第93話「町内会の回覧板が異界ルートに分岐した」
ひまわり市役所の朝。
勇輝は、机の上に積まれた“回覧板”を見て、嫌な汗をかいた。
回覧板――自治体の情報伝達における、最古にして最強のアナログ兵器。
ネットが普及しても、紙は残る。
なぜなら、紙は強い。強すぎる。
「主任、町内会から苦情です」
総務課の職員が、封筒の束を抱えて入ってきた。
「回覧板?」
「はい。回覧板です。
……回ってこないって」
「回ってこないなら、よくある。高齢化だし」
「回ってこないどころか……違う内容で戻ってきたって」
「……は?」
美月が目を輝かせる。
「回覧板が“改ざん”!? 陰謀回ですか!?」
「喜ぶな! 陰謀じゃなくて事務だ!」
加奈がコーヒーを置きながら言う。
「違う内容って、どう違うの?」
職員が震える手で一枚差し出した。
表紙は確かに、ひまわり市の町内会名。
だが、中身が――。
『森の精霊祭:参加者募集(葉っぱ歓迎)』
『洞窟清掃ボランティア(スライム同行可)』
『ドラゴン停留所、使用ルール改訂(尻尾は内側)』
「……異界のチラシじゃねぇか!」
勇輝は頭を抱えた。
「誰が回覧板に混ぜた!?」
「分かりません……でも……」
職員が、さらに言いづらそうに続ける。
「回覧板が……異界の村に届いたって噂が……」
「届くな!!」
市長がすっと入ってきて、さらっと言った。
「素晴らしい交流だな」
「交流じゃないです! 情報伝達の事故です!」
事情を聞くと、こうだった。
町内会の回覧板が、いつものルートで回っていた。
ところが途中から、誰かが“異界の掲示板”に置いたらしい。
すると異界側の住民が「これは回すものだ」と理解し、
親切に――回した。
結果、回覧板は異界の村を一周して戻ってきた。
しかも、異界の案内チラシが挟まれて。
「……親切が暴走してる」
勇輝が呟くと、美月が頷く。
「異界の人、回覧板文化に適性ありすぎる……」
「適性じゃない! 混線だ!」
加奈が困った顔で言う。
「でも、悪意じゃないのが困るね」
「そう。悪意がない事故は、一番止めづらい」
市長が腕を組む。
「ルートが分岐したなら、整理すればいい。
“人間回覧板”と“異界回覧板”に分ける」
「簡単に言うな!」
勇輝は深呼吸して、総務課と町内会代表を呼んだ。
町内会連合会の会長が、会議室で涙目だった。
「主任さんよぉ……回覧板が帰ってこないんじゃ……
町内会費の集金が……」
「集金が止まると、町内会は死にますね」
「そうだよぉ……」
そこへ異界側の代表として、森のエルフの長老が来た。
なぜか回覧板を抱えている。誇らしげに。
「これ、回した。とても便利。
森の民も、情報を共有できる」
「便利なのは分かります。
でも“ひまわり市の町内会”の回覧板は、ひまわり市内で回すものです」
長老はきょとんとした。
「回すなら、広く回した方が良いのでは?」
「行政的には良くないんです!」
美月が小声で言う。
「“回覧板のオープンデータ化”みたいな思想……」
「思想にするな!」
加奈が間に入って、柔らかく説明する。
「回覧板にはね、“町内会の連絡”とか“個人の情報”が載ることがあるの。
だから、誰にでも見せていいわけじゃない」
「個人……」
長老が少し真剣な顔になる。
「それは、森でも守る。巣の場所は秘密だ」
「巣の場所、個人情報の例えとして強いな……」
勇輝は頷き、要点をまとめた。
「つまり、回覧板には二種類あるべきです。
①公開していい“お知らせ”
②町内会だけの“内部連絡”」
会長が言う。
「うちの回覧板、集金の紙も挟むよぉ」
「それは内部連絡です。異界に回しちゃダメ」
長老が頷く。
「理解した。
ならば“公開の回覧板”を別に作ればよい」
「そう! そうです!」
市長が満足げに言った。
「じゃあ、異界向けの“掲示回覧板”を作る。
観光課と連携して、多言語で」
「また制度が増える……でも必要だ」
問題はもう一つ。
“ルートが分岐する”原因――回覧板が異界側に置かれる場所だ。
調べると、商店街の掲示板の一角に、いつの間にか“異界回覧棚”ができていた。
しかも、スライムが仕切り板を作っている。勝手に。
「またスライムか!」
勇輝は頭を抱えた。
美月が言う。
「“便利なものは共有しよう”っていう文化が、勝手に育ってますね」
「育つな! 勝手に育つな!」
加奈が提案する。
「掲示板を整理しよう。
“異界共有OK”の棚と、“町内会専用”の棚を分けて、色も変える」
「それだ。色分けと表示。
そして、町内会専用は鍵付きボックスにする」
会長が驚く。
「鍵!? 回覧板に!?」
「現代は鍵です。異界が混ざったら尚更です」
長老が頷く。
「鍵は、森でも使う。宝箱に」
「宝箱感覚で言うな!」
こうして、ひまわり市は“回覧板のルール”を再設計することになった。
町内会専用回覧板:鍵付きボックスで受け渡し
公開回覧(異界共有OK):掲示棚に設置(多言語)
異界側にも“掲示回覧板”を設置し、内容は公開情報のみ
ルート分岐を防ぐため、色分け(専用:赤、共有:緑)
重要:集金・個人情報は共有回覧に入れない
市役所の玄関に、新しい掲示が貼られた。
『回覧板ルールのお知らせ
赤:町内会専用(異界持ち出し禁止)
緑:共有OK(異界にも掲示します)
※葉っぱは通貨ではありません』
「最後の一文、関係ないだろ!」
勇輝が突っ込むと、美月が笑う。
「念のためです! 全部繋がってるので!」
「繋げるな!」
夕方。会長が、専用ボックスの鍵を握りしめて言った。
「これで安心だぁ……回覧板が帰ってくる……」
「帰ってきます。たぶん“異界のチラシ”はもう挟まれません」
「たぶん!?」
「たぶんです。絶対と言うと、現場が裏切る」
長老が穏やかに言う。
「公開の回覧板は、森でも役に立つ。
ひまわり市の祭り、楽しみにしている」
「それはぜひ。公開情報なら大歓迎です」
加奈が笑う。
「回覧板で交流する町って、すごいね」
「すごいけど、管理が大変だよ」
美月が元気よく締める。
「課長! 次は公営住宅です!
住人が魔族で、生活ルールの最適解が出ます!」
「最適解とか言うな! 揉めるぞ!」
次回予告
公営住宅に魔族が入居、でも生活ルールが噛み合わない。
ゴミ出し、騒音、共有部――“最適解”を求めて会議が始まる。
「公営住宅の住人が魔族:生活ルールの最適解」――ルールは誰のためにある!?




