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クリエ・オスオン  作者: 浅上夢
戴冠式編1/3
8/12

第七章・風は去り、嵐来る

 正義などではない。

 己の正しさを強調するような行為には反吐が出る。

 道徳などではない。

 他人のために命を張る事に何の価値も見出せない。

 奴等を滅ぼす理由など、単に目障りなだけだった。

     覚醒動悸、綾瀬達巳の場合。


 要が言うに具現師を続ければ次の三つの結果に行き着くという。

 一つは戦い続け、誓約を果たすこと。

 死者を蘇らせたいと思った者は命を、過去を変えたいと願ったものは時間を、どうにかする具象の完成を果たすことだ。

 二つは、命を落とすこと。

 戦闘か病気か、はたまた事故か、誓約の成就を為せぬままその生涯に幕を下された者だ。

 進藤響は三番目だった。

『誓約破綻』。

 最初の願いを諦め、誓約を失った者。

 進藤は具現師であったが誓いを破り具象を失った、『象徴痕』も起動できず要から受け継いだ剣がなければ、ただ、その手の情報に詳しい一般というだけである。


 市内のホテルの一室に分隊メンバー、要、そして進藤が休んでいた。

《林檎売り》討伐から数時間、とりあえずゆっくり出来るということでここが選ばれた。枢機機関が経営するものでメンバーであれば安く使えるということだ。

 因みに店が直るまでは岩倉と結花の拠点となるらしい。

「事情は概ね理解した」

 単に休んでいたわけではない、司に詳しい事情の説明を要求されたので話していたのだ。

 戴冠式参加者は残り五柱と五体の真紅。

 進藤は要に《魔王の心臓》から配給される莫大なレルナを元に鋳造された剣を受け継ぎ、

 好戦的な存在を問われたので、進藤は《粉砕王》とその従者《百眼貴婦人》を挙げた、残りとは面識がないので人物像までは分からないと続ける。

「進藤響、お前はここで降りろ」

「それは出来ない」

 進藤は即座に返す、司も止まらない。

「どの道、《橙》如きに遅れを取るようでは《黄金》と戦っても殺されるだけだ、その剣が魔王の『第二種空想顕現術理』であるなら、傷付けることは可能だろう、が、どう足掻いても魔王を仕留めるには至らない、殺されるだけで犬死だ」

 司は目を瞑りながら答える。淀みなく、そして残酷に。

「具現師でないお前がその剣を使ったところで、戦えるのは雑魚だけ、それはお前が、一番理解している筈だが?」

 それだけでも十分凄まじいのだが、と司がフォローを入れるが、気分が晴れることはなかった。

「僕は、約束した!」

 叩きつけるように切り返す。

「あいつは僕に頼んだ、人に害なす魔王を討て、と。戴冠式に参加する者全員を示してこそいるが『存在干渉』に飲まれればあいつもいずれ人を殺す、そしてあいつは心臓を奪うことを拒否した!」

 樋浦要が《断罪するだけの存在》となるのは決まっていた、同時に自分を終わらす存在を必要としていた。

「あいつがどんな気持ちでそんなことを言ったのか、アンタに分かるのか!」

「そうだな、繋がれば解るだろう」

 司は最低の冗句で応じる。精神同調を得意とするこの女は容易く人の心を読み取り暴くのだ。

 剣呑な空気が広がる。進藤の怒りに応じるように右手の《暴走思考》も震え始めた。

「話を逸らすな、進藤。ちゃんと質問に答えろ、どう足掻こうが魔王には敵わん、これは絶対だ、お前はただ敗れに行くのが約束、とでも言うのか?」

 進藤は沈黙、司が続ける。

「お前では魔王の相手は務まらない、その剣は誰か高位の具現師に貸与すべきだ」

 進藤は咄嗟に拳を握りしめた。それは渡す気がないという無意識の所作であり、それを見た司はやれやれ、と肩を竦める。

 暫し沈黙し、進藤はある問いを投げた。

「僕は」進藤が口を開く「誓いを取り戻す」

「無理だな、樋浦要を前に剣を掲げ、結局は斬ることが出来なかっただろう?」

 ぴしゃりと切って捨てる司、思考通信のために同調していた為ボウリング上での出来事を見ていたらしい、進藤の顔は紅潮すると、隣から口を挟まれた。

「あのさあ」

 結花である。視線は手元の携帯、高速で打鍵しながら面倒臭さを全身でアピールしている少女が続ける。

「ユカちゃんに思うに、うだうだうだうだと、覚悟と決意と信念とその他諸々が単に足らないだけじゃないっすか?」

 具現師は思い一つで成れる、ならば進藤が誓いを失ったのは信念が脆弱であったためであり、誓いを取り戻せないのも覚悟が惰弱である、と結花は言う。

「僕の、僕の思いが軽いって言うのか?」

「ユカちゃん思うに、そうだと思うっす」

 結花は迷いもなく頷いた。怯んだ進藤に結花は畳み掛ける。

「例えばっすけど」

 結花は自分の前髪を掻き揚げる、岩倉が「おいっ」と声を掛けるが聞く耳は持たなかった。右目を隠すように伸ばされた髪の奥には、綺麗な狐色の瞳があった。

「ユカちゃんの右目は一回失明しているんすよ、煙草を押し付けられちゃって、因みにそれをやったのは実父っす」

 唐突な告白に、進藤は生唾を飲み込んだ、難儀な生活と岩倉に説明されていたが予想以上の事実に硬直した。

「今は具象の再生治療を受けて元通りですけど、この前髪はその時の癖っすね、怪我を隠すために伸ばしていて、今じゃこれが一番落ち着くんすよ」

 一息。

「ユカちゃんの具象は《加熱の刻印》って言うんすけど、こいつは相手が持つレルナを熱に変換するんす、具現師なら五秒で脳を溶解、ドゥルウなら十秒で爆殺っすね、因みにこの視線が最初に焼いたのはドゥルでも具現師でもないっす。

 さっき言った父親を最初に焼いたんすよ」

 自分が今どんな顔をしているのか、進藤には分からない。それ以上にそんな告白を受けてどんな言葉を述べて言いのかなど、もっと分からない。

「今は喋らないで結構っす、半端な慰めはウザイだけなんで、カチンときたら焼くっすよ」

 喉まで出かかった言葉を塞き止めた、のを確認して結花は続ける。

「施設が動いて保護されて、叔父さんに引き取られるまで、ユカちゃんの毎日は地獄っすよ、会社切られて、酒と賭博に興じる典型的な駄目親父に、そうそう見切りを付けて別の男と一緒に蒸発した駄目母に、その腹いせに毎日蹴られて殴られるのはユカちゃんっすよ? あの頃は本当に、今でも思い出したくないっすね。

 繰り返される暴力への抵抗はただ睨み返すだけ、もう少し大きければ武道でも習って撃退したかったけど、この体格差は絶望的で、だから毎日睨み返しました、

そうすると、また殴られるんすよ、目つきがイラつくって、それでも止めないのは単にユカちゃんが意地っ張りなだけっしたけど」

 髪を下げて一度口を噤み、そして開いた。

「ただ想ったす『死ね』って、想い続けて睨み続けたんすよ『死ね』『死ね』『死ね』『死んじまえ』『死んじまえ』『死んじまえ』って、想い続けて二年が過ぎた頃っすね。

 ユカちゃんの視線には殺意が宿って、その視線は人を焼き殺す魔眼になってたんすよ」

第二種空想顕現術理(アーカイン)』。

 莫大なレルナを消費し、世界に固有の則を認めさせる具象と異なる空想顕現式。眼前の少女はそれを、魔術の最奥とも超能力とも呼ばれるその境地に、殺意一つで至ったのだ。

 それは一体どれ程の憎しみが込められていたのか、進藤には計り知れなかった。

「成れる者は自然と成れるし、成れない者は永遠に成れない、つまりはそういうことっすよ、最初に言ったすよね?

 具現師足り得ないのは――ただ足りないだけ。

 怒りも憎しみも覚悟も決意も信念も、その他諸々一切が。

 自分の優柔不断を棚に上げてグダグダ文句ばかり抜かすな、ってことっす」


 ホテルを後にして進藤は外に出た、天気は快晴、気分は曇天だった。

 風を切るように足を速めた。思い出すのは最後の言葉。

『樋浦要は枢機機関で身柄を預かる、まずは《魔王の心臓》の解析、その後の対応は上が決めるだろう……《林檎売り》の話を鵜呑みにするなら処刑だろうな』

 剣を振るう覚悟ないのであれば、代役を立てる、と司は言った。

 樋浦要を救う手段は皆無であり、《断罪するだけの存在》となれば破格の戦力に指向性が生まれる。

 そうなる前に、自失状態である今なら赤子の手をひねるより楽に彼女の命を断てるのだ。

『そうなった場合は連絡するわ、だから決めておいて、その剣をどうするか、君がどうしたいかを』

 犬死してでも残る魔王と戦うのか、それとも剣を誰かに貸し与えるのか。

「畜生……!」

 叫んだ。腹の底から出した大声に周囲の人が一斉に固まった。構わず進藤は歩みを続けた。

 どうすれば最善か、そんなものは考える間でもない。戦えない人間が持つより戦える人間が持つほうが一番だ。しかし、彼女との約束を果たしたいと思う想いも捨てきれない。

「……それでも、僕は……」

 煮えきれない思いのまま進藤はあてなく街を彷徨よった。


「どういうことだそれは!」

 レナノルフの隻腕がテーブルを叩いた。衝撃でカップが揺れ珈琲が零れる。

 ノートPCのディスプレイに映る男――枢機機関第二作戦室室長・三郷正規の顔はまったく動じなかった。

「二度は言うが三度目はない。我々枢機機関は、戴冠式を速やかに完了させるために樋浦要に助力する」

「ドゥルウを、最高等級の魔王を完成させるというのか?」

「君は話しの解る男、そして将だと思ったのだがね」

 首を隠すまで肥大した丸顔、肥満気味の第二室の室長は冷酷な理論を諭す。

「《魔王の心臓》に関してはあらゆる具象解析が拒否された、伝説級ないし、下手をすればあれ自体が『不可能域』の具象という可能性すらある」

 解析を専門とする第二ですら手が付けられない樋浦要に施された具象、それはある事実を暗に示している。

「《魔王》は確かに存在する、『戴冠式』の情報は正しく、九分されたとはいえ魔王級のドゥルウと真紅が五体、この篶倉に紛れている、そういうことだぞ?」

 現在、《林檎売り》討伐から二時間が経過していた。その後、進藤の情報と樋浦要を合わせ第二に引き渡し、《魔王の心臓》の解析を依頼した。

 同時にレナノルフは支部長に神崎一門との連携を計り最大警戒態勢を敷く事を進言していた、しかし、

「先月の『大侵略』を思い出せ、四体の真紅を前に我々が被った被害はどれ程のものか忘れたのか?」

 レナノルフは奥歯を噛み締めて沈黙した。

「《蒼天》以下の低位から中位の具現師が十三名、《藍》から《夜天》の中位から上位の具現師が八名、そして《紫》という高位具現師が六名! 延べ二七名だ! 支部の戦闘職員の三割が殉職した。

 元軍属ならこう言った方が分かり易いか? 我々枢機機関は全滅に等しい被害を被ったのだ、たった四体の真紅を相手に、な」

 たった四体でその被害、しかも討伐に動いておいて仕留めたのは神崎一門である。枢機機関は被害者しか出しておらず独力での勝利とは言えなかった。

 それを踏まえて、五柱と五体……《林檎売り》は破れ樋浦要は確保しているとはいえ、それでも四柱四者のドゥルウが存在する。

「解るな? 真紅ともなれば単体で都市制圧が可能な無極の戦力者だ、黄金など想像を絶する。

次は一体何人の死者が出る? 君は篶倉を地図から消したいのか?」

 それに、と三郷は続けた。

「話を聞けば魔王候補は皮被りをされていない、というではないか? お前の剣は同胞に向けるためにあるのか? そして《戦血君》は害なす魔王だけを討つ、という人間よりの思考の持ち主と聞く、そんな彼女を魔王位にすれば、第九派を人類陣営に帰依することも可能だ」

 そんな彼女なら信用に値する、と三郷は言う。

 そういうことか、とレナノルフは三郷の考えを理解した。

「幻想爆発予想の打開策になるやかもしれん、試す価値はあるだろう。そもそも現在疲弊している枢機機関では前回以上の大規模戦闘に耐えられないのだよ」

「待て、《戦血君》の従者は《十一桁の零》や多くのドゥルウを生み出し事件を起している、その被害者関係からは反発がくると思われるが?」

 返って来たのは疲れた反論。

「従者の暴走は自失状態では制御できない、進藤の言によれば『大侵略』時の彼女は《林檎売り》を御していたのだろう?」

「……ああ」

 そこまで求めるのは酷だろう、と三郷は言い捨て結論に繋げた。

「これは決定事項だ、支部長の許可も得た。論議も議論も必要ないしあるなら支部長に申請し作戦撤廃を取り付けてくれ」

 勝ち誇るように三郷は笑う。

「枢機機関は《戦血君》樋浦要に助力、以後は指示に応じ分隊を動かす、まずは――」

 続く命令にレナノルフは激昂し掛けた、百万言の罵声を浴びせようと口を開くが、それよりも早く男が締める。

「作戦は以上だ――では、検討を祈る」

 強制的に切られる通信。レナノルフは力の限りデスクに怒りをぶつける。破砕されるテーブル、しかし怒りは微塵も発散しなかった。


 ――一時間前。

 レナノルフから《魔王の心臓》の解析結果から戴冠式の可能性が高いと判断した三郷は、一つ確認事項が生まれたことに気づき綾瀬邸を訪問していた。

 クリスタルテーブルを挟み対面する男にその旨を伝え、同時に共同戦線を打診、『神崎一門』の協力と『王国』との交渉を約束した時である。

「待て、村木!」

「退け、俺は辰巳様に話しがあるのだ!」

 部屋の外で諍いの音。二人は部屋の扉に注目すると、勢い良く扉が開け放たれる。肩で風を切り進むのは包帯を頭部や手足に巻く黒服。精神磨耗により意志消失するまでレルナを吸い上げられていた男は、今目覚めたらしい。

 綾瀬の瞳に不愉快が灯る、外部組織の幹部との会合は基本的に余人禁制、でなくても思考通信でも行なえばいいので、態々直接会う必要はない。

 綾瀬は瞳だけで去れ、と射抜き、その顔に小さな驚愕が生まれる。象徴痕を発動させ紫紺のレルナを纏った。

「――遅い」

 男はあくまで落ち着き払った声で言う。すると、縦に走る黒線、村木と言われた男の体が左右に剥がれ、精悍な青年は細く痩せたローブ姿の浮浪者へと変る。

「《林檎売り》!」

 綾瀬は浮かした腰を停止、静かにソファーに下ろす……そして舌打ち。

 最後の最後で似合わない醜態を見せた《林檎売り》の狙いがこれだったのだ。何が目的かは知らないが、《林檎売り》は綾瀬との話し合いを求めていた。

 そして気づくべきだった、樋浦要の偽者を用意できるのであれば、自身の影武者も用意できない理由がない。

(突入前に領域が解除したのも合点がいく)

 村木に皮被りしここに潜入する為に、領域は解除する他なかった。

「この距離では僕の具象より貴様が速いな」

「あの三隅梨穂と切り結び生き延びたという事実を鑑みても、領域系の我々が近接戦を挑み勝ち目があるとは思えんな」

「話が早くて助かります」

 言いながら《林檎売り》は半身を逸らす、背後から襲撃、止めに入っていたもう一人の具現師はドゥルウが同胞に化けていたことを理解するや攻撃、右手に剣を生み出し縦に薙ぐが回避、そのまま綾瀬を守るように立ち塞がる。その背中に枝が生えた。

 赤く滴る雫を落とす細い突起の正体は、アンドゥリルの五指、一瞬で五メートル以上伸びた枯れ木の如く細い指先が防御していた剣を貫通し男を抉った。

 指を引き抜くと男は倒れた、血振りをしつつアンドゥリルは睥睨する。そして口を開いた。

「さて、少々お時間を頂いて宜しいでしょうか?」

 いいもクソもあるかっ。

 三郷はむしろ開き直ってソファーにふんぞり返る。綾瀬は部下を一瞥、微かに息をしているのを確認した。

「そう硬くならずに、ワタクシの話はアナタ方にも少なからず利のある話なのですから」

「どういうことだ?」綾瀬が顔の前で手を組み尋ねる。

「現在篶倉で多発しているドゥルウ事件、あの『大侵略』ですら氷山の一角、この篶倉を舞台としたある儀式の話です」

「戴冠式か?」

 もったいぶった言い方に我慢出来ず先に言う。三郷と綾瀬の視線を受け《林檎売り》は頷いた。

「進藤殿ですね、彼も口が軽い」二度首を横に振りアンドゥリルは続けた。「お話というのは他でもありません、お二人に、ワタクシの王の手助けをして欲しいのです」

 無言。綾瀬も三郷も咄嗟に言葉が出ず、《林檎売り》の真意を測り兼ねた。

「我々に魔王の手助けをさせて何の得がある?」

「ムエリカ派が人類の傘下となります」

 次に生まれた沈黙は、先ほどものとは様相が異なった。どういうことだ? という綾瀬の視線に、《林檎売り》は微笑して応じる。

「ワタクシの王の名は樋浦要と申します、かつて枢機機関に協力していた具現師です。

 ワタクシから《魔王の心臓》を受け取り、黄金の幻想色を発現しました。

 彼女は人に害なす魔王とのみ戦う、という方針を取り、仮に全ての心臓を得、魔王位を継いだならば、ムエリカ派を一つに纏め、人類陣営に帰依する、とも申しておりました」

 さて、と《林檎売り》は笑う。

「篶倉の具現師よ、魔王位を狙う者達は誰もがそんな思考を持っているとは限りません、『大侵略』を見れば分かるように、自棄を起こし具現師を襲う者も少なくありません、残るは五柱の魔王の中では、ワタクシの王は最も人間達に友好的でしょう」

「貴様の主観など当てになるか」綾瀬は鼻を鳴らすと「そもそも、人類との融和を謳う魔王となった具現師が既に戦える状態ではないだろう? あれはもう風前の灯、救済処置として処刑するのが慈悲という状態だ」

「今のままでは確かに戦えません」

「何?」

「《魔王の心臓》の使用は『存在干渉』を誘発します」《林檎売り》は《魔王の心臓》に関する説明をし「つまり、力を使う毎に移植者は己の源案に由来する欲求を衝動として苛まれ、それを満たすだけの事象となるのです」

「心臓移植による記憶転移のようなものか」

 三郷の呟きに「そのようなものです」と頷く。

「王の源案は《断罪者》、王は今日にでも《断罪するだけの存在》となるでしょう」

「《十一桁の零》のようにか? 魔王レベルであんな者になれば正直洒落では済まんぞ」

 出現してから迎撃に向かってはまず間に合わない。検証の時のように出現条件を利用しての待ち伏せが最も効果的な撃滅方法であり、魔王級でそんな暗殺者めいた存在が生まれれば待ち伏せすら不可能になるだろう。

「一つ問う」

 綾瀬が凍土の如く冷たい声を放った。

「そもそも貴様の王が《断罪するだけの存在》となったなら、この交渉自体成り立たないではないか? どうゆう形態を取るかは知らぬが、そいつはもう罪を裁くだけの……」

 そこまで言って、綾瀬は何かに気付いたように言葉を止める。口許を手で覆いアンドゥリルを睨む。

「愚臣、それが臣下のすることか?」

「しかし、ワタクシの王に信を置くには十分過ぎる筈です。何故ならワタクシの王が一般人に手をださず、篶倉に紛れる魔王と真紅だけを狙い打ち倒すことが照明されたのですから」

「《十一桁の零》も貴様の仕掛けだな、そう傾くように誘導したのか」

「あの方がそういう存在と認知されればそれを殻として扱うことも考えられます」

 三郷もまた、《林檎売り》の狙いに気付いていた。そしてそれを実行するこのドゥルウに激烈な不快感を抱いた。

 愚臣と綾瀬は言う、それは的確な評価だった。

《林檎売り》は己が仕えた王を勝たすために、その王を売ったのだ。

 盲点ではあったが、それが成されれば、たしかに《戦血君》は一般人を襲わない。篶倉に都合よく、魔王と真紅を刈取る凶手となる。

「さて、どうでしょう? ワタクシの王にご助力する件、少しは考えて頂けるでしょうか?」

 三郷は思考する。申し出自体は破格だ。こちらに還るリターンが半端でない。ムエリカ派の吸収、これは文面以上の効果を発揮する。現在の具現師とドゥルウの勢力は五分、第三派の助力と第六派の日和見を経て、このパワーバランスだ。

 そこに九派の人類陣営への加勢が加われば、天秤は大きく動く、攻勢に転ずれば第六派も追随する可能性もあり、ドゥルウを圧倒できる好機になる。

 人類史初の魔王討伐も現実味を帯びてきたのだ。

「だが逆に問うぞ? その方法を知らせた今、お前を生かす必要もあるまい、実際貴様の安否は無視しても、魔王の制御は可能なのだ」

 綾瀬の踏み込みに、《林檎売り》は歪に笑うのみ、そして一言。

「九柱九者入り乱れての戴冠式、命を賭けるのは魔王のみではありません」

《林檎売り》は告げる。

「ワタクシは、《王の法典》です」

 告げられた事実に三郷は押し黙り、そして綾瀬は忌々しそうに舌を打つ。

「保身も完璧か、クソめ、何が望みだ?」

「……一つ頼まれて欲しいのですよ、《戦血君》樋浦要様がアナタ方にとって素晴らしいパートナーと成り得る存在ではありますが、少々、嫌な虫がちらついていましてね」

《林檎売り》は囁く様に、己の望みを答えた。

 ――一時間後、レナノルフにその報せは届いた。


 レナノルフからの着信を取りながら、利穂はようやくか、と身を引き締めた。

「はいはい、こちら第四分隊でーす。要の処遇決まった?」

 良く通る声が店内に響く、それだけでメンバーに緊張が走った。

『第二から緊急作戦が下りて来た、《戦血君》樋浦要を戴冠式に勝たせる、第一はその補佐に回れ、だとさ』

「ちょっと待って、待っててば、それって何? どうゆうこと?」

『理由は不明だ、しかし恐ろしく質が悪い』

「どういう意味?」

 レナノルフはあくまで冷静に続ける。

『下手に手を出せば最悪、魔王五柱が結託して全面戦争、その場合上尾は地図から消えかねない上に勝算も不安定、ならば魔王一柱を味方に付ける、という案は確かにありだ』

「そんな馬鹿な」

 梨穂は信じられない、と言わんばかりに呟いた。

「色々言いたいことあるけど、一番重要なこと良い? どうやって戦う気?」

 対ドゥルウ戦術にあるように、ドゥルウの戦力は同等等級の約五倍、九分の一の魔王とはいえ独力で倒すのは不可能に近く、対抗できる戦力者である要は自失している。

「三郷はデブだし薄毛で臭いけど、それでも頭の回る指揮官だわ」

『前半が只の罵倒なのは気のせいか?』

「それとも要の状態をどうにかできるってこと?」

『主力を《戦血君》が担ってくれる、そんな手段があるなら確かにありだな。

 正面戦力となる分隊の被害が減るのが一番のメリットだ、前回で戦闘職員は三割殉職、まともに掛かれば何人死ぬか分かりはしない』

「……具象解析の結果は芳しくないみたいね?」

『どころか解析不能とのことだよ』

「じゃあ一体どうやって……?」

 レナノルフは敢えて答えなかった。

『では、三隅梨穂、第四分隊に任務を与える』

「何よ? 要をつれて魔王探しの旅にでも出ろって?」

『茶化すな、《戦血君》の制御、そして戦闘起動については後々説明する』

 数秒の静謐、後に冷厳な声で任務を告げる。

『まず、そちらに向った者の指揮下に入り行動しろ』

 部屋の鍵が開く音を隊員達が聞いた、そして現れる珍客――空気が固まった。

『枢機機関は《戦血君》に助成するそれは、彼女が魔王位を継承した際にムエリカ派を人類陣営に帰依するとの確約を得たからだ』

 ぐるりと部屋を見渡し、そいつは分隊メンバーに会釈した。

『同盟である以上、相補扶助は不可欠、《戦血君》側から提示されたのは、露払い、魔王に敵対し、魔王を害なす存在の排除』

「……レナノルフ」

 誰も彼も動けずに突然の来訪者に視線が集中する。

『報告にあった少年は魔王に対し強い執着を持ち、魔王の剣を有している。よって前述した条件を満たし、魔王に敵対することが予想される』

「レナノルフ!」

 声は被されて打ち消された。

『第四分隊は総力を上げて進藤響を拿捕せよ! これは最優先特務だ!』

 携帯を切られ、接続が切れた音がいつまでも耳に残った。そうしてようやくそいつが唇を動かす。

「話の通りですよ、篶倉の具現師諸君、さて参りましょう」

 裏切りの騎士を始末しに、《林檎売り》は愉快そうに顔を歪ませた。

 蛇が笑えばこんな顔になるのだろう、そう容易く想像させる笑みだった。

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