表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

92/137

第92話「条例を作れ! ドラゴン駐輪禁止の真剣審議」

 ひまわり市役所には、“真面目な顔でバカみたいな議題を扱う日”がある。

 ――いや、バカみたいって言うな。行政はいつでも真剣だ。真剣だから胃が痛い。


 今日の議題は、これだった。


「ドラゴン駐輪問題」


「主任……ドラゴンが、駐輪場に停まってます」

 都市整備課の職員が、昼前に青い顔で異世界経済部へ飛び込んできた。


「……停まってる?」

「はい。自転車置き場に。堂々と。

 しかも、“きれいに”並んでます」


「並ぶなぁぁ!!」


 美月が目を輝かせる。


「え、ドラゴンって“駐輪マナー”いいんですか!? 意外!」

「意外で済ますな! 自転車が押しつぶされる!」


 加奈が落ち着いて聞く。


「どこの駐輪場?」

「市役所裏の……職員用です……」

「職員用!? なおさら困る!」


 そこへ市長が入ってくる。

 そして、いつもの調子で言った。


「いいじゃないか。整理整頓されている」

「市長、整理整頓の規模が違います!」


 職員が続ける。


「それで……苦情が来てます。

 “ドラゴンが邪魔”と、“ドラゴンが可愛いから残して”が同時に」

「また両方正しい地獄!」


 勇輝は立ち上がった。


「現場確認。今すぐ」


 市役所裏の駐輪場は――

 もう、駐輪場じゃなかった。


 自転車ラックの横に、ドラゴンが三体。

 翼を畳み、尻尾を巻き、ちゃんと“枠内”に収まろうとしている。

 ……サイズが枠に合わないだけで。


 しかも、ドラゴンの前脚のところに、紙が置かれていた。

 丁寧な字で書いてある。


『ここに とめます

 みんなの じゃまに なりません

 ドラゴン』


「なるわけねぇだろ!!」


 勇輝が叫ぶと、ドラゴンの一体が、のそっと顔を上げた。

 目がつぶらで、ちょっと悪気がなさそうなのが腹立つ。


『……駐輪。まねした。

 人間、ここにとめる。

 我も、とめる』


「学習が素直すぎる!」


 美月が感動して言う。


「え、賢い……! “社会参加”だ……!」

「社会参加の場所が違う!」


 加奈がドラゴンの前に立ち、優しく言った。


「ここはね、自転車の場所なの。

 ドラゴンさんは……もっと広い場所がいるよ」

『広い場所……どこ』


 市長が腕を組む。


「……これは条例だな」

「軽く言うな!」


 正直、今までもドラゴンの“停車問題”はあった。

 観光客を背中に乗せて運ぶドラゴンが、商店街に降りてくる。

 町内会の集会所の前に、どっかり座る。

 温泉街の入口で丸まって寝る。


 その度に、「お願い」か「立て看板」で何とかしてきた。

 だが市役所の駐輪場に“常駐”されると、話が変わる。


 安全、導線、管理責任。

 そして何より――前例ができる。


「今日許すと、明日から“市役所はドラゴン歓迎”になる」

 勇輝が呟くと、美月が頷いた。


「確かに! “ドラゴンの聖地・市役所”ってタグ付けされます!」

「最悪だ!」


 市長が真面目に言う。


「だが、排除だけでは反発が出る。

 ドラゴンは住民でもある。受け入れ場所を作るべきだ」

「それは正しい。だからこそ、ルールが必要です」


 加奈が周りを見て言った。


「今、見物人が増えてる。

 写真撮ってる人もいるね」

「炎上する前に動くぞ」


 午後。緊急の庁内会議が開かれた。

 議題は一つ。


「ドラゴン駐輪(駐車)に関する条例整備」


 会議室に、都市整備課、観光課、総務課、消防、警察連絡担当まで集まっている。

 そしてなぜか、ドラゴン側の代表も来ている。来るな。


 ドラゴン代表は、胸を張って言った。


『我ら、並んだ。

 人間のルール、守った。

 なのに、怒られた』


「怒ってない! 困ってるんだ!」


 勇輝はホワイトボードに大きく書いた。


①ドラゴンは“車両”か?


②駐輪場/駐車場の定義


③停めていい場所の指定


④罰則は必要か(まずは指導?)


⑤観光利用と住民利用の切り分け


 都市整備課が言う。


「ドラゴンは車両じゃないですよね……生き物ですし」

 消防が言う。

「でも“停め方”は車両に近いです。動線を塞ぐ」

 観光課が言う。

「観光ドラゴンは停留所が必要です」

 警察連絡担当が言う。

「道路交通法的には……無理です。異界ですし」


 勇輝は頭を抱えた。


「法体系が混ざってる!」


 市長が一言。


「“ドラゴンは車両ではないが、交通に影響する存在”として扱えばいい」

「言葉が長い! でもそれだ!」


 加奈が小声で言った。


「要するに、“場所を決める”だけでいいんじゃない?」

「そう。まずは“停めていい場所”を決める。

 そして“停めちゃダメな場所”を明確にする」


 美月が手を挙げる。


「“ドラゴン駐輪禁止”って条例名にしたら、絶対話題になります!」

「話題にするな! でも条例名は分かりやすい方がいい……いや悩む!」


 ドラゴン代表が、真剣な顔で言った。


『我ら、待つ場所が欲しい。

 観光の時も、仕事の時も。

 勝手に座るのは、確かに……迷惑かもしれない』


「……分かってるのか」

 勇輝が驚くと、ドラゴンはゆっくり頷いた。


『人間、看板を読む。

 我らも、読む。

 でも看板が、少ない』


「看板が少ないのは本当です……」


 市長が頷く。


「なら、条例と同時に“ドラゴン停留所”を整備する」

「予算……」

「取る」

「軽い!」


 勇輝はホワイトボードに追加した。


ドラゴン停留所(候補):河川敷/旧運動公園/物流センター横


市役所・学校・病院・商店街は原則禁止(安全上)


誘導看板と多言語表示


まずは指導、悪質な場合のみ罰則(段階的)


 消防が頷く。


「病院前に停まられると救急が止まります。禁止は必須」

 都市整備課も頷く。

「市役所裏も、職員の導線が潰れます。禁止で」


 観光課が言う。


「観光利用のドラゴンは、停留所で乗降してもらう。

 商店街へは徒歩、もしくは小型車で回遊してもらう」

「ドラゴンが徒歩……」

「絵面が強いな」

「絵面の話はやめましょう!」


 美月がすぐ言う。


「でも“ドラゴン徒歩”はバズります!」

「やめろ!!」


 会議は、条例案としてまとまった。


仮称:「ドラゴン等大型生物の停留に関する条例」

(※“駐輪”はやめた。さすがに)


 市長が満足げに頷いた。


「これなら議会に出せる」

「議会で笑われませんかね……」

「笑われても、必要だ」


 ドラゴン代表が胸を張る。


『我ら、停留所に行く。

 市役所には、もう停めない』

「“停めない”じゃなく“停留しない”な」

『……ていりゅう、しない』


 加奈が微笑む。


「覚えたね」

『覚えた。

 我ら、学ぶ』


 美月が小声で言った。


「ドラゴン、学習能力高い……行政向き……」

「やめろ! 行政に採用するな!」


 夕方、市役所裏の駐輪場には新しい看板が立った。


『ここは自転車用です

 ドラゴン等大型生物は停留できません

 →停留所:河川敷』


 ドラゴンたちは、その看板をじっと読んだあと、

 ちゃんと尻尾を引き、翼を畳み、列を作って河川敷の方へ歩いて行った。


 ……歩いて行ったのが、妙にシュールだった。


 勇輝は頭を抱えた。


「この町、条例の種類が増えすぎだろ……」

 市長が笑う。

「町が進化している」

「進化の方向が特殊すぎます」


 加奈がぽつりと言った。


「でもさ、ルールができるってことは、

 “みんなで暮らしていく”ってことだよね」

「……そうだな」


 美月が元気よく締める。


「課長! 次は回覧板ですよ! 回覧板が異界ルートに分岐します!」

「分岐するな!」


次回予告


町内会の回覧板が、なぜか異界の村に届くようになった。

途中でルートが分岐し、回ってくる内容が別物に。

「町内会の回覧板が異界ルートに分岐した」――情報伝達、次元を越える!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ