第64話「窓口が大混乱:異界の“偽装防止”団体が役所前で勝手に検査を始める」
役所は、安心の象徴であるべきだ。
来れば手続きができて、困りごとを相談できて、「まぁ何とかなるか」と思える場所。
……そのはずなのに。
「主任! 役所前に“検査ゲート”ができてます!!」
美月が走ってきた。走り方がもう事件のそれである。
勇輝は嫌な予感を握りつぶしながら立ち上がった。
「検査ゲート……? 何の」
「偽装防止です! “本当の姿を隠してる奴を炙り出す”って! 勝手に!!」
「最悪の文言を、最悪の場所でやるな!!」
加奈が紙袋を抱えて入ってくる。今日は、冷たいおしぼりが入っていた。
広報戦の次は、現場戦で汗をかく日だ。嫌な予感が的中しすぎる。
「役所前で検査? それ、来庁者が逃げるよ」
「すでに逃げてる。列が途切れてる」
背後から、のっそりと市長が現れた。独特の笑みが、今日は珍しく“怒り”寄りだ。
「公共の場で勝手な検査は許さん。町の門を、私物化するな」
「市長、今日は100点です。現場行きます」
役所前:正義の顔をした“勝手”
庁舎前の広場に出た瞬間、空気がピリついているのが分かった。
入り口へ続く通路に、縄と立て札で作られた“仮設レーン”。その脇に立つ数人の腕章。
異界偽装防止同盟
安全のため、簡易検査にご協力ください
“ご協力”の語感だけ丁寧で、やってることが乱暴すぎる。
列の先で、魔族らしい青年が止められていた。
「止まれ。君、耳が昨日と違う。偽装の可能性がある」
「昨日と違うだけで止めるな!」
青年が怒鳴る。周りの人もざわつく。
その横で、エルフの女性が小さく身を縮めていた。役所へ来たいだけなのに。
美月が小声で言った。
「主任、これ……“本人確認”を口実にした排除です。やばいです」
「分かってる」
加奈が一歩前に出て、柔らかい声で言った。
「すみません。ここ、役所の入口だよね。検査って、誰が許可したの?」
腕章の男が、胸を張った。
「許可は要らない。市民の安全のためだ。最近“なりすまし”が増えている。役所も困ってるだろう?」
「困ってるけど、だからって勝手に検査していい理由にはならない」
勇輝が、静かに前へ出る。
「異世界経済部の主任、勇輝です。ここは公共施設の敷地です。通行を妨げる行為、個人情報を聞き出す行為、外見を理由に選別する行為は、認められません」
男が鼻で笑う。
「役所は甘い。だから噂が広がった。“真の姿を写す写真機”が必要だったんだ」
「必要じゃない。だから止めた」
市長が、独特の笑みを消したまま言う。
「私が市長だ。今すぐ撤収しろ」
腕章の男が一瞬、言葉に詰まった。
だがすぐに“正義の盾”を持ち直す。
「市長でも、危険を放置するのか! もし偽装者が——」
「“もしも”で人を縛るな」
市長の声が低くなる。場が静まった。
この人、ふだんの笑みが強いぶん、怒ると怖い。
行政の勝ち筋:怒鳴らない、でも線引きは硬く
勇輝は、まず“今この瞬間の被害”を止めるのが先だと判断した。
正義の議論は後。今は通路を開ける。
「あなたたちの活動目的が“安全”だとしても、方法が違反です。
今すぐレーンと縄を撤去してください。来庁者の通行を確保します」
腕章の男が食い下がる。
「なら、役所が検査すればいい! 偽装者を——」
「役所は“暴かない”。確認はする。でも、あなたたちのように“炙り出す”はしない」
その言葉に、列の後ろで誰かが小さく頷いた。
怖がっていた人の肩が、ほんの少し下がる。
美月がすかさず声を張る。広報としての“場の説明”だ。
「皆さん、こちらを通ってください! 役所は通常通り手続きできます。検査は不要です!」
“不要”の一言が、空気を戻す。
列が少し動き出した。止まっていた流れが、再び流れる。
加奈が腕章の男に、穏やかに言った。
「あなたたちが不安なのは分かる。でも、ここで怖がらせたら、困るのは“普通に暮らしたい人”だよ。手続きできなくなる」
「……」
男が黙る。
正義の人は、たまに“現実の困りごと”に弱い。そこが穴だ。
追加の地雷:勝手に“真名”を聞き始める
ところが、腕章の別の人間が、列に向かって声を張った。
「では簡易でよい! 真名だけ答えろ!」
「出た!!」
美月が思わず叫び、勇輝は胃を押さえた。
真名はダメだ。個人情報というより、異界文化では“人生”を握る。
市長が一歩踏み出す。
「その要求は、危険だ。今すぐやめろ」
腕章の男が反論する。
「真名は偽装防止に——」
「役所が求めないものを、民間が求めるな」
勇輝がきっぱり言い切る。
ここは言葉を強くしていい。線引きは曖昧にすると負ける。
「真名を聞き出す行為は停止。拒否されたらどうするつもりですか。押し問答になれば、通行妨害です。すぐ警備(庁舎管理)と連携します」
実際、庁舎管理の職員が駆け寄ってきていた。
遠くで警察官の姿も見える。呼ばれて当然だ。
男たちの空気が、少し揺らぐ。
“正義”の人は、組織的対応の前で勢いが落ちる。
落としどころ:排除ではなく“相談窓口”へ誘導する
勇輝は、相手を完全に敵に回して殴り倒すより、安全に収束させる道を選んだ。
大事なのは「撤収」と「再発防止」だ。
「不安があるなら、役所に相談してください。
“なりすましが心配”なら、相談窓口を作ります。情報提供は受けます。
でも、あなたたちが人を止める権限はありません」
加奈が後押しする。
「心配なら、まず“情報”として渡して。相手を傷つけない形で協力してくれた方が、町のためになるよ」
美月も続けた。
「今のやり方だと、あなたたちが“危険”扱いされます。
それ、あなたたちの目的と逆じゃないですか」
腕章の男は唇を噛んだ。
しばらく沈黙してから、苦々しく言う。
「……分かった。撤収する。だが、事件が起きたら——」
「起きないように、役所が仕組みで守る」
市長が短く言う。
「撤収したら、話は聞こう。だが、次はない」
その“次はない”が、現場の空気を完全に締めた。
腕章の人たちは縄を外し、札を下ろし始める。
列が、ようやく普通に流れ出した。
その日の午後:ひまわり市の新しい掲示
騒動が収まった後、役所の入口に新しい掲示が貼られた。
美月が文案を作り、勇輝が硬さを整え、市長が余計な格言を消した。
役所敷地内での“検査・呼び止め・真名の要求”は行っていません
来庁者の通行とプライバシーを守ります。
不安な情報提供・相談は、窓口へお願いします。
短い。強い。余計な情緒がない。
でも、“守る”意思が見える。
加奈がぽつりと言った。
「これで来やすくなるね。怖い話が増えると、生活って縮むから」
美月がのど飴を口に放り込みながら言う。
「主任、今日は炎上じゃなくて“鎮火”でした。喉が生きてる!」
「喉の生存確認、重要なんだな」
市長が独特の笑みを、ようやく戻した。
「よし。町の門は、町が守った」
「門番は住民課ですけどね」
「門番が倒れぬよう、我らが支えるのだ」
「市長、今日はちょっとだけ頼もしいです」
「ちょっとだけとは何だ」
役所の前を、エルフの女性が小走りで通り過ぎていった。
誰にも止められず、誰にも見張られず、ただ“用事”を済ませに来た顔。
それが何よりの勝利だった。
ひまわり市役所。
今日も通常運転。
ただし、正義の顔をした“勝手”が来ることがある。
次回予告(第65話)
「協力のはずが内ゲバ:『偽装防止』と『プライバシー保護』が衝突する」
役所の相談窓口に、両陣営が押しかける!
勇輝、町の“安心”を言葉で守り切れるのか——。




