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第70話「結界の審査会:『公共性』って何だ!?で大揉め」

 申請が来た。

 様式も作った。

 優先順位も書いた。

 ——書いた、のに。


「主任! “公共性”の定義で、全員が自分を公共だと言い張ってます!」


 美月が半泣きで言った。

 行政用語が一般化した瞬間、だいたい揉める。公共性はその代表格だ。


「分かってた。公共性は魔法の言葉だ。便利だけど争いも呼ぶ」


 加奈が紙袋を抱えて入ってくる。今日は、ホワイトボード用マーカーが三色。完全に戦闘準備である。


「みんなね、“自分の場所が大事”って言いたいだけなんだと思う。言い方が公共になってる」


「大事、は分かる。だが結界の供給は有限。だから線引きが必要」


 背後から、のっそりと市長が現れる。今日はなぜか楽しそうだ。


「審査会、面白そうだな」


「面白がらないでください。今日は胃が死ぬ日です」


審査会(暫定):会議室が“公共性”で満杯


 会議室には、申請者の代表がずらりと並んだ。


学校(校長・養護担当)


温泉郷組合(理事)


商店街(会長)


屋台村(ドワーフ店主)


図書館(司書)


福祉施設(相談員)


観光案内所スタッフ


そしてなぜか、喫茶ひまわり(加奈)※申請者ではなく“翻訳係”のはず


 美月が小声で言う。


「主任、これ……議会より議会です」


「議会はもっと地獄だ。今日はまだマシ」


「比較が怖い!」


 市長が不敵な笑みで開会宣言をしようとして、勇輝が止めた。


「市長、開会宣言は私がやります。市長がやると“布告”になります」


「なら任せる」


「珍しく素直!」


勇輝の冒頭:公共性は“偉さ”ではない


 勇輝は立ち上がり、まず釘を刺した。


「結界の試験運用は、安心のための対策です。

ただし万能ではなく、常設できる範囲も限界があります。

今日は“誰が偉いか”を決めません。

どこが一番困っているか、そして効果が一番出る場所はどこかを決めます」


 加奈が頷く。

 言葉がいい。偉さを競う場だと思わせないのは大事だ。


 しかし——すぐに割り込む声。


「温泉郷は観光の命です! ここが止まれば町が止まる! 公共です!」


「いや、学校が止まったら未来が止まる! 公共は学校!」


「図書館は静けさの拠点だ! 公共性の塊!」


「屋台村は観光客が集まる! 事故が起きたら大変だ! 公共だ!」


「商店街は生活の動脈です!」


「福祉は弱者支援です!」


「観光案内所は——」


「はいはいはいストップ!」


 美月が思わず言いかけて、勇輝に止められる。

 ここは止め方が重要。怒鳴らない。だが放置もしない。


ルール化:公共性を“点数”にする(感情を仕組みに落とす)


 勇輝はホワイトボードに、三つの軸を書いた。


結界優先の評価軸(暫定)


安全性(事故・暴力・混乱のリスク)


弱者性(子ども・高齢・支援が必要な人が多いか)


代替可能性(他の手段で補えるか/結界が唯一か)


「“公共だから”ではなく、

この三つで見ます。点数化します。

それなら、納得できる形で順番が作れます」


 温泉郷組合が不満そうに言う。


「点数なんて冷たい!」


 加奈がすかさず“翻訳”する。


「冷たいんじゃなくて、公平にするためだよ。

人によって言うことが変わると、もっと不安になる」


 図書館司書が頷いた。


「確かに。基準が見えるのは良い」


 屋台村ドワーフが胸を張る。


「俺は点数で勝つ。屋台は事故の匂いがする」


「自信満々で言うな!」


 美月がメモしながら小声で言う。


「屋台、事故の匂いって自覚あるんだ……」


「自覚があるのはえらい。えらいけど怖い」


各申請の“実務”を聞く:感情ではなく現場の数字


 勇輝は、各代表に“具体”を聞いた。

 抽象だと喧嘩になる。具体だと話が進む。


学校(保健室・相談室)


相談件数:増加


からかい・不安で登校しぶり


相談室は静けさが必要、感情の渦が起きやすい

→ 弱者性が高い、代替が少ない


福祉施設(相談員)


生活不安の相談が急増


泣く人、フラッシュバックする人


職員の負担も高い

→ 弱者性・安全性が高い


温泉郷(組合)


観光客の混雑時にトラブル


大声の苦情、行列、割り込み

→ 安全性は中、代替は整理導線で可能


屋台村ドワーフ


火気・混雑・酒


夕方にトラブルが集中

→ 安全性が高いが、短時間なら誘導・警備も可能


図書館(司書)


“静けさ”そのものの場所


だが静けさは元々ある

→ 代替可能性が高い(運用で守れる)


商店街・観光案内所


来訪者の不安対応


だが常時ではない

→ C(期間限定)向き


「数字が出ると、争いが落ち着くな」


「落ち着く。行政は数字で殴る——じゃなくて、整える」


「また言い直したな」


結論(暫定):結界の優先順位を“公開”して決める


 勇輝は点数をざっくり付けて、結論を出した。

 納得させるには“理由を見せる”しかない。


結界 試験運用(第1グループ:常設に近い)


学校の相談室・保健室


福祉相談窓口(施設内)


役所の相談窓口(現状維持)


第2グループ:期間限定(混雑時間だけ)


屋台村(夕方ピークの2時間)


温泉郷(大型イベント開催日だけ)


第3グループ:今回は見送り(代替策で対応)


図書館(運用で静けさ維持)


商店街(掲示・導線・巡回)


観光案内所(待機列整理、誘導強化)


 温泉郷組合が不満そうに言う。


「常設じゃないのか……」


 勇輝は落ち着いて答えた。


「温泉郷が大事なのは分かっています。

ただ、結界は“怒りを丸める”ので、観光の活気まで薄める可能性があります。

必要な時間だけ、必要な範囲で。これが最適です」


 加奈が頷いた。


「活気が消えるの、温泉街にとって致命的だもんね」


 屋台村ドワーフが得意げに言った。


「二時間で良い。二時間で事故を減らす」


「事故を減らす前提で話すな!」


 図書館司書が静かに言う。


「見送りでも納得します。運用で守れます。必要なら相談します」


 商店街会長が渋い顔で言った。


「代替策、ちゃんと手伝ってくれるなら……」


「もちろん。代替策は“見捨て”じゃなく“別の守り方”です」


終わり際:市長が余計な一言を言いかけて止められる


 市長が独特の笑みで締めようとした。


「よし。公共性の勝者は——」


「勝者とか言わない!!」


「……では、優先の決定だ」


「それならOKです」


 美月が小声で言った。


「主任、今日は“基準で殴らず、基準で包んだ”回です」


「言い方は良い」


 加奈が笑った。


「みんな不満は残るけど、理由が見えたら“納得”に近づく。

納得って、押し付けじゃなくて“理解の形”だよね」


「そう。今日はそれを守れた」


 ひまわり市役所。

 今日も通常運転。

 ただし、公共性はいつも揉める。


次回予告(第71話)


「予算が追いつかない:結界を“サービス化”した途端、財務課が倒れる」

「試験運用だから無料のはずでは!?」

維持費・人件費・監督責任——全部来る!

勇輝、予算と説明責任を乗り切れ!

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