猪退治
今の季節、日が照り蒸し暑い真夏日。
ニュースキャスターのお姉さんが本日は今年一番の気温の高さだと言っていそうな、異例の暑さである。
朝は一番に赤い紙を見ながらパンを食べるのがいつもの日課だ。
今日は何があったかなっと。
なになに?子供の捜索が16件,暴れているモンスターを至急倒すのが1件か。最初は100件以上もあって忙しすぎて死ぬかと思ったが、今はだいぶ減ったな。
「アイリー、留守番は任せたぞ。客が来たらいつものように依頼書を選ばせて書かせろ。じゃ、行ってくる」
コクッ
アイリーと呼ばれた伸び過ぎてボサボサな銀色の髪に特徴的な犬耳と尻尾、白いワンピースを着た華奢な少女が頷く。
彼女とは以前、荒地にある町の道端で倒れていたところを拾い世話しているんだが、一向に喋る気配が無い。人を雇うと金がかかるからアイリーに店の手伝いをやらせているが、不満も言わず働いてくれている。
アイリーに不満は無いのか、欲しいものはないのかと聞くと、頷くだけだったし。うーむ・・・まぁこの件は置いておくか。
「ところでアイリー、文字の勉強は進んでいるか?おれも覚えるのは苦労したが、分からないなら俺に聞けよ?」
コクコクッ
二度頷いてから『だいじょうぶ』と拙い字を見せ、いってらっしゃいと言うかのように小さく手を振っていた。
んじゃあ、手っ取り早く終わらせられるものからやっていきますか。
モンスターはとある村を襲っているライノファングという大きなイノシシらしい。主な特徴として、顔は鎧のように堅い皮膚で覆われていると書かれていた。
現地に行って下見をすることにしたおれは、まずメイハから違う場所へ移動するため「変異線」の前に立向かう。
どこの場所にも「変異線」は引かれており、そこを越えると違う場所に移動する。目印がたくさん置かれているのがここである。通称”ブンキ(分岐)”と呼ばれている。
おれがブンキを通ると道が変わって村までの直通になってしまうため、矢印が少なく期限が切れている場所で移動しなくてはいけない。いつもの足取りでおれはブンキを踏み越えた。
想像は一瞬で、村の名前を思い浮かべる。
周囲の風景がゆっくりと歪んで違う場所を見せ、
「お待ちしておりました。方角屋のタキガワさん」
きれいな金髪を風になびかせ、麻の服を着た一人の女性。依頼主のシアンさんだった。スラリとした立ち姿に目を奪われてしまうほどの麗人である。
「毎度ブンキで待っていなくてもよかったんですがね。呼び出しの魔法でご連絡した通り、依頼を受け参りました」
そう言うと、彼女は笑顔で応えた。
「いえ、依頼をさせていただいたんですもの。迎えに行って当然です。それでさっそくなのですが、お願いできますか?」
「はい分かりました、今すぐ討伐しに現地に向かいます。こちらも仕事が立て込んでおりますので」
「方角屋さんはいつもお忙しそうですね。無事をお祈りしています」
「はい、では討伐したらすぐ報告を魔法で行いますので、報酬を準備しながらご自宅でゆっくりしていてください」
言ってすぐにスタスタと歩き出す。美しい女性とお茶でも誘ってみたいところだが、勤務中は慎んでおくべきだ。信用大事!迷子の子供を心配しているお母さん方に怒られちゃうしな。
村のはずれの木が生い茂る広大な森。
ときどき大型の魔物が現れてはこの村に被害を与える、目の上のたんこぶのような場所だ。畑を荒らされないよう柵を敷いたのが記憶に新しい。本格的な魔物の討伐は今日が初めてで、ついに厄介なのが現れたかと思った。
この村を代表してシアンさんが何回も依頼しにやって来るから、森も含めてもう馴染みのある場所なのであった。
ズボンのホルダーに挿してある投擲用のピックと昔からの相棒、両刃で幅広な長剣を所持しているのを確認し、森の奥へサバイバルナイフで切って進んで行った。
30分ほどで教えられたライノファングの巣に到着。まだ、帰ってきていないようだ。待ち伏せて様子を見る。
しばらくすると、鹿の死体をくわえた大猪が姿を見せた。ゾウより一回り大きい巨大な図体。口から飛び出た鋭い二本の牙。本物の鎧を着込んでいるのではないかと思われる鈍い銀色の厚い皮膚。その皮膚が盛り上がって隠れ気味な赤い瞳は肉食動物のそれだ。
やつの視界を封じるべく、手始めに目をめがけてピックを3本投擲する。投擲する際、風の抵抗を極力小さくする”無風”の魔法を使い遠距離から狙い撃つ。2本は肉の鎧に阻まれ1本は左の目に突き刺さった。
ぐもおおおおおおおおぅぅぅぅぅ!!!!
痛みにもだえ苦しみ暴れているやつにこっそりと近づく。
やつは後ろ足で立ち上がっているため重心は後ろにかかっている。この時を好機と思い、長剣で後ろ足の腱目がけて素早く切り上げた。
ザシュッ!!
獲物を手に入れ、油断していたライノファングの健は見事に切れた。血しぶきが健からあふれ出る。それをまともに浴びない位置から切った箇所に剣を差し込む。
その瞬間、おれの剣が淡く青色に輝いた。
見た目は質素かつ柄に取り付けられた青い宝石が特徴的な両刃の直剣で、電流を相手に流し込み麻痺させる効果を持っている。足から全体へ電流が駆け抜け、体が動けなくなったライノファングは横向けに倒れこんだ。
正面からやり合えばまったく歯が立たない相手だが、狩りに疲れた男はマンガみたいに派手に倒したりはしない。安全を期して前足の腱も切断し、ダメ押しで電流を再度流して意識を失ったのを確認した後、心臓部に深く差し込んで息の根を止めた。
ライノファンゴの牙を適度な長さで切断し、証拠として持って帰ることにする。空を見上げてみると太陽が真南に昇り、さんさんと照らしていた。
もう昼か、腹が減ったな。報酬をもらって早く帰ろう。無事討伐した、と依頼書の魔方陣に手を当てて告げ、村に戻った。
シアンさんの家を村の子供達に聞き尋ねに向かったが、もぬけの空だった。のんびり寛いでいるとばかり思っていたんだがな。ここにいないのなら村人にもう一度尋ねてみようか。
畑を耕していた人に聞いたら、依頼人が家に戻った姿は見ていないとのこと。それならばとここに来て最初に会った場所、ブンキへ行ってみた。
歩く先には陽炎揺らめく視界に佇む、見覚えのある金髪の女性。
えぇ?まさか暑い日差しの中、ここでずっと待ってたの?
申し訳なく思い、小走りで相手に駆け寄る。
「自宅にいるとばかり思っていましたよ、ここで待っていなくてもよかったのですがね。無事に討伐してきました。これが証拠の品です」
彼女は牙を受け取り、心配そうな顔でこちらを見上げる。
「家にいるのは失礼な気がして・・・あの、お怪我はよろしいのですか?わたし、心配で・・・村で大怪我をした人がいましたもの」
目に涙をたたえ見つめてくるシアンさん。
そんな風に見つめられたら、惚れてまうやろー!と胸の内で吠えたが、自制心で抑え込み、
「これでも元冒険者ギルドのはしくれですから。心配ご無用ですよ。
報酬をいただく前に、これで涙を拭いてください」
アキトはポケットからハンカチを取り出し、彼女に渡してあげる。
「お気遣い・・・とても嬉しいです」
シアンさんはもらったハンカチで軽く目元を拭き、ポーチから硬貨の詰まった袋を取り出して、おれの手に両手で包み込むよう渡してくれた。
「今日はありがとうございました。この村を何度も助けてもらってばかり、心苦しいばかりですわ」
「いえいえ、こちらも仕事ですので。何かありましたら方角屋へまたお越しください。依頼書による呼び出しの魔法は2回きりですので」
現地に向かう時と依頼達成時の報告とで2回までにしているのだ。電話注文みたいに何回もされるのは勘弁してほしい。前に制限なしでやったらひっきりなしの呼び出しで依頼がわんさかと・・・忘れよう、昔のことは。
討伐依頼は時間を取られることからギルドに回してしまいがちで、あまりやらないのでご注意を。誰に注意してるかって?それは・・・ね。
「分かりました。次も何かあればよろしくお願いします!」
彼女の晴れやかな笑みが見れて満足したおれは、ブンキから我が家に跳んだ。
跳ぶ際ふと後ろを振り返り、風でなびく髪から現れた彼女の耳を見て妙に長く尖っているなぁ、と不思議に思ったが見間違いだろうか。
「おぅ、帰ったぞアイリー」
扉を開けると机の上に置いたノートにひたすらペンを動かしている少女の姿があった。
っ!!がさがさ!!
急いで片付けこちらに向かって飛びついてくる、宝石みたいに黒い目を輝かせた少女の姿があった。
「今日はどんな奴が来てたんだ?」
コクッ カキカキ・・・
「げっ!クマ野郎かよ!おれの店にちょくちょく顔出しやがって~」
・・・ふきふき
「汗をかいてるから拭いてくれるのは嬉しいんだが、モップは顔を拭くものじゃ・・・」
シアンさん、また出せたらいいですねー。