第68話「防護が裏目:結界のせいで“苦情が言えない”と誤解される」
窓口が回るようになった。
職員も倒れなくなった。
結界も効いてる。交代制も整った。——はずだった。
なのに朝から、相談窓口の空気が妙に“静かすぎる”。
「主任……みんな、声が小さいです……」
住民課の係長が、困った顔で言った。
小さいのは良いことのはずなのに、困った顔をしている時点で悪い予感しかしない。
「静かでいいじゃないですか」
美月が言いかけて、すぐ自分で否定した。
「……って言いたいけど、静かすぎるのも怖い。怒鳴り声が消えると“異常”に見える」
「そう。静けさが不自然だと、人は別の不安を作る」
加奈が紙袋を抱えて現れる。今日は、ホットミルクの粉と、カイロ。
静かすぎる空気は、冷える。加奈はそういうところが鋭い。
「ねえ、相談者の人、表情どう?」
「硬い。黙ってる。目が泳いでる」
「それ、安心じゃなくて“我慢”だ」
背後から、のっそりと市長が現れる。今日は普通だ。普通なのが一番怖い。
「結界の効果が強すぎるのか?」
「結界そのものより、“噂”が拡大してる可能性が高いです」
勇輝は立ち上がった。
「現場確認。美月、SNSと掲示板の反応。加奈、相談者の空気。市長は——」
「もちろん行く」
「今日、煽るの禁止です。静かに!」
「静かに煽る」
「それが一番怖い!」
窓口:静かすぎて、逆に圧がある
相談窓口の前。
列がある。人数もいつも通り。
なのに、音がない。咳払いすら遠慮がち。
相談者が窓口に座っても、言葉が出ない。
職員が「どうされましたか」と聞くと、相談者は小さく頷くだけ。
勇輝は、嫌な予感を確信に変える。
「これ……“言ってはいけない空気”ができてる」
加奈が小声で言った。
「うん。静かな教室みたい。怒ったら“悪者”になる空気」
美月がスマホを見て顔を青くする。
「主任……噂、出てます。
『役所の結界に入ると怒れなくなる』
『苦情を言うと心が丸められる』
『気づいたら“納得”して帰される』って……」
「納得して帰されるって、何それ怖い!!」
市長が独特の笑みで言った。
「……納得して帰れるなら良いのでは」
「市長、それは“自分で納得した時”だけです! させられたらアウト!」
美月が頷きながら言う。
「しかも『苦情封じの結界』って言葉が強すぎて、都市伝説が加速してます!」
「また都市伝説か!」
勇輝は深呼吸した。
結界は職員を守るため。
でも相談者が“言えない”と感じた瞬間、役所は敵になる。
これは、早急に“誤解”を外す必要がある。
原因:結界そのものより、“説明の欠如”と“見えない怖さ”
ドラゴンの結界は“静けさの膜”。
怒りや恐怖が刺さらないように薄める。
しかしそれが、外から見るとこう見える。
役所に入ると静かになる
怒鳴り声が消える
不満が表に出ない
だから「抑え込まれてるのでは」と疑われる
加奈が言った。
「見えないものって、人は怖がる。
説明がないと、“都合のいい魔法”に見える」
「そう。つまりやるべきことは二つ」
勇輝は指を立てた。
結界の目的を説明する(職員と相談者の両方を守る)
“怒ってもいい”を保証する(意見表明の権利を明示する)
市長が頷く。
「結界を消すのではなく、意味を示すのだな」
「はい。消したら職員が倒れる。守りは残す。ただし、透明にする」
対策:結界を“苦情封じ”から“安全確保”へ翻訳する
美月がすぐ言った。
「広報文、作れます。短く、強く、詠唱なしで」
「詠唱なしでお願い」
加奈が補足する。
「あと、窓口の前に“言っていいこと”を貼ろう。
『苦情もOK』『不満もOK』『怒ってもOK』って」
「いい。日本の役所は普段それを言わないから、逆に言うと効く」
「普段言わないの!?」
「言わない」
市長が独特の笑みで言う。
「言うべき時に言えば良い」
「今がその時です!」
美月の掲示&SNS(暫定・即日)
美月がその場で、掲示と投稿文を作った。
勇輝が言葉を整え、市長が格言を入れようとして止められる。
【お知らせ】相談窓口の“静けさ”について
相談窓口では、職員と来庁者の心身の負担を減らすため、周囲を落ち着かせる対策(結界・防護)を試験運用しています。
苦情・不満・意見は、言って大丈夫です。
「言いにくい」「落ち着かない」と感じた場合は、別室での対応もできます。遠慮なくお申し出ください。
加奈が頷く。
「“別室で対応できます”が大事。
言いにくい人は、選択肢があるだけで呼吸が戻る」
「同意」
美月が言う。
「あと、窓口に“言っていい”カード置きます!
『言いづらいので紙で伝えたい』って書けるやつ!」
「天才。声に出せない人を救う」
市長がぼそっと言う。
「紙がまた勝つな」
「勝ちます」
現場改善:結界の“強さ”を調整する
ここで、ドラゴン——グラン=ドゥルが庁舎前に現れた。
呼んでないのに来るのが、この町の守護竜だ。便利すぎて怖い。
「噂が出ている。結界が強いのだな」
「強いというか、静かすぎて誤解されてます」
ドラゴンが頷いた。
「なら、調整する。
静けさを“消す”のではなく、“刺さりだけ減らす”。
声は通す。感情の刃だけ丸める」
「それ、できるの!?」
「できる。……繊細だが」
市長が独特の笑みで言った。
「頼む」
ドラゴンがゆっくり息を吐くと、空気の“膜”が少し薄くなる。
静けさは残るが、圧は減った。
咳払いが聞こえる。椅子の軋みも戻る。生活音が戻るのは、安心だ。
加奈が小さく頷いた。
「うん、これなら“我慢”の静けさじゃない」
美月が言う。
「なんか、音が戻っただけで怖さが減る……人間って単純……」
「単純だから守れる」
“怒っていい”の保証:窓口の合言葉を変える
勇輝は職員へ、合言葉を更新した。
「怒っても大丈夫です。安全に聞きます」
これを、最初に言う。
最初に言えば、“怒りを出す場所”ができる。
怒りは悪じゃない。扱い方が問題だ。
住民課職員が、少し笑った。
「主任……それ、言うの怖かったんですけど、言っていいんですね」
「言っていい。怒りは情報です。危険じゃない形で受け取れば、役所は強くなる」
市長が頷く。
「良い。怒りを禁じる社会は歪む」
「市長、今日は哲学寄り!」
「私はいつも哲学だ」
「また始まった!」
夕方:相談者の声が戻る
夕方、窓口の空気は変わった。
相談者が、小さくでも言葉を出す。
「不安です」「腹が立ってます」「怖かったです」——それが出れば、解決に繋がる。
列の中の年配の男性が、勇輝に言った。
「結界って聞いて、怒ったら消されるのかと思ったよ」
「消しません。怒っていいです。ただ、誰かを傷つけない形で言えるように、場を整えてます」
男性は頷いた。
「それなら安心だ」
美月がスマホを見て言う。
「SNSの反応、落ち着いてます。『説明があって安心』って。
都市伝説は残るけど、主導権は戻りました」
「よし」
加奈がカイロを配る。
「心が冷えると、怒りが尖るからね。温めよう」
「カイロで行政を救うな」
「救えるよ?」
「救えるのが怖い!」
市長が独特の笑みで締める。
「守るための力は、透明でなければならぬ。今日は学んだな」
「学びました。次は“誤解される前に説明する”を徹底します」
ひまわり市役所。
今日も通常運転。
ただし、守りの魔法も“説明”が必要だ。
次回予告(第69話)
「説明が追いつかない:『結界の利用申請』が大量に来る」
「うちの店にも結界を!」
「学校にも!」
便利だと分かった瞬間、人は申請してくる。
勇輝、結界を“公共サービス化”できるのか!?




