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司令官とユニット

 斉藤みかんは気が抜けたようにぼうっとしていた。

 狭い部屋。

 監視カメラはなく、拘束もされていない。

 だが、電子錠のドアは開かない。

 ベッドは固定されていて通風口から出ることは無理だろうと思われた。

 それに体が重い。

 時間はいくらでもあった。

 現状を考えよう。


 私たちは本当に同じ世界を繰り返していたのだろうか?

 本当に全ての世界は細部まで同じものだったのだろうか?

 進藤は言っていた。



「君らはよくやってくれた! シナリオ以外の世界……ようやくそこに我らを運んでくれたのだからな!」



 シナリオ以外の世界。そして『運ぶ』。

 つまり今までの世界全てが同じ世界の時系列を繰り返していたのではなく似たような、だが細部が異なる世界であったのではないだろうか?

 そして、ついに時間と空間を超えることに成功し、その結果、消えたゲーム専門学校の仲間たち。


 それが分岐点だったのだろうか?


 いや違う。

 もっと決定的な……なにかだ。


 伊集院明人。

 彼は会長と渡った世界ですらも異物だったと聞いている。

 ……では彼はいったい?


 突然、ガシャリという音がした。


「みかん? いる?」


 通風口から声がした。


「亮ちゃん?」


「今、空調ファンを外すから待ってて」


 バシッと言う音とともに空調ファンが止まった。

 ケーブルを切断したのだろう。

 間髪入れずシュルルというモーターが回転する音がした。

 電動ドライバーだろうか?

 しばらくするとガシャリと音がした。


「うん。これで大丈夫。みかん、今からカバー外すね。危ないから通風口のそばにいないで」


「う、うん」


 みかんはどうやって外すのだろうと不思議に思った。

 どう見てもネジ山は部屋の内側を向いている。


「おりゃ!!!」


 がしゃんという音がした。

 そして何度もガンガンと音がした。

 蹴りだ。

 とりあえず飯塚は蹴り壊すつもりなのだ。

 いきなりの物理攻撃にみかんは頭を抱えた。

 明らかに伊集院明人やライアンの脳筋どもから悪い影響を受けている。


「うーん爆破するか」


「死人が出るからダメ!!!」


「あはは。大丈夫だって。うんと、密輸入したこの爆薬で……」


 今なんて言いやがりました?

 みかんが思わずツッコミを入れた瞬間、小さく金属が弾ける音がし、金枠が落ちてきた。

 外に音は漏れていないようだ。

 みかんはほっと胸をなで下ろした。


「オッケー! 外れた」


 飯塚が通風口から顔を出した。


「あのさ……どうやって入ってきたの?」


「気合で通風口をはってきたんだ。匍匐前進で」


 やはり脳筋の悪影響を受けている。

 全て筋力だよりだ。


 みかんが微妙な表情をした。


「ん? なに? みかんどうしたの」


 ところが飯塚はなんの自覚もなかったのである。



 一方、明人たちは青函トンネルから素早く逃走していた。

 巻き込まれたくない一心で、である。

 後始末をお役所に押しつけたのだ。

 そして表面上は何事もなかったように、しかし心の中では心臓をバクバクとさせながら予約したホテルにチェックインした。

 一行は死人の表情で部屋に荷物を置くとホテルのロビーで打ち合わせを始めた。

 このとき全員がアメリカ大使館爆破の直後よりもエラいことをしたという顔をしていたのである。


「これからどうするよ?」


 藤巻が明人に聞いた。

 まるで責任を押しつけるかのように。


「ああ。そこでジェーンの出番だ。アイツらどこと通信してた?」


 ここはジェーンに丸投げだ。

 そう言わんばかりの明人の肩にジェーンが軽くパンチをしながら言った。


「あのね! ハッカーをなんでもできる万能人間だとでも思ってない? まあいいや。確かに無線LANに大量のパケットが送信されてたよ。さっき接続先のサーバーからログを盗んできたけど、移動通信システムからの通信だった」


「移動通信? モバイル?」


 ここはどうしても明人とジェーンの二人のギーク(技術オタク)どうしの会話になってしまう。

 二人以外は置いてきぼりである。


「そう。でもさ第五世代っぽいんだよね。まだ実験中のアレ。光ファイバーより早いって人間でも送信しやがるのかよと……私でも持ってないのにどうやって手に入れやがった……まあいいや。重要なのは基地局を突き止めれば三角関数使って測量すれば範囲がある程度特定できるってこと」


「突き止めたのか」


「まあねー。電子の妖精ちゃんには全部お見通しなのよ。さーてサクサクッとマザファッカどものナッツをもぎ取りに行きましょうかね? ねー明人」


 ようやく調子を取り戻したジェーンは純粋さの欠片もない邪悪な顔でニヤニヤとしていた。



「ぶー!!! なんでワタシが待機なんだよ!!!」


 ジェーンが頬を膨らませて抗議した。

 あれほど悪い顔をしたのにこの扱いである。


「司令官は後方で待機」


 明人はそう言った。

 半分嘘である。


 『火遊びを覚えて与える被害が大きくなったから』


 という言葉を全員が腹の奥にそっとしまったのである。

 それに明らかにジェーンは狙われている。


「レイラと会長は護衛として待機だ」


「了解」


「了解ですわ」


 確かに戦力の分散はよくない。

 だがアタッカー以外は護衛として待機させておくべきだ。

 明人や他のメンバーはそう判断した。

 それをレイラに伝えると「まあいいだろう」と承知した。


「レイラたぶん怒ってるぞ」


 とあとで藤巻が言った。


「ん? 藤巻わかるの?」


 お菓子を握りながらのんきな声で聞いた山田に震える声で藤巻が答えた。


「ああ。うちの妹が怒ったときと同じだ。顔も態度もいつもと同じなんだが……怒ると……超怖いんだ」


 山田がよく見ると藤巻はガタガタと小刻みに震えていた。


「あー……ごめん藤巻」


 藤巻は藤巻で色々と苦労しているんだなと山田は思った。

 色々追求したらかわいそうなんだなと自重したのである。



 一時間後。

 ジェーンが明人の端末へ情報を送った。


「送信テスト完了。アキト、マップ送るね」


「了解」


 明人が答えると今度は山田の声がした。


「レイラは?」


「異常なし。本当に怒ってるの?」


「藤巻が言うんだからそうなんじゃない?」


「うーん……リュージは勘がいいからなあ……あ、そういや誰が運転してるの?」


「明人」


「……免許は?」


「なんか国際免許。これ何語だろ? えっとサンジョバンニ? イタリアか。エルサレム? あと最後のマルタってのしか読めない」


「もしかして王冠に白い十字のマークのヤツ? もしくは矢印が十字になってるやつ……」


「そう。それ!」


「……それ以上追求しないこと。わかったね!」


 領土を持たないけど主権を持っているあの国である。

 ちなみに日本は国として認めていない。


 あ、アホか!!!

 インチキのスケールが大きすぎる!

 めちゃくちゃじゃねえか!


 ジェーンは今さらながら明人のカトリックでもないのに異常なコネクションに頭痛が治まらなかった。


「あと埼玉県警発行の……なになに『武器の使用以外の一切を……』」


「それは違えッ! 嘘つくなよ!」


「えへへー。でも埼玉県知事発行の許可証的なのがあるよ? なんだろね?」


 すでにジェーンですらもツッコミきれない。

 そんなツッコミを入れまくるジェーンに水を差すものがいた。


「ジェーン。来たぞ」


 カーテンの隙間からスコープで外を覗きながらレイラが言った。


「人数は」


「どうやらこちらの動きを知られているようだな。打ち合わせ通り脱出すべきだな。ヤツらは同じ背格好。着ている服は全員中途半端なミリタリー。都市部で迷彩色とは……あいつらバカなのか?」


「うーん……たぶん、迷彩服しか用意できなかったんじゃないかな?」


 ジェーンが首をひねった。

 なにかを考えているが結論には至らないという表情だった。


「どういう意味だ?」


「えっとねえ……こないだから頭の中にある図なんだけど……アイツの能力は自分の存在をあらゆる所に出現させる能力かな? えっと麗華、打ち合わせとは違うけど、あいつらの一人をワープで斬ってみて」


「どういうことですの?」


「えっとねえ……つまり端的に言うと『存在』とは世界を構成する情報であり……ヴィジョンはメモリにアクセスする能力で……麗華のは情報を書き換える能力で……メモリエディタ的な感じで……つまりヤツを斬れば……んがああああ!!! とにかく説明が難しいの!!! ワタシだって半分しかわからないの!」


 それは完全な逆ギレであった。

 相手にする価値もないものだ。


「わかった。指揮官は君だ。従おう」


 だがレイラはジェーンを見て断言した。


「レイラさんって意外に融通が利きますのね……」


 田中の言葉にレイラが珍しくニヤッと笑った。


「なあに……私もああいう人をなめたヤツの泣き顔が見たいのだよ」


 レイラはそう言って笑いながらナイフを抜いた。

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