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ソロプレイヤー明人

前半暗いので注意

 この日本において犯罪のきっかけはほとんどの場合、些細なことである。

 欲しかった。馬鹿にされた。顔が気に入らなかった。むしゃくしゃしてやった。

 記憶を取り戻す前の伊集院明人も例外ではなかった。

 変わった母親を持つ。

 それは時に子ども時代を暗黒に変える。

 暗黒の始まり、それも些細なものだった。

 保護者会に現れた母親。

 25歳で結婚したスヴェトラーナは親としては標準的な年齢だった。

 だが彼女は見た目が若すぎた。

 中学生……いや小学生にしか見えなかったのである。

 当然、保護者たちは彼女の話題で持ちきりになった。

 最初こそ人当たりのいい彼女への興味だった。

 だがそれは彼女の夫、明人の父親が上場企業の社長である、彼女自身も戦争難民ではあるが名家の出身である事がわかるや否や、一気に悪意へと変貌した。


 旦那はロリコンである。


 頭がおかしい家族。


 母親の方も気持ちが悪い。


 保護者たちは全力で陰口を叩いた。

 本人のいない場所、ファミレスで、喫茶店で、子どものいる前で。

 それを止めるものは誰もいなかった。

 面白半分に悪口を言う親を目の前にして子どもたちは思った。


「伊集院くんはいじめてもいい。だって悪いやつだから」


 歪んだ正義感、その表現としての暴力。

 自己への抑圧と他者を踏みにじることによって得られる精神浄化(カタルシス)

 自己よりも劣等な人間が存在するという圧倒的自己肯定性。

 その麻薬にも似た快楽に子どもたちが溺れるのは時間の問題だった。

 悪いやつをやっつけているという大義名分の暴走により、どんどん苛烈になる伊集院明人への暴力。

 暴力、人間性の否定、いや存在を否定する言葉が投げつけられる。

 本来なら止めるべき教師も、明人一人が犠牲になることでストレス解消効果でクラス全体の雰囲気がよくなることを察し、明人をサンドバッグにすることを選択した。

 両親は忙しさの余り、子どもの変化やシグナルに全く気づかず、事態はどんどん悪化した。

 こうして全てが明人の人間性を否定する方へ流れていったのだ。

 アザが全身に回り、表情がなくなったとき伊集院明人という人格は完成をした。

 数少ない社会との接点から全力否定される。

 それは伊集院明人が全力で自己否定をするには十分な根拠だった。

 いつしか卑屈に笑うようになった伊集院明人は自分も世の中全ても価値のないものだと結論づけた。

 社会からの拒絶は伊集院明人という児童の心を壊すには充分だったのである。


 ある日、明人は暴力を振るってみることにした。

 それは実に些細な思いつきだった。

 あくまでこれは実験である。

 なぜなら『暴力は楽しくないものだ』そう教師は言った。

 果たして本当だろうか?

 クラスメイトは何をするよりも楽しそうな顔をしている。

 こんなに楽しいこと知らなかったと言っていた。

 だから実験をしてみたのだ。


 拳を握り殴る。

 相手の攻撃など避けない。

 このとき伊集院明人は全てを客観視していた。

 自分が殴られているのではない。

 いや殴られているという事象がどこか遠くで行われているのだ。

 主観の伊集院明人は遠くからそれを観察しているだけ。

 伊集院明人はとうに痛みと意識を分離する術を編み出していた。


 拳がクラスメイトの顔面にめり込む。

 指が変な方向に曲がったがそれも自分とは関係はない。

 倒れたクラスメイトに馬乗りになり力任せに拳をぶつける。

 相手が反撃をしてこないという圧倒的な安心感が、一瞬にして崩れ恐怖の余り悲鳴を上げる。

 初めて人を殴った時、伊集院明人は全てから解放された。


 痛みから。

 自己否定と劣等感から。

 そして全ての倫理観から。


 伊集院明人は夢中になって殴り続けた。


 人を殴るのって気持ち悪い……

 いや楽しいはずだ。

 そうみんなが言っていた。


 だから楽しい。


 吐きそうになるのも、胸がむかむかするのも楽しいからなんだ。

 そうに違いない。

 だってそんな気分よりも何倍もスカッとする!


 そこに慈悲などはない。

 すでに伊集院明人は他人への共感性を失っていた。

 伊集院明人にとって他人とは暴力を振るう敵でしかなかった。

 伊集院明人がその短い子ども時代で学習したのは残酷な暴力だけだったからだ。


 こうして悪魔が誕生したのである。



 一方、現在のアキトは伊集院明人ほどは追い込まれていなかった。

 アキトは伊集院明人としての記憶を承継している。

 だが、アキトが目覚めた時には父親とはすでに修復できないほど関係は悪化しており、露骨に避けられているためほとんど会話もしたことがない。

 そもそも忙しく家にいないので「よく知らない人」という印象しか持てないのである。

 母親も朝の長寿番組に出演する人気の芸能人であるので、これもまた接点は驚くほど薄い。

 しかしながら明人は冷たい人間ではない。

 彼らに対して親という認識はあり、それになりに情はあるつもりである。

 だが、親の悪口を言われてもそれほどはピンとこないのである。

 激高するほどはない。

 さらに今の明人は孤独にめっぽう強かった。

 元の伊集院明人のような寂しがり屋ではない。

 一人でプラモを作っている方が好きなソロプレイヤー気質なのである。

 悪い連中とつきあう隙は全くなかった。


 そして最大の違いは周囲の評価である。

 アキトは言葉こそ少ないが人当たりは決して悪い方ではない。

 普通だったら怒るようなジェーンや猫を被った山田の理不尽な要求も仕方ないとつきあっている姿がよく目撃されている。

 一般生徒からは女性にはめっぽう弱く優しい性格だと評価されていた。

 アキトは本人の人徳や温和な性格が校内では好意的に受け止められていた。

 逆に悪口などを言いふらす攻撃的な連中には圧倒的武力による抑止が効いていた。


 ゆえに「あー……番長も苦労してるんだな……(一般学生)」とか「デュフフフフフ。俺TUEEEEEEE!(血走った目のジェーン)」とか「サイン欲しい(藤巻)」とか「なんか作ってくだちゃい(小腹が空いた山田)」という、どうでもいい感想しかなかったのである。


 アキトも泣いてはいるが、「こんなオカンを見られるのは嫌だ」程度の悩みだった。

 濃い母親の存在も多少のストレスにはなっても、悪い方に振れることはなかったのだ。


 だがここでスヴェトラーナが壊れる。


「あっくん! あのねあのね! ママお仕事調整してちゃんと来たよ!」


「来ないでくださいって何度もお願いしまいたよね?」


「あ? 誰が彼女? ねえ誰が彼女?」


「オイコラ聞け!」


「はーい!!! 私です!」


 ジェーンが手を挙げた。

 ジェーンの幼い容姿を見てスヴェトラーナがよろける。


「……明人……ロリコン? そしてマザコン?」


 ……てめえが言うな。

 明人は思った。


「おい伊集院! なんとかしないか!」


 今度は完全に猫を被った山田がそう言った。

 機嫌が悪い。

 お腹がすいたに違いない。

 もうお菓子やらね。明人は思った。


「……この娘!」


 スヴェトラーナの目がカッと開いた。


「エロい……よく見て明人! この引き締まった腰のライン!!! この娘脱いだらすっげー体よ!!!」


 山田は意味がわからず首を傾げ、明人はうなだれている。

 もうやめて……だが明人への処刑は続く。

 今度は藤巻が頬を赤らめて前に出てきた。


「ファンです……ここにサインを」


 シャツにサインを求める。


「あらー。明人のお友達?」


「親友です!」


 かつて誰にも見せたことがないほどいい顔をする藤巻。

 スヴェトラーナは明人と藤巻を交互に見る。そして少しだけ暗い顔をしながら余計なことを言った。


「……明人。いいの……ママ……そういうの……理解あるから」


「っちょ! てめえふざけんな!」


 実はこのときスヴェトラーナは浮かれていた。

 初めて息子がまともな学生生活を送っている。

 確かに何度も怪我してはいるが、今までは入院させる方が多かった。

 警察の人も「息子さんには犯人逮捕でお世話になってましてねえ」って感謝された。

 他人に感謝される人間になったのだ!

 しかも友達や彼女がいるらしい。

 今まで全方位から嫌味を言われ続けた。その息子が普通になってくれたのだ!!!


 実際は現在の明人の被害者数は昔より増えているし、ソロプレイヤー気質のせいでエロゲの登場人物のような華麗な恋愛などとは無縁である。

 全員の好感度はマックスなのに、相性のいいハッカーは男友達のようだし、サムライは中身が小学生だし、狼は夢見る少女である。

 むろんバイク野郎と弓の破壊魔は論外である。

 イベントをどう進めろというのか!!!

 明人は心が折れそうだった。


「君たちどうした?」


 レイラが教室に入ると明人が白くなっていた。

 藤巻は微妙に浮かれ、ジェーンは今までに見たことのない邪悪な顔をしていた。

 最強の男がここまでなんて……どんな苛烈な拷問を受けたのだろうか?

 レイラは引きつった。

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