第二章・噂は踊り狼を招く
過ぎた信仰とは狂信。
過ぎた祈りとは呪い。
真水が魚を殺すなら。
純粋は人を殺すんだ。
覚醒動悸、鈴木結花の場合。
篶倉トンネルで起きたドゥルウ事件の発生から約八時間、守屋歩は枢機機関篶倉支部の一室でソファーに身を沈めていた。
窓の外から陽光が差し込む。結局一睡も出来なかったのは、撃滅失敗を知るや対策として綾瀬と枢機機関の双方から事情聴取を任意で求められたからだ。
任意と言ってもほとんど強制だったけどなあ。
即座に組まれた捜索班も結局、目標を完全に見失い追跡活動を断念。現在新たなる作戦行動が可決され行動開始しているらしい。
守屋達に与えられた命令は『潜伏しているドゥルウ、《林檎売り》の捜索及び撃滅』だった。
乗り気ではないものの、自分が関わったからには途中でほっぽり出すわけにもいかず、死人が出ても寝覚めが悪い、最終的には希望を出して捜索任務に乗り出すあたりに彼の性格が覗えた。
扉のノブが回り人の入室する気配を感じながらも守屋、そして利穂は一向動く気配を見せないのは、やはり疲労によるものだろう。
「日本人は礼節に厳しい人種と聞いたのだがね」
流暢な日本語で男が苦笑する。
隻腕の青年だ。
枢機機関は表向きにはボランティア目的の公益法人であり本部が米国にある。篶倉は戦略拠点として重要である為、篶倉支部には本国籍の具現師が派遣されていた。
それがこの男である。
枢機機関篶倉支部第一作戦室室長・レナノルフ。
三十名の具現師を束ね指揮する男はド派手の一言で形容できた。オールバックに纏めた短髪も、鷹の如き鋭い双眸も、そして身を包むコートも、全てが赤。
「いつ見ても正気を疑う出で立ちね、前世はポストか何かかしら?」
「ポストが赤いのは万国共通ではないだろうに」
利穂の口撃を軽くかわしながらレナノルフは自席に着座する。
つうか俺達室長室でリラックスし過ぎか、平社員が上司の個室で爆酔とか普通に首が飛ぶレベルだよなあ。
「ともかく本題だ、時間が惜しいし聞きたいこともある」
表情を改めたレナノルフに対し、守屋も億劫そうにではあるが姿勢を正した。
「まず対象が発見された地点がここ」
片腕ながら手早い操作でPCを操作する、投影機が映し出す市内の地図が拡大され光点が点る。
「そして最終消失点がここだ、住宅街から少し離れた雑木林、国道からも遠く土地勘のあるものが裏道に使う場所だな」
どう思う? とレナノルフが呼びかける。
発見地点と消失地点、二つの光点を眺めながら「妙ね」真っ先に応えたのは利穂だ。
「例のドゥルウ、確か《林檎売り》ね、アレは先月の『大侵略』に参戦した一体なのよね?」
「そうだ、交戦の果て橙に落ちているが、もともとは真紅級のドゥルウだな」
「力を大幅に失った以上、敵はもう獣ではなく獲物となったと言っていい」
親指の爪を噛みながら、利穂は疑問する。
「なら、どうしてわざわざ市内に逃げる?」
光点は市外ではなく市内へと移動していた。篶倉は世界から見ても高水準の組織複数が置かれる重要拠点だ。等級的には中堅であり絶大な戦力を保有しているとはいえ、本気で捜索と撃滅を旨とした行動を取られれば命はない。
「そもそも先月の『大侵略』自体が異例中の異例だ。具現師組織が置かれる拠点へのドゥルウの侵入行為の平均は年で九程度、一日に九体の、真紅級による侵入などもはや戦争といってレベルだよ、そんな事例……近代以降では初だろう」
「そうね、弱体化した時点でここから逃げるのが普通、潜伏を続けるなんて普通じゃないわ」
まあ、と利穂は言う「仮にここから離れられない事情があるなら別だけど」、と。
思い出すのは去り際に林檎売りが零した台詞だ。守屋は記憶を辿りながら口にだしていた。
「……ムエリカ派、次期魔王、『戴冠式』、『王の法典』それに《戦血君》ねえ」
単語として覚えていてもそこにある意味まで汲み取れない、のは守屋だけだったようだ。「第九位、ムエリカ派のドゥルウか」レナノルフの瞳が過去に飛ぶ。「アレにはいい思い出がない」
「腕の関係で?」レナノルフは黙って頷いた。「どれをとっても不穏な単語ばかりだな」それ以上は話すつもりはないらしく即座に会話を修正。興味もないようで梨穂も追求しなかった。
「あれ? 皆あいつの言葉の意味分かるのか?」
話に置いていかれる前に守屋は質問する。
「不勉強極まる」
返って来たのは容赦ない一瞥。まったく、と呆れながらレナノルフが続けた。
「戴冠式とは魔王が後継を選び自己の全てを委ねる儀式だ」
レナノルフは嘆息交じりに肩を竦めた。
「《林檎売り》は《戦血君》の騎士を名乗った、鵜呑みにすれば奴は次代の《黄金》に仕えていることになる」
しばしの沈黙の後、利穂が言葉を継ぐ。
「この篶倉に、《黄金》が潜んでいるってわけね」
部屋に言い知れぬ質量が増し硬質的な緊張感が生まれた。
「具象というものが体系化されてどれほどの時間が経過したかは、実は定かではない。というのも具現師は元来敵同士だった。継承は個人レベルであった為に資料が散逸しているからだ」
眠気覚ましのコーヒーをそっと口に含め、司は続く言葉を整える。
視界に広がる教室には等間隔に白いテーブルと椅子が設置されている。座る十六人の生徒に共通点はない。
十代から三十代の男女の視線の集中にも大分慣れた。
「具現師としての覚醒、その第一条件は現実を侵食してしまう程に強くなった想い。現実的な手段では叶えることのできない絶望的な願いを持っていることだ」
生徒達の瞳がそれぞれ揺らぐ。各々、自身が何を思いこの力を得たのか再認識しているのだろう。
「具現師が元来敵同士って言ったのは、空想顕現なんてふざけた力を持つ具現師ですら、一番に抱いた願いを容易く顕現できないからだ」
それが俗に言う『不可能域』。
空想顕現は一定以上のレルナを発動した時に起こる現象だ。そして発現に必要なレルナは空想の内容に大きく変わる。 荒唐無稽なものほど莫大なレルナが必要であり、些細なものは少なく済む。
空想顕現なんて術自体が既に荒唐無稽ではあるけれど、内心の苦笑を無視して脱線した思考を元に戻した。
「『異界創造』『時空干渉』『霊魂練成』『万象改竄』『終焉否定』。以上五つに類する空想は具現師に存在する四系統に区別なく、ほぼ実現できる類のものでない」
必要なレルナが莫大過ぎてまともな手段ではどうあがいても行使不能。
「そう、具現師は元来敵同士、その理由がここにある。私達にはどうしても叶えたい空想がある、しかしそれを成すにはレルナが足らない。さて問題だ、レルナの発動条件は何か?」
視線を投げて問いとする。不意打ちに少女は一瞬慌てるがすぐに回答した。
「厳密にはレルナは精神を宿していれば誰でも保有しています。強い感情の励起というトリガーで生まれるレルナを『象徴痕』が増幅、増幅量は『源案』の量で変動します」
「正解」と微笑み講義に戻る。
「具現師が獲得できる『源案』は一種のみ、その状態の増幅倍率じゃ、どうあがいても『不可能域』を実現できない」
ならば。
「問題なのは数であり、足りないのは『源案』、ならばそれを得ればいい」
望みを絶ち、望みを得る。かつて具現師は血を血で洗う戦を起こし、他者から『源案』を奪う行為を繰り返してきた。
「そんな具現師同士の争いも長くは続かなかった、なぜなら連中が現れたからだ」
ドゥルウ、と誰かが呟いた。殆ど独白だが異質な響きは波紋となりそれぞれに浸透する。
「連中の出鱈目加減に説明は要らないな? 単体で私たちの十数人分の実力を誇る怪物、具現師が結束したのは当然の帰結だ」
『枢機機関』。『神崎一門』。『王国』。篶倉にしても具象を扱う戦闘集団が三つ在る。昔ではありえざることだ。
「国というより地域単位で存在する具現師組織に対して、ドゥルウの勢力は九つしかない」
一拍。
「この世に九つ限りの最悪。九大魔王を筆頭としたドゥルウ九派。
魔王、陳腐な表現かもしれないが、九派の首領達はそんな表現しかできないくらいに……外れている。その全てが『不可能域』の到達者と言えば少しはイメージが沸くだろう」
返ってくるのは沈黙、まあ当然か、と割り切り話を進める。
「位階を色で示す手段は昔からあるな? 日本で言えば冠位十二階。具現師とドゥルウにもそれが当て嵌まっている」
説明しながら部屋の隅に移動、部屋の明かりを落とした。
「それが幻想色だ」
象徴痕を起動しレルナを纏う、司の位階は《夜天》。漆黒とは違う、それは濃い藍、夜の空を思わせるレルナが司の周りを静かに覆う。
「もう一つ質問、具現師とドゥルウ、それぞれの幻想色を答えて見ろ」
はい、と答えてから彼女は即答する。
「基本は虹の七色です。具現師もドゥルウも基本は《緑》、そこから《青》《藍》《紫》と昇り《白銀》と至るのが具現師であり、《黄》《橙》《赤》と堕ちて《黄金》と化すのがドゥルウです」
淀みない返答に内心感心した。中々優秀な子だと思う。
「等級で表すともう少し細分化されるな。《緑》《深緑》は共通位階。
具現師は《青》《蒼天》《藍》《夜天》《紫》《紫紺》《白銀》。
ドゥルウは《黄》《黄昏》《橙》《暁》《赤》《真紅》《黄金》。
以上九段階のレベル分けがされている、彼我戦力を測る目安だ、覚えておけ」
そこまで話すと教室に電子音によるチャイムが鳴り響いた。
「では今回の講義を終了する、各自自分のカリキュラムに従って移動しろ」
それぞれの速度で支度をする新人達を見ながら、司の脳裏に昨夜の出来事が遮る。
(もし『戴冠式』が起こっていて《魔王》が潜伏しているならば)
重い足取りで司も教室を後にする。
(戦闘の規模は『大侵略』を遥かに超える)
戦闘経験皆無の新人達も駆り出されるだろう。被害も甚大だ。
ままならないな。
自然と吐き出されたため息はとても重いものだった。
回転椅子の背もたれに重心を掛けつつ腕を伸ばした。長時間椅子の上に座りパソコンとにらみ合っていたので目の疲労も濃い。
少年が背筋を伸ばすと天井には剥き出しの排気ダクトが何本もうねっている。大樹の根を彷彿させ、ここが地下であることを意識してしまう。ランプの光だけ浴びるというのもどこか不健康な気がした。そう思うと何だか無性に外に出たくなる。最後に出たのはいつだったか、少なくとも三日はこの部屋を出た記憶がない。
「せめて一段落してくれれば、な」
「ねえ、今何時かな?」
背後から声、「十二時過ぎだ」と短く答えるとバタン、と倒れる音。二度寝だろうか。
繁華街の裏路地、元々は地下クラブだかライブハウスだったのを改造した自宅で、周囲から畏怖と畏敬を込められライオンの穴倉と呼ばれている。
その穴倉で、唯一のベッドを占領していたのは女だった。
「昼は? 俺はピザを頼むがどうする? 今なら四五分で来るらしいぞ」
振り返ると女は上体を起して億劫そうにベッドから這い出ていた、何故か裸だった。
天井の照明から光を浴び陶磁器のような白い柔肌が艶やかに映える、ベッドの足元に服が乱雑に脱ぎ捨てられていた。その中からリボンを手に取ると、肩から前に垂れ胸を隠していた黒髪を取り、一まとめに結う。動作が一々扇情的である。
「やーん、エッチ」
指摘され長い時間見とれていたことに気付かされた。慌ててパソコンに向き直る。口を吐いたのは悪態だ。
「裸で寝るな、動物かテメーは」
「うーんこれはもう習慣だからね、何ともならないよ、それよりどう《暴賢帝》? あたしのプロポーション? 欲情した? した? 何なら犯ってみる?」
「抜き身の刀を抱く趣味はねえ」
「お、上手いこと言う」
何がおかしいのかケタケタと笑う女。衣擦れの音に思考を乱されながら少年はクリックとプラウザバックを続ける。
イラつきが瞬時に沸点に到達。ただし取っ組み合いの喧嘩では普通に勝負にならないので煙草でストレス解消を図る。 テーブルの隅にある箱から一本取り出して口に咥え、ライターを探っていると背中に声が投げられた。
「あーっ、酒と煙草は二十歳からだよ」
「んなもん、今日日道路の速度制限並みに守られてねーよ」
だから破っていい道理でもないのだが、親や教師のような言い分につい反抗してしまう。なにかしら言葉が飛んで来ると思ったが無言。ライターを見つけ火を点けようとすると後ろでパチン、と指を弾く音――咥えた煙草が粉微塵と化す。
「ぶッ!」吸いたいのは煙であって粉末ではない、鼻腔からのニコチン直接吸引に思わず咽た。
何か文句でも言おうと思ったが、辞めた。法律破ろうとしている時点で道理と正義で勝つ見込みが全くない。仕方ないので溜息一つ。
「で、そっちはどう?」
「進展無しだ、中々見当たらないよ。まだマイナーな噂だしな」
カチッ、とマウスのクリック音が室内に響く。
「ホントに実在するのかも怪しい、《十一桁の零》なんて制裁人、なんてな。お前はどう思う? 《斬切姫》」
「半信半疑。単に携帯で000‐0000‐0000に電話を掛けて憎い相手の名前を言うと制裁人が現れて罪に等しい裁きを与える、なんて与太を聞かされただけだかんね」
「《戦血君》は」トーンを落とし言う「もう既に《存在干渉》に飲まれている」
「そうだね」
「なら、《魔王の心臓》の最終状態に突入している筈だ」
「《~するだけの存在》、か」
「だとすれば、存在しない番号を媒介にして、《十一桁の零》なんていう『在り得ざる現象』の元、制裁する存在がいりゃ、それは《戦血君》で間違いない」
再びクリック音。そして静寂。
「……ねえ、久しぶりに外に出ない? 煮詰まってもいいことないし、ちょっとした気分転換も必要だと思うよ?」
そう言って背後から抱きつかれた。腕には白いシャツが通されているので着替えは終ったらしい。背中越しに感じる体温がとても心地良かった、顔が綻びそうになるので寸前で堪える。出たのはやはり悪態。
「無い胸を押し付けても嬉かねえし何も感じんぞ、俎板胸」
「……ホントにあんたってツン目デレ科よね」
「男に対する評価じゃねえし、ツンはもう類でいいんじゃねえか?」
ふとある事実に気付き口に出してみた。
「今気付いたけどマナイタムネって何か刀剣の銘っぽくない? 今度からお前の綽名に」
「とりゃっ」なんて可愛い掛け声と共に肩を掴まれる反転、繰り出されるのはギロチンチョーク。顔面を貧乳に埋められ慌ててタップを連続。
「おらおら! 嬉しくないし何も感じないだろう!」
「当っている、当っている、いやいやそれ以前にマジで絞まっているから!」
「へいへいへ~い? ツキガク時代からあたしの前で悪事を働く身の程知らずと、胸をネタにからかう命知らずがどういう末路を辿ったのか、もうすっかり忘却の彼方ですか?」
「思い出しました! 思い出しました! 大事なことなので二回言いました! ああクソッ! やっぱ言うんじゃなかった!」
ぎゃあぎゃあ騒ぎながら突き飛ばすように裸締めから抜け出す。ぜぇはぁ、言っているとポーン、というSE。
「ナギャから?」問いにメールを開き「違う」と短く返す。
「まった面倒なことになっているな、おい」
緊急報告は情報収集に駆り出していた従者からではなかった。内容は昨夜《林檎売り》が起こした具現師との戦闘の経緯、その結果だ。
「それに……こいつはオマケか」
《十一桁の零》に関する報告書である。現在確認されているだけで七人が《十一桁の零》と接触、軽傷、重傷と様々であり名前を伝えた後、消息が掴めないとされる者もいるらしい。
ハッ、と短く笑う。
「まあいい、とりあえずは一区切りだ。どうする《斬切姫》? 久しぶりの外出としゃれ込むか?」
一にも二にもなく少女は頷いた。
新人に対する講義を終えた司は貸し与えられている研究室に戻り、資料を机に置くと椅子に座った。付けっぱなしのPCにメールが来ているのを確認、手早い操作で開いた。
昨日保護した少女の詳細だった。
(月之宮学園一年、樋浦要、風紀委員、具現師としてはフリーランスか)
結花の一つ下だ、聞けば何か分かるかも知れない。
画面をスクロールし経歴を辿る。途中で司の動きが止まった。
(『大侵略』の際に死亡……だと?)
戦闘記録を参照する。真紅級ドゥルウ《水銀の竜》と交戦、《腐毒鱗粉》により全身腐敗を起こし即死とある。
嫌な記憶を掘り起こされた。第四分隊も『大侵略』の際動いていた。《水銀の竜》が暴れた跡地……あの途轍もない惨状を目の当たりにしている。
毒性レルナを周囲に散布し、吸い込んだ者の中で増殖、対象を腐食し抹殺する広域殲滅具象は、出現を確認し真っ先に迎撃に向かった七名の具現師を熱した飴の様に溶解させ虐殺した。
身元の確認など不可能。だから参加した具現師を総員死亡としたのだろう。
(樋浦要は生きていた)
疑問は一つ。
(どうやって生き延びた?)
《腐毒鱗粉》は呼吸の他、皮膚からも侵入するとある。つまり近接戦闘を挑んだ時点で何の対策もなければ即死を被る剣呑さ、初見のドゥルウの情報などあるはずもなく、だからこそ七人は全滅した。
(位階は《藍》、《真紅》の具象を防御する手段があるとは考え難い)
せめて話が出来ればいいのだが。
昨日から一言も話さない少女のことを思うとそれは難しいと判断するしかない。
(ともかく、この情報は全員に知らせて置くべきか)
メールの内容を簡略にまとめ隊員に一斉送信し、司は研究室を後にした。
篶倉の夜。人と灯から離れた暗い通り、喧騒から遠ざかり本来静寂に包まれるはずの路地裏に男の怒鳴り声が響いていた。
綾瀬の私兵団に所属する村木は電話の相手に本気の怒りをぶつけていた。《蒼天級》具現師であり平時は遊撃任務に就く彼は、普段は軽い調子で周囲を盛り上げるムードメーカーとしてチームの和を大事にしている。
そんな彼も今は我を忘れ、電話の向こう側にいる相手と罵り合いをしている。
相手は何度か同じ作戦をこなした後輩の女性具現師である。前作戦で村木が体を張って守ったことが切欠でアドレスを 交換、休日などに会いたいという連絡がくるようになった。
恋人がいる村木は友人として付き合っていたつもりであったが向こうはそうでなかったようで、思い込みの強い性格が 災いし自分を彼女として扱ってくれていると誤解したらしい。
そうなったには村木の和を大事にする優しさ、優柔不断とも言える悪癖も一因となったため強く拒否ができなかったわけだが、今日、村木の恋人に勝手に会い一悶着あったらしい、その事実を恋人の口から直接聞きついに決心を固め、電話をしたのだ。
当然の如く口論となったものの、自身の思いをはっきりと伝え、最後は泣き始める彼女を宥めた。
「信じていたのに」女の声はとても細く弱弱しい「私は絶対許さない」
そこで通話が切られた。
疲労に鈍る足取り、その先に先に誰かの影が落ちていることに気づいた。視線を上げて確認、その井出達に息を飲んだ。
評すなら狂気絢爛。
重厚なレッドドレスを纏う女がそこにいた。
まるで演劇の舞台、もしくは宮廷の舞踏会から抜け出したような華やかさ、しかし指先から肩までタイトする黒の手袋越しには金属塊、憤怒の表情が彫刻された凶貌の手斧が握られていた。
見る者に警戒以外を与えない不可解な衣装、一瞬あの女かと疑ったか体系がまるで違う。彼女は小柄な方だ。対する女は細身であるが背は高い、おそらく村木と同じ程度はあるだろう。
「罪には罰を咎には裁きを悪には正しき審判を」
「何?」
謎の発言に村瀬は聞き返す。眼前の女はそんな疑問を一切無視した。
夜の帳を引き裂く閃光、その色を確認するより先に村木は動いた。膨張する攻性レルナに危険を察し、懐に仕舞っている拳銃型遺物級具象《竜の喉》を引き抜く。
所有者のレルナを弾丸とする、そんなシンプルな構造を持つ具象が路上で炸裂。
爆風が薙がれ巻き上がる白煙に目を凝らす村木は、次の瞬間粉塵を押しのけ超低空の弾道で肉薄する女を見た。
地を滑る女の右手が跳ね上がり、すぐさま照準を狙い直す。
(近い……!)
自爆の危険性がチラつき発射を逡巡、それが岐路であり決定打。
村木が銃を握る右手が消失。真紅の血飛沫と共に骨と肉の砕片、そして切り離された手が銃を握ったまま頭を超えて背後に落ちる。
次の対応を取らなくては、攻撃手段を失った村瀬が何かを起こす間もない。女は既に懐、握るハチェットが次なる一撃を繰り出している。
重く低い音が裏路地に響いた――以後は一切の沈黙。