昔話 その十九
「仲田さんと結婚した佳奈ちゃんは本当に幸せそうだった。ホント、仲の良い夫婦だった」
2013年11月
収録も佳境に入ってきた。
収録が進むと同時に、佳奈ちゃんの身体は徐々に痩せていった。
病院とスタジオを往復する日々が続いていた。
「雨・・・大丈夫かな。佳奈ちゃん」
私は傘を手に、外に向かった。
駐車場に、車が一台止まった。
何気なく見ると、仲田さんと佳奈ちゃんがいた。
佳奈ちゃんの乗った車いすを押して、レコーディングスタジオにやってきていた。
・・・仲良いなあ。
私はその様子をずっと見ていた。
私はどちらかというと神というものを信じていない。だけど、目の前の光景を見て、もし神が存在するなら、祈りを捧げてもいいと思った。
神様、どうかお願いです。
あの二人にもう少しだけ、時間をください。
「京子さん。風邪弾くよ。医者が風邪引いたらアホだよ」
車いすに乗った佳奈ちゃんが、私をみつけて笑った。
彼女は仲田さんに何かを囁いた。
仲田さんは、車いすを操作し、私に近づいた。
車いすが止まると、佳奈ちゃんはゆっくりと立ち上がった。
かなり身体は辛いだろうに。
彼女は首に巻いていたストールを私の肩にかけた。
自分の目から、熱いものが溢れた。
泣き出した私に、佳奈ちゃんは困ったように笑った。
細くなった佳奈ちゃんの指が、私の涙を拭った。
「泣かないで。女は財布落とした時と、好きな男に抱かれている時と、親が死んだ時以外は泣いちゃいけないんだよ」
「だったら・・・頑張ってもう一枚、CD作ろうよ」
「・・・ゴメン。大好きよ。京子さん。」
泣いた私の頭を撫でると、佳奈ちゃんは再び車いすに座った。
収録スタジオに入ると、佳奈ちゃんの纏う空気が変わった。
今日、演奏するのは【アクアマリン】と名付けられた曲だ。
この曲は、乙女ゲーム【恋物語 真改】のエンディングテーマになることが決まっている。
「あえて、歌詞をつけたくない」
会議で佳奈ちゃんはそう言い切った。
私は手書きの楽譜を見る。
相変わらず、超絶技巧必須だ。だが。
何度も練習した。
最初の旋律は、コントラバスから。
私はコントラバスの弓を構えた。
サックスの音色が、スタジオ内に響く。
私は眼を閉じた。
眼を閉じると、ゲームの攻略キャラクター達が、主人公に愛を囁くシーンが目に見えた。
ああ、コレなら。
この曲なら、ゲームのエンディングにふさわしい。
下手に歌詞がある曲よりもずっと。
佳奈ちゃんの演奏が終わった。
「もう一曲、収録していいかな?【アクアマリン】のサックスソロも作曲したんだ。収録しておきたい。」
佳奈ちゃんの問に、全員が頷く。
再び、佳奈ちゃんはサックスを奏でる。
・・・ああ、この曲は佳奈ちゃんから、仲田さんへの愛の告白だ。
眼を閉じると、海岸を二人の男女が歩く姿が見える。
永遠にこの光景が、続けばいい。
吹き終わると、佳奈ちゃんは倒れた。
それが、佳奈ちゃんの最後の演奏だった。
余命、三ヶ月。
命の期限が近づいていた。




