昔話 その二十四
佳奈ちゃん。
僕の鳴き声に佳奈ちゃんは正気に戻った。
「あ・・・ああ・・・あああああああああああああああ」
佳奈ちゃんは絶叫した。
神や仏に掛置きし
現世の願を今こゝで。
未来へ回向し後の世も
なをしも一つ蓮ぞやと。
「ゆづさんを・・・殺そうとするなんて・・・やだやだやだ」
いつ迄いふてせんもなし。はやはや殺して殺して
「もうやだ・・・早く殺して・・・」
「ごほごほごほ」
咳をしながらも、結弦くんは起き上がり、佳奈ちゃんを抱き寄せた。
「私・・・ゆづさんを・・・いや、いやぁあああああああああああああああ」
頭を振り、佳奈ちゃんは幼子のように泣き出した。
「君を殺して、俺も死ぬ。永遠を求めたことが俺にないと?俺だって、君を殺して、自分のものにしてしまいたい」
「我とても遅れふか息は一度に引取らん」
と。剃刀取つて咽に突立て。柄も折れよ刃も砕けとゑぐり。くりくり目もくるめき。苦しむ息も暁の知死期につれて絶果てたり。
佳奈ちゃん。もう泣かないで。
僕は佳奈ちゃんの涙を舐めた。
「琥珀・・・ゆづさん・・・ごめんなさいごめんなさい」
「謝ることなんてないよ。佳奈の絶望は理解しているから・・・俺も佳奈と同じ絶望を抱いているから。ありがとな。琥珀。」
嫌だよ。生きてよ。二人共。
寂しいよ。
「愛しくて愛しくてたまらないのに、もうすぐこの世からおさらばするなんて・・・まだゆづさんとキスしたい。SEXしたい。ゆづさんの子供産んで育てて、年取ってのんびり縁側に座って、お茶飲んで・・・京子さんや栞さんや金谷くんとたくさん音楽を作りたい・・・贅沢な望みなんて何一つ抱いていなかったのに、なんで・・・なんでなんでぇ!!」
佳奈ちゃんの悲鳴のような声が部屋に響いた。
「残りの時間で全部やろう」
結弦くんの静かな声が響いた。
「子供産んで育てるというのは、流石に難しいけど・・・たくさんキスしよ。たくさんSEXしよ。琥珀と俺と君で縁側に座ってのんびり待ったりするのも良いねぇ・・・恭子さんや栞さん、金谷くんと一緒にたくさん曲を作ろう。君が作った曲、音楽関係者からも評判が高い。たくさん作って欲しいって言われているんだ・・・」
佳奈ちゃんを抱き締めながら結弦くんは囁いた。
「君との間に子供はできなくても、俺にとっては君の音楽を聞いて喜んでくれる子供が、俺と君の子供だ。」
僕は結弦くんの瞳を見つめた。
それは、覚悟を決めた男の瞳だった。
「俺はな。執念深いんだ」
ふっと、溢れるような笑みを結弦くんは浮かべた。
「佳奈が死んでも俺は愛し続けるし、毎夜、君を抱く夢を見るだろう。俺は佳奈の愛に縛られ続けることが望みだ。」
2015年1月。
今思えば、彼の望みはかなったのかもしれない。
テレビでたまに見かけると、彼は必ず十字架のネックレスをしていた。
多分、自分の息が止まるまで、肌身離さずにいることだろう。
「あれ以来ね。【恋】と【狂気】がコインの裏表の関係だと思うようになったのは。だから、アタクシ心配していたのよ。京ちゃんと知兄ちゃんがそうならないか。」
「・・・難しいですねぇ。」
柏木は立ち上がり、何かを持ってきた。
コーヒー豆をひくミル?
彼は、ミルでコーヒー豆を挽きだした
「後でその珈琲よこしなさい。」
「もちろん。そのつもりです。来客用の最高級の豆です。流石に身重の京子先生に出すのは、やめときましたけどね。」
柏木は、ドリップペーパーに豆をいれ、お湯を注いだ。
コーヒーの良い匂いが部屋に漂う。
「君の言うとおり、【吊るされた男】のたとえは、あながち間違いでもない。【吊るされた男】は通過儀礼という意味ももつ。更なる高みに進むために望んで吊るされているのかもね。」
「仏教の悟りみたいですね。」
未来成仏疑ひなき恋の手本となりにけり。
うまいことを言う。
結弦くんは、いつの日か悟りを開くことができるのだろうか?
それは、アタクシにはわからない。




