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異界に浮かぶ町、ひまわり市 ー転移した山奥のまち、異世界対応中!ー  作者: ひまわり あおい


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第66話「相談が殺到:『本物かどうか』より『安心して暮らしたい』が溢れ出す」

 相談窓口を作ると、相談が来る。

 当たり前だ。入口が見えると、人は「ここに置いていいんだ」と思える。抱えていた不安の置き場所が、ようやく見つかる。


 ただし、ひまわり市はスケール感がいちいちずれる。

 昨日まで「役所前で勝手に検査するな」という線引きを決めたばかりなのに、翌朝にはもう――別の種類の波が来ていた。


「主任っ! 窓口が……ええと、あの……回ってるんですけど、回ってるのに、追いついてません!」


 美月が飛び込んできた。息の吸い方が、走ってきたというより、誰かを誘導して戻ってきた人のそれだ。手には相談票の束。紙が揺れている。


「回ってるのに追いつかないって、いちばん嫌なやつだな。どれくらい?」


「朝の時点で三十枚超です。しかも内容が幅広すぎて、分類が……分類が……!」


 美月は言葉を探す。探している間にも、背後の廊下から人の気配が増えていくのが分かった。庁舎は音で混む。足音が重なると、空気も重くなる。


「『偽装かも』があると思ったら、『役所が怖い』とか、『写真が怖い』とか、『隣人が怖い』とか……。あと、これ……」


 束の上に置かれた一枚。相談票の欄外に、小さく書かれている。


『真名を聞かれた夢を見ました。眠れません。』


「夢まで窓口に来たのか……」


 勇輝は、思わず笑う気配を飲み込んだ。笑っていい話じゃない。けれど、笑いに逃げたくなるくらい、町の不安が生活の隙間に入り込んでいる。


 そこへ加奈が紙袋を抱えて現れた。今日は付箋が三色。輪ゴムでまとめられている。嫌な予感が完全に事務用品の形をしている。


「相談って、溜まると一気に出るよね。『今じゃなくてもいい』って我慢してた人が、入口を見た瞬間に“今しかない”になる」


「その“今しかない”が三十件、同時に来たわけだ」


 背後から、市長が入ってくる。表情は完全に現場モードだ。冗談を言う余白を、きれいにしまっている。


「相談は町の血流だ。詰まれば末端が冷える。冷えれば、次は怒りだ。流せ」


 市長の言い方が真面目すぎて、美月が一瞬だけ目を丸くした。加奈は、頷きながら付箋を机に置く。


「流します。……ただし、窓口を万能にしないで流します。全部ここで受け止めたら、職員が先に倒れます」


「それが正しい。受け止める場所と、運ぶ場所を分けろ」


 勇輝は深呼吸して、歩き出した。相談窓口(暫定)。昨日、看板を貼ったばかりの机が、もう現場の中心になっている。


――


 窓口に近づくほど、音の種類が変わる。

 待合のざわめきは、だいたい「順番」の音だ。番号札を握り、呼ばれるのを待つ音。ところが今日は、その上に「迷い」の音が乗っている。自分が何を相談しに来たのか、言葉にできないまま座っている人がいる。


 机の上には、紙の山。

 住民課の職員と異世界経済部の職員が、ほぼ無言で処理していた。無言なのは集中というより、言葉を節約しているからだ。言葉が尽きると、優しくできなくなる。優しくできない窓口は、すぐに荒れる。


 さらに今日は、普段の窓口とは違う“混み方”がある。

 相談窓口に来ている人たちは、「これを出せば終わる」という人ばかりじゃない。むしろ逆だ。出す書類がない人ほど、手が震える。表情のほうが書類より先に出てしまう。


「主任……」


 担当の職員が、乾いた声で呼んだ。目の下に薄い影がある。まだ午前なのに、もう夕方みたいな顔だ。


「『本物かどうか』の相談は、半分もありません。ほとんどが……生活のほうです」


「生活のほう?」


「はい。ええと……」


 職員は、相談票の束をめくる。読み上げるたびに、指が少し震える。


「『隣の人が時々別人みたいに見える。悪い人じゃないのは分かるけど怖い』」

「『子どもが学校で“角出せ”って言われて泣いた』」

「『役所に行くと剥がされるって聞いて、来るのを一日延ばした』」

「『検査団体に見られた気がして、買い物に行けない』」

「『真名を聞かれる夢を見た。起きても心臓が落ち着かない』」


 最後の一枚で、職員が息を詰めた。相談票は紙なのに、相談は紙より重い。


「……これ、どう受けたらいいんでしょう。手続きじゃない。けど、放っておけない」


 美月が机の角を押さえる。勢いが出そうな肩を、ぐっと抑えた。


「主任、これ……噂の二次災害です。『写真機が本当の姿を写す』って話が、もう生活の怖さになってます。現実の手続きより先に、心が先に止まってる」


「分かってる。だから整理する。相談は、正しさの裁判じゃない。安心の流れを作る作業だ」


 加奈が三色の付箋を、相談票の脇にそっと置いた。色だけで、空気が少し整う。人は分類が見えると落ち着く。


「色で分けよう。赤は今すぐ危ない。青は手続きの不安。黄色は生活の不安。まずはそれだけでも」


「助かる。役所は色に救われる日がある」


「救われるって……色に?」


「色に。迷わないって、それだけで救われる」


 市長が、机の山を見て言った。


「良い。だが覚えておけ。分類は突き放しではない。案内だ。流れる先を用意しろ」


 勇輝は頷いた。ここが勝負だ。窓口は“入口”になれるかどうかで、生きるか死ぬかが決まる。


――


 勇輝は、窓口の奥にある小さな打ち合わせスペースへ、職員と美月と加奈、市長を誘導した。

 窓口は止めない。止めた瞬間、待合の空気が崩れる。だから「止めない前提」で、裏で仕組みを組む。


 まず市長が、庁内チャットに短い連絡を流した。

 内容は派手じゃない。だが、現場にとっては生命線だ。


『本人確認・不正相談窓口:本日相談増。各課、当日問い合わせへの対応者を一名、正午までに選任。住民課・異界経済部より連絡が入る』


 “誰か”じゃなく“誰が”を作る。これだけで、電話が迷子になりにくくなる。


「今のままだと、全部この机で抱えてしまう。これは無理です」


 勇輝は言い切った。きつい言い方にはしない。事実を言うだけで十分だ。


「窓口を“入口”にします。ここで全部解決しない。ここで受けて、いちばん早く解決できる場所へ連れて行く。たらい回しじゃなく、案内として」


 美月が不安そうに眉を上げる。


「でも主任、案内って言っても、相手は『ここに来たのに』って思いますよね」


「思う。だから、言葉を決める。最初に『来てくれてありがとう』を置く。次に『怖かったですよね』を置く。最後に『一緒につなぎます』を置く。順番が大事だ」


 加奈が頷く。


「うん。『ここじゃない』って言われると、拒否された感じになる。『こっちが一番早いよ』って連れて行かれると、安心になる」


 市長が、静かに言った。


「役所の仕事は“断る”ではない。“道を作る”だ」


「今日は市長がずっと真面目で、逆にこわいです」


 美月が小声で言って、すぐに自分で口を押さえた。市長は気にせず続ける。


「真面目であるべき時に真面目でいられるのが、行政だ」


 勇輝はホワイトボードを持ってきて、太い字で書き始めた。議論は短く、運用は具体に。


 相談分類(暫定)+緊急フラグ


【赤:緊急・危険】

 脅し/強要/通行妨害/真名の要求/暴力/明確な差別・嫌がらせ

 → 庁舎管理・警備へ即連絡。必要に応じて警察・関係機関へ。


【青:手続き不安】

 本人確認/写真/書類/暗証番号/窓口の言葉が怖い、など

 → 住民課の「手続きサポート枠」に予約誘導。担当課へ同席連携。


【黄:生活不安】

 近隣トラブル/学校でのからかい/職場の誤解/噂で外出できない、など

 → 生活相談(福祉・教育・地域支援)へつなぎ、必要なら面談。


【紫:こころの不調(黄の派生)】

 眠れない/動悸/夢で追い詰められる/外出できないほどの不安

 → 保健・健康相談(保健所相当)へ、無理のない範囲で同行紹介。


【緑:情報提供】

 不正の疑い/怪しい団体の動き/勝手アップデート・勝手翻訳、など

 → 異世界経済部で受領。事実確認→注意喚起/関係機関へ。


 美月が、紫の欄を見て目を丸くした。


「主任、紫増えました」


「増やした。夢の相談は“笑い話”で流すと傷つく。生活不安の中でも、身体に出てるものは別ルートが要る」


 加奈が小さく頷く。


「うん。眠れないって、生活が崩れてるサインだもんね」


 市長が言った。


「相談者の勇気を無駄にするな。来た時点で、もう一度力を使っている。そこに出口を用意しろ」


 勇輝は、次に相談票の項目を見直した。今の票は、丁寧すぎて長い。長い票は、書く側も読む側も疲れる。疲れた窓口は、優しくできない。


「相談票を短くします。今日から差し替える」


 美月が目を輝かせる。


「フォーム化できます! QRでも!」


「それは後。まず紙。今日の火を消す」


 加奈が小さく笑う。


「紙は強いよね。誰でも書ける。スマホが苦手でも大丈夫」


 市長が満足そうに言う。


「また紙が勝ったな」


「勝ちました。紙の勝利です」


 勇輝は、項目を三つに絞って書いた。


1)何が起きた(いつ・どこで)

2)いちばん困っていること(安全/手続き/生活/こころ/情報)

3)連絡してよい方法(対面/電話/不要)


「これなら、受付で“入口”が作れます。書けない人には口頭で聞いて、こちらで書く。書いたら色付箋を貼る。番号札にも色シールを貼って、待合の混乱を減らす」


 美月が頷き、加奈が三色付箋を指で数える。足りる。今日を回す分はある。


「あと……」


 勇輝は、もう一つだけ追加した。

 相談の“流れ”を作るには、動線も必要だ。席を増やすより、立ち止まらせないほうが効く。


「待合に“色ごとの案内板”を置きます。赤はすぐ声をかける。青はサポート枠へ。黄と紫は相談席へ。緑は受付で一旦受領して、こちらから折り返しで」


「折り返しにすると、本人が『言って終わり』になれるね。抱え続けなくていい」


 加奈の言葉に、勇輝は頷く。


「じゃあ、窓口に戻ります。職員さんに“合言葉”も渡したい」


 勇輝は、ホワイトボードの隅に短い文を三つ書いた。


・来てくれてありがとうございます

・怖かったですよね

・いちばん早い担当に一緒につなぎます


「これだけでいい。長い説明より、まずこれを言う。言えたら次に進める」


 市長が短く言った。


「言葉は制度だ。現場を守る制度になる」


 美月が小声で呟く。


「今日の名言、これ採用です」


「市長の仕事を取るな」


「私はいつも名言だ」


「張り合わないでください!」


――


 窓口へ戻ると、すでに相談者が増えていた。

 番号札を握った人が、椅子の端に座っている。立って待っている人もいる。顔を上げるのが怖いのか、手元の紙だけを見ている人もいる。


 勇輝はまず、窓口の職員の横に立って、声を落として伝えた。


「今日から、入口を作ります。全部ここで解決しないでいい。色を貼って流す。迷ったら黄。言葉はこの三つ」


 職員が、ぎゅっと頷いた。泣きそうな顔で笑う。


「主任……それだけで、息ができます……。さっきまで、何を言っても刺さる気がして」


「刺さらないようにする。窓口が刺さったら終わりだ」


 美月が、待合のほうへ向き直り、短い案内を入れる。声を張り上げない。落ち着いた声で、でも届く大きさで。


「皆さん、順番にご案内します。相談内容は、窓口で一緒に整理します。全部を一度に話さなくて大丈夫です。書ける方は、この短い用紙だけ先にお願いします。書けない方は、職員が一緒に書きます」


 “全部を一度に話さなくていい”。その一言で、肩が落ちる人がいる。人は、話す前に“話し方の許可”が欲しいのだ。


 最初の相談者は、人間の男性だった。三十代くらい。手に握った相談票の文字が、ところどころ滲んでいる。


「……すみません。ここ、こういうのも、いいんですか。隣の部屋の人が……夜になると、別の声で歌うんです。怖くて、眠れなくて」


 勇輝は、職員が三つの言葉を言うのを待った。

 職員は、ゆっくり言った。


「来てくれてありがとうございます。怖かったですよね。いちばん早い担当に一緒につなぎます」


 それから職員は“いつ・どこで”を聞き、黄色の付箋を貼った。


「生活相談の担当に、面談枠を取ります。今、地域支援の担当がいますので、少しだけお待ちください」


 男性は、目を瞬いた。ここで怒られると思っていたのだろう。笑われると思っていたのだろう。

 だから“担当に会える”だけで、少し救われる。


 次は、エルフの母親と子どもだった。子どもは袖をぎゅっと握っている。母親の声は丁寧だが、疲れている。


「学校で……“本当の耳を見せろ”って言われて。先生も困っていて。私が怒ったら、逆に子どもが目立つ気がして」


 加奈が一歩前へ出た。役所の机の向こうにいるより、同じ高さに立つほうがいい話だ。


「ここに来てくれてありがとう。怒りたくなるのは、当たり前だよ。子どもが傷つくのを見たら、親は止まれない」


 勇輝は、ここを“教育の流れ”へ載せると決める。黄色の付箋に、さらに小さく“教育”と書き足した。


「教育委員会と学校側の相談枠につなぎます。今すぐ教頭先生に電話する、ではなく、まず担当者同席で話の場を作ります。あなたが一人で抱えない形にします。必要なら、学校に『外見いじり禁止』の啓発も入れます」


 母親の肩が少し下がる。子どもが、母親の袖を握る力をほんの少し弱めた。


 青の相談も来た。

 個人カードの暗証番号を忘れた人。写真が怖くて更新できない人。窓口の言葉が刺さってしまって、もう来たくない人。


 勇輝は、住民課の係長に目配せした。係長は頷き、“手続きサポート枠”の空き時間を書いた紙を出す。

 今日からの制度。今日からの救い方。


「すみません、今日ここで全部終わらせられなくて……」


 そう言う人に、職員が言う。


「終わらせるために、枠を取ります。あなたの手続きが止まらないように、ここで道を作ります」


 “道を作る”。市長の言葉が、現場の言葉になっていく。


 その隣で、帽子を深くかぶった魔族の男性が、椅子の端に小さく座っていた。帽子の縁から、角の先だけが覗いている。目が合うと、慌てて隠すように帽子を押さえた。


「……変な相談で、すみません。悪いことはしてないんです。でも最近、買い物でも、宿でも、『本当の名前を言え』って言われることがあって……。断ると、こっちが悪者みたいになる」


 声は低いのに、どこか弱い。強がりが剥がれている。


 勇輝は、窓口の合言葉をそのまま置いた。


「来てくれてありがとうございます。怖かったですよね。いちばん早い担当に一緒につなぎます」


 それから、言葉を少しだけ足した。


「役所は真名を求めません。ここは“言わない選択肢がある”場所です。もし誰かに迫られたなら、危険な行為です。あなたが悪いわけじゃない」


 男性は、肩で息をした。帽子を押さえる手が、少しだけゆるむ。


 美月が横でメモを取りながら、加奈に目配せした。

 加奈はすぐに、待合の端に“真名は求めない”の短い掲示を貼り足した。紙の力が、今日も働く。


――


 昼を過ぎたころ、紫の相談がまとまって入った。

 泣きながら「眠れない」と言う人。動悸が止まらない人。役所の建物を見るだけで足がすくむ人。理由はそれぞれ違うのに、根っこは同じだ。怖さが身体に居座っている。


 相談票の“夢”の人も、午後に来た。若い女性で、手を握りしめている。


「すみません……変な相談だって分かってます。でも、昨日から、寝ると……呼ばれるんです。名前を。知らないのに、知ってる気がして……朝になると、また役所の入口が怖くなる」


 勇輝は、決めた三つの言葉をゆっくり置いた。

 自分の声が急ぐと、相手の呼吸が追いつかない。


「来てくれてありがとうございます。怖かったですよね。いちばん早い担当に一緒につなぎます」


 それから加奈が、そっと続けた。


「変じゃないよ。怖い話が続くと、心は夜に整理しようとする。整理できないと、夢が代わりにやってくることがある。あなたが弱いからじゃない」


 女性の目から、涙が落ちた。

 落ちた涙を、誰も慌てて止めない。止めないことが、救いになる時もある。


 勇輝は、保健・健康相談の担当へ連絡を入れた。

 “紹介します”ではなく、“一緒に行ける形にします”と添える。そこが、役所の優しさの出しどころだ。


――


 赤の相談も一件入った。

 役所の近くで、また腕章らしき人に呼び止められた気がする、という訴えだ。はっきりした証拠はない。だが、本人が震えている。

 勇輝は迷わず庁舎管理へ連携し、入口周辺の巡回を増やすよう頼んだ。必要なら警察にも相談する、と伝える。ただし、相談者を煽らない言い方で。


「怖い思いをしたなら、まず安全を確保します。確認は、こちらでします。あなたは、今は休んでください」


 赤は“勝つ”ための色じゃない。誰かを守るための色だ。

 その線が伝わると、相談者はようやく深く息を吐ける。


 緑の相談も入った。

 「写真機のアップデートを持ってきた団体に似た人が、別の施設でもシールを配っていた」という情報。

 勇輝は、異世界経済部で受領し、事実確認の案件として整理する。すぐに結論を出さない。だが放置もしない。

 “調べている”ということ自体が、勝手に動く人を減らす。


 美月がメモを取りながら言った。


「主任、情報提供って、出してくれる人も怖いんですね。『言ったら狙われるかも』って」


「だから匿名の選択肢を残す。ただし、匿名は確認が難しくなることも説明する。怖さを増やさない説明が必要だ」


 加奈が、机の端に小さな紙を置いた。

 そこには短く書かれている。


『言ってくれてありがとう。あなたのせいにしない』


 勇輝は、その紙を見て頷いた。

 これも、窓口の制度だ。


――


 夕方、机の上の紙の山は、少しだけ低くなった。

 低くなった理由は、相談が消えたからじゃない。流れができたからだ。


 赤は庁舎管理と警備へ。

 青は住民課のサポート枠へ予約が入り、担当課も同席する段取りが取れた。

 黄は生活相談と教育、地域支援へ連携され、面談の枠が組まれた。

 紫は保健・健康相談へ、無理のない形でつながった。

 緑は異世界経済部の調査案件として、事実確認のリストになった。


 窓口の職員の顔が、ほんの少し戻る。

 相談者も、「ここで全部言い切らなくていい」と分かった途端に、声の震えが減る。

 人は、出口が見えると落ち着く。出口は、解決の瞬間じゃない。次に進める道のことだ。


 市長が、窓口の奥で小さく指示を出した。

 休憩の回し方だ。水を飲むタイミング、交代の間隔。誰がどの色を見るか。

 こういう地味な判断が、明日の役所を作る。


「前線は、二時間ごとに交代だ。声が枯れた者は、裏に回れ。裏の仕事も同じくらい重要だ」


「市長、それ言うと“裏”が嫌がります」


 美月が小声で言うと、市長は少しだけ言い方を変えた。


「では、“次の道を作る席”だ。そちらへ回れ」


「言い方、うまいですね」


「うまく言うのも仕事だ」


 加奈が紙袋から差し入れを出した。甘いものと、塩味。糖だけでも、塩だけでも足りない。現場は両方いる。


「今日はね、甘いのは“気持ちの回復”。塩味は“現実の回復”。どっちも必要」


「理にかなってる。現場の栄養は、いつも正しい」


 美月がスマホを見ながら、慎重に言った。


「SNSに『相談窓口は内容を整理して案内します』って出しました。煽りなし。対立の言葉なし。『全部話さなくて大丈夫』も入れました。あと、『真名は求めません』も画像で」


「いい。言っていい許可があると、人は落ち着く。怖い話より、事実が先に届くようになる」


 市長が、ようやく少しだけ表情をゆるめた。


「町は、怖さを抱えても回る。回すのが行政だ。回らねば、怖さは尖る」


「市長、今日はずっと真面目でしたね」


「真面目なのが本来だ」


「普段は何なんですか」


 美月が小さく笑い、職員もつられて口元をゆるめた。

 笑いが出るだけで、明日が少し近くなる。


 勇輝はホワイトボードの分類を見つめ直した。

 “本物かどうか”の争いは派手で、分かりやすい。

 でも本当に溢れているのは、そこじゃない。


 安心して暮らしたい。

 誰にも見張られず、疑われ続けず、必要な手続きができて、夜に眠れる。

 その当たり前のために、役所はある。


 ひまわり市役所。

 今日も通常運転。

 ただし、相談は雪崩れる。雪崩れるからこそ、流れを作って、町を保つ。

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