昔話 その十
セッションが終わって、京ちゃんと山谷のお姉さんが戻ってきた。
「久しぶりで全力で演奏したけど、さすが現役。ついていくのがやっと」
「アタシなんて何度も京子さんに助けられましたよ。」
「二人共、凄かったよ。はい、コレご褒美。京子先輩はサングリア、山谷のお姉様はブラッディムーン。」
二人共赤いカクテルが好きなんだねぇ。
「いや、本当に凄かったです。」
カウンターにいた職業・声優のお兄さんが、戻ってきた二人に目を輝かせていった。
そういえばこの人、名前なんて言うんだろ。
「お二人は音楽家ですか?」
「私はピアニスト兼音大で講師していまーす。」
山谷のお姉さん、目がやばい。
狩人モードに入っている。【何】を【狩ろう】としているのかは、ご察しください。
「私は、病院で研究者と、とある高校で保険医しています。」
「うそ!!お医者さま!!アタシ、同業者かと思った。」
まあね。あの演奏ならそう思うのも無理ない。
「私と京子さんは、大昔外国のコンクールで大暴れした仲間よ。まあ3年ぶりぐらいだから、やはり少し音が狂っているけどね。」
佳奈ちゃんの言葉に、京ちゃんは笑って頷いた。
あれで音が狂ってんの?
どんだけなのよ。
「俺、感動しました。良ければ今度アニメの音響監督連れてきますんで、その時も弾いてもらえますか?」
「良いよ。ただ、同じ曲を弾くとは限らないけどね。」
山谷のお姉さんの返事に、ずっこけるお兄さん。
そろそろ名前知りたい。なんだっけ。あああ喉まで名前が出ているのに。
「名探偵ポアロの中の人なんだけど・・・名前が出てこない・・・」
僕を膝上に乗っけてくつろいでいる京ちゃんも、必死になって記憶を手繰っている。
「葛城清吾といいます。【さて、諸君】」
突然のポアロの声に、佳奈ちゃんも京ちゃんも山谷のお姉さんも笑った。
かららん。
ドアが開く音が聞こえた。
いらっしゃい。
僕は京ちゃんの膝から降りて、お客様を迎えにいった。
中に入ってきたのは、仲田結弦君だった。
「いらっしゃいませ。いつものでよろしいでしょうか?」
「お願いします。」
ひとつ頷くと、清吾君の隣に座った。
「ゆづさん、遅い。遅いよ。」
「どうした。清吾」
「さっきまで、ポアロのオープニングのジャズバージョンがタダで聞けたのに・・・」
「そりゃあ、惜しいことした。」
佳奈ちゃんはジンライムとチョコレートを、結弦くんの目の前においた。
2015年1月。
「そう言えば先生と叔母さんって・・・外国のコンクールで大暴れした仲だっていう話だけど・・・まさか・・・」
柏木くんの質問に、京ちゃんは笑った。
「モントリオール国際ジャズフェスティバルに無理やり引っ張り出された。佳奈ちゃんの陰謀に二人して引っかかって。佳奈ちゃんがサックス、私がコントラバス、風さんがドラムス」
・・・佳奈ちゃん。京ちゃんを騙すだなんて・・・結構やるときはやるのねぇ。
賢兄ちゃんがトラムを叩けるとは・・・説教と俳句が趣味と思っていたのに少々意外だったわ。
僕はちらりと柏木くんと知兄ちゃんを見る。
知兄ちゃんは雪を抱っこしながら、二人の話を聞いていた。
「京子さん、何か悩んでいるの?」
「悩んでいるというか・・・佳奈ちゃんに一番最初に報告したかった。知さんとの子供ができたこと。」
知兄ちゃんの問に、京ちゃんは穏やかに笑って答えた。
そのニュース、佳奈ちゃんは大喜びしそうだな。
「それに、知さんと柏木くんには・・・知っておいてもらいたかったの。十文字佳奈という女性の生き方を・・・」
確かに。
柏木くんも知兄ちゃんも、知っておいたほうが良いかもしれない。
・・・ずっと抱きしめていて。お願い。




