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第57話「商店街が異界対応:ポイントカードが“呪い”扱いされる」

 商店街は、町の胃袋であり、噂の神経網であり、あと地味に“異界適応の最前線”だ。

 役所が制度を作るより先に、商店街は「とりあえずやってみる」で町を回してしまう。だから強い。だから怖い。


 そして今日、強さが別の方向に炸裂した。


「主任……商店街が、呪われました……」


 朝の喫茶ひまわり。加奈が紙袋を抱える前に、もう肩が落ちていた。

 いつも元気な看板娘がこのテンションのときは、だいたい“店が燃える”か“客が泣く”か“両方”だ。


「呪いって、また物騒だな。どこが?」


「うち。というか、ポイントカード」


「ポイントカード?」


 勇輝はコーヒーを吹きかけそうになって堪えた。

 ポイントカードは、現代日本の平和な呪術——いや、制度の象徴だ。貯めたら得。使ったら嬉しい。財布に溜まると邪魔。


「ポイントカードがどうして呪いになる」


 加奈が真顔で言った。


「異界の人たちがね……“魂の契約”って言い出した」


「魂」


 勇輝はゆっくりカップを置いた。

 ひまわり市では、「魂」って単語が出たらもう行政案件だ。笑って流すとだいたい後で泣く。


 そこへ美月が、スマホ片手に滑り込んでくる。


「主任! 商店街の掲示板が“ポイント=呪い説”で盛り上がってます! しかも『役所が裏で契約してる』って——」


「してねえよ!」


 さらに背後から、のっそりと市長が現れた。独特の笑み。今日はなぜか、胸を張っている。


「ふむ。ポイントカードとは、町の経済を回す優れた仕組みだ」


「市長、擁護が早い!」


「私は経済が好きだからな」


「好きで済ませないでください!」


 勇輝は立ち上がった。


「現場へ行く。商店街。加奈、当事者だし一緒に。美月、噂の火消し準備。市長は——」


「もちろん行く」


「ですよね!」


現場:ポイントカードが“封印”されている


 商店街に着くと、空気が妙に重かった。

 店の前で立ち話する人が多い。みんなカードを手に持っているのに、誰も押さない。押すのをためらっている。


 喫茶ひまわりの入口には、貼り紙があった。


ポイントカード、しばらく停止します

(呪いではありません)


「……“呪いではありません”って書くと、逆に呪いっぽい」


 美月が小声で言って、勇輝が頷く。


「否定が強いと肯定に見えるやつ」


 加奈が申し訳なさそうに言う。


「朝から異界のお客さんが来て、カード見せたら、すごい顔されて……。『これは契約の札か?』って」


 店内を見ると、エルフの商人がカウンターに座り、腕を組んでいた。

 隣には魔族らしい青年。さらに奥にはドワーフのおじさん。異界メンバーが揃っている。議会か。


 勇輝が入ると、エルフ商人が先に口を開いた。


「ひまわり市の“ポイント”とは何だ。説明せよ」


 魔族青年も低い声で続ける。


「契約の刻印に見える。しかも、貯めるほど恩恵が増える……魂の担保があるのでは?」


 ドワーフが頷く。


「取引の裏にあるものほど危険だ。うまい話は大抵、罠だ」


 ……正しい。

 正しいけど、ポイントカードは罠じゃない。たぶん。人間側からすると“財布の呪い”ではあるが。


 市長が独特の笑みで言った。


「これは罠ではない。……罠に見えるのは、制度の説明不足だ」


「市長、急に行政みたいなこと言う!」


「私は行政だ」


「そうでした!」


誤解の根っこ:異界の“契約文化”は強すぎる


 勇輝は、まず相手の前提を確認した。


「あなたたちの世界では、“契約”はどう扱われますか」


 エルフ商人が即答する。


「契約は魂に触れる。破れば運命が傾く。軽々しく結ばぬ」


 魔族青年が頷く。


「契約書にサインするとは、覚悟だ。対価の裏に“縛り”がある」


 ドワーフが腕を組む。


「口約束でも、後で揉める。だから文字に残す。——だが、文字があるほど怖い」


 なるほど。

 ポイントカードは、まさに“文字のある繰り返し契約”に見える。しかも、押印スタンプまである。スタンプは、彼らには“刻印”だ。


 加奈が、やさしく言った。


「うん、分かる。スタンプって、確かに“押される”感じ、怖いよね」


「加奈、同意しすぎると話がややこしくなる」


「でも、怖いって気持ちは否定しない方がいい」


 正しい。加奈は現場のコミュ力が高すぎる。役所が欲しい人材だが、喫茶ひまわりが死ぬので勧誘できない。


 美月が小声で囁く。


「主任、ポイントカードって、異界的に見ると“契約の収集”ですよ。怖いです」


「怖いって言うな。こっちも怖くなる」


解決方針:ポイントカードを“契約”から“お礼”へ翻訳する


 勇輝は、白い紙を一枚取り出し、テーブルに置いた。

 こういうとき、役所は紙で戦う。


「ポイントカードは、“契約”ではなく“お礼の記録”です」


 エルフ商人が眉を上げる。


「お礼?」


「店が『来てくれてありがとう』って言う代わりに、記録を残す。たくさん来てくれた人に、次は少しだけお得にする。

 あなたが何かを差し出す必要はない。魂も、魔力も、影も。——何も担保にしない」


 魔族青年が疑い深く言う。


「ではなぜ、押す」


「押さないと記録が増えないからです」


「押さないと増えない……」


「現代日本、そういう仕組み多いです」


 市長が独特の笑みで頷く。


「印は、行政の文化でもある」


「市長、ここで印文化を誇るな!」


 加奈が続ける。


「ほら、町内会の回覧板だってハンコ押すでしょ。あれと同じ。

 怖い契約じゃなくて、“見ました”とか“来ました”の記録」


 ドワーフが唸る。


「回覧板……文化……」


 美月がすかさず補足する。


「押さなくても利用できます! ポイントカードは“任意”です!」


「任意」


 その言葉に、異界側の空気が少し緩んだ。

 契約文化が強い世界では、「任意」は救いだ。強制されないというだけで、心理的安全が段違いになる。


 勇輝は畳みかける。


「そして、ポイントカードはいつでも破棄できます。破棄しても不利益はありません。

 さらに、カードに名前は書かない。個人を縛らない。番号だけ。……それでも不安なら、“紙のカード”じゃなくてもいい」


 エルフ商人が首をかしげる。


「では、どうする」


 勇輝は、加奈と視線を合わせた。

 ここからは“商店街の創意工夫”が活きるところだ。


加奈の一手:ポイントカードを“スタンプラリー”に変える


 加奈が、ぱっと笑顔になった。


「じゃあ、名前も番号もなし。“スタンプラリー”にしよう!」


「ラリー?」


「うん。これは契約じゃなくて“遊び”。商店街を回って、スタンプ集めたら景品がある。

 貯めても縛られない。途中でやめてもOK。『参加してくれてありがとう』のイベントにする」


 美月が目を輝かせる。


「天才! “契約”じゃなくて“祭り”にしちゃう!」


「祭りは異界にも通じる。観光協定にも乗る」


 市長が満足げに頷く。


「よし。商店街イベントとして、役所が後押ししよう」


「市長、こういう時だけ仕事が早い!」


 加奈はさらに続ける。


「喫茶ひまわりのカードは、通常のポイントカードとして残すけど、異界のお客さんには“スタンプラリー台紙”を渡す。

 スタンプ押すのが怖い人は、シールでもいい。押される感じが嫌なら、貼る方が安心でしょ?」


 ドワーフが頷く。


「貼る……それなら刻印ではない」


 魔族青年も少し表情が柔らかくなる。


「任意で、遊びで、担保なし……なら、受け取れる」


 エルフ商人が腕を組んだまま、最後に言った。


「……しかし、得をするのはなぜだ」


 勇輝が即答する。


「得をしてもらった方が、また来てくれるからです。商売です」


「正直だな」


「役所は正直でいきます。たまに」


 美月が小声で言う。


「たまにって言いましたね」


「黙れ」


商店街、復活:呪いじゃなくて“お礼”だった


 その日の午後には、商店街の掲示板が貼り替えられた。


異界交流スタンプラリー開催!

参加は任意。途中でやめてもOK。

スタンプ(またはシール)を集めて、商店街の“ありがとう”を受け取ろう!


 美月が即座に公式SNSにも投稿する。

 文面は短く、煽らず、でも楽しく。今回は詠唱しない。学んだ。


 喫茶ひまわりでは、加奈が新しい台紙を配っていた。

 異界のお客さんが恐る恐る受け取って、スタンプではなくシールを貼る。

 それを見た子どもが「シールの方がかわいい!」と騒ぎ、結果的に人間側もシール派が増え始める。


 勇輝は、店の隅でその様子を見ながら息を吐いた。

 制度は、説明で誤解を解ける。

 でも、人の心は、遊びにすると解けることがある。


 市長が独特の笑みで言った。


「良い。ポイントは呪いではなかった。経済は回る」


「財布には呪いですけどね」


 加奈が笑う。


「財布の呪いは、自分で整理しようね」


「それができたら苦労しない」


 美月がスマホを見て、満足そうに言った。


「炎上、してません! むしろ『楽しそう』って!」


「良かった……。今日は平和に終わる」


 そう言いかけた瞬間、店の外から声が聞こえた。


「主任! “回数券”が、今度は“禁呪”扱いされてます!」


「次々くるな!!」


 ひまわり市役所。

 今日も通常運転。

 ただし、ポイントカードは魂の契約に見えることがある。


次回予告(第58話)


「温泉回数券パニック:使うたびに“寿命”が減ると誤解される」

「十回券」=十年の寿命!?

温泉街がざわつき、観光が止まりかける。

勇輝、回数券を“寿命”から救え!

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