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飼育係の三村さん

作者: 八潮

高校に入学してから二ヶ月。

そろそろ特定のグループが出来て、学校生活にも慣れてくる。そんな時期。


春の麗らかな日差しの下、私は困っていた。

…なんでこんなことになってるんだろ。

私の隣を歩くクラスメイト―――町田くん、の様子を伺いながら、小さくため息を零した。



町田くんはこの二ヶ月の間で学年中、―――いや、ひょっとしたら学校中―――に名前を広めた有名人である。

別に彼がかっこいいからだとか、頭がいいとか、不良であるとか、そういうわけじゃあない。

平凡代表のような私が言うのもあれだけど、町田くんは人より頭一つ分背がおっきいだけで、それ以外目立つようなことはない。

あ、でも結構遅刻をするみたいだから先生たちには目をつけられているかもしれない。

まあ、普通なのだ。どこにでもいるような男子高校生。

そんな彼がなぜ有名になったのか。


今、私より高い位置でのんきにあくびをする彼、正確に言うとその後ろを見ればわかってもらえると思う。

のんびりと歩く町田くん後ろには猫。一匹だけではない。猫猫猫猫。猫の大行列。


…彼は、異常に猫になつかれるのだ。


入学式では彼についてきた猫が体育館の中でにゃーにゃー大合唱、朝は猫と一緒に登校、なんてもう日常と化した。

昼休みは屋上で猫とお昼寝、放課後もお昼寝、そして大量の猫を引き連れて帰っていく。

そのなんとも可愛くてちょっとおかしな光景はうちの学校の名物となった。


そんな彼と私がなぜ一緒に登校しているのか。

今日はいつもよりちょっと早起き出来て、髪の毛も上手くいって、気分がいいままいつもと同じ時間に家を出た。

そして、通りかかった公園で見つけてしまったのである。

…猫に埋まった、町田くんのことを。


あれは、怖かった。

何十匹もの猫が群がってる光景に思わず足を止めて、その猫のかたまりに近づいたら、…重なり合う猫の隙間から、人の手が見えたのだ。

驚いて、焦ってその手を引いたら町田くんが出てきた、というわけである。

町田くんに聞いたら、子猫と遊んでたらいつの間にか囲まれ、覆われて動けなくなったという。

それからなんだか一緒に登校することになり今に至る、まる。


行こうか、と言われて咄嗟に頷いてしまったことを少し後悔してる。

周りの目が痛い。視線がばしばし当たる。

まあ、私だってこんな光景を見たら二度見どころじゃなく、凝視してしまうだろうけど。

前にも言ったように、私は平凡代表のような女子である。

何事においても標準的な私は、当たり前だが生まれてこのかたこんなに注目されてことがない。

だから、自然とため息が溢れてしまうのは仕方がない、許して欲しい。

と、本日三回目のため息を零した。


「…三村さん、ごめんね。なんか注目されちゃって。」

「あー、まあ、見られるのは慣れてないから落ち着かないけど。町田くんのせいってわけじゃないし…。それより町田くんいっつもこんなふうに見られてて疲れない?」

「俺は昔からこうだから慣れてるけど。猫は好きだしね。」

「そういえば、なんでこんなに猫に好かれるの?ずっと気になってたんだけど…。」

「わかんないの。」

「え、わかんないの?なにか秘訣とかあるわけじゃなく?」

「うーん、俺もそれがわかってたら、もうちょっと普通になるんだけどね。」


町田くんが、すこし困ったような顔で笑うから、一瞬言葉に詰まってしまって。


「町田くん、普通になりたいの?」

………なに言ってんだ私!!もっとなんか、こう!そうじゃないだろ!!

しかし言った言葉は取り消せない。

慌てて取り繕おうとするけれど、なんかうまい言葉が出てこない。

ああもう動け私の脳!なんてやってたら上からふっ、と息がもれる音が聞こえて。


「っは、はははは、っは、ごめ、」


…町田くんに笑われました。

「ごめ、三村さん百面相してるから、っく、面白くて、」

「え、そんな変な顔してた!?」

「してたしてた、あー、っはは、」

「も、無理して我慢しなくていいデス。笑ってくだサイ。」

「ふ、はは、はははは三村さん顔真っ赤!あはははははは!お腹痛い!」


それから、学校に着くまでのおよそ五分間。

町田くんの笑いは治まらなくて、それが私にも伝染して、二人して大笑い。

さらに視線を集めてしまったのは言うまでもないと思う。



「いやー、ほんっとごめんね、三村さん!いろいろと!」

「いや、もういいよ、うん。私も笑っちゃったし!」

「そう?…じゃあ、俺は猫たちと別れてから教室行くから。今日はほんとありがと。」

「いえいえこちらこそ。楽しかったです。頑張って。」

「うん!またね。」

「遅刻しないでね!」

「あはは、頑張る!」

手を振り合って、私は教室に向かう。

私は途中で何度も振り返ってしまって、猫たちと一生懸命格闘する町田くんに笑ってしまった。





クラスに入ると、すでに来ていた友達から質問攻めにあった。

どうやら一緒に登校して笑い合ってた、と噂(?)が広まっているらしい。

それに答えつつ、頭にちらつくのはやっぱり町田くんで。

猫たちと上手く別れられただろうか。チャイムの前に来れるかな。また話せるかな、なんて。

そんな思いが顔に出てたのか、ニヤニヤしてて気持ち悪い、と言われてしまった。

と、同時に担任が教室に入ってきて、私の周りの人だかりも自分の席に戻っていく。


「あー、あとは町田だけか。今日もアウトか。」

なんて先生の言葉の後、直ぐにチャイムがなって。

ああ、ダメだったか…。頑張ったねまち「遅くなりました!」だくん間に合ったよかったああ!


先生のセーフ、の声にみんなが笑って、町田くんはすこし恥ずかしそうで。

席に向かう町田くんと目があって、なんだか二人で笑ってしまった。




* * *


それから私たちはよく話すようになって、いつの間にか一緒に登下校をするようになって、町田くんの遅刻が減った。

―――――― 私が『飼育係』と呼ばれるようになったのは、その頃の話。


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