
確かに引き千切った腕の断面は、筋肉が剥き出しになり、血管はだらりと垂れているものの、その管から血が漏れ出る事はなかった。
次に不楽は、自身の手を貫手の形にして、自分のこめかみにぶっ刺した。
不楽の頭に、自身の腕が突き刺さる。目が一瞬、変な方向を向いた。
その状態のまま、不楽は口を動かす。
「僕には活動している脳髄はない。腐っていて、朽ちている。僕は死んでいて、血液が流れていないから。ああ、あと、だから心臓も動いていないよ。血液を流す必要はないからね」
「……」
唖然。
呆然。
サヘルの口は動かなかった。
「ルーミアさんより力が強くて、血が流れていなくて、意識もないから魅了も効かない。自我があるかどうかは、僕自身もよく分からない。吸血鬼と敵対せずに、吸血鬼を殺すためだけに創られた存在。それが僕だよ」
「で、でも……」
こめかみから貫手を引っこ抜いたのを見てから、サヘルは若干気後れしながら、おずおずと言う。
「それじゃあどうして、あんたはあいつと一緒にいるの?」
「それは僕がルーミアさんに殺されたからだよ――そして生き返されたから」
端から死んでいる不楽が殺されて、生き返った。という表現を使うのは些かおかしな感じではあるがともかく――彼はあっさりと言った。
不楽は自身の首を指さす。
「どう殺されたかは分からないけどね。この首を斬ったか、頭を潰したか、抉ったか――分かるのは首を破壊されたという事だけ」
さすがにゾンビとは言え、首を斬られたら死んじゃうからね。と不楽は言った。
どうやら死体の活動を司る中枢は頭にあるらしかった。
「そうして『ルーミアさんを殺す予定だった僕』は殺されて『ルーミアさんの眷属としての僕』として、生き返った――つまりルーミアさんは僕のプログラムを無理矢理書き換えたんだよ。命令を聞く主を、的である自分にね」
その時の話、詳しくする? と不楽は尋ねる。
サヘルは首を横に振った。
「……つまり今ここにいるのは、決してあんた自身の意志じゃあなくて、あの吸血鬼に命令されたからってこと?」
「そうだね」
「……つまんない奴」
「そうでもないよ。今の僕にとっては、ルーミアさんと一緒にいることが目的だからね。それをきっちり果たしている今は、うん。楽しいよ」
楽しいと思うべき状況なんだと思うよ。と不楽は付け足す。
「でもそれは命令でしょ? 一緒にいろっていう命令。あんたの考えじゃあない。自我じゃあない」
「うん、そうだね。じゃあルーミアさんの命令を守ることが目的だ。知ってる? ルーミアさん、ああ見えて凄く寂しがり屋なんだよ」
今度は壁が蹴られた。
キャラバンは大きく揺れて、不楽は「おとと」と声に出しながら床に手をついて体を支える。
「なんだか最近、ルーミアさんの足癖が悪くなってきた気がするなあ」
「そりゃああんたと一緒にいたらね」
その性格上、人を哀れむことをあまり良しとしないサヘルも、さすがにこれには哀れんだ。
少しだけだけど。
「そうかな」
「そうよ。あんたはもっと自分のマイペースさとか、周りの心情を慮らない性格とかどうにか……出来ないか」
言っている途中で言っている事の非現実さに気づいたサヘルはすぐに自分の意見を取り消した。
慮れないからこその不楽なのである。
「……」
毛布の隙間からのぞく爬虫類のような目は、不楽の顔を見る。
「ねえ」
そしておもむろに声を上げる。
「あんた、私を始めてみた時、驚きはしたけど、気味悪がりはしなかったよね」
「そうだね」
「そんなあんたに質問――あんたさ、私のことをどう思う?」




