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クリエ・オスオン  作者: 浅上夢
戴冠式編1/3
9/12

第八章・決断の日

これは、彼女の信念を守るための戦いだ。

これは、彼女を彼女として終らす戦いだ。

道潰えたキミの代わりに、ボクがその道を歩き続けよう。

いつか君を超えて見せるから、どうか見守っていて欲しい。

戦う理由も、それだけあれば十全だ。

覚醒動悸、進藤響の場合。


自宅に戻った《暴賢帝》はそのまま休養に入った。

倒れるようにソファーに沈む。排気ダクトがうねる天井は圧迫感がり好きでない、だから手の甲で視線を遮っていた。口から出たのは疲労の濃い溜息だ。

「いやぁ、散々だったね?」

「黙れ、オールレンジトラブルキャプチャー、少しは自重しろ、俺達の情報は篶倉の具現師には流れないようにするのが基本だろうが」

「ごめん、ごめん、私もあそこまで急変するとは思わなくてさあ」

「第四分隊との接触はこの際いい、あの《戦血君》の遺物が徴収されると面倒だ」

「ついでに言うと人に見られていない時のあんたの変わりようって中々笑えるよ」

「最近思うことがある――世間体は大事、曰く至言だろ?」

猫かぶり、とPCを操作しながら《斬切姫》が毒を吐き、《暴賢帝》が鼻で笑う。

「あいつは……どうするだろうなあ」

不意に呟く、と返答は数拍を置いて来た。

「さあ、どれを選択してもいつか後悔する日はあるでしょうね、痛みが残る、傷にもなる、今度こそ立ち上がれないくらいの重圧になるかもしれない」

椅子が軋む音と共に彼女は天井を見上げ、

「本当に、どうするのかしら」

問いを投げた、今ここにいない少年に向かって。

 

いくら考えても答えは出なかった。

空は夕暮れ、あと数時間で樋浦要は《断裁するだけの存在》となる。救済処置が決まれば連絡を寄越すと言ったが、それらしい着信はなかった。

「でも、そろそろだよな」

樋浦要の生涯は、間もなく終わる。

じっと目を瞑った、心に浮かぶのは今まで過ごした日々の記憶。

朝、夢心地で布団と戯れていれば彼女が飛び込んできた。一緒に登校するのは日課だった、放っとけばいつまでも眠り続ける進藤を、例え遅刻しようとしても両親はシカトする。

曰く、自己責任とのことで、それで遅刻して以来、朝に要が起こしにくるのが日華になった。

女の子と毎日登校すれば、茶化されたりからかわれたりする、気恥ずかしくて居た堪れなかった空気は、もう味わえない。

もう二度と訪れない、一番大切だった時間。

「ははっ」

進藤は弱く笑うと目元に手を伸ばした。

「……まったく、僕は」

一度流れた涙はとめどなく、溢れて止まることはなかった。

 

市内の公園のベンチに座り一人泣く進藤を見つけ、守屋はげんなりした。

進藤に対する感情からではない、今から自分が行う卑劣さに、である。

「よお、探したぜ」

声を掛けると肩が跳ねて顔が上がる。急いで涙を拭うと立ち上がった。

「守屋、さん」

「樋浦要の処遇が決まった」

短く言い切る。

「『枢機機関』と『神崎一門』は樋浦要を『戴冠式』の勝者にすることに合意した、本日起こるであろう《断罪するだけの存在》となった後、残る四柱の駆逐作戦に移る」


呼吸が、停まった。

「なんの、冗談ですか?」

「大真面目だよ、進藤、《林檎売り》が生きていた、奴は樋浦の魔王位継承を訴え、上がその提案を受けた、それだけだ」

「そんなことをして、要が魔王位を得てどうなる、望まぬ者を殺してまで得た生であることを知ったら……」

「自殺でもするか? 答えはNO、だろ?」

即答に、進藤は今度こそ絶句する、そして、同時に理解した。

「しない、だろうね。自殺者を責めるわけでもないけど、命を投げ出すのは逃避って考えが彼女にはあった、きっとどれだけ辛い生であっても、彼女は自分の力で出来ることをやり続け、その上で息絶えるだろう」

進藤の知る要なら、きっとそうする。

「関係ないんだね、君たちには、要がどれだけ苦痛を感じようが、どれだけ苛まれようが」

「ああ、魔王九位の派閥をまとめ、人類陣営に帰依する、上の望みはそれだけだ」

進藤は感じる。

「《戦血君》との同盟条件として彼女に敵対するないし害意ある者の打倒を提示された」

自身の心に広がる冷たい波紋。

「その条件を満たすお前は敵と想定されたってわけだ」

凍てつくほどの冷気を帯びてなお、それの芯はとても熱かった。

「これも篶倉の平和の為、進藤響、大人しく縛に付け!」

それは怒りである。

「ふざけるなぁっ!」

自覚した時には弾けていた。

「そんなことを、そんなものを認めろと言うのか!」

「お前が認める必要はねえんだよ、進藤」

進藤の背後から風が抜けた。

「この篶倉に存在する二大具現師組織のうち二つがその方針を決定したんだ」

 否、守屋に向かい全方向から風が集まっているのだ。

「言葉でどうこうできるレベルの問題じゃねえんだよ」

幻想色を失った進藤には視えないが、恐らく相当量のレルナが今、守屋から放たれていた。

「二時間、これが残された凡その時間だと《林檎売り》は言った、それを過ぎればどうゆう手段かは知らないが、《戦血君》による魔王狩りが開始されるってことだ」

轟、と逆巻く藍色の風が足に絡まる、と翼を象り守屋を中空に押し上げた。

「分水嶺だぜ? 進藤響、覚悟を決めろ、意地を見せろ、お前の答えを示して見せろ!?」

 

「彼一人で宜しいのですか?」

モニターが映し出す映像を見て《林檎売り》が尋ねてきた、ええ、と利穂は即答する。

「テンションに応じたレルナの増幅、それが《暴走思考》の能力なのでしょう?」

なら簡単よ、と利穂は言う。

「彼は生み出したレルナを攻撃力に転化することでドゥルウを打ち倒してきた、具現師の基礎となる汎用具象しか使えないのなら銀髪に任せた方が安全ね」

他はむしろ邪魔になる、と利穂は結論した。

「攻撃の有効射程は踏み込みと合せて四メートル圏、威力は黄級が一発撃滅するレベル、マスターはタフネスが売りだけど基本は格闘戦だから論外、射程では結花が勝るけど接敵されれば同じく瞬殺なので同上、敵の射程外から一方的に攻撃できる存在」

それは守屋だけなのだ。

「嫌な役を押し付けちゃった感じで悪いのだけどね」

「まあよいでしょう」

含みある答えだ、と利穂は思った。

「ま、銀髪ならすぐに片すから見ておきなさい」


垂直降下してくる風音を頼りに進藤は回避動作を続け、地表に突き刺さる見えざる刃は大地を切り刻み風塵を巻き上げた。

「どうした進藤、《暴走思考》は抜かねえのか?」

 進藤は茂みに飛び込み、視界から外れることで攻撃を封じようと試みた。

「時間稼ぎにもならねぇぞ!」

低空飛翔に切り替えた守屋が高度を下げ再び進藤を視界に収める。風という特異な武器を扱う守屋は相当にやり難い相手であった。

(射程は軽く十メートルを超えている、おまけに風を刃にするあの具象はどうも誘導機能も備わっているみたいだし)

追尾というより変化、しかも角度に限度があり、発生源も術者の周囲に限定されるようだ。

守屋を良く見ろ、集中さえしていれば回避はできる。

「人鞘法で武器を仕込んでいるな? 出さなきゃ奪われない、なんて思っているなら甘いぜ」

彼我距離は十メートルを維持、風の刃の発生を見過ごさんと最大警戒で備える。

「右手首、貰うぜ」

「――なっ――」

気がつけば大地が消えていた、強力な上昇気流で空へ放り出されたのだ。

地上の守屋と空の進藤、さっきまでとは逆の構図だが立場は超絶不利、進藤は空で姿勢を変えられない。守屋が構える、打ち出すのは恐らく風の刃、宣言通り進藤の右手を切り離し《暴走思考》を抽出する気だろう。

(出し惜しみはここまでだ)

歌姫が彫刻される剣を顕現、レルナを爆発させ風の刃に迎え撃つ、空中で爆裂し進藤も流れる、斜めから地面に叩きつけられ回転した。

「仕舞いだ」

衝撃に咳き込む中、守屋が止めを告げた。

(回避はできない、防御は、くそ、今あるレルナで足りるか!?)

押し寄せる烈風、次の瞬間には風が進藤に炸裂するという距離で、

(ぇ?)

風が、進藤の目の前で消えた。

目の前にあるのは二人の背中、そして聞き覚えのある声。

「少年の窮地に颯爽と出現するあたし、超正義! 公共の場での破壊活動と暴行は元風紀委員として見過ごせない!」

「やあ、少年また会ったね? どうやらお困りの様じゃないか」


守屋は進藤に向けて放った風をせき止めた存在を確認した。

鉄の鎧で身を包む一頭のライオン、その背後に一組の男女が進藤を守るように立っていた。

「相沢か!」

「ん? 顔見知り?」

「全く記憶にない」

桂の即答に守屋は血管が千切れる幻聴を聞いた。

「いいぜ、くそが! ここで会ったが百年目だ、邪魔するって言うならまとめて相手してやる」

 ズン、という異音、構えを取る守屋の動きが一瞬止まった。

守屋を囲うように生まれた四つの斬痕が大地を抉ったからだ。描かれた四角の中で守屋は冷たい汗が湧き出たのを感じた。

冗談が嫌いなら真面目にする、と戒理が態度を改めた。

「あたしがその気なら君は今の時点で四回死んだ、それが対価だ」

 大人しく失せろ、と戒理が言う、気圧されそうになるも寸前で堪え反発しようとする、その時である。

《銀髪、退け》

司が撤退を命じた。


「何故、みすみす見逃すのですか?」

「あら、説明が必要?」

利穂は困った顔で《林檎売り》を見返した。

「貴方が綾瀬をバックに選んだ理由と同じよ」

指揮室のテーブルに腰掛け、《林檎売り》を見下ろし利穂が付け加える。

「彼等は九席と十席、達巳は十二席、序列は彼等が上ってこと」

「つまり、どうすることも出来ない、と?」

「時間は掛かるな、あの場では退く他あるまい」

司が補足したことで《林檎売り》は沈黙した、それを確認した司が更に続ける。

「方針を変える、隊を集めるぞ」


退却してきた守屋が乱暴に扉を開け放つ、傍目に見ても不満ありありだった。

「理由は?」

退散の意図を尋ねる守屋に柊が答えた。

「普通に考えれば分かるだろう」

「司、それが分からないのが銀髪の美点よ?」

「……『神崎一門』について知っていることを並べてみろ」

「あん? あー、めちゃくちゃ強い集団とかか?」

かなり大雑把な答えに予想通りと利穂と司は目を合わせて苦笑を共有。

岩倉と結花は何も言わず隅の方で黙っていた。心情的にまだこの作戦を認めていないのだろう。

「色々掘り下げて説明しないといけないわねぇ、銀髪『幻想爆発予想』は?」

「《戦血君》同盟でそんな単語出ていたな」

「大雑把に言えば二〇二二年を持って今ある世界は一度滅びるという内容だ」

「以前流行した大予言の類か?」

いいえ、と利穂は手を振って否定した。

「現在ドゥルウは世界に二〇〇〇余り存在していると言うわ、因みに十年前は一九〇〇弱だった」

「増えているのか?」

「生殖能力が極端に低いのは第三派が人類陣営に付いた時に分かったみたいだけどね、ドゥルウを生むドゥルウもいることも判明したし、結果としては増加傾向だわ」

「そして討伐に成功しているのは最近生まれた最新世代、黄金やその側近の最古参クラスの真紅はここ百年、一体も討伐されていない。対して具現師の方は違う、一流、超一流という高位具現師が次々と倒されているのが現状で、戦力は減衰方向にあると言っていい」

このままずるずると進んだ場合、ドゥルウを押さえ込むことが不可能になる。その目安が二〇二二年。

「ポールマン博士は言うわ、ドゥルウの押さえ込み、情報規制や隠蔽が崩壊し多くの人にドゥルウという怪物が知られた時、《来るべき日》を境に世界は改変期を迎える、と。つまりドゥルウや具現師の存在が認知されることで人々が魔法や超能力を許容するってわけね、現在七十億の人類の共通認識である『常識』が魔法や奇跡を打ち消しているけど、その枷が解かれる。

魔法が許容される、超能力が存在する、怪物もそう、あらゆる幻想が認められ余に溢れる、それが『幻想爆発』」

「スケールがでかい話ってことは分かった、分かったが、それが今の状況とどう繋がる?」

「ポールマン博士の予想と同時期に北欧具現師連合が一つの予言を世界に配信したのよ」

「あそこは予知系……『時空干渉』に関する具象が発達しているからな、その予言の所為である連中が脚光を浴びることになった」

「話の流れからすりゃあ」守屋は得心した顔で続ける「『神崎一門』だよな?」

「北欧具現師連合が曰く、『神崎一門』はここ十余年内に魔王九派を殲滅すると言っているのさ」

そいつは、と流石の守屋も言葉を失っていた。

「神崎を邪魔するなかれ、それが現在の暗黙の了解、世界レベルの、よ。笑っちゃうでしょ?」

「つまりやつらは天下御免の免罪符を持っている、奴等が何をしようと、それが魔王九派を殲滅する力に繋がるのなら、と人々は何も言わん」

「救いは、そんな凄い特権持っていながら奴等はまるで興味が無いってとこかしら、相変わらず道場で修練するか、依頼を受けてドゥルウを討伐しに出向くかしかしてないし」

《林檎売り》が綾瀬に近づいたのも、味方に引き込めば多少の無茶が通ることになるからだ。

(想定外は桂と戒理の介入ね)

綾瀬の上には八傑を覗けば三人の上位者がいる。実力主義傾向が強い『神崎一門』であるため綾瀬でも彼等を退かせるには至らなかったのだ。

「話を戻すわ、司、わたし達の達成条件の優先度を明確化して」

「絶対条件は樋浦要を二時間死守し《断罪するだけの存在》とすること。

 第二に進藤響が保管する《暴走思考》の奪取だな」

「オフェンスとディフェンスに分けた方が無難かしら?」

「その必要はありません」

割り込む声は《林檎売り》だ。

「綾瀬から決戦場確保の知らせが届いた、そこを使います」

移動しますよ、そう言って《林檎売り》は静かに立ち上がった。


地下の店は所有者に由来し『ライオンの穴倉』の俗称で呼ばれていた。

(何だか言いえて妙だけど)

狭苦しい階段を下りれば行き止まり、扉が出迎えた。穴倉などと呼ばれているだけあり、空気がどこか淀んでいて、妙な威圧感を感じた。

錆び付いた音を鳴らしながら扉を開き店内へ、進藤も恐る恐る店内に入った。

カウンターテーブルに酒瓶が羅列され、他にもビリヤード台などが置かれており、酒場めいた風情である。

正直に言うとまるで事務所という雰囲気はなかった。

「あのどうして助けてくれたんですか?」

進藤は思い切って質問した。

「ふ、困っている人を見ると正義の血が騒ぐのよ」

「一度目はそうだと思います、でも二度目は偶然じゃない」

進藤は否定した。

「あそこは具象で封鎖されていたはずだ」

人払いにせよ、物理的にせよ、と進藤が付けたし、桂と戒理は顔を見合わせた。

「低く見ていたつもりはないけど、うん、いい着眼点だ」

桂は感嘆とした様子で頷いた。

「そうだね、僕達は偶然じゃなく、自分からそうして助けに出た」

「どうして?」

「樋浦要への礼だよ」

自然と出た言葉に、進藤はすぐに反応できなかった。


「もう色々ぶっちゃけようか」

桂は微笑と共にそう言った。

「僕は《魔王の心臓》移植者、《捕食者》の《暴賢帝》で」

「同じく《魔王の心臓》移植者、《刃》の《斬切姫》よ」

気弱に笑う桂に釣られて、進藤も引きつった笑みを浮かべた。しかし、聞かねばならないことが一つある。

「樋浦要への、礼って」

「『大侵略』の時に僕は彼女に助けられた、《粉砕王》に追い込まれていた時の話だよ」

「私は単に後輩の友人だからって理由ね、ほら呆けてないでとりあえず座りましょう?」

ラウンドテーブルを指し、三人はそれぞれの席に着く。

「と、言ってもあんまりゆっくりできる状況でもないけどね」

「要を《戴冠式》の勝者にするって言っていた、けどそんなことできるんですか?」

今の要は戦えない、それは進藤も良く知る事実だ。

「恐らく《~するだけの存在》の特性を利用するのだろう」

「《十一桁の零》に関してだけど、街が妙なことになっているのよ」

 重傷ないし死者すら出ている事件が頻発、更に被害者が起こした問題が流布されている、という。その所為で、《十一桁の零》の行いが正義の鉄槌であると噂されていた。

「目撃者の中には樋浦要を知っている人物もいて、《十一桁の零》=樋浦要という憶測もちらほら出始めてきた」

桂は静かに断言した。

「明らかな誘導だな、これは」

「《~するだけの存在》っていうのはね、自身を『在り得ざる現象』に変換する、彼女がどのような形で断罪を執るかは不明だけど、この流れは間違いなく要をそう傾ける誘導よ」

「依頼を受けてその人を殺す、そんな存在に要がなるっていうことですか?」

桂と戒理は頷いた。

「そんなこと……!」

「させたくないかい?」

桂は挑戦的な瞳で進藤を見据えた。

「大の虫を生かして小の虫を殺せ、具現師の中ではこの考えが鉄則となっている、ドゥルウとの戦闘は、それが例え下級であろうと人が死ぬ、犠牲なくして終われない戦いだからだ」

桂は、あくまで柔和に、そして諭すように続けた。

「もし、《戦血君》が魔王位を継承して九派を人類陣営に帰依したとしよう、ドゥルウとの戦闘を肩代わりしてくれたとしよう、死ぬはずだった人間が助かるかもしれない、どころか、人類史初の魔王討伐にさえ成功するかもしれない」

樋浦要を殺すということは、そういうことだ、と桂は言った。

「死人同然の女の誇りを守るために、君は顔も知らない誰かの未来を奪うかもしれない。

それが進藤響の選択でいいのかな?」

繰り返してきた自問自答で、答えの出ない迷宮の命題。

「僕は、要に生きて欲しかった」

進藤は認めた。

「もっと言葉をかわしたかった、手を重ねてずっと二人で過ごしたかった……けれど」

それは偽らざる本音だ。

笑い合い、泣き合って、指を絡めて肩を抱き、肌を合わせて一緒にいたい。

あの時、《水銀の竜》から逃れるためには《林檎売り》から《魔王の心臓》を受け取るしかなかった。

そして彼女がそれを受け取った理由は。

(僕、だよな)

要は、進藤響を生かすために《魔王》となることを選択した。

それしか進藤を助ける手段がないからだ。

もし一人だったのならあのまま死を選んでいただろう。

(要はどこまでいっても要だった)

樋浦要は、彼女が目指す樋浦要を全うした。

なら進藤響は?

「僕が彼女に生きて欲しい、そんな感情は考慮されない」

強く、言葉をかみ締めながら言い切る。

(《林檎売り》に口だけ野朗と罵られるのも仕方ないな)

これは、彼女の信念を守るための戦いだ。

これは、彼女を彼女として終らす戦いだ。

ならば、進藤響のつまらない未練など、迷うに値しない筈だった。

「要の背中を追うのは今日までにします」

「樋浦を殺すのか?」

「世界も他人も知ったことか、もし何か言うなら黙って見ていろ、僕が要の代わりになる」

勇者を目指す、そう言った彼女の道は潰えた。

道潰えた君の代わりに、僕がその道を歩き続けよう。

いつか君を超えて見せるから、どうか見守っていて欲しい。

「戦う理由も、それだけあれば十全です」

魂に火が掛かる、血は熱に、さあテンションを燃やそうか。

「クク、ハハッ、ハハハ、アハハッハハハハ、アハハハハハハハ――っ!」

破顔爆笑。

桂が突然笑い出す、嘲るような雰囲気ではなく、心底可笑しいように笑っていた。

「スゲー、スゲー、マジでどう答えるか分からなかったが、それだけ啖呵を切れれば上出来だ」

体をくの字にまげて笑い続ける桂、豹変した態度に進藤がギョッとした。

「嗚呼、気にするな、むしろ俺の地はこっちだ」

「獲物を前にした獣が息を潜めるよう、相沢は性格を擬態しているのよ、『この人いいひとかも』なんて思っていたのなら騙されているわよ、在学中にその手で何人の女が泣いたことか」

戒理が心底退屈そうに告げた。桂に気にしている様子はない。

「樋浦要を樋浦要として終わらす、そう言ったな? 進藤響」

「はい」

「もう迷わないか?」

「はい」

よし、と桂は拳を合わせた。

「猶予は二時間、あの《林檎売り》のことだ、もっと時間は切迫しているかもしれない」

桂の強い視線が進藤を射抜く。

「一時間だ、それで決めて来い、でなきゃ俺達が介入する」

「でも要は枢機機関が拘束しているのよね? あそこに挑むのは彼一人じゃ無謀じゃない?」

「俺達が助力すればなんとかなる、といいたいところだが」

桂は頬を掻いて答えた。

「綾瀬から横槍が来た、貴君等と接触している少年は現在枢機機関と合同で行っている作戦の重要参考人である、なおこの件は『銀』の安全を守る意味もあり、可及的速やかにその少年の受け渡しないし非介入を願う、だとさ」

「対応は二つ、三つ予想していたけど無難なもので来たわね、因みに作戦内容に関しては?」

「秘密作戦につき説明は後日だと」桂は苦笑「道総経由で何か言われるより断然マシだ」

ここまでだな、と桂は歯がゆそうに頭を下げる。

「樋浦の引渡しまで要求したかった」

「いえ、十分です」

笑顔で返す進藤の携帯が震える、こんな時に誰かと思いディスプレイを開け絶句した。

「要、から?」

無論、本人ではありえない。恐らく《林檎売り》からだろう。

そして文面は。

「ツキガクで、待つ、か」

最後の決戦を行おう、そういうことのようだ。

「罠じゃなくて?」

「違うと思う」

進藤は即答した。

「策謀や姦計という搦め手を好みながら、ある一線を越えた敵は真っ向勝負を挑む傾向がある」

あいつにとって進藤は許せない怨敵。

「ならこれは本音だと思う」

「行くのか?」

頷く進藤に桂はよし、と答えた。

「ツキガク男児らしい生き様を見せてみろ」

バシン、と背中を叩く快音が心地よかった。

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