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伊集院明人は二度死ぬ 6

 明人たちはこれまでの事をジェーン……こちらの世界のジェーンに話した。

 先ほどまで真っ赤だった髪。

 胸まである栗色髪の毛を人差し指でいじりながらジェーンは呆れたといった声を出した。


「なんだその科学の皮を被った与太話……だいたい私がタトゥー入れるなんて……ねえよ!」


 ジェーンの反応はもっともだった。

 幾重にも安全対策が施されている大型の加速器の中でこんがりと焼かれるなんて事があるはずがない。


「だいたいな。ガキが核戦争を止めるとかどんだけメチャクチャな世界なんだよ! 俺も何回か国防省のサーバーハックして核攻撃(NUKE)の信号送ったけど厳重注意だけですんだぞ……そんだけ戦争ってのは簡単には起こらないんだよ!」


「わたくし……たった今、確信しましたわ。この人ジェーンですわ……」


「だな」


 二人がうんうんと納得していると、その態度にキレたジェーンが怒鳴った。


「うるせー!!! 俺を納得させるだけの証拠持ってこい!」


「仕方ありませんわね……」


「仕方ないな……」


 二人は顔を見合わせ、うなずくと本棚へ向かう。

 パソコンの専門書が所狭しと並べられている。

 明人も田中も無表情で日本語翻訳版の本を取り出していく。


「ジェーンがわざわざ翻訳版をそろえるはずがない。ほらやっぱり読んだ形跡がない」


「そうですわねー。そろそろ出てくるはずですが……」


 本棚の奥。

 そこからアニメの男性キャラどうしの過剰な友情を描く薄い本や男どうしがキャッハウフフしている本が出てくる。


「っちょ! や、やめ!!!」


 ジェーンが叫ぶ。

 だが明人も田中もわざとらしい演技にはだまされない。


「これはフェイクだ。ジェーンはエロ関係なら『何が悪い!』って開き直るはずだ」


「デスワネー(棒読み)」


 容赦なく薄い本や少年どうしの(略)を撤去していく。


「……え? まさかお前ら! ちょっと待て! それはさすがに俺のキャラが崩壊するって! ねえやめて! やめろおおおおおおおッ!」


 薄い本を撤去すると奥から専門書より小型の本が出てくる。

 タイトルが「恋」とか「愛」とかの甘くて切ない恋愛小説や少女漫画が大量に出てきたのだ。


「うんぎゃあああああああッ!!!」


 ジェーンが叫ぶ。


「あら……これ英語版まで全部そろってますわ……」


「やめえええええええええええ!!!」


「ジェーンはこういうのが好きと」


「殺せえええええッ! 殺すなら一気に殺せええええッ!」


「まだだ」


 明人の声を聞いた瞬間、ジェーンが固まる。


「っちょ……まさか……マジで知ってるのか」


「この奥に自作の押し花がついたポエム帳があるはずだ! やれ!」


「いえっさー!」


 明人が眼鏡をくいっとあげながら非情な処刑命令を出し田中は喜んだ。


「いやあああああああああッ!」


 ジェーンの叫びを無視して明人たちは機械的にロッカーを漁る。

 すると表紙に押し花が貼り付けられた本を発見した。


「よしあった。なになに……『気がついたらすれ違っていた。一緒にいたいのに。あなたと会えたことが一番の幸せなのに……』」


「うみゃああああああああッ!」


 仕返しではない。

 全く違う世界のジェーンなのだ。

 ……というのを前提にしながらもなぜか全く良心が痛まない明人たちであった。



「わかった……信じる……ああ! 信じるよ! このド畜生が!!!」


 ジェーンは涙目であった。


「すいません……でもこれしか証明する手段が思いつかず……」


「それは証明じゃなくて脅迫だ!!!」


「デスヨネー」


「うがあああああああ! そこのデブ覚えてろ! 絶対に仕返ししてやるからな!」


 負け犬になったジェーンは怒鳴りちらすと、ため息をついて冷静に話し始めた。


「で、私に何をさせたいんだ? さっさと話せ」


「元の世界に戻る方法を知りたい」


 イラッとしたのかジェーンは再び不機嫌になる。


「てめえらバカか? 俺はコンピューターサイエンスとサイバー法の専門家だ! 量子力学や宇宙物理学なんか全くわからんわ! ……ん?」


「なんですか?」


「いや……そういや……大学の学報に……」


「どんな内容ですか?」


「いやさ。物理学科の井上先生……あの美中年がワームホールを作り出す話を……」


「井上!!!」


 井上の予言。

 その井上がこの世界では生きていた。


「ん? 知ってるのか? この下だから今行ってみるか? あのオッサンいつも閉まる直前までいるし」


「井上先生を知っているのですか?」


「あー。あんまり親しくはないけどなー。なんか向こうに避けられてるというか……そういや井上先生ってアンタに似てるな」


「似てる?」


「いやあっちは痩せてるんだけど……そう! その目! そのギラギラした目が似てるんだ! あとなんかエロい感じが」


 どういうことだろう?

 目が似ている?

 エロいは問題外として。

 明人は思った。

 実はエロいにヒントが隠されていたのだが、それにはまだ明人たちは気づかなかった。


「んじゃ飲みに行こうぜ。井上さんのオゴリで! うけけけけ」


 ジェーンが笑う。

 明人たちはジェーンについていった。

 非常階段を下りて階下に降りる。

 薄暗い廊下を進み井上の部屋についた。


「電子キーのようですが?」


「えへへへへ」


 ジェーンがひらひらとカードキーを見せつけた。

 ああ。ここでもジェーンは同じなんだなと明人は思った。


「偽造マスターキーでロック解除! ヤッホー美中年! ってあれ?」


 明かりのついた部屋の中には誰もいなかった。

 異様なのはそれだけではない。

 その部屋には本や書類が全くなかったのだ。


「あっれー? 部屋移ったかな?」


「あの……あれは?」


 田中が指をさしたその先にはホワイトボードがあった。

 そこには



 伊集院明人へ

 真実を知りたければ明日、東京国際見本市会場跡地へ来い



 と書かれていた。


「東京国際見本市会場跡地?」


 田中が聞いた。


「ああ96年に閉鎖された施設で、東京オリンピックの選手村建設予定地だ……」


 明人がそう言うとジェーンはあからさまに不審な顔をした。


「オリンピック? なんのことだ?」


 ようやく明人は確信を持った。

 この世界は明人の中の人の住んでいた世界とは違う。

 この世界は東京でオリンピックが開催されない世界なのだ。


「私たちのいた世界では2020年に東京でオリンピックが開かれるはずなんです」


「……あークッソ! お前ら! 井上先生と組んで私をからかってるんじゃねえだろうな! まあいいや行くぞ!」


「行くぞって?」


「私も行くんだよ! 明日の朝。さて飲みに行くぞ!」


「あの私は未成年……」


「あー……んじゃウチで飲むか……来いよ」


 ジェーンはもう一つの世界の彼女と同じ笑顔で笑った。



 案内されたのは秋葉原のマンション。

 その一室。

 ジェーンの部屋は……名状しがたいほど乙女だった。

 レース。かわいい小物。ひらひらティッシュケース。

 部屋を埋め尽くすぬいぐるみ。

 これには明人も驚いた。

 ジェーンはそれも知られてるのだろうと開き直っていたので明人も田中も何も言わなかった。


「……パラレルワールドか……あー俺も向こうに生まれたかったなー」


 カジュアルブランドのフリースジャケットを脱ぎ捨てると床にあぐらをかきながらジェーンはしみじみとそう言った。


「ジェーン?」


 ジェーンは四つんばいで冷蔵庫の方へ行き、冷蔵庫からビールを出した。


「ビールでいいか?」


「ああ」


「私はお茶で」


「あいよー……ってねえや。コーラでいいか?」


「はい」


 ジェーンが缶ビールを明人へ放り投げ、田中にはコーラを手渡し、再びあぐらをかいた。


「だってアンタが言うにはさー。アンタの世界じゃさ親父が生きてて、学校なんて通ってて友達もいるんだろ?


「ええ。私も友達の一人ですわ」


「かーッ! 勝ち組じゃねえか! 俺の人生と真逆じゃん。俺はお袋死んでからずっと一人だし、親父の存在知ったのだって死んでからだし……前科はあるし……本名ごと消されたけどな」


「ジェーン」


「おっと湿った話をしてもしょうがねえな。んでよ。お前らつきあってんの?」


 ジェーンがとんでもない方向から弾丸を発射した。

 明人は田中を見る。

 いや大丈夫だ。

 田中は頭の中がピンク色の生物じゃない。

 頭の中は明日の任務の事でいっぱいのはずだ。


「はい♪」


 ところが明人の予想は一瞬で崩れた。


「っちょ! 会長! 何言って……」


「伊集院明人! ここに着いてあなたを一目見た時から私の胸は鳴りっぱなしですわ」


 何かがおかしい。

 今の明人はお世辞にもイケメンとは言えず、女性にモテるはずがない。


「そのクマさんのような体型……はあはあ……抱きしめたい……」


 なぜか田中が明人へにじり寄る。

 血走った目と手つきが怖い。

 妙な圧力を感じた明人はジェーンに『てめえ見てないで助けやがれ』とアイコンタクト送った。

 そんな明人にジェーンは手の甲を向け中指を立てるファックサインで答えた。


「さあ! 伊集院明人! 私にハグを! ハグをおおおお!」


「クソ! ジェーン覚えてろ!」


「ぎゃはははは! 面白えな! 俺にもこういう友達が欲しいぜ!」


 ジェーンは屈託なく心の底から笑った。

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