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月夜

 魔族達は、先へと進む。日が沈む頃には、岩場だらけの大地を抜け、緑溢れる光景へと変わっていた。

 日が沈み、緑と青の月が昇り始める。

 馬車はすべて止まっている。薪を集める者、狩りに出かける者。夜に向けて、皆が準備を始め、日が沈みきると至る所でたき火がたかれる。

 野太い笛の音に、太鼓を叩く音が聞こえてくる。原始的な音に併せ酔っ払い共が、歌を歌う。

 歌声に混じって、新天地への期待の声が聞こえてくる。俺は、そんな一団から離れ、近くの森へと足を向ける。

(クソッタレ)

 罪悪感は無い。元々、自分には他人を思いやる『情』というのが欠如している。

 あるのは、自ら、そして会社にとって益か不利益かという一点のみ。

 ゆえに魔族を心配するのも損得勘定からくるものだ。

 人としての欠陥品。その事実は微妙に居心地が悪く、逃げるようにその人達から離れ森の中へと入っていく。

 奥に進むにつれて音が消え、火の赤い輝きが消えていく。聞こえるのはフクロウの、ほうという鳴き声と、月の照らす緑の輝きだけとなる。

「さて、どうしますか」

 約束の地は実在し、魔族たる彼らがそこに住んでいたことも知っている。ああ、この人間に抑圧された状況を考えれば、あそこは天国だろう。

 が、彼らはそこに辿り着けない。それは絶対だ。

 そのまま、彼らが西に向かえば、人間達に追い詰められるのは目に見えている。

 が、他に何か方法があるか、と思えば思いつかない。

 正直、彼らに武器を渡したところで、今更情勢はひっくり返ることは無い。

 何故ならば……

 プルルルルル、と携帯電話が鳴る。

「本社からか?」

 最近の技術力は凄まじい、異世界という空間という障害でさえ軽く取り払ってしまう。 

 今回の失敗に対する叱咤か?何しろ、莫大な予算をかけて切り開いた市場が消滅しつつあるのだ。

 電話を取ろうとし、そこで気づく。

 地球からの電話では無い。発信源はこの世界から。この世界に、地球人は自分の他、もう一人しかいない。

「はい、佐藤ですが」

『久しぶりですね。エイタロウ』

 電話の向こうから聞こえるのは、柔和な男性の声だ。

「ええ、お久しぶりです。Mr.アルフレッド」

 三星商事アルフレッド・ウォーカー。この世界を開拓しにきたもう一社――三星商事の人間で、人間達、王国側に武器を売り、魔族を駆逐させた人間だ。

『そちらの様子はどうですか?』

「ええ、もうどうしようも無い状況です。今回は私の負け、ですね」

 ファック、死ねと内心毒を吐くが、表面上は落ち着いた声で答える。

 俺がそう言うと電話の向こうで、愉快そうな笑い声が聞こえてくる。

『今まで、負け続きでしたからね。久しぶりにロックにいかせていただきました』

 ロックにいく、それが彼の口癖だ。本当に、油断をすると足下を掬われる。

「ええ、本当、あなたは上手くやりましたよ」

 何度か世界を渡ってきたが彼とは何度かぶつかったことがある。普段のシェア争いでは、だいたい勝率は半々、今回は奴のほうが上手だった。

 彼は、自らの武器を、神の与えた神具として売り込み、現在、人間側の宗教の信仰の対象として、絶大な権力を握っている。

『レクイエムと言われた貴方に褒められるとは、光栄ですね』

 レクイエム、その中2病を煩ったかのような通り名は、自分が戦場でドンパチやっていた頃のあだ名だ。

「ロック好きのあなたが、賛美歌なんて歌えるか心配でしたが、上手くやっているようですね」

『あはは、そこら辺は何とかなります。ところで、提案があるのですが、私と手を組みませんか?』

「それはどういった風の吹き回しで?」

『月面開発です』

「ああ……」

 空を見上げる。そこにあるのは緑と青の月。あそこにあるのは地球によく似た惑星。

 緑があり、海があり、大気があり、そして、多種多様の生き物が生息している。

 ちなみに、あの月とこの世界は、繋がっていない。双方の間には、次元の壁が存在しており、異世界同士ということになる。

 つまり、宇宙船を作った処であの月には到達することは出来ず、方法としては、月面にゲートを開くことしかない。

「三星商事はあの天体に興味あるようで」

『ええ、貴方が見た未知の遺跡群。調べる価値があると、判断されました』

 ポケットから、金の鍵を取り出す。一見、どこにでもあるアクセサリーに見えるが実際は違う。

 これはゲートフォルダー。ゲートを開く装置で、ようやくひと一人を異世界に運ぶのがやっとだ。無理させれば、何百人も通れるゲートを作り出すことが出来るが、一度それをやれば、間違い無くゲートフォルダーは壊れる。

 困ったことに、この装置は、この世界と地球を結びつけるアンカーの役割もあり、壊れれば、地球との行き来は出来なくなる。

 それを再び見つけ出すのはまず不可能だ。それは川に落とした一粒の砂をすくい上げるのと同意だ。

 つまりは、月面に行くには、同じようにその一粒の砂を掬い上げるような確率でその世界にアクセスしなければならない訳がが、幸か、不幸か、このゲートフォルダーは、あの月にアンカーを打ち込んである。

 そう、俺は、過去にあの天体にいったことがある。と、いうのも自分が最初降り立ったのは、あの月なのだ。

 そこにあるのは、未知の遺跡群。あの地で俺は、今の地球のように異世界を行き来していたとされる種族の痕跡が発見したのだ。

 といっても、格段珍しい話では無い。これまでそういった文明は10件近く報告されている。

 その遺跡の装置の一つが、この星に繋がるゲートマシンだったのだ。誤ってその装置を作動させてしまった俺がこの星に降り立ち、前魔王と出会うまで色々とあったが話すと長くなるので割愛。

 ちなみに、佐藤忠商事は、月面開発は消極的だ。あの遺跡群は魅力的らしいが、コストと労力を考えれば、今は、保留ということらしい。

 まぁ、一人しか運べないゲートフォルダーだと、無人の星での開発はどれだけの労力が必要になるか、考えるだけでもぞっとする。

 だが、運がいいことに、この世界には、もう一人ゲートフォルダーを持った人物がいる。

 二つのゲートフォルダーを使えば、双方の負担は半分になり、無理なく十人程度は通れるようなゲートを月面に開くことが出来る。

 そこから定期的に王国の人間を送り込めば、十分に開発は可能、佐藤忠商事本体のいうコストの面を十分に解消できる。

 つまりはこのまま、魔族と商売しているより現実的に実りのある話だ。俺は、何かを言おうとし、そこで、一瞬立ち止まる。

 歌が、聞こえた。

 それは懐かしい曲で、そして聞き覚えのある声だった。

 微妙に音程のずれた声に俺は、小さく苦笑する。

「すみません、その返事は次回でよろしいでしょうか?」

『あ、ちょ、エイタロウ』

「では、失礼します」

 そう言って、俺は電話を切る。

 誰がこの曲を歌っているか知っている。美しく優しい歌声。だけど、流れる伴奏にズレていて、不協和音を作り出している。まるで幼稚園のお遊戯会のよう、それでも、何とか一生懸命合わせようとしているのが解る。

 自然と笑いがこみ上げてくる。眼鏡を外し、一言。

「たっく、どーしようもない音痴め」

 自分らしからぬ笑みが浮かんでしまう。

 遙か昔、アメリカという国が、月に手を伸ばそうとしていた時代にヒットした曲。

 俺が、彼女に教えた曲で、つまりは、この世界で彼女しか知らないはずの曲だ。

 音のする場所に足を向ける。彼女の歌に重ねるように、俺も歌う。

 その声の先で彼女が驚いた顔でこちらを見ている。彼女の首には先程までなかったヘッドフォン。伴奏はそのヘッドフォンから流れているらしい。

 あのヘッドフォンは、去年、彼女の誕生日に上げたものだ、ということを思い出す。

 商売相手を媚びへつらう為のクソッタレな行為だったが、思いの外彼女が気に入って貰えたようだ。

 彼女の歌声を、上手く誘導する。何百、何千と歌った曲だ。これくらいのこと簡単だ。

 調律された曲は、彼女の元々の声の良さが相まって、神秘的な色を帯びる。

 月が大地を照らす。緑に、青に、まるで海にいるかのような美しさ。空を見上げると、地球では見られない程の星の海。かつて、自分が目指した世界がそこにある。

 歌い終わって、彼女が俺に笑いかける。

「眼鏡、していないんだな」

「ああ、今日の仕事は終わったのでね」

 眼鏡をしている時は、仕事モード。外す時はオフモードと分けている。別に二重人格という訳ではない。

 朝、久しぶりに彼女に会ったときより彼女は楽しそうだ。

「んだよ、何かいいことでもあったか?アルソン」

 魔王閣下、ではなく彼女の名前を呼ぶ。その言葉に彼女の笑みが更に深くなる。

「ん!素の君は久しぶりだ。エイタロウ!」

「何が、そんなに嬉しいんだか」

「そこは察して欲しいぞ……馬鹿」

 パサパサ、と落ち着き無く、翼を羽ばたかせる。

 白い羽が舞う。彼女が嬉しいとき、よくやる動作だ。

「こっちも察して欲しいよ。てめぇのせいで、商売上がったりだ」

「……ごめん」

 まぁ、彼女が武器を買いたがらないのも解る。先代も戦うのを出来る限り避け、戦う時は正々堂々と戦った。

 彼ら曰く、誇り、というものらしい。

 トリガーを引くだけで、死者を製造する銃などは剣や拳で戦う彼女からすれば卑怯な手段に見えるだろう。

「ごめんっつーなら何か買えよな。武器じゃなければいいんだろ?」

「そうだな!じゃあ、まず食料品、あのハムって食べ物食べたい!みんな美味いもの食べたほうが元気でるはずだ」

「ふん、ハム一つ、500ジェルだ」

「それぼったくり過ぎ!知っているぜ!君達の世界だとジェル一つで、一財産になるって」

「ばーか、商売だよ。世の中、等価交換。諦めな」

 慌てる彼女を見ながらクックック、と笑う。

 ちなみに、ジェルとは魔族の通貨だ。鉱石の一種で、地球には存在せず、ゲートホルダーの材料となる貴重な鉱石だ。

「嘘だよ、1ジェルもいらねぇ。まぁ、ハムだけだと飽きるだろーから、人数分の食料一食分詰め合わせで300ジェルでどうだ?」

「いいの?」

「ふん、等価交換だ」

 彼女の言うとおり、1ジェルでも結構な額になる。まぁ、異世界という特殊すぎる立地条件を考えれば、妥当な価格とも言える。

 この石が無ければ、地球から異世界には渡れない。地球でも人工的に作ることが出来るが割高になってしまう。

「先代王も武器を買うことを拒み続けたからな。頑固の処は筋金入り、か」

「親子、だからな」

 胸を張ってアルソンは言う。その感覚が理解出来ない。

 元より情が希薄だというのもあるが、そもそも肉親というのを持たない俺にとっては未知の感覚だ。

(いや……)

 かつて、一度だけ感じたことがあった。

 それは俺が子供の頃、戦場で出会った『にーさん』との思い出。彼と話している時の心地よさは、肉親に感じるそれと同じなのかもしれない。

 彼女が、再び音楽を流し、それに自分の声を重ねる。

 まだ、少し音を外しているが、それでも気持ちは十分に伝わってくる。

「私を月へ連れてって」

「それだけの対価を払ってくれるならな」

 歌詞の一節に突っ込みを入れる。その言葉に彼女が一瞬、吹き出す。

 子供の頃、宇宙飛行士になりたかった。

 その為に訓練していた訳だが、第三次世界大戦が始まり、徴兵され、気がついたら戦場にどっぷり浸かっていた。

 大戦は案外呆気なく終わりを告げたが、その頃には、宇宙は身近なものとなってしまった。

 そんな時、世間が新天地として話題となったのが異世界の存在だ。

 こうして、世間の目は異世界に向けられ人々は熱狂した。自分もその流れに乗った。

 だが、最近ふと思う。

 この選択はあっていたのだろうか?と

 彼女の歌う曲が、佳境にさしかかる。

「言い換えるならば……」

 そこで、最後の一節を彼女はいつまでたっても言わない。

 どうした?と聞こうし、彼女の顔が真っ赤に染まっているのに気づく。

「……その、あ、愛している、ぞ?」

 それは、歌の最後の言葉で、だけどそれ以上の意味を込められた一言。

 真っ赤になって、見るな、と翼で顔を隠してしまう。

「へ、返事は……?」

 翼の間から聞こえてくるか細い声。ふと、その翼が邪魔だな、と思ってしまう。

 これでは彼女の顔を見ることが出来ない。だから、その翼をそっとどける。

 あわ、と奇妙な声を上げる彼女、緑の月光に照らされた彼女の顔がとても美しい。

 何か、言おうとして、割り込む声が響く。

「か、閣下!!」

「わあ!」

 突然、オークの兵士が姿を現し、驚いたアルソンが俺を突き飛ばす。

「ど、どうした?」

 残念、と思いつつ、眼鏡を再びかける。とはいえ雰囲気的にただ事ではないようだ。

「人間が!人間の軍勢がこちらを目指しています」

「なんだと!」

 彼女の顔色が変わる。緊急な事態だ、何しろ魔族で戦える者は殆ど残っていないのだ。

 俺としては、予想していたこと。普通に考えて、当たり前なのだ。

 ――害虫駆除は、徹底的に

 クソッタレなことだが、このタイミングをわざわざ逃す程、馬鹿な連中ではない。

(仕方ないか)

 心の中で呟く。彼女たちでは、人間共には勝てない。なら、自分ならどうだろうか?

 そんなことを考えながら、彼女の背中に問いかける。

「閣下ー、武器を買いませんか?」

「却下! おい! お前、早く戦士を集めろ」

「ですが、あなた方の軍勢で戦えるのはどれだけです?」

「…………」

 アルソンが黙り込む。何か言いたそうだが、言葉が出ないようだ。

「仕方ありませんね」

 ポケットの中にあるゲートフォルダーを取り出す。鍵の形をしたそれを、目の前の空間に差し込む。

 がちゃ、という音と共に、目の前にドアが生まれる。

 ゲートフォルダー。それは、異世界を渡る為の道具であると同時に――同じ世界での移動手段にもなる。

「エイタロウ?どこにいく!」

 その問いに、俺は答える。本当に、クソッタレだ。こんなことをするのは俺らしくは無い。

 だが、まぁ……

「何って、仕事にきまっているじゃないですか」

 そう、仕事なのだから、仕方がない。

「商品を売るには、まず、デモストレーションが必要ですね?」

「エイタロウ!まて!」

 そんな彼女の声を無視して、扉の向こうへと足を踏み入れる。

 こうして、俺は何年ぶりかの戦場に足を踏み出した。

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