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異界に浮かぶ町、ひまわり市 ー転移した山奥のまち、異世界対応中!ー  作者: ひまわり あおい


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第88話「個人情報って何? 情報公開請求の理由が市長の囁き」

 ひまわり市役所の窓口は、今日も元気に開いていた。

 ――いや、“元気”というのは正しくない。正しくは、“覚悟”が開いていた。


 最近のひまわり市役所は、異界の来庁者が当たり前になりつつある。

 ドラゴンが通路を通れないから裏口案内したり、

 スライムに受付番号札を渡したら溶けたり、

 エルフが「森の承認は?」と聞いてきたり。


 そんな日常の中でも、今日の案件は――役所の神経を直撃した。


「主任……情報公開担当から、緊急で相談です……」


 異世界経済部の席に、総務課の職員が青い顔で現れた。

 手には、分厚い封筒。いや、封筒というか、封蝋が黒い。


「……これ、魔族の手紙?」

「魔族です。しかも“情報公開請求”です」


 勇輝は目を細めた。


「情報公開……請求理由は?」

「それが……」


 職員が、紙を差し出した。

 そこには、丁寧な字でこう書かれていた。


『請求理由:市長が囁いたから』


「……は?」


 勇輝の脳が、固まった。


 美月が後ろから覗き込み、爆笑しかけて口を押さえる。


「やば……“市長が囁いたから”って、パワーワードすぎます……!」

「笑うな! いや笑うけど! 笑ってる場合じゃない!」


 加奈がコーヒーを置きながら、静かに言った。


「……市長、何を囁いたの」

「それを今から確認します」


 ちょうどその瞬間、廊下から足音。

 市長が、いつもの“悪気ゼロ顔”で入ってきた。


「おはよう。どうした、皆」

「どうしたじゃないです。

 情報公開請求が来ました。理由は“市長が囁いたから”です」

「……ほう」


 市長は一瞬だけ目を丸くした。

 そして、次の瞬間、妙に納得した顔をした。


「ああ、あれか」

「心当たりあるんですか!?」

「ある。昨日、魔族の代表が“役所の書類は見れるのか”と聞いてきたからな」

「それで何て言ったんです?」

「“請求してみたら?”と言った」

「囁くなぁぁぁ!!」


 勇輝は頭を抱えた。

 火は褒めると消えたが、書類は囁くと増えるらしい。


 総務課・情報公開担当の部屋は、すでに“戦場の準備”が整っていた。

 机の上には条例集、マニュアル、赤ペン、付箋。

 職員の顔には「今日が終わらない」覚悟がある。


「主任さん、助けてください……」

 担当者が震え声で言う。


「状況を整理しましょう。請求者は?」

「魔族側の“監査官”を名乗る方です。名前は……“ゼルヴァ”」

「監査官……それっぽい」

「でも請求対象が……」


 担当者が、紙をめくる。


『請求対象:ひまわり市長の笑みの発生源に関する文書一式

 および、当該笑みが与える影響評価』


「……何だそれ」

「笑みの発生源って何だよ!!」


 美月が耐えきれず言う。


「え、でも市長、笑うときありますよね。

 あれ、何か起動条件あるのかな……」

「そういう分析やめろ!」


 加奈がぽつりと呟く。


「異界の人って、“表情”を信用しない文化があるのかな」

「あり得る。魔族は特に“契約”と“本音”を重視するからな」

 市長が真顔で頷いた。


「つまり、私の笑みが“何かの策略”に見えたわけだ」

「策略に見える笑みって、もう笑うのやめた方がいいんじゃ」

「それは困る」


 困るのかよ。


 そこへ、問題の請求者が来庁した。

 黒い外套、角、そしてやたら礼儀正しい所作。


 魔族の監査官・ゼルヴァは、窓口に立つと深く一礼した。


「貴殿らの行政手続きに敬意を。

 本日、情報公開請求の件、進捗を確認したい」

「こちらも敬意を……えっと、主任の勇輝です」

「了解した、主任ユウキ」


 市長が一歩前に出る。


「市長だ」

「――貴殿が“囁いた”市長か」


 ゼルヴァの目が、きらりと光った。

 ちょっと怖い。


「市長、軽率な囁きは控えてください。

 この世界では“囁き”が行政手続きの根拠になる」

「なるほど。今後気をつけよう」


 勇輝はそのやり取りに、頭を抱えたくなるのをこらえた。

 今はとにかく、請求を適正に処理する。


「ゼルヴァさん。まず確認です。

 情報公開請求は可能ですが、公開できない情報もあります」

「公開できぬ情報?」

「個人情報や、非公開の意思決定過程などです」

「個人情報……?」


 ゼルヴァが眉をひそめる。


「個人の情報は、個人のものか?」

「そうです」

「ならば、なぜ行政が持つ」

「行政手続きに必要だからです」

「矛盾している」


 加奈が横から、柔らかく補足する。


「たとえばね。住民票とか、税とか。

 その人が“ここに住んでる”って確認するため」

「確認は“魂の刻印”でできる」

「魂の刻印がない人もいる」

「……なるほど。人間は脆い」


 脆いって言うな。


 勇輝は説明を続けた。


「なので、公開できるのは“市長の公務に関する情報”が中心です。

 でも“笑みの発生源”は――」


 美月が小声で言う。


「カフェインとか」

「黙れ」


 勇輝は真顔で言った。


「“笑み”は、個人の表情です。文書化されてません」

「文書がない……?」

「ないです。市長の笑みは、条例に書いてません」


 ゼルヴァは静かに考え込んだ。

 そして、恐ろしい結論を出した。


「ならば、文書を作ればよい」

「作るなぁぁ!!」


 情報公開担当者が悲鳴を上げそうになり、勇輝が手で制した。


「作りません。作ると余計な誤解を生みます。

 代わりに、請求の趣旨を整理しましょう。

 あなたが知りたいのは、何ですか」

「貴殿らの首長が、何を基準に意思決定するかだ。

 笑みが“同意”なのか、“拒否”なのか、“罠”なのか」

「罠って言った!」


 市長が淡々と答える。


「笑みは罠ではない。基本的に気分だ」

「気分……?」

「人間は、気分で笑う」

「不安定だ」

「そうだ。だからこそ、行政は“文書”で担保する」


 勇輝はそこに乗った。


「そう。意思決定は“議事録”や“決裁文書”として残します。

 市長の表情ではなく、文書が根拠です」

「ならば、私は“決裁文書”を求める」

「それなら整理できる!」


 情報公開担当が、救われた顔をした。


「請求対象を“市長決裁のうち、異界関連の主要施策”に絞っていただけますか」

「絞る……了解した」


 ゼルヴァは頷き、さらに言った。


「ただし、個人情報は不要。私は“行政の構造”が見たい」

「それなら、公開できる範囲が広いです」


 勇輝はほっと息を吐いた。

 今日の案件は、笑みから始まって、ちゃんと行政に戻った。


 しかし、問題はまだ残っていた。

 美月がスマホを見て、青ざめる。


「課長……もうSNSで“市長の囁きで情報公開請求が発動”って……」

「誰だ漏らした!」

「たぶん……窓口の待合にいた観光客が……」

「観光客、役所を見学コースにするな!」


 加奈が苦笑する。


「でも、笑みの件はちゃんと落とせたね」

「落とせたけど、燃えそうだ」


 市長が、さらっと言った。


「なら、公式に説明しよう。

 “情報公開制度とは何か”を、多言語で」

「多言語……最後は絵本になるやつですよね」

「その前に文章でやる!」


 勇輝はホワイトボードに書いた。


情報公開制度:行政の透明性のため


ただし個人情報は守る


請求理由は自由(でも囁きは控える)


決定の根拠は文書


 ゼルヴァはそれを見て、深く頷いた。


「よい。人間の行政は、意外と理にかなう」

「ありがとうございます。

 ただ、次から“市長の囁き”を理由にするのは――」

「やめるべきだな。理解した」


 市長が咳払いをした。


「以後、私は囁かない」

「それでお願いします」


 ――その直後、市長が小声で勇輝に囁いた。


「でも、困ってるなら助けたいだろ?」

「囁くなぁぁぁ!!」


 ゼルヴァが目を細めた。


「今、囁いたな」

「囁いてない」

「囁いた」

「囁いてません!」


 加奈が横で、肩を震わせて笑っている。

 美月は動画を撮ってないか確認して、勇輝は天を仰いだ。


 役所は今日も、開庁している。

 書類は増え、胃は削れ、でも町は前に進む。


 そして市長は――たぶん、明日も囁く。


次回予告


入札の場に現れたドワーフ、宣言。

「相見積もりは侮辱だ。魂を込めた見積は一社のみ!」

「入札の流儀:ドワーフが相見積もりを拒否」――公平性と職人気質、どっちを守る!?

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