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吉村くん、一番ムカつき


2.吉村くん、一番ムカつき


 高校三年の夏、というのは一に勉強二に勉強、三・四が苦手対策で五がリスニング演習である。

 なので、朝登校して開口一番、かばんを席に置くかおかないかのうちに、

「ねー今度の土曜日吉村の家で勉強会しようよいいでしょー」

 と持ちかけてきた三園ユキは正しい。

 昨年の今頃は、教室に入ってきて僕を見つけた瞬間に、こちらの顔面めがけて黒板消しを叩きつけずにはおれなかったのだ。病気です。ご機嫌斜めのチンパンジーだってもう少し思索を巡らせてからウンコ投げます。その時期のことを鑑みれば、彼女の変化は驚くべきものだと思う。どうせ誘えないとわかっているのに、性懲りもなく遊園地のペアチケットを全額負担で買ってきて、夜通し、

「新聞配達のおじさんが行って来いといって聞かない」

「さっきそこで配っていた」

「拾った」

 などと考えれば考えるほど出来が悪くなる言い訳を考え続けて、目の下にクマさんこしらえてるベッタベタな僕より、ずっと賢い。

 とはいえ、常に仕掛けられる側の立場からいわせて貰えば、どっちにしたって迷惑なのだ。朝っぱらから白粉で目を潰されるのは気分が悪い。同時に、朝っぱらからデリカシーのかけらもない誘いを受けて心を乱され過ぎたゆえ、いかに渡すべきかと逡巡する間もなく、折角手に入れたチケットをポケットから引っ張り出してビリビリバリバリに破り捨ててしまうのも。

「……吉村? なにちぎってるの?」

「はあ? ちぎってないよ。紙ふぶきだけどただの。で、勉強会って何?」

 なんて強がってしまう愚かな僕。ちなみにチケット代は大人二名入場券&フリーパス付で〆て五千四百円でした。

「や~吉村のほうが頭いいし、吉村んちクーラー効いてるから開催していただけると非常に助かるんですがねえ」

「いやだ。僕になんの得もない」一刀両断しながらも、遊園地に行くより部屋へ招く方がよっぽど難易度としては高いし、もしやお得なのでは? と考える。

 だが僕が想像するに、三園と僕に必要なのは、この色気もクソもない日常から一度遠く離れてみることだと思うのだ。

 以前は三園の方が、僕を見るにつけ、

 →たたかう・からかう・すねげをむしる

 くらいの選択肢しか覚えないようなので往生していたが、現在はどちらかというと僕の方が三園に声を掛けられると、

 →はずかしいからビンタ・てれくさいからビンタ・うまのりになってうごきをふうじる

 なんて物騒も物騒な、今から出頭したほうがいいんだろうか? と思い悩まされるようなことばかりやらかしそうになっている。だから、二人で行ったことない場所に行き、行ったことないものを見て気分も変われば、教室ではチンパンジー以下の三園も、同じく犯罪者予備軍の僕も。二年余り掛けて到達し得なかった、普通の高校三年生男女の関係っぽくなれるのではないだろうか。

 そういった観点からいえば、うちなんて全然ダメ。僕が三園に惚れる以前から何度も連れてってるし、ドキドキもワクワクもない。僕の家は僕らにとって、「行ったことない、気分を変えてくれる場所」になり得ないだろう。どうせ毎度如く、吉村勉強やめてゲームしようよウギャーッ、そっちの棚は触るなモギャーッ、ってなって終了に違いない。

 その点、遊園地はすごいんだけどな。だってメリーゴーランドにコーヒーカップ、遊覧船にふれあい動物ランド、ジェットコースターに観覧車まである! まあ、もうチケット散り散りにしてしまったんで今回は誘えないけど……。

「お、の、や、ま、あどべ、んちゃー、ら」

 とか色々考えてたら三園が僕の紙ふぶきを、床の上で綺麗に並べなおして元のチケット状に復元させかけてたので、足で蹴り散らして紙くずへ戻ってもらい、残った大部分は手のひらに握りこんだのち、窓から見渡せる中庭めがけて投げ捨てました。

「ああーひどい! 折角直してたのに!」

「お前は僕が最もやられたくないことを常に敏感に察するよね」

「いやあなんでだろうねえ、ついわかっちゃうんだよねえ」   

 たははは、と笑うのでそのまま復元したものが何だったか忘れろ、という願いを込め、たははは、と一緒に笑っていたのだけれど、

「ところでどうして吉村は、小野山アドベンチャーランドのチケットを」

 と真っ直ぐな眼差しで訊いてきたので僕は徹頭徹尾無視した。

「本当に、ただ涼しい場所で勉強したいなら僕の家よりもっと適した場所があるだろ? 学校の自習室とかさ。お前、別の目的があるだろ」

「うん! ご名答だよ吉村、ナイス推理!」

 臆面もなく認めすぎだろ。どんだけ素直だよ。

「実はさ、また吉村ママから『ご馳走用意するからいつでも遊びにきてね♪』ってメールで誘われてさてあ」

「お前は自分がうちの母に好かれてると感じてるかもしれないけど、それはまやかしだからね。帰った後、僕らめっちゃお前の悪口いってるから。全く豚みたいな食べ方する子だねえ、とか、あんな意地汚い子みたことないよとか」

「嘘だ! 吉村ママとわたしは吉村が思ってるよりずっと親しいんだからね! 先週なんか、きみに黙って二人でボーリング行ってきたんだから!」

 確かに嘘だけど、それより、えっ? ボ、ボーリング行ってきたの?! 困るなあ、なんか一度、「これ、一応クラスメイトなんだけど別に友人でもなくて、どちらかというとイジメに遭ってるに近い迷惑な存在だから」 って紹介しただけなのに、母は異様にこいつを気に入ってしまったのだ。

 勉強は教えるだけ教えて、後はさっさと野に放とうと思っていた三園相手に、

「よかったらご飯食べてって」

「お風呂入ってって」

「泊まってって」

 と怒涛のもてなしで、一切三園を意識していなかった当時の僕でも、さすがに泊めるのは……とドギマギさせられたものだった。ってそんな甘酸っぱい思い出はさておきいつの間にメル友なってんだよ? そして何故に内緒でボーリングとか行くの? 最早「吉村! 勉強教えて!」なんて、ただうちの母に会いたいがための口実に過ぎないじゃないか?!

 尚更、家に呼ぶのはイヤだなあ、という思いがつのる。僕より母と親しくなられてもイヤだし。というか、もうなっていそうな感じがするし。だって僕、こいつとボーリング行ったことないよ?

 ふと、じゃあ、三園の家でやるのは、という案が浮かんだ。それなら一度も行ったことがないし、自分の部屋に男と二人きり、というシチュエーションが、この精神年齢小学二年生女子の心に、ちょっとは色っぽい感情を呼び起こしてくれるかもしれない。

 僕も、なんか、いつもの小学五年生的な、好きな子に泥団子無理やり食わせちゃう的な態度を改められるかも。普通に優しくしたり、口説いたりできるかも?

「? どうしたの吉村。じっと見て」

「いや別に」

 でもそんなこと全く口に出せる気がしない。「お前の家でならいいよ」、たったこれだけだし話の流れからいったって何もおかしな提案でないはずなのに。遊園地には結局誘えなかったんだ、そして勉強会の話がここまで濃厚に出ているんだ。「お前の家で」、これさえいえれば案外易々と「あ、いいよー」ってなりそうなもんじゃないか? そしたら気分も変わって、新しい二人の関係、友人(?)の関係から誰もがうらやむ仲良しカップルへのメタモルフォーゼが。

 いえ、吉村! いおうよ、吉村! 三園の様子からして、こっちから働きかけなければ一生このまんまだぞ?

「その。僕の、家じゃなくてお前の、」

「へ? なに吉村? 声が小さくて聞こえないよ!」

「だからお前の家……」

「え、聞こえないってば! なに?! お前の? 家? なに?!」

「人が下手に出てるからって調子乗ってるとこうだぞこのバカ女!!」

「げほうふっ」

「あ」

 やばい! あんまり三園にデリカシーないため、万が一悪気がない、と仮定しても勇気を振り絞り恥ずかしさを必死で堪えている相手に対して、「人間の心がないのかこいつ?!」と疑わしくなるくらい無慈悲な態度をとってくるため、ついグーで腹パン喰らわせちゃったよ! しかも何の警告もなしに不意打ちで! 非常にやばい! 

「三園! 悪い、大丈夫か?!」

 おなかを押さえてずるずるとうずくまる三園にすぐさま駆け寄った。丸まっている背中に手をやる。平たいのに骨ばっていない不思議な感触は男とは全然違う、完璧に女性のものだし、覗き込んだ顔は眉を寄せ、唇を歪めていてとても痛々しい。もちろん全力ではなかったものの、男の力だ。痛かったに決まってる。と思うと、自分が彼女を痛めつけた張本人なのに、一丁前に胸が痛んだ。

 ……あ、あと、思いのほか三園の腹が硬くて、指がすごく痛いというか、握り締めていた四本とも突き指みたいになってるんだが、まさか……?

 と気づくか気づかないかくらいのうちに、今にも倒れこみそうに思われた三園が元気よく起き上がって「やっはー!」とかいう。

「ひっかかったひっかかったー! なんと頭脳派のわたしは吉村とのケンカ対策で、おなかに鉄板を仕込んでいたんですよー。お番長の知恵袋ですよっ」

 ドッキリ大成功! の満面の笑みを浮かべながら、三園がセーラー服の裾からずるりとマジモンの鉄板を抜き出して僕の目の前に晒した。へー。すごーい。全然気づかなかったよ。さすが胸も鉄板並みにスリムな三園さんだなあ。女子の胸やら腹の辺りをあんまりまじまじ見るのどうなの? という思想の元、あんまり目線をやらないよう勤めていた僕の紳士的な態度が仇になったようだねこりゃあ。一本取られた。

 と、色んな感情が渦巻いた末。

「『おばあちゃんの知恵袋』みたいにいわないの……」

 なんて力ない上に的外れな注意しかできなかった僕マジかわいそう。

 でも、とにかく、怪我させずに済んで、よかった。三園に痛い思いさせるよりは、鉄板を仕込んでいたんですよー。とドヤ顔されて、利き手の指全部突き指した方がよっぽどましだ。と思いつつ、こいつ一回マジでぶん殴ってやった方が逆にいい勉強になって将来助かるんじゃないの? と思う心も同時に存在しているわけで。

 どうせそんなことしたら、めちゃくちゃ自己嫌悪して、自分が苦しむだけだってわかってるんだけど。

「あ、あれ? 吉村怒った? この鉄板ギャグ、面白くなかった?」

 僕が半ば放心して黙っていると、不安になったのか三園がくるくる周りを回りだす。百八十度、色んな位置から覗き込んできて、それもまた、気にされて嬉しいような、もっと他のやり方ないのかとうっとおしいような。というか、実際僕の指は鉄板で突き指でぐんにゃりしちゃってるんだから、ギャグの域で収まってないよな? これだから三園ユキは……。

 とにかく、もう、三園の部屋に行きたい、なんて持ちかける気力はない。チケットはバラバラにしてしまったし、貴重な一夜を眠らず費やして作り上げた決意は、今回も、すっかり無駄になってしまったようだった。いやたぶん、通算したらもう、一晩なんてもんじゃないと思うけれど。

 春休みに花見の季節、五月のゴールデンウィークに六月のアジサイ祭り。三園が好みそうな映画はこれまで何本も見つけて何枚もチケットを用意したし、今回みたいな遊園地のほかに、動物園、水族館、博物館の大恐竜展なんかも。夏休みが迫るたびに、どこか一緒に、と誘う文句を百種類は考えているのに。あ、当然冬も。スキーにスケート、除夜の鐘突きに初詣。クリスマスイルミネーションを見に行こう、とか温泉行かないか、とか。そういうのも考えたけれど、それは今の関係じゃあつかましいかって遠慮までして。

「結局、誘えないんだから意味がないんだけどな……」

 ぼそりと呟くと、三園が「えっ?」と眉をひそめる。心配そうな顔。だけど、今回はお前のせいもあったと思うぞ。

 もうちょっとで、素直になれそうだったのに。

「……よしむらー? どうしたの。テンション低いよー」

「うるさい。僕はしばらく眠る」

 それだけいって席へ戻った。気の重さから足取りがおぼつかなくなるようなことはないけれど、やっぱり落ち込んでいる。自分でわかる。

 机の上に突っ伏すと、思いのほかすんなり意識がはがれていく。夜更かし、したからなあ。っていうかもう寝付く頃には朝になってたもんなあ。担任には悪いけれど、朝のホームルームは休みに充てさせて貰おう。授業中に眠ってしまう方が、よっぽど悪い。

 一度、三園が近づいてきたような、そういう気配がした。その気配とやらの内訳をいえば、彼女の意外にも淡くて甘いシャンプーの香りと、独特のぱたぱたとした足音。或いはそれを意識して鳴らさないようにするときの、上靴の裏で床を擦るさらさらとした音。もう少しで聞こえないくらいの、もしかしたら空気だけなんじゃないかと思うくらいの小さな「よしむら」も。

 すると眠りかけだろうが、殆ど眠りの世界だろうが。僕は目を覚ましてしまう。夢うつつでも、顔を上げて、三園に、

「すね毛むしったら許さないよ」

 と忠告した。僕だって、本当は別のことを噛んで含めるようにいってみたいよ。

 すると、やっぱり僕の目の前まで接近していた三園が、妙に悲しげな目をする。こくん、とうなづいたのが見えた。珍しく女の子らしい、愛らしい仕草で。

 あ。これ夢なのかも。と思った。思いながら、夢も見ないくらい、眠ってしまった。

 

        ○

 

「ユキちゃん今日の朝さ、吉村くんにお腹殴られてなかった? 大丈夫?」

「へっ? ……ああ、あれ?! 全然大丈夫だよー、ただの遊びだから」

 と目を覚まして真っ先に聞こえてきたのがこの会話です。

 いや、こんな話をこんなにも間近でされてるから、さすがに目が覚めたのか。とにかく、この状況じゃ起きるに起きれなくて、頭まですっかり冴えているのに寝たふりを続けるしかない。

 話しているのは誰だろう。片方は確実に三園だとして、後一人が見当もつかない。三園の友だち? 

 しかし、持ち上がりで三年間同じクラスなのに、未だに三園以外の女子を声で判別できないって……大概だよなあ、僕も。顔を見ればさすがに誰かわかりそうだが、もしかしたら名前は出てこないかもしれないぞ。 

「あれで遊びなの?! なんか吉村くん、ユキちゃんにだけ厳しすぎない? 普段は大人しいのにさあ」

「ねー。なんかクールっていうか、無口っていうか? 親切なんだけど、会話はずまない感じだよね」

 って考えてる間にもう一人増えてるし。しかも軽く陰口叩かれてるし。こっちにだって色々事情があるんですよねえ、すっこんでてくれませんかねえ。と思うけどもちろん口に出せない僕をさておき、女子たちの吉村談義は続く。

 こんな盗み聞きみたいなこと、本当はしたくないけど……。盗み聞かれるような距離でするそっちが悪いんだから、僕は悪びれないで盗み聞きさせてもらうぞっ、と居直る。

「やー。ただ人見知りっていうか、恥ずかしがりなんだと思うよ。たくさん話しかけてたらいっぱい話すようになるよ」

 と早速三園の声が。そう、人見知りで恥ずかしがりなんだよ僕は。理解してくれてるのは嬉しいけれど、もっと根の深い部分にも気づいてくれたらなあ。

「そうかなあー? あ、でもユキちゃんは一年の頃から吉村くんとよく喋ってたよね」

「うん、だから慣れてて割と話しやすいんでしょう」

「っていうか、私たち三園さんと吉村くん付き合ってるのかと思い込んでたんだけど。違うの?」

 ふむふむ、と聞いていたらいきなり確信を突く質問が飛び出して、体がビクンッと震えてしまいそうになった。な、な、なんだ、この人様のプライバシーをプライバシーとも思わない奴らは! 一体誰なのか把握してないけど、非常に迷惑じゃないか。非常に迷惑、だし、噂の本人がこんなに近くでうたた寝を(装っている中)なのに。そういうところ、ご理解いただけないのか? ご配慮いただけないのか?! 

 と動転してしまったが、どうせ三園のことだ、付き合ってないよ。っていわれておしまいに決まってる。でも、今日のような傷心の日に、わざわざそんな具体的な言葉、聞かせられる謂れはないはずなのに。

 僕が何したっていうんだ? 親切だけど会話が弾まないのは、そんなに重い罪か?

「まっさかー! 吉村と付き合ってるとかありえないって!」

「でもおうちとか遊びに行ってるんでしょ?」

「行くけど、吉村あんまり歓迎してくれないし。どっちかっていうとお母さんに誘って貰ってるだけっていうか」

「え、なんか二人で小野山アドベンチャーランド行く相談もしてなかった?」

「それこそありえないって! 吉村がわたしとアドベンチャーランド行きたいわけがないよ! それよりは死を選ぶんじゃないかな吉村は。そういう骨のある男だよ、吉村は!」

 全部にハッキリいってのける三園の声が、窓から吹き抜けるそよ風に乗って僕に届くが、マジ?! 覚悟していた以上に印象が悪いので、もう、マジ?! としかいいようがなくなってくる。

 いや印象悪い、というか、骨のある、っていうのは褒め言葉っぽくはあるが。そういうんじゃなくて、驚くほどに僕って、恋愛対象として見られていないというか。

 気づいてたけど。気づいてるからって、傷つかないってことじゃないぞ?

「そうなんだあ! でも嬉しいかも。だって吉村くんって普通にしてたら普通にカッコいいもんね~」

「そうそう! 三園さんと話してるときはちょっと目が怖いけど、普段の吉村くんなら全然アリだよねえ」

「あ~……。確かにわたしと話してるときの吉村って、ちょっと猛禽類みたいな、屠るぞ! って目してるかも」

「なにそれヤバーイ! 怖すぎ!」

 きゃきゃきゃ、と楽しそうな笑いが響いて鼓膜を震わせる。語調からいって、本当にそういう目で彼女を見てしまっているんだな、と思い知らされる。

 やっぱり、このままじゃ両思いになんてなれっこないとわかるのに。態度で示さなくちゃ気づいて貰えないと知っているのに。

 もう一年だ。何も出来ないまま、僕は今に至ってるんだ。

「別に、他に彼女が居るわけじゃないんでしょ?」

「うん、たぶん。……そんな話されたことないし、居ないと思うよ」

「じゃあ、やっぱチャンスだね! 三園さん、いい情報ありがとう!」

「いやいや。わたしは別に」

 僕と居ないときの三園の、いつもより少しだけ平坦な声音。健やかな寝息を立てるフリをし続けるのが、どんどん面倒になる。額の下に敷いている腕も、さっきからずっとしっくりこなくて、とても落ち着けたもんじゃないし。

 いっそ、顔を上げてにらんでやろうかと考える。で、そのとき僕は誰をにらみつけるのだろうと想像してみて、それは顔も名前も思い浮かばない、僕を普通にカッコいい、普段はカッコいいと褒めてくださるクラスメイト達より、絶対に三園だ、と思った。

 おっしゃる通り、僕は三園にだけ厳しい。厳しすぎる。自分が悪くて、他の奴が悪くても。僕はきっと三園をにらみつけたいと思うだろう。三園を引っ叩きたいと思うだろう。

 さっき、好かれるためには態度で示さなくちゃと思ったばかりなのに。そのためにはたぶん、三園を他の誰よりもずっと大切にして、特別扱いして、まるで姫様か神様もかくや、ってくらい可愛がらなければいけないはずなのに。

 聞き慣れなくてそして耳障りな、はしゃぐような高い声が遠ざかっていく。そして、まだ僕の近くにいるらしい三園が、小さな声で呟いた。

「……吉村って意外にモテるんだあ」

 今まで悪いことしちゃってたな、と。そのまま喧騒にまぎれそうな、その微かな言葉で、不思議に僕は一番、ムカついてしまうのです。 

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