第69話「説明が追いつかない:『結界の利用申請』が大量に来る」
説明が効くと、人は安心する。
安心すると、人は欲を出す。
欲を出すと、人は——申請してくる。
「主任! 結界の“利用申請”が来てます!!」
美月が紙束を抱えて飛び込んできた。
その紙束が、もう“平和な量”じゃない。
「……何枚」
「今朝だけで二十七枚です! しかも内容が全部違います!
『喫茶ひまわりに結界を』
『屋台村に結界を』
『学校の保健室に結界を』
『温泉の脱衣所に結界を』
『商談の席に結界を』
……あと『姑の小言を丸めたい』って書いてあります!」
「最後、家庭内案件だ!!」
加奈が紙袋を抱えて入ってくる。今日はなぜか、申請用のクリアファイルが入っている。嫌な予感が完全に事務仕様。
「結界、便利ってバレたんだね」
「バレました。バレると申請が来る。行政の常識です」
背後から、のっそりと市長が現れる。不敵な笑みが、今日はちょっと得意げだ。
「町の需要が見えるのは良いことだ」
「良いけど、供給が追いつかない! 結界は蛇口じゃない!」
美月がメモを見ながら言う。
「しかも申請書、みんな勝手に様式作ってます!
“結界設置願”とか“心の平穏付与申請”とか、文言が強い!」
「強い文言は禁止!」
勇輝は深呼吸した。
ここで雑に断ると、反発が出る。
無限に受けると、現場が死ぬ。
つまり——制度に落とす。
「結界を“公共サービス”として扱うなら、ルールが必要です。
今日中に暫定ルール作ります」
市長が頷く。
「よし。制度は町の背骨だ」
「背骨、多すぎて折れそう!」
そもそも結界は何か:公共物か、個人サービスか
勇輝はまず、ドラゴン——グラン=ドゥルに確認した。
守護竜は今日も当たり前みたいに庁舎前にいる。もはや設備だ。
「結界、どれくらい張れる?」
ドラゴンは真面目に答える。
「広くは無理だ。
俺が意識できる範囲、そして人の出入りが多い場所ほど負担が増える。
“静けさの膜”は便利だが、万能ではない」
「万能じゃない、重要」
加奈が頷く。
「万能だと思うと、期待が暴走する。暴走するとクレームになる」
「行政あるある!」
美月が言う。
「しかも“結界があると安心”って広がると、“結界がない場所=危険”って空気になりません?」
「なる。だから慎重に“対象”を決める」
「公共のために使う。私的な揉め事には使わぬ」
「姑の小言は却下ですね」
「却下だ」
「即答!」
暫定ルール:結界利用は“公共性”と“必要性”で優先順位
勇輝はホワイトボードに書いた。
申請は止めない。優先順位を作る。これが行政。
結界(静けさ対策)試験運用:優先順位
A:行政の必須機能(最優先)
相談窓口、住民課、災害対応、避難所運営など
→ 職員と住民を守る
B:公共性が高い施設
学校(保健室・相談室)、医療、福祉、図書館など
→ 子ども・弱者の安心
C:イベントなど一時的な混雑
屋台村、温泉イベント、観光案内所など
→ 混乱の抑制(短時間限定)
D:民間店舗・個人
喫茶店、商談、家庭内
→ 原則対象外(代替策を案内)
美月が頷きながら言う。
「AとBは納得されやすい。Cは“期間限定”にしないと揉める。Dは炎上ポイントなので言い方大事」
「言い方、大事」
加奈が補足する。
「Dの人には、『結界は無理です』だけじゃなくて、代わりの支援を案内しよう。
例えば『店内トラブル対応の相談』とか『掲示物の作り方』とか」
「そう。断るときほど、次の手を出す」
「役所は“拒否”ではなく“案内”だ」
「今日は市長が良いこと言う日!」
申請様式を統一する:勝手様式は混乱の元
美月が紙束をめくって言った。
「このままだと“心の平穏付与申請”が正式名称になりそうです」
「それだけはやめよう」
勇輝は決めた。
「様式、作ります。
タイトルは『静けさ対策(結界)利用申請(試験)』。
情緒は排除。詠唱禁止」
「詠唱禁止!」
申請書の項目は最低限。
利用場所(住所・施設名)
利用目的(相談対応/混雑緩和など)
期間
期待する効果(怒鳴り声抑制/不安軽減)
代替策の希望(結界不可の場合)
加奈が頷く。
「代替策の希望、いいね。断られても“次がある”って分かる」
「うん」
現場の火消し:美月が“期待値”を下げる広報を打つ
美月がすぐに広報案を作った。
【結界(静けさ対策)について】
相談窓口で試験運用している結界は、職員・来庁者の負担軽減を目的としたものです。
万能ではなく、常設できる場所や範囲には限りがあります。
当面は公共性・必要性の高い場所から優先して検討します。
ご相談は申請窓口へ(様式は本日公開予定)。
勇輝が頷く。
「これなら“使っていいけど無限じゃない”が伝わる」
市長が独特の笑みで言う。
「期待値を管理するのも行政だな」
「それ、住民に言うと嫌われるやつ!」
「なら、言い方を変える」
「言い方は加奈に任せます!」
加奈が即座に言い換える。
「『できることには限りがあるので、必要なところから守ります』でいいよ」
「ありがとう……」
そして結論:結界を“特権”にしない
勇輝は最後に、ここだけはブレない線を引いた。
「結界を“持ってる人だけが安心”の特権にしない。
必要な人に、必要な場所で。
そして結界以外の安心策も同時に増やす」
加奈が頷く。
「安心は、魔法だけじゃなくて、言葉と仕組みでも作れる」
美月が笑う。
「主任、今のセリフ、ポスターにしたい」
「ポスターにするな! 役所が宗教みたいになる!」
「だが、信頼は必要だ」
「信頼は必要だけど、ポスターは要らない!」
ドラゴンが真面目に言う。
「俺は守る。だが、守りすぎると弱くなる。
自分で立つ者を、支えるのが良い」
「ドラゴンが一番行政哲学語ってる!」
次回予告(第70話)
「結界の審査会:『公共性』って何だ!?で大揉め」
学校、温泉、商店街、屋台村……
みんな“うちが公共”と言い張る!
勇輝、優先順位を納得させられるのか!?




