4.開花
無防備な制服姿の女子高生を相手に向けられた銃口。異様なその光景に終止符を告げたのは、偵察部隊長の一声だった。
「武装解除」
「了解」
鍛えられた肉体は軍服姿でも伝わる。日に焼けた鋭い眼差しの男は沙良に近づくと優しい微笑みを浮かべる。
「驚かせてすまない。緊急事態で、理解して欲しい」
沙良は何も語らず、静かにゆっくりと頷いた。
「隊長、彼女から微量の反応が出ています」
スマートフォン程の小さな機器に出力された数値を目に隊員は再び銃を手にした。
「心配ない。GPだ」
二人のやり取りを耳に沙良は自らの身分を証明する一枚のカードを手渡した。ガバメント・プロテクテッドと記られた文字。それは政府により保護された対象者を意味する。
カードを目にしても尚不審な視線を向ける隊員達に対し部隊長は小さく呟く。
「十年前の生存者だ。今日は月命日か……」
「……」
十代の少女に対し全てを察した隊員達は姿勢を正し敬礼した。
「僅かな数値変動は、当時彼女が受けた特殊治療の後遺症によるものだ。心配するな」
沙良の歩むペースに合わせ、安全の為だと墓地の出口まで部隊長は誘導する。多くの隊員達の前では厳しい言葉と表情を向けていたが、まるで別人のように穏やかに語りかける。
「学校は楽しいかい? 颯は、沙良ちゃんに甘えてばかりだろう。アイツはお調子者だから厳しく接してくれるくらいが丁度いい」
「お父さん心配し過ぎですよ。ああ見えて颯は将来の事、ちゃんと考えていると思います」
「そうか。沙良ちゃんに言われると安心するよ」
何気ない会話を交わす二人に沈黙が流れる。紗良の記憶では颯の父は国家特殊部隊に所属した上層部の役職であり、簡単に会える存在では無かった事を思い出す。
何かを問いかけようとする沙良の表情を察したのか颯の父は静かに語り始めた。
「国家の特殊部隊からは退いた。ギルドとの共同任務で負傷してね。実は左手の感覚があまり無い。もう剣はうまく扱えなくてね」
かって冒険者としSランクまでのぼりつめた一人の英雄は、自らの力で掴んだ国家権力の最高峰から最前線の偵察部隊として任務を全うしていた。
「すまない。この事は颯には内緒にして欲しい。アイツは十七歳にもなって未だFランクだ。心が優しすぎる。もちろん冒険者や特殊部隊などに入る必要はない。だが、これからこの世界はどう変化するかわからない。自分の手で、力で、生きる術を身につける必要があるんだ」
いつまでも強い目標となる父でいたい。彼の思いを悟った紗良は静かに承諾した。
「困ったことがあったらいつでも連絡しなさい。良ければ皆で食事でもしよう」
社交辞令ではない真剣で温かみのある瞳で沙良の目を見つめ彼がそう告げた時、胸元の無線機が二人の会話を遮るように響いた。
「ガー、ジジジッ。ゲート座標より出現地現着。ガーガァー、ゲートは既に閉鎖目視では確認不可。測定残魔検知微少。コブリンにも該当しない魔物対象と推測――、ジジジッ—―」
無線の声を耳に再び厳しい表情へと変化した部隊長は敬礼し沙良に背を向け急ぎ足で現地へと向かう。
「ガー、ジジジッ。隊長! 変死体目視確認! ネズミと思われる死体一体、鋭利な刃物による殺傷痕有」
「了解。そのまま触れず待機せよ」
背後から響くそのやり取りに沙良は顔色一つ変える事は無かった。
バスを待つ沙良は電子時刻表を目に大きなタメ息をつく。政府により緊急規制進入禁止エリアに該当された為、バスの定時運行は取りやめられ運休表記が連なる。徒歩で自宅までは約1時間半程、日没を気にしながら歩む足が重くなった頃、リズミカルな呼び鈴がなった。
「リンリンリン」
「よぉっ! そこのお嬢ちゃん、俺とドライブしない?」
「無理」
颯の誘いは秒で撃沈された。
「オヤジがよぉ。慰霊碑墓地で沙良を見かけたから迎えに来いってうるさくて、バス運休だろ。乗れよ」
肉体的、精神的にもまだまだ頼りない少年、それでも困った時はいつも沙良を助けてくれる幼馴染。小高い山手にある墓地は、自転車で辿り着くにはかなりの労力を使ったに違いない。それでも颯はそんな素振りは一ミリも見せることはなかった。
自転車の後部座席に横向きに座り、彼の腰に手を回す。緩やかな下り坂はほんのりと彼の薫りを感じさせる。
「小さい頃……、思い出すね。颯、よく乗せてくれたね」
「おおっ、あの頃はお前、前向きに座って俺の背中にギュッともたれたのにどうして横座りするんだよ。くそっ、楽しみにして来たのに」
「えっ? あっ、馬鹿っ」
背後から頭を叩き自転車が一瞬よろめく。沙良の成長した胸が背中に伝わる感触だけを妄想しながら、楽しみに幾つもの坂を上って来た颯にとってあまりにも切ない現実に口を滑らせていた。
「ち、違うっ。誤解するなっ。俺はそんな卑猥な人間じゃない。バランスが安定しないから、その、あの、お前重くなった? あっ、違うっ」
「パコパコパコッ」
暫くの間、颯の頭部は一方的に殴られ続くこととなった。
静かな山並みを抜け住宅街へ辿り着いた時には既に日が暮れ、走り去る車のテールランプが何処か虚しさを伝える。一人暮らしの寂し気な沙良の家屋を目前に、二人は自転車から降りた。
「はい。二人とも高校生ね。道路交通法違反4月から二人乗りは反則金三千円、無灯火は五千円、青切符の対象となるから」
「はい。すみません。ごめんなさい」
「今回は指導と警告で対応するから、いい、法違反を犯した事実は変わらないから今後ルール厳守してください。これ音読して」
手渡された交通指導のチラシを手に二人は声を上げる。
「傘さし運転五千円、スマホ運転一万二千円、イヤホン装着五千円……、皆で守ろう交通ルール」
「はい。よくできました。ここは学生の多い街なのでお手本となる安全運転のご協力をお願いしますね」
二人は交通指導の警察官に深々と頭を下げ、ゆっくりと自転車を手で押し歩く。
「はははっ。ごめんな沙良。俺、いつもこんなカッコ悪くて……」
「……」
沙良の家に辿り着き颯は作り笑顔を浮かべる。俯き何も語らない沙良にかける言葉が思いつかない颯は小さく頭を下げ別れの言葉を告げる。
「待って! 明日の休み、時間ある?」
「えっ!?」
初めての彼女の誘いに颯は戸惑い、瞳を泳がせる。
「あぁあぁぁ、あ、あっ、ある。あああああっ、あります」
「明日、家に上がって……」
「えっ」
沙良はそっと近づき颯の耳元で小さく囁く。
『下着と着替え持ってきて……』
「ハッ! えっ! お泊り!?
あっ、明日ギルドの訓練のあと必ず行く!!」
「きょ、今日はありがとっ。じゃっ」
微かに頬を赤らめていた彼女は、一人暮らしの部屋へと駆けてゆく。
「えっ……。
……、
……、
ええええええええええっ」
苦節十七年、颯の脳内桜は一気に開花した。




