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第59話「建築課が悲鳴:異界屋台が“勝手に増築”してくる」

 屋台は、屋台だ。

 焼きそばを焼く鉄板があって、のれんが揺れて、客が並んで、売り手が声を張る。——そして営業が終われば、畳んで帰る。軽い。小さい。可動式。平和。


 ……のはずだった。


「主任! 建築課が、泣いてます!!」


 美月が庁舎の廊下を駆けてきた。最近の美月は、走るたびに町の危機が増える気がする。本人は悪くない。世界が悪い。


「今度は何だ。“屋台”が火を吹いたとか?」


「火は吹いてません! 屋台が……増えてます!」


「増えてる?」


「屋台なのに二階が生えました! 階段も生えました! しかも、道路にはみ出してます!」


「生えるな!!」


 そこへ加奈が紙袋を抱えて現れる。今日はなぜか軍手も入っていた。嫌な予感の精度が高すぎる。


「屋台の増築? それ、商店街が悲鳴だね」


「商店街だけじゃない。建築課と道路占用と消防と保健所が同時に死ぬ」


 背後から、のっそりと市長が現れた。独特の笑みが今日は“やる気”寄りで怖い。


「ふむ。増築か。町が成長している証だな」


「市長、その成長は許可が要ります!」


「許可は後から付ければ良い」


「順番が逆です!!」


 勇輝は立ち上がり、深呼吸して言った。


「現場へ行きます。美月は現場の撮影禁止で情報整理。加奈は商店側の聞き取り。市長は——」


「もちろん行く」


「ですよね!」


現場:屋台が“屋台じゃないサイズ”になっている


 現場は温泉通りの端、臨時の屋台村だった。

 観光客向けの軽食コーナー。地元の焼き鳥、異界の香辛料串、スライムゼリー(人気なのが怖い)、魔界式ホットワイン(※これは出してない。出すな)。


 そこで問題の屋台が、堂々とそびえていた。


「屋台っていうか……家だろ、これ」


 勇輝が呟く。

 屋台のはずが、奥に部屋がある。しかも二階。階段まである。窓が付いてて、カーテンが揺れている。誰だよカーテン付けたの。


 建築課の職員が、汗だくで駆け寄ってきた。


「主任……! 朝は普通の屋台だったんです! 昼に見たら一部屋増えてて! さっき見たら二階が——!」


「成長しすぎだろ」


 消防署員が腕を組み、険しい顔をして言った。


「通路幅が足りない。避難経路もない。火気を使ってるのに消火器の位置が不明。最悪、燃えたら人が詰む」


 保健所の担当も続く。


「食品を扱うのに、手洗い設備が“勝手に増える部屋の奥”に移動していて、動線が崩れてます。衛生管理が追いつかない」


 そして道路担当が泣きそうな顔で言った。


「道路占用が……はみ出してます……しかも、伸びていく……」


「伸びていく道路占用、最悪の日本語だな」


 加奈が小声で言った。


「屋台が勝手に増えるって、店主は何してるの?」


「それを聞く」


 屋台の前に立つ店主は、異界のドワーフだった。エプロンを付け、手にはトング。顔は真面目、目はキラキラ。


「問題か?」


「問題です。めちゃくちゃ問題です。屋台が増築してます」


 ドワーフは胸を張った。


「客が増えた。だから屋台が応えた」


「応えるな!」


 美月が横でぼそっと言う。


「優秀な屋台……」


「感心するな!」


 ドワーフは悪びれず続ける。


「屋台は“願い”で広がる。商売の基本だ」


「基本が違う!」


 市長が独特の笑みで言った。


「なるほど。需要に応じて拡張する屋台。経済的には理想だ」


「市長、経済の理想は安全の上に建つんです!」


行政の地獄:屋台は“建築物”か“工作物”か


 勇輝はその場で、分類から始めた。

 行政はまず名前を付ける。名前が付けば、ルールが適用できる。


「これは屋台ですか? それとも建物ですか?」


 ドワーフは即答した。


「屋台だ。動く」


「動く?」


「夜になれば畳める。……たぶん」


「たぶん!?」


 建築課職員が崩れ落ちそうになる。


「主任……“たぶん”って……」


 勇輝は頭を押さえた。

 固定されていれば建築確認、仮設でも規模次第で安全基準、道路占用も消防も全部絡む。しかも、成長する。


 加奈が現場目線で言った。


「今のままだとさ、店主も困るよね? いつの間にか違反になって、いきなり止められたら商売できない」


 ドワーフが少し眉を動かす。


「止められるのか?」


「止められる。火が出たら人が死ぬから」


 消防署員が淡々と告げると、ドワーフの顔がさっと真面目になった。


「……人が死ぬのは、良くない」


「そこは通じる。よし」


 勇輝は、最短で現場を救うルートを選んだ。


解決策:成長する屋台を“育ちすぎない屋台”にする


 勇輝は即席の合意案を作った。

 ポイントは「禁止」ではなく「制限」と「管理」。止めたら反発が出るし、現場も回らない。


1) まず“成長を止める”


「屋台が広がる条件は?」


 ドワーフが言う。


「客が並ぶ。忙しい。心が熱くなる」


「心が熱くなると増築する屋台、消防が泣く」


 そこで勇輝は聞いた。


「逆に、止める方法は?」


 ドワーフが少し考えて、腰の袋から小さな金具を出した。


「……固定具。地面に打つと“ここまで”になる」


「最初から持ってるのかよ!」


 美月が思わず突っ込んだ。


 ドワーフがきょとんとする。


「便利だから」


「便利すぎる!」


 消防署員がすかさず言った。


「今すぐ打て。規模を固定しろ」


「打つ」


 ドワーフが地面に金具を打ち込むと、屋台の壁が“すっ”と縮んだ。二階の階段が、しょんぼりしたみたいに消えた。


「消えるな!」


「消えるなら最初から消えてろ!」


 建築課職員が半泣きで叫ぶ。


2) 次に“面積と通路”を決める


 勇輝は地面にチョークで線を引かせた。


屋台の最大面積(この線の内側まで)


通路幅(ここは絶対空ける)


消火器の設置位置(見える場所に固定)


手洗いと調理の動線(勝手に奥へ移動しない)


 加奈が現場の言葉に翻訳する。


「つまり、“ここから出ちゃダメ”と“ここは空けてね”だね」


「そう」


 ドワーフが頷く。


「分かった。線の内側に収める。客も守る」


3) 最後に“許可の形”を作る


 市長が独特の笑みで言った。


「許可証を出せばよい」


「出します。ただし、成長する以上“状態確認”が必要です」


 勇輝は建築課に言った。


「仮設営業の“簡易確認”でいきましょう。図面の代わりに、現地で寸法確認して、確認済みステッカーを貼る。

 拡張したいなら、事前に相談。勝手に増えたら、ステッカー無効」


 建築課職員が目を潤ませた。


「主任……紙じゃなくて現場で完結する……神……」


「神って言うな。行政だ」


 美月が小声で言った。


「“確認済みステッカー”、絶対欲しがる屋台出ますね」


「欲しがらせるんだよ。ルールを守るメリットにする」


 加奈が笑う。


「ステッカーが“勲章”になると、みんな守るよね。人間も異界も」


ひと騒動の締め:屋台村に“成長制限ライン”が引かれる


 夕方までに、屋台村は見違えた。


地面に引かれた成長制限ライン


通路幅の確保


消火器が見える位置に並ぶ


手洗いが“動かない”場所に固定


そして各屋台に貼られた「確認済みステッカー」


 観光客はむしろ見やすくなり、列の流れが良くなった。

 結果として売上も落ちない。むしろ上がってる気配すらある。悔しいが、こういうときはルールが効く。


 ドワーフ店主が、勇輝に頭を下げた。


「助かった。屋台が育ちすぎるのは、確かに危険だった」


「育ちすぎる屋台、初めて聞いたよ」


 市長が独特の笑みで言う。


「ひまわり市は成長期だな」


「市長、成長の仕方を選びましょう」


 加奈が紙袋を差し出す。


「はい、みんなに差し入れ。今日の現場、全員えらい。特に建築課」


 建築課職員が、泣きながらクッキーを受け取った。


「ありがとうございます……もう……屋台って聞くだけで震える身体になりました……」


「それ職業病です」


 美月が最後にスマホを見て言った。


「SNSの噂、“勝手に増築する屋台”が“可愛い”って方向に行きかけてます」


「可愛くない。危険」


「でも主任、今日は“危険を可愛さで包んでルールにした”から勝ちです!」


「言い方!」


 勇輝は温泉通りの端から屋台村を見渡した。

 増築は止まった。通路は確保された。火も衛生も、最低限の線を引けた。


 今日の勝利は、派手じゃない。

 でも、こういう勝利が町を保つ。


 ひまわり市役所。

 今日も通常運転。

 ただし、屋台はときどき“育つ”。


次回予告(第60話)


「住民課が困惑:住民票の“世帯主”がドラゴンになっている」

同居はしてない。飼ってもいない。

なのに世帯構成に“竜”の文字——!?

住民登録と異界の“家族観”、どこで折り合いをつけるのか。

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