家が焼けた。
始まりは一本の電話だった。
「三沢先生、大家から電話なんだが・・・」
風祭さんの言葉に俺は首を傾げつつも、その電話を受けた。
「もしもし、三沢ですが・・・」
「大変よ。知ちゃん!!」
受話器から大家の慌てた声が聞こえた。背後から、消防車のサイレンの音が聞こえる。
凄まじく、嫌な予感がした。いや、嫌な予感しかしなかった。
「落ち着いて聞いてね。アパートが全焼したの!」
「○×△□」
その知らせを聞いた時、俺の頭は真っ白になった。
風祭教頭にその事を告げると、「確認してこい!!」と一喝された。俺は予定していた授業を自習にし、自宅に向かった。
全焼だった。
どうやら放火だったらしい。警察が現場検証をしていた。
「・・・俺、どうすればいいの?」
その問に答えてくれる人は、誰もいなかった。
その日は、ネットカフェに泊まった。だが。
「いつまでもネットカフェって言う訳にも行かないしなあ。家、探さないと」
頭を冷やしたくて、俺は裏庭へ向かった。
裏庭に行くと、大きな黒猫が近づいてきた。琥珀だ。
どうしたの?とでも言うように、琥珀は俺の隣に座った。
俺は彼の頭を撫でながら呟いた。
「琥珀。俺、宿無しになった・・・」
琥珀が大きく目を見開いた。ホント、表情豊かな猫。
「昨日、学校に電話があったんだ。」
琥珀は俺を見上げていた。どうやら話を聞いてくれるらしい。
「大家からだった。アパート全焼だって。電話があった。俺、住むとこないんだよ・・・」
おーあーるぜっと。
アルファベットにすると「orz」
かなり落ち込んでいた。
その時だった。
「三沢先生」
声とともに現れたのは、琥珀の飼い主である橘京子先生。
にゃあ。なやあ。
琥珀が鳴き声を上げたので、俺は琥珀を抱き上げ、彼女に渡した。
「どうした?琥珀?」
そう言いながら、彼女は抱き上げた琥珀を受け取り、琥珀の頭を撫でた。
琥珀は京子センセの首元に顔を埋めて甘えていた。
・・・羨ましいやつ。俺も猫だったらと思う。
「隣、良いかな?」
「・・・どうぞ?」
彼女の問いに、俺は答えた。何の用だろう?
「住む所、見つかった?」
「昨日の今日で、すぐに見つかるはずないでしょう。当分は車で寝泊まりです。」
恐らくそうなるだろう。今、考えられる中で一番現実的な選択だろう。だが。
俺の答えに彼女は笑った。
なやあお
琥珀も何かを感じたのだろう。短く鳴いた。
「学校から歩いて五分、トイレ、バス共同。家事手伝い要。家賃はそうね。三万円」
「?」
トイレ、バス共同でも、家賃三万円はかなり破格である。だが・・・
「えっと・・・」
「うちに来るかって聞いてんの」
京センセは俺の様子に、盛大に溜息をついて言った。
「イマ、ナニヲオッシャイマシタ?」
幻聴だろうか?だが。
「何で、カタカナになってんの?まあ、いいや。はい、これ鍵」
渡されたのは黒い猫のストラップがついている鍵だった。
「女と猫一匹のわびしい一人暮らしなのよ。部屋も余っているし、どうかなと思ったんだけど・・・もし恋人がいるなら」
俺は彼女の言葉を即座に否定した。
「いません!!そんなの全然いません!ぜひともお願いします」
「・・・分かった。今日は寒いし、おでんにするから楽しみにしてなさい」
そういうと彼女は、抱いていた愛猫を地面に降ろし、保健室へ戻っていった。
「琥珀。」
琥珀が俺をじっと見上げた。
「俺、夢を見ているのかなあ?好きな人といきなり同居って・・・」
夢じゃないだろうか。
俺は、手で自分の頬を掴むと、左右へ思いっきり引っ張ってみた。
痛い。
「俺、耐えられるかなあ」
好きな女と同居なんて。
みゃあお。
何とも言えない表情を浮かべた琥珀が短く鳴いた。