ビジョン
飯塚を乗せたまま、藤巻が陸王を走らせる。
空を飛ぶヘリとは違い車両は道の制約を受ける。
それでも藤巻たちはヘリに少しずつ近づいていった。
陸王からはハーレー型特有のエンジンが打ち鳴らすビートが伝わってくる。
藤巻はそのリズムに酔いしれながらコーナーを攻めにかかる。
スポーツタイプのバイクとは違い、ただでさえ小回りのきかない陸王。
そこにサイドカーをつけたせいで余計にうまく廻りきれない。
飯塚はそれを機敏に察知して、サイドカーから身を乗り出すように体重をかけ、サイドカーの重心移動でハンドリングをサポートする。
サイドカーのついた陸王がなめらかにコーナリングを終える。
直進コースになった途端、藤巻が目を輝かせながら飯塚の方を向いた。
「飯塚! 俺とマン島目指そう!」
それは最高の笑顔だった。
それを聞いた飯塚がこめかみに血管を浮かせたまま笑顔で返す。
「お断りだ。死ねロリコン」
罵倒が返ってきたが藤巻は気にしない。
なぜなら藤巻はその時、人生の中でも最高に気分がよかったのだ。
藤巻は当初、力技で曲がろうと思っていた。
転ぶ可能性もあるとすら思っていた。
それでもリスクをとるべきだと判断していたのだ。
だがそれは杞憂に終わった。
飯塚によるサイドカーの絶妙な重心移動のよるスムーズなコーナリング。
ドライバーとパッセンジャーの一体感。
藤巻はそれらを体験して感動に打ち震えていた。
自分と対等の存在。
バイクにおいて同じ世界を見て切磋琢磨できる存在。
それが存在していたのだ。
小さい頃から藤巻は孤独であった。
今でこそ忘れているが、幼少時の藤巻は器用になんでもこなした。
勉強でもスポーツでも周りよりも何歩も先を行っていた。
モトクロスをしているときでも同じだった。
常に藤巻は同年代の選手よりも何歩も先を行っていた。
いわゆる天才というものであったのかもしれない。
指導などされなくとも全てをこなすことができた。
己の思い通りにならない操作など何一つなかった。
刹那に垣間見た完全なバイクとの一体感。
それにあと少しというところまで近づいたのだ。
興奮しながら藤巻はその体験を周囲に語った。
だが同年代の誰もがその感覚を共有することはなかった。
藤巻と同じ位置に立ち、同じ世界を体験したものは皆無だったのだ。
周囲の無理解に悩んだ藤巻は次第に孤立していった。
ますますバイクの世界にのめり込む藤巻。
そしてある日、実家が経営する会社の業績不振という形で藤巻はモトクロスを奪われた。
そこから堕ちるのは一瞬だった。
高校も行かなくなり、街の不良と付き合う自堕落な生活。
そして最後には仲間に妹を奪われ殺されかけた。
それを救ってくれたのが明人だ。
だが明人は藤巻と同じ世界を見てはいない。
それは明人との会話からわかった。
車種や自動二輪に対する知識が全くないのだ。
知っているのは、なんとなく操縦する方法と直結で奪う方法だ。
明人はバイクを愛してはいない。
足になれば乗り物などなんでもいいのだ。
それだけが藤巻には残念だった。
だが今、同じ世界を見ているものがここに存在したのだ。
明人の友達である飯塚亮。
彼は藤巻の思い描いたハンドル操作を絶妙にアシストしていた。
藤巻はそれが藤巻が見ている世界と同じなのだと確信していた。
藤巻はバイクの世界でようやく相棒を見つけたのだと思った。
だが藤巻の思い込みをよそに飯塚サイドの事情はたいへん切実であった。
さも当然のようにサイドカーで無茶なコーナリングをする○リキャス仮面。
意味もなくスピード落とすことなく鋭角のコーナーへ突撃し、あるときはスピンターンをきめようとすらした。
そのたびに両名は死の恐怖に怯え、泣きながら頭を地面に掠るかのように重心移動をした。
死への恐怖から極限まで高められた集中力。
その悪夢のような数十分で主人公補正のかかった飯塚は驚くべき学習能力でサイドカーのスキルを取得したのだった。
飯塚は結果的に藤巻と同じ世界を見ることができるようになった。
思い入れも年相応に自動二輪を欲しいと思っている程度には存在する。
だが飯塚はまだサイドカーのことを自分の中で消化できておらず、レースに出るなどという発想は持ち合わせていなかったのだ。
そんな事を知らない藤巻は喜びのあまりハイになり笑いながらアパッチへ近づいていく。
飯塚は必死になりながら曲芸士のように身を乗りだし器用にサイドカーを操る。
飯塚からしたら未だこの作業は恐怖を感じ「なぜこんな事を!」と泣き言の一つも言いたい気分なのである。
「ヒャッハー! サイドカーは最高だぜえ! 今度サイドカークロスやろうな!」
「藤巻ぃ! おまえだけは殴る! 戻ったら絶対に殴るからな!」
すでに飯塚からは留年者への敬意というか優しさの現れである「さん」付けはどこかに消えさっていた。
それを仲間と認めてくれたのであろうと勘違いした藤巻が少しだけ照れながら言った。
「ははは! これが終わったら一緒にマン島目指そう!」
「人の話聞けよ! つうか死亡フラグ建てるなドアホ!」
飯塚に罵倒されながらも「そう照れるなよフフフ」と言わんばかりの藤巻だった。
勘違いはどこまでも続くのだ。
◇
藤巻と飯塚がヘリに向かう中、アキト、ジェーン、山田、それに田中は未だに攻撃を受けていた。
装甲車が燃えさかる中、アキトたちはすでに車外へ非難していた。
アキト一人ならば適当に逃げおおせることができただろう。
だが、山田とジェーンが逃げられるとは限らない。
アキトは二人を守らなければならないのだ。
燃えさかる装甲車を背にして隠れるアキトたち。
ヘリからのチェーンガンの雨が無慈悲に降り注いでいた。
おそらく軽装甲の車両程度では壁にもならないだろう。
明人はそう確信していた。
「伊集院! どうする!」
「藤巻さんが向かった! 何とかしてくれるに違いない!」
「伊集院! 本気なのか?! 彼は素人だぞ!」
至極まっとうな意見を言う山田にアキトはにかっと笑い断言した。
「お兄ちゃんは無敵なんだ」
鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をする山田。
アキトはジェーンにも笑いかける。
ジェーンはこの男が安心させようとわざといでたらめを言っていることに気がついていた。
「私はアキトを信じる。大丈夫、アキトならゾンビだらけのなんとかオブザデッドな世界でも無傷で生きられるから」
ジェーンは明人のしぶとさを信じている。
大丈夫。
マグナム喰らっても脇腹の怪我ですんだのだ。
自分を救ったときのように力技でなんとかするに違いない。
ジェーンはそう自分に言い聞かせた。
その時だった、田中に変化が起きたのだ。
◇
田中は突如めまいに襲われた。
空間が揺れ、世界がぶれた。
それは重なる二つの世界。
次の瞬間、田中の目には全てが二重に映っていた。
いやアキトとジェーン、それに山田は二重ではない。
もう一つの空間には彼らは存在しない。
その代わりアキトのところにいるのは飯塚亮だった。
片方の世界で飯塚は年代物のウインチェスターライフルを構えていた。
(そうだ。あれは家の倉から適当に持ってきた銃だ。でもなんでそんなことを知っている? そんなことは起きていないのに)
敵は現実と同じ戦闘ヘリ。
100年以上前のライフル程度では撃墜など無理だ。
火薬の匂いがした。
(なぜ匂いまで?)
まるで花火のような音が響いた。
飯塚が発砲したのだ。
飯塚が三発撃ったところでチェーンガンが降り注いだ。
粉塵が迫ってくる。
田中は叫びながら手を差し出す。
だがそのときには飯塚は跡形もなく吹き飛んでいた。
田中は狂ったように叫びながら拳銃を空に向けって引き金を引いた。
こんなものでヘリを落とせるはずがない。
わかっていた。
だが友人を目の前で殺された田中には正常な判断能力など残っていなかった。
(友人? 彼に会ったのはつい最近のことなのに? 何かがおかしい)
何発撃ったのかそれすらわからなかった。
カチリと弾切れを知らせる音がした。
そして田中は何かに吹き飛ばされた。
それがチェーンガンなのかミサイルなのか?
一瞬で絶命した田中にはそれはわからなかった。
◇
田中は顔を両側から挟まれているのに気づいた。
「田中しっかりしろ! それは違う世界の出来事だ!」
山田が田中を見つめていた。
その顔は真剣そのものだった。
田中は生気を失った表情で虚ろな目をしていた。
「そこには伊集院もジェーンも藤巻もいない! それは破棄された現在だ! もう起こらない!」
「でも飯塚が! 飯塚が死んで!」
うわごとをいう田中に山田は必死に語りかけた。
「しっかりしろ! 飯塚は藤巻と一緒に行った。ジェーンも生きている! ダン・ジョンソンも狂っていない!」
「ダン……そうだ……ダン・ジョンソンが赤坂に放置された核を……止めなきゃ……」
田中はそう言った。
「クソッ! こんな時にビジョンが見えるとは……こんなのは予定にない! 伊集院! 田中は数分は使い物にならない! 初めてのビジョンは脳への負荷が大きいんだ!」
明人は混乱した。
山田は何を言っている?
飯塚と田中がともに戦うシナリオなど存在しない。
それに狂ったダンと核。
明人にはわからないことだらけだった。
「山田! どういうことだ!」
「ボクと同じだ! 田中は破棄された世界での出来事を見ている」
「核ってなんだ!」
「1960年代に日本に持ち込まれ携帯型核爆弾。その一つが赤坂にあるんだ!」
「それがなんでダンと関係する!」
「ジェーンが殺された世界ではダン・ジョンソンは復讐のために核戦争を起こすんだ! ボクはもう何度も見ている!」
「それは『破棄された世界』ってやつか?」
「ああそうだ! でも今は詳しく説明してる暇はない! 無事に帰れたら、ちゃんと説明する!」
明人は奥歯をかみしめた。
やはり山田は明人の知らないこの世界の秘密を知っている。
ようやく手がかりが見つかったのだ。
だからこそ彼女らを守らねばならない。
「……俺がオトリになる。 山田はジェーンと田中を守れ!」
「わかった!」
「アキト……」
「ジェーンは赤坂の核を調べろ。わかるな?」
「……うん」
「山田! 生きて戻ったら覚悟しろよ!」
明人はそう言うとヘリの前へ飛び出していった。
明人の耳に「うん。約束だ!」という山田の声が聞こえた。




