寝台特急
飛行機が使えない。
羽田行きのモノレールへの乗換駅である浜松町。
明人と藤巻はそこでスマートホンの画面を見ながら呆然としていた。
画面はニュースサイトを表示していて、そこには
「不審物により空港閉鎖。テロか?」
と書かれていた。
空港で不審物が見つかり飛行機の運航が全てキャンセルされてしまったのである。
「おい明人……なんかやべえぞ」
藤巻が明人に言った。
明人も、すでに『なんか』というレベルではないような気がしている。
だがしかたないのだ。
今は飯塚を捕獲するのが任務である。
余計なことに首を突っ込んでいる暇はない。
「ああ……そうだな。だが行かないと飯塚が暴れる。藤巻さんもわかってるだろ?」
「……まあな」
アメリカ大使館を消し炭にした男が野放しになっている。
明人と藤巻の両名は責任を感じずにはいられない。
眠れる獅子を起こしたのは明人であるし、藤巻はアメリカ大使館ヘリ墜落事件の共犯だからだ。
「眠れる獅子どころか怪獣だったじゃねえか」と、二人は同時に心の中でツッコミをいれ、場がさらに重い空気に包まれる。
だが黙っていても仕方がないのだ。
「北海道って飛行機以外だとどうやって行くんだっけ?」
「知らん」
旅行に不慣れな二人は最初でつまずいた。
明人は携帯を取り出しアプリを起動する。
「ええっと……スマホで乗り換え案内のアプリから……」
幸いスマートホンの乗り換え案内アプリから列車の情報が引き出せた。
大宮から特急で函館に行けばいいとのことである。
かなりの時間をロスすることにはなるが、自動車よりは速いはずだ。
それに運転をしなくていい。
複数の意味で。
無免のスーパードライバーと、炎のバイク野郎は「うむ」と同時にうなずいた。
「大宮か……なんか嫌な予感がするよな……」
不吉なことを言う藤巻を明人がなだめる。
「そうそう何度もイレギュラーがあるはずないだろ。……な?」
明人は適当なことを言って藤巻をなだめた。
もちろんこの二人が目的地に無事に辿り着くはずがないのだ。
◇
本当は使う気はなかった。
だが背に腹はかえられない。
こういうときこそアレの出番なのだ。
CIA……というよりアメリカ大統領から支給されたブラックカードは本当に凄かった。
列車のチケットの手配からホテルの予約まで電話一本で全部やってくれたのである。
使い方がわからなくて口喧嘩しながらCIAの日本オフィスに電話したことは藤巻と明人の秘密である。
この辺の仕事に関しては、まだ二人は不慣れなのだ。
ジェット機のチャーターなどの誘惑を乗り越え、あくまで慎ましく二人分のチケットで列車に乗り込んだ。
もう時間は夜だったため、寝台特急である。
明日の朝まで時間がある。
二人は大宮で購入した弁当とお菓子、ペットボトルのお茶を食べながら自然ととりとめのない話を始めていた。
「藤巻さん。親にはなんて言った?」
「いやほら、うちは警察の仕事してるの知ってるから正直に言ってきた。お前は『お母様』になんて?」
「……『お母様』はやめろ。次言ったらマジで殴るからな。いやしばらく特番のロケでいないからなにも言ってない」
明人の母である伊集院スヴェトラーナ (40代)は年齢を偽ってクッキングアイドルとかというタレントをしている。
かなりの売れっ子のせいか常に忙しい。
そのため明人の素行まで目が届かないのだ。
幸い高校に入ってからは表向きは素行が良いため勘ぐられることもないだろう。
「明人。俺たち友達だよな?」
藤巻がキリッと『キレイな藤巻』になってそう言った。
……このヤロウ。
「DVDも写真もやらねえ。つうかねえからな!」
「えー……」
心の底から残念そうな声である。
藤巻はあまり人間が得意ではない明人の数少ない同年代の友人の一人である。
藤巻も明人と同じように口が重い傾向にあるのだが、彼らは不思議とウマが合うようで不思議と会話も多くなる。
もちろん明人に軽口を叩く男子は藤巻と飯塚しか存在しないのではあるが。
「ところで三島とはどうなった?」
「っぶ!!!」
明人がお茶を吹き出した。
「……まだダメか。お前ホント女だけは不器用だよな。ジェーンちゃんに山田に……今度は田中会長まで落としたのにそれかよ」
「わ、悪かったな!!!」
そこが器用でさえあれば、前世も楽だったに違いない。
明人は心の底からそう思う。
そもそも他の世界の明人たちだって相当に不器用なヤツらなのだ。
伊集院明人である自分が器用なはずがないと明人は自分を納得させた。
少し腹が立ったので今度は明人が攻撃に出た。
「そっちこそ妹ちゃんとはどうなった?」
「っぶ!」
今度は藤巻がお茶を吹き出した。
それを見て明人はにやりと笑った。
「いやな……うーん。俺も腹を割って話すとするか。なんて言うかな妹はどこまで行っても妹だ」
「……オヤジさんの養子になってないんだろ? それだったら」
「いやダメだ。俺が良くても苦労をするのはアイツだ。だとしたら俺が引くべきだ」
ロリ魂それは修羅の道。
ノータッチを貫く正義の味方。
藤巻は北のロリ魂番長ユーリの弟子である。
どこまでもストイックに己を貫くのである。
たとえそれが虚飾を取り除いたらただのド変態であっても、その虚飾にこそ漢としての美学があるのだ。
明人はふっとため息をついてから言った。
「……藤巻さん……あんた漢だぜ」
「わかるか……友よ」
そう言って男同士が暑苦しい抱擁を交わす。
武士は食わねど高楊枝。
男には自分よりも他人を優先する時がある。
それが男という生き物なのだ。
そう、これこそがサムライスピリッツでハードボイルドなのだ。
暑苦しい男泣きをしながら抱き合う二人。
……そしてその時だった。
「うつのみやーうつのみやー停車時間は……」
次の瞬間、二人の部屋のドアがガラガラと勢いよく開いた。
「やっほー!!! あー……間に合った。って……明……人……」
そこにはジェーン、レイラがいた。
抱擁を交わす二人。
組み合ったままの明人とジェーンの目が合った。
明人の顔から血の気がサーッと引いていく。
「やだ……しゅごい……しゅごいよおおおおおおッ!」
ジェーンの第一声はそれだった。
ジェーンが早撃ちガンマンよりも早くスマホを抜き写真ボタンを押す。
携帯のフラッシュが明人たちを襲う。
「良い光景だ」
レイラも無言で親指を立てる。
いつもの冷静な表情は崩していなかったが、顔が少し赤くなっていた。
「ぬおおおおお! っちょ、これは違う!」
「ジェーンちゃん! やめ! 撮るなああああああああああッ!」
「やだしゅごおおおいッ!」
パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ!!!
連続シャッターモードによる高速連写。
ジェーンはじゅるりとヨダレを垂らしながら容赦なくバカ二人の痴態をメモリーに収めていった。
「やめてええええええええええええッ!!!」
二人の悲鳴が響き渡った。
他の乗客の迷惑にならない程度に。
◇
ほくほくと何かをやり遂げたかのようなとてもいい顔をしているジェーン。
そして体育座りでうつむく漢(笑)たち。
たとえ漢でもかなわない生物がいる。
そうこれこそが理不尽というものなのだ。
ジェーンはご機嫌な様子で先回りのことを話し始めた。
「いやさー。明人のカードが使われたっていう通知が来てさ。ほらあれCIAのカードだし。履歴追って切符を手配したんだ。んでさ、緊急車両で宇都宮に先回り! ギリギリ間に合ったわ。ホラ元気出して! ポテチあげるから」
もう二度とアメリカ信用しねえ。
明人は思った。
「あのな。ハグくらいはロシアでは普通だぞ! そんな落ち込まなくても。な? チョコやるから」
レイラが藤巻に微妙なフォローをした。
藤巻にはその生暖かい優しさが辛かった。
「でさ。飯塚の行方なんだけどさ、じゃーん! エシュロン情報で道警に不審な男の子を補導しようとしたら逃げられたってのがあったよ! あ、き○この山食べる?」
ジェーンはイタズラっぽく言うとお菓子の山を広げはじめたのだった。




