第66話「相談が殺到:『本物かどうか』より『安心して暮らしたい』が溢れ出す」
相談窓口を作ると、相談が来る。
当たり前だ。入り口を作ったら、人は「入っていいんだ」と思う。
ただし、ひまわり市はスケールがおかしい。
相談窓口を作った翌日——
「主任!! 窓口、パンクしました!!」
美月が飛び込んできた。
いつも走ってくるけど、今日は走り方が“避難誘導”だった。
「どのくらい」
「朝から、相談票が三十枚超えてます! しかも内容が幅広すぎて分類不能です!
『偽装かも』があると思ったら、『役所が怖い』とか、『写真が怖い』とか、『隣人が怖い』とか!!」
「怖いが多すぎる!!」
加奈が紙袋を抱えて現れる。今日は、付箋の束が三色。嫌な予感が完全に事務用品だ。
「相談って、怖さが溜まると一気に出るよね。溢れた分が来てる感じ」
背後から、のっそりと市長が現れた。今日は“現場モード”だ。
「相談は町の血流だ。詰まれば壊死する。流せ」
「流します。分類して、回します。役所はここが勝負です」
窓口:相談票が“雪崩”になっている
相談窓口(暫定)の机の上に、紙の山。
住民課の職員と異世界経済部の職員が、ほぼ無言で処理している。無言なのは集中ではなく、言葉が尽きているからだ。
担当職員が、乾いた声で言った。
「主任……『本物かどうか』の相談、半分もありません……」
「え?」
「ほとんどが、“安心して暮らしたい”です……。
『隣の人が変身するのが怖い』
『子どもがからかわれた』
『役所に行くのが不安』
『検査団体に見られた気がする』
『真名を聞かれた夢を見た』……」
「夢まで来た!」
美月が机を叩く。
「主任! これ、噂の二次災害です! 不安が生活に侵食してます!」
「分かってる。だから整理する。
相談は“正しさ”じゃなくて、“安心”を流すためにある」
加奈が付箋を配り始めた。
「色で分けよう。赤は緊急、黄色は生活、青は誤解、みたいに」
「助かる。役所は色で救われる日がある」
「色で救われるって何」
「救われる」
勇輝の判断:窓口は“万能”にしない。流れる仕組みに分ける
勇輝は、相談票をざっと見て、すぐに決めた。
今のまま全部を一つの窓口で受けたら、職員が死ぬ。
職員が死ぬと、相談者も死ぬ。詰み。
「窓口を“入口”にして、流れを作ります。
相談はここで受けて、ここで全部解決しない」
市長が頷く。
「良い。役所は分業で生きている」
「生きてます」
美月が不安そうに言う。
「でも主任、たらい回しって叩かれません?」
「叩かれないようにする。
“たらい回し”じゃなく“案内”にする。
一回で終わらない相談は、次の場所へ“連れて行く”」
加奈が頷く。
「うん。『ここじゃない』って突き放すと傷つく。『こっちが一番早いよ』って連れてくと安心する」
「それ。加奈、今日は翻訳係の神」
「神って言うな!」
仕組み化:相談を4分類+緊急フラグで回す
勇輝はホワイトボードに大きく書いた。
相談分類(暫定)
緊急・危険(赤)
物理的な脅し/強要/通行妨害/真名要求/暴力/明確な差別
→ 庁舎管理・警備・必要なら警察、即対応
手続き不安(青)
本人確認/写真/書類/窓口の言葉/暗証番号など
→ 住民課・担当課の“手続きサポート”へ予約誘導
生活不安(黄)
近隣トラブル/学校のからかい/職場の誤解/噂が怖い
→ 生活相談(福祉・教育・地域支援)へ連携、必要なら面談
情報提供(緑)
不正の疑い/怪しい団体の動き/商会の勝手翻訳など
→ 異世界経済部で受領、事実確認、必要なら注意喚起
美月がすぐ言う。
「“真名要求”は赤! 絶対赤!」
「赤です。即です」
「良い。線引きが明確だ」
「線引きが曖昧だと、現場が迷って死ぬので」
加奈が付け足す。
「あと“夢を見た”は……?」
「夢は黄。生活不安。心が疲れてる」
「優しい……」
「優しいのも行政です。たまに」
実装:相談票を“短くして”入口を作る
相談票が長すぎると、書く人も読む人も死ぬ。
勇輝は相談票の項目を、三つに絞った。
何が起きた(いつ・どこで)
何が一番困っている(安全/手続き/生活/情報)
連絡してよい方法(対面/電話/なし)
美月が目を輝かせる。
「主任、これならフォーム化できます! 紙でも、QRでも!」
「QRは後。まず紙で回す。今日の火を消す」
加奈が頷く。
「紙は強い。誰でも書ける」
市長が満足そうに言う。
「また紙が勝ったな」
「勝ちました」
現場の救い:相談者の“言葉”を削らない
分類して流す。
でも、相談者は“分類されたい”わけじゃない。話を聞いてほしい。
だから勇輝は、窓口職員に短い合言葉を渡した。
「まず不安を受け止めてから、案内する」
具体的には、これだけ。
「来てくれてありがとうございます」
「怖かったですよね」
「いちばん早く解決できる担当に一緒につなぎます」
住民課職員が、泣きそうな顔で笑った。
「主任……その三つ、あるだけで喧嘩が減ります……」
「減る。窓口は言葉で守れる」
美月が小声で言う。
「主任、今日の名言」
「市長の仕事奪うな」
「私はいつも名言だ」
「市長、張り合うな!」
夕方:相談が“流れ”になり始める
夕方には、紙の山が少しだけ低くなった。
赤は即対応に流れ、青は手続きサポートの枠に予約が入り、黄は生活相談へ連携され、緑は異世界経済部の調査案件として整理された。
窓口職員の顔が、ほんの少し生き返る。
相談者も、「ここで全部言わなくていいんだ」と分かると、呼吸が戻る。
加奈が紙袋から差し入れを出す。
「今日の差し入れ、甘いのと塩味。どっちも必要」
「現場の栄養は正しい」
美月がスマホを見ながら言った。
「SNSにも『相談窓口、分類して案内します』って出しました。煽りなし。詠唱なし」
「よし」
市長が独特の笑みで言った。
「町は、怖さを抱えても回る。回すのが行政だ」
「今日は市長がずっと真面目で怖い」
「真面目なのが本来だ」
「普段どっちなんですか!」
勇輝は、ホワイトボードの分類を見ながら息を吐いた。
“本物かどうか”の争いは、派手で分かりやすい。
でも本当に大事なのは、そこじゃない。
人は、安心して暮らしたい。
その当たり前を守るために、役所はある。
ひまわり市役所。
今日も通常運転。
ただし、相談は雪崩れる。
次回予告(第67話)
「現場が限界:窓口職員に“魔力疲労”が出る」
不安を受け止め続けた結果、職員が倒れ始める!?
加奈の差し入れだけでは足りない。
勇輝、職員を守る“勤務体制”を組め!




