第68話「防護が裏目:結界のせいで“苦情が言えない”と誤解される」
窓口が回るようになった。
職員も倒れなくなった。
結界も効いている。交代制も整った。――そう信じたかった。
なのに、朝から相談窓口の空気が、妙に“静かすぎる”。
人は並んでいる。相談票も運ばれてくる。番号札も減っていく。
それなのに音がない。椅子を引く音も、ペンが紙をこする音も、どこか遠い。庁舎の一角だけ、分厚い布で包まれたみたいに、音の輪郭が丸くなっている。
「主任……みんな、声が小さいです……」
住民課の係長が困った顔で言った。
小さいのは、普通なら良い兆しのはずだ。怒鳴り声がないのは、平和の証明にも見える。
それでも係長が困っている時点で、これは“良い静けさ”じゃない。
「静かなら、助かるはずなんですけどね」
美月が言いかけて、途中で自分の言葉を飲み込んだ。いつもなら勢いで押し切るのに、今日は眉間にしわを寄せている。
「……静かすぎると、逆に息ができない感じがします。怒鳴り声が消えると、消えた理由を探しちゃうんですよ、人って。『何かが起きてる』って」
「そう。静けさが不自然だと、人は別の不安を作る」
勇輝は係長の視線の先――相談窓口の方を見た。
列はある。いつも通り、異界の人も人間も混ざっている。
でも、表情が硬い。肩が上がっている。目が泳いでいる。いちばん分かりやすいのは、相談者の手だ。指先が落ち着かず、服の端を何度もつまむ。言葉が出ない代わりに、体が先に「不安」を言っている。
そこへ加奈が紙袋を抱えて入ってきた。今日はホットミルクの粉とカイロ。差し入れの中身が、いつもより“体温”寄りだ。
「ねえ、相談者の人、どう? 落ち着いてる、って言うには……なんか固いよね」
「固い。黙ってる。頷くけど、言葉が続かない」
係長がうなずく。
「『相談したいことはあります』って書いてあるのに、いざ座ると黙ってしまう方が増えました。こちらが質問しても、短くしか返ってこないんです。……『この場で言っていいのかな』って顔をして」
「それ、安心じゃなくて“我慢”だ」
加奈の言い方は柔らかいのに、指摘ははっきりしていた。喫茶店で人の“言えない”を毎日見ている人の目だ。
背後から市長が現れた。今日は特別な演出もなく、普通に歩いてきた。その“普通”が、逆に状況の深刻さを感じさせる。
「結界の効果が強すぎるのか?」
「結界そのものより、説明不足が噂を呼んでいる可能性が高いです」
勇輝はすぐに立ち上がった。現場の変化は、現場で確認する。机上の想像は時々、余計な怖さを増やす。
「現場確認に行きます。美月はSNSと掲示板の反応、いま出回っている言い回しを拾って。加奈は相談者の空気を見て、言えない理由を探ってください。市長は……」
「当然、行く」
「お願いします。ただ、今日は場の空気が繊細です。言葉は短く、強くしすぎない方向で」
「分かった。決めるべき線は決めるが、余計な圧は出さぬ」
市長がそう言うと、美月が小さく頷いた。今日はその一言だけで、だいぶ安心できる。
――
相談窓口の前。
人数は、いつも通り。番号札の進みも悪くない。
けれど音がない。咳払いすら遠慮がちで、誰かが小さく息を吐くと、その息が広がりすぎる気がする。
窓口に座った相談者が、口を開きかけて閉じる。
職員が「どうされましたか」と聞くと、相談者は小さく頷く。
頷く――それだけで終わる。
勇輝は、嫌な予感を確信に変えた。
「これ、“言ってはいけない空気”ができてる」
加奈が隣で、目だけを動かして周囲を見回す。
「うん。静かな教室に似てる。何か言った瞬間に『目立つ』って感じる空気。怒ったら悪者、って決めつけられそうな空気」
美月がスマホを見て、顔色を変えた。
「主任……噂、出てます。しかも言い回しが強い。
『役所の結界に入ると怒れなくなる』
『苦情を言うと心が丸められる』
『気づいたら“納得”して帰される』って……」
「……納得して帰される?」
係長が思わず聞き返す。職員側からすると、納得して帰ってもらえるのは理想だ。でも、その“納得”が本人のものじゃないなら、話は全部ひっくり返る。
市長が、眉をわずかに動かした。
「納得して帰れるなら、良いことに見えるが」
「本人が自分で納得したときだけです。させられたと感じたら、役所は一瞬で信頼を失います」
勇輝は即答した。これは、言葉を弱めてはいけない線だ。
“相談”は、相談者の主体が前提だ。主体が揺らいだ瞬間、どんな丁寧さも全部“操作”に見える。
美月が頷く。
「しかも『苦情封じの結界』って呼ばれてます。短い名前が付くと、都市伝説が速いんですよ……。怖い話って、みんな『一言で言える』形になると広がるので」
「……守るつもりが、逆に怖がられてるのか」
係長が悔しそうに言った。
職員は守られた。確かに救われた。だからこそ、その守りが“住民を黙らせる道具”に見えるのはつらい。
勇輝は短く息を吸って吐いた。
結界は職員を守るために入れた。職員が倒れるのを止めるために。必要な“守り”だった。
でも、相談者が“言えない”と感じた瞬間、守りが攻撃に見える。行政の信頼は、そこで簡単に折れる。
だから急ぐ。焦って煽らずに、でも遅れずに。
――
原因:結界そのものより、“見えない怖さ”と“説明の欠如”
グラン=ドゥルの結界は、静けさの膜だ。
怒りや恐怖の棘が刺さりにくくなるよう、空気の尖りを丸める。誰かの言葉が、別の誰かの胸に突き刺さりにくくする。
それは職員を守るし、相談者も守る。少なくとも、意図はそうだった。
けれど外から見ると、こう見える。
役所に入ると静かになる。
怒鳴り声が消える。
不満が表に出ない。
――だから、「抑え込まれているのでは」と疑われる。
加奈が言った。
「見えないものって、人は怖がるよ。説明がないと、“都合のいい魔法”に見えちゃう。『気づかないうちに従わせる』って想像は、誰だって嫌だよね」
「そう。つまり、やるべきことは二つです」
勇輝は指を立てた。
結界の目的を説明する(職員と相談者の両方を守る)
“怒ってもいい”を保証する(意見表明の権利を明示する)
市長が頷く。
「結界を消すのではなく、意味を示す。透明にする、ということだな」
「はい。消したら職員が倒れます。守りは残す。ただし、見える形にして誤解を外す」
係長が、ほっとしたように小さく息を吐いた。
「助かります……。窓口側も、相談者の方が黙ると、こちらが悪いことをしているみたいで……。説明の言葉があるだけで、職員も救われます」
勇輝は頷いた。行政の対策は“住民向け”だけじゃない。現場の職員が胸を張って言える言葉を用意することが、そのままサービス品質になる。
――
対策:結界を“苦情封じ”から“安全確保”へ翻訳する
美月が、すぐにメモを広げる。
「広報文、作れます。短く、強く、でも冷たくならない感じで。余計な飾りはなしで」
「お願い。いま必要なのは、詩じゃなくて説明文だ」
「詩にしません。今日も詠唱しません」
加奈が補足する。
「窓口の前に“言っていいこと”を貼ろう。『苦情もOK』『不満もOK』『怒ってもOK』って、ちゃんと書く。普段わざわざ言わないからこそ、書くと効くと思う」
「いい。『言ってはいけない』を『言っていい』で上書きする」
係長が少し驚いた顔をした。
「役所って……『怒ってもいい』って、普段書かないですよね」
「普段は書きません。だからこそ、今は書きます」
市長が短く言う。
「言うべき時に言えばよい。町を守る言葉は、遠慮していると届かん」
「今がその時です」
勇輝は即答した。
――
美月の掲示&SNS(暫定・即日)
美月がその場で文案を作った。
勇輝が言葉の硬さを整え、市長が“格言っぽい一文”を足しかけて、加奈に目で止められる。目で止められる市長は、今日は素直だ。
掲示と投稿は、こうなった。
【お知らせ】相談窓口の“静けさ”について
相談窓口では、職員と来庁者の心身の負担を減らすため、周囲の刺激を弱める対策(結界・防護)を試験運用しています。
苦情・不満・意見は、言って大丈夫です。
「言いにくい」「落ち着かない」と感じた場合は、別室での対応や、紙でのご相談もできます。遠慮なくお申し出ください。
短い。けれど、言うべきことは入っている。
「言って大丈夫です」を中央に置いたのが大きい。
加奈が頷く。
「“別室で対応できます”が大事。言いにくい人は、選択肢があるだけで呼吸が戻るから」
「紙での相談も、効くと思います」
係長が言った。
「黙ってしまう方は、声を出すのが怖いんじゃなくて、『声を出した自分がどう見えるか』が怖いことが多いので……。紙は、その怖さを減らせます」
「じゃあ、紙を用意しましょう」
勇輝は即決した。役所が得意なのは紙だ。紙の扱いなら負けない。
美月が勢いよく頷く。
「“言っていいカード”作ります! 『いまは口で言いづらいです』『紙で伝えたいです』って選べるやつ。あと、自由記述欄は小さめにして、書く負担も減らします」
「天才。声に出せない人を救う」
市長が小さく呟いた。
「……紙がまた勝つな」
「勝ちます。紙は、誰にでも渡せる」
加奈が笑った。
「紙って、静かな人の味方だもんね」
さらに勇輝は、窓口前に“短い説明板”を一枚追加することにした。
大きな掲示は読まれない。けれど、目線の高さに一行だけ置けば、たいていの人は拾ってくれる。
係長が提案する。
「『ここは安心して話せる場所です』って、最初に置きたいです。あと、『苦情でも大丈夫です』は、太字で」
「いい。太字は強い。強いけど、攻撃じゃない強さにする」
美月がにやっとした。
「強い太字って、行政の奥義みたいですね」
「奥義は多いよ。フォントと余白で世界は変わる」
「主任、それは言い過ぎです。でも、ちょっと分かる」
――
現場改善:結界の“強さ”を調整する
そのとき、庁舎の外がふっと揺れるような気配がした。
窓の向こうに大きな影。グラン=ドゥルが、ゆっくりと近づいてくる。
呼んでいないのに来る。頼りすぎると怖いのに、来てくれると助かる。ひまわり市の守護竜は、そういう存在だ。
「噂が出ている。結界が“黙らせる”と言われているな」
グラン=ドゥルの声は低いのに、言葉が濁らない。大きな生き物の声なのに、威圧ではなく落ち着きが先に来る。
「静かすぎて、圧になっているみたいです。声まで消えてしまって」
勇輝が言うと、ドラゴンは少しだけ考えるように目を閉じた。
「なら、調整する。静けさを消すのではなく、“刺さり”だけ減らす。
声は通す。感情は奪わぬ。ただ、刃の部分だけ丸める」
「……それ、できます?」
美月が思わず聞いた。ドラゴンの魔法は、いつも大雑把な破壊力を想像してしまう。けれど今、必要なのは繊細さだ。
「できる。繊細だが、できる。人が“言える”ことを守るのも守護だ」
市長が頷いた。
「頼む。町の門は守るが、町の声も守れ」
グラン=ドゥルがゆっくり息を吐く。
前回の“膜”が、ほんの少し薄くなる感覚があった。
静けさは残る。けれど、硬い静けさではない。
その変化は音で分かる。
椅子がきしむ音が戻ってくる。
誰かの小さな咳払いが、遠慮ではなく“普通”に聞こえる。
紙をめくる音が、生活音としてちゃんと耳に届く。
加奈が小さく頷いた。
「うん。これなら“我慢”の静けさじゃない。ちゃんと、人がいる音がする」
美月が、ふっと肩の力を抜いた。
「音が戻るだけで、怖さが減るんですね……。なんか悔しいくらい単純」
「単純だから守れる。複雑なものは守るのも難しい」
勇輝はそう返しながら、窓口の様子を改めて見た。
相談者が口を開くまでの“間”が、少し短くなっている。躊躇が消えたわけじゃない。でも、戻ってきた。これが大事だ。
念のため、市長はドラゴンにもう一つだけ頼んだ。
「できれば、入口で“説明”が伝わるように、息を少しだけ光らせられるか。誰かの心を操作するのではなく、『ここは守りの場だ』と分かる程度に」
「できる。だが、派手にすると、また別の噂が生まれる。控えめにする」
「それが助かる。控えめが行政に向いている」
勇輝がそう言うと、ドラゴンが小さく頷いた。
ほんの一瞬、鱗の間に薄い光が走り、入口の空気が“境界”として分かる程度に輪郭を持つ。
触っても分からない。けれど、見た人が「何かある」と思うくらいの、ちょうどいい示し方だった。
――
“怒っていい”の保証:窓口の合言葉を更新する
仕組みと掲示だけでは足りない。
最後に効くのは、職員の最初の一言だ。最初の一言で、相談者は「ここは安全か」を判断する。
勇輝は窓口担当を集め、短い更新をした。長い研修は今日は要らない。短く、覚えられて、使える言葉を渡す。
「今日から、最初にこれを言ってください。
『苦情でも大丈夫です。安全にお聞きします。』
それから、『言いにくければ紙でも大丈夫です』。この二つを、まず先に」
住民課の職員が、少し怖そうに笑った。
「主任……『苦情でも大丈夫です』って、言うの、正直ちょっと怖かったんです。言った瞬間に怒鳴られる気がして」
「怒鳴られていい、とは言いません。怒鳴り声で職員が削られるのは守らなきゃいけない。
でも、“怒っている”ことを出すのは悪じゃないです。怒りは情報です。扱い方を一緒に整えれば、役所は強くなれます」
美月がうなずいた。
「怒りって、出せないと別の形で爆発しますもんね。SNSとか、噂とか。『結界のせいだ』って」
「そう。窓口は、爆発する前に受け止める場所でもある。安全に、ね」
市長が静かに言った。
「怒りを禁じる社会は歪む。言える場があることが秩序だ」
係長が深く頷いた。
「……『言わせない』じゃなくて、『言える形にする』。その言い方、職員にとっても救いです。仕事の意味が変わります」
勇輝は、その言葉をそのまま胸に置いた。意味が変わると、現場の表情が変わる。現場の表情が変わると、住民の安心が変わる。
もう一つ、加奈が提案した。
「怒りを出すのが怖い人って、怒りそのものより『怒っている自分が嫌い』だったりするんだよね。だから、職員さんの一言も、ちょっとだけ優しい方が言いやすいかも。
『腹が立って当然です』って言うと、怒りを肯定しすぎで火が付く人もいるけど……『困って当然です』なら、少し丸くなる」
「なるほど。『困って当然です』。それ、合言葉に入れましょう」
係長がすぐメモを取った。
「最初の三点セットにします。
『来てくださってありがとうございます』
『困って当然です』
『苦情でも大丈夫です。安全にお聞きします』」
「いい。長すぎない。けど、突き放さない」
美月がにこっとした。
「主任、今日の窓口、言葉が武器じゃなくて盾ですね。ちゃんと守る盾」
「守るのが仕事だからね」
――
実演:声が戻る瞬間
夕方。
窓口の前の空気は、朝とは違っていた。
相変わらず静かではある。結界が消えたわけではない。交代制も続いている。
けれど、その静けさが“黙れ”ではなく、“落ち着いて話せる”の方に寄っている。たったそれだけで、相談者は言葉を出せる。
列の中にいた年配の男性が、勇輝を見つけて近づいた。帽子を持つ手が少しだけ震えている。
「主任さん……結界って聞いてね。怒ったら、どこかに消されるのかと思ってたんだよ」
勇輝は首を横に振った。ゆっくり、はっきり。
「消しません。怒っていいです。苦情も言っていいです。
ただ、ここは公共の場なので、誰かを傷つけない形で言えるように、場を整えています。職員も、相談者も、倒れないように」
男性は、少しだけ肩を落とした。怒りが落ちたのではなく、緊張が落ちた。
「……そういうことなら、安心だ。言えないと思うと、余計に腹が立つからな」
「分かります。言える場があると、怒りも情報になります。こちらも、直せるところが見える」
男性は頷き、窓口へ戻っていった。
そして、その次に座ったのは、エルフの女性だった。
指先が落ち着かず、胸の前で何度も手を組み直している。
職員が、合言葉通りに言った。
「来てくださってありがとうございます。困って当然です。苦情でも大丈夫です。安全にお聞きします。
もし言いづらければ、紙でも大丈夫ですよ」
エルフの女性は、そこで初めて肩を下げた。
そのまま、テーブルの端に置かれた“言っていいカード”に目を落とす。選択肢の一番上に、こう書いてある。
『いまは口で言いづらいです。紙で伝えたいです』
女性は、迷うようにペンを持ち、ゆっくり丸を付けた。
職員が頷く。急かさない。
「ありがとうございます。ここに書いていただければ大丈夫です。あと、もし別室の方が話しやすければ、移動もできます」
女性は小さく首を振り、紙に何かを書き始めた。
書き終わった紙を差し出す手は、まだ震えていたけれど、さっきより確かだった。
その紙の内容を、勇輝は横目で見てしまった。
もちろん覗き込むつもりはない。けれど、見出しの一行だけが目に入る。
『怒っていいのか分からなかった』
勇輝は胸の奥で、静かに頷いた。
その一行が書けたなら、今日は前に進んでいる。
その少し後、休憩室から、昨日まで体調を崩していた職員が顔を出した。
目の下にまだ薄い影が残っているけれど、歩き方はしっかりしている。加奈の目薬とホットミルクが効いたのか、あるいは――「今日は守られている」と感じられる仕組みが効いたのか。
「主任……少しだけ、戻ってもいいですか。いきなり窓口は無理ですけど、後ろで整理なら」
「無理はしないで。整理担当で十分助かります。今日は“戻れる”のが大事です」
職員はうなずいて、掲示を見上げた。太字の一行を、ゆっくり読む。
『苦情・不満・意見は言って大丈夫です』
「……これ、書いてくれてありがとうございます。昨日、結界に助けられたのに、今日みたいな静けさだと『私たちが黙らせてる』って思われるのが怖くて……。
守るつもりが、疑われるの、つらいですね」
「つらいです。でも、疑われた理由が分かれば直せます。直せるところを増やすのが、役所の仕事です」
美月が小声で言った。
「直せるって、すごいことなんですよね。ネットの噂って、放っておくと勝手に育つから……。今日は“言葉”で追いつけた感じがします」
加奈も頷く。
「うん。怖さは、誰かのせいにすると強くなるけど、説明と選択肢があると、少しだけ自分の足で立てる。今日、みんなの顔がそれに見えた」
――
美月がスマホを見ながら、声を落として言う。
「反応、落ち着いてます。『説明があって安心した』って。『紙で言えるの助かる』って。
都市伝説は完全には消えないけど……主導権は戻りました」
「戻したのは、説明と選択肢だな」
市長が頷いた。
「守るための力は、透明でなければならぬ。見えない守りは、見えない恐れを生む」
加奈がカイロを配りながら、ぽつりと付け足す。
「心が冷えると、言葉が尖るんだよね。温まると、同じ不満でも、ちゃんと話せる」
「カイロで行政を支えるの、だいぶ現代的だな」
勇輝が苦笑すると、加奈は肩をすくめた。
「現代の町だもん。異界でも、人は冷える」
係長が窓口を見て、ようやく笑った。
「今日、相談者の方が『腹が立ってます』って言えました。
……それだけで救われた気がします。言えたら、次の話ができるので」
「そう。言えたら、次が始まる。役所は、次に進めるようにする場所です」
勇輝は掲示の一角を見た。
“苦情・不満・意見は言って大丈夫です”。
今日のひまわり市役所は、その一文をようやく自分の言葉として置けた気がした。
ひまわり市役所。
今日も通常運転。
ただし、守りの魔法は“説明”がなければ裏目に出る。守るほど、言葉が必要になる。




