第79話「結界のせいで静かすぎる?『祭りが盛り上がらない』苦情が来る!」
過信の事故は潰した。
結界は万能じゃない、と周知もした。
運用条件も追加した。——よし、これで落ち着く。
……と思ったら、また違う方向から来る。
「主任……温泉まつりの苦情です……」
観光担当の職員が、げっそりしながら言った。
温泉まつりで苦情。嫌な予感が湯けむりで濃い。
「内容は」
「……『静かすぎて盛り上がらない』です。
『前よりお祭り感がない』
『拍手が小さい』
『笑い声が控えめ』って……」
「拍手が小さいって何だよ! 結界で拍手を弱めるな!」
美月がスマホを見ながら言う。
「主任、来てます。
『結界があるとテンションが上がらない』って。
“安心”が“退屈”に見えてる」
加奈が紙袋を抱えて入ってくる。今日は、鈴と小さな太鼓——?
加奈、もう祭り道具まで持ち歩くのか。
「賑やかさって、安心の一部でもあるよね。
静かすぎると、逆に不安になる人もいる」
「そう。観光の価値は“活気”にもある。
結界が活気を削るなら、観光政策として失点になる。
……つまり今日は、賑やか調整だ」
背後から、のっそりと市長が現れる。今日は楽しそうだ。
「よし。祭りの賑わいを、行政が設計する日だな」
「設計するって言うな! でも、する!」
現地確認:温泉まつりが“整いすぎて”いる
温泉まつり会場。
屋台は並び、提灯も揺れ、湯けむりもいい感じ。
……なのに、確かに空気が“上品”すぎる。
ざわめきが薄い。
笑い声が遠慮がち。
拍手が控えめ。
祭りなのに、図書館っぽい。
美月が小声で言った。
「主任、これ……“盛り上がり禁止”の空気です。
静かに楽しまなきゃいけない感じ」
「うん。結界の“静けさ”が、場のテンションまで丸めた」
加奈が耳を澄ませる。
「音が吸われてるというより、みんなが“出していいのか迷ってる”」
「出していいのか迷わせた時点で、運用ミスだ」
「祭りは本来、日常の枠を少し越える。枠が越えられぬのだな」
「越えられない。つまり枠を示す必要がある」
原因:結界が“感情の刃”だけじゃなく“高揚”も丸める
本来の目的は、怒りや恐怖の刺さりを弱めること。
しかし祭りの高揚も、ちょっと刺さっている。
刺さりがゼロになると、こうなる。
沸く前に落ち着く
手を叩く前に遠慮する
声を上げる前に気を遣う
結果、祭りが“普通の日”になる
観光担当が言った。
「主任……結界、やめます?」
「やめない。混雑の尖りを抑える効果もある。
ただし、強さと範囲と時間を調整する。
結界はON/OFFじゃない。つまみだ」
美月が頷く。
「つまみ! 行政つまみ!」
「つまみを回す!」
解決策:賑やかゾーンと静けさゾーンに分ける(音のゾーニング)
勇輝は会場マップに線を引いた。
祭りでやるべきは、全体を静かにすることじゃない。
場所ごとに“許されるテンション”を作ること。
温泉まつり:ゾーニング案(即日)
賑やかゾーン(結界なし or 極弱)
ステージ前、屋台の中心、子ども広場
→ 拍手OK、声OK、掛け声OK
静けさゾーン(結界あり)
休憩所、迷子対応、体調不良対応、相談窓口
→ 落ち着く場所、ここは守る
通路ゾーン(結界弱+導線強化)
逆流防止、押し合い防止
→ 事故を防ぐのは運用で
加奈がうなずく。
「“声出していい場所”があるだけで、みんな解放される」
「そう。禁止じゃなく許可を出す」
「許可を出す行政。良いな」
「許可証発行するなよ」
「しない」
「しないで!」
仕掛け:賑わいを“可視化”して背中を押す
人は、最初の一人が手を叩くまで遠慮する。
なら、最初の一人を“用意”すればいい。
美月が言った。
「主任、MCに“拍手の練習”入れてもらいましょう。
『ここは声出してOK!』って宣言させる」
「いい。宣言は効く」
加奈が小さな太鼓を取り出す。
「じゃあ、私は“合図役”やる。
最初に叩く人がいると、場がほぐれる」
「喫茶の看板娘が祭りの音頭取るの、町の行政が弱そうでいいな」
「弱そうって言うな!」
市長が、なぜか神妙に頷く。
「民が主役の祭りだ」
「急に良いこと言う!」
ドラゴンにも調整を頼む:静けさを“必要なところだけ”に
グラン=ドゥルが会場外で待機していた。
もはや守護竜は、会場スタッフの一員だ。怖い。
「祭りが静かすぎる。結界の強さ、落とせるか」
「落とせる。
だが混雑の尖りが出る。導線と誘導は必須だ」
「そこはこっちでやる」
ドラゴンがゆっくり息を吐き、結界の“範囲”を縮めた。
静けさは休憩所と迷子対応の周辺だけに残り、屋台の中心は解放される。
途端に、音が戻った。
笑い声が少し大きくなる。
拍手が、ちゃんと“拍手”になる。
観光担当が目を丸くした。
「……戻った……祭りが戻りました……」
「戻る。音が戻ると、人も戻る」
そして一番効くやつ:美月の一言アナウンス
美月がステージのマイクを借りた。
SNS担当のはずなのに、現場でマイクを握るのが異世界ひまわり市だ。
「えー! 皆さん!
ここ、賑やかゾーンです! 声出してOK! 拍手OK!
静かに休みたい方は、あちらが静けさゾーンです!
今日は“選べる祭り”でいきましょう!」
その瞬間、拍手が起きた。
拍手が起きると、笑いが起きる。
笑いが起きると、祭りになる。
加奈が太鼓を小さく叩く。
子どもが真似して手を叩く。
屋台のドワーフが「いらっしゃい!」を大声で言う。
……よし。祭りだ。
市長が不敵な笑みで言った。
「賑わいが帰ってきたな」
「帰ってきました。
安心と賑わいは両立できます。つまみを回せば」
まとめ:静けさは“正義”じゃない。場に合わせて使う
結界は便利だ。
でも便利は、雑に使うと価値を壊す。
祭りは祭りのテンションがある。
役所は役所のテンションがある。
大事なのは、場ごとに守り方を変えること。
そして人に“選択肢”を渡すこと。
加奈が湯気の立つ飲み物を渡してくる。
「お疲れ。今日は賑やかが戻ってよかったね」
「よかった。行政が祭りの音量調整してるの、変だけど」
「変だけど、守れてる」
美月が笑った。
「主任、次は絶対『賑やかゾーンのほうが危険だ』って言われますよ」
「言われる。言われたらまた制度に落とす」
「町は、静けさと賑わいの間で生きる」
「市長、ポエム禁止!」
ひまわり市役所。
今日も通常運転。
ただし、祭りの音量も行政が調整した。
次回予告(第80話)
「結界の“音漏れ”問題:静けさゾーンに屋台の声が侵入する!」
ゾーニングの限界!?
「静かに休めない!」と苦情が来る!
勇輝、結界の“境界線”をめぐる小競り合いに挑む!




