第56話「給食が異界対応:アレルギー表に“魔力”が追加される」
給食は、平和だ。
少なくとも“地上の日本”では、そういう扱いだった。
献立表に載るのは、カレーとか、揚げパンとか、たまに謎の魚とか。
アレルギー表に並ぶのは、卵、乳、小麦——現実的で、対策も積み上がっている。
……ひまわり市が異界に転移するまでは。
「主任! アレルギー表に“魔力”って書いてあります!」
教育委員会からの電話を受けた瞬間、勇輝は椅子から半分滑り落ちた。
「魔力……?」
『はい。“魔力(強)”“魔力(中)”“魔力(微量)”って区分が増えてます! 栄養士さんが泣きそうです!』
「泣きそうなのはこっちだよ!」
隣で美月が、すでにスマホを握っている。危険な顔だ。
「主任、給食トラブルってバズりますよ! “魔力アレルギー”とか絶対——」
「バズらせるな! 炎上コースだ!」
そこへ加奈が紙袋を抱えて現れた。今日は、やたらと小分けの飴が入っている。
「給食? 飴多め。低血糖の現場は判断が雑になるから」
「判断が雑になる前に現場が雑になる!」
背後から、のっそりと市長が現れる。不敵な笑み……だが今日は、少し真顔寄りだ。
「食は生活の根だ。学校給食が崩れれば、町が揺れる」
「珍しく正論!」
「珍しくと言うな」
勇輝は深呼吸して立ち上がった。
「よし。学校へ行く。美月、広報は“黙る準備”を。加奈、保護者の空気の確認。市長は——」
「もちろん来る」
「ですよね!」
現場:給食室の前で、栄養士さんが燃え尽きている
第二小学校の給食室前。
栄養士さんが、白衣のまま机に突っ伏していた。隣には養護教諭(保健室の先生)が座り、背中をさすっている。
「主任さん……見てください……」
栄養士さんが差し出したのは、いつものアレルギー管理表。
そこに、見慣れない項目が増えていた。
卵
乳
小麦
そば
落花生
えび
かに
魔力(強/中/微量)
聖属性(微量)
闇属性(微量)
「増え方がRPGなんですけど!?」
美月が声を上げかけて、勇輝が肘で止めた。
「静かに! ここは学校!」
加奈が眉を寄せる。
「“聖属性”と“闇属性”って、食べ物に入るの?」
養護教諭が、胃の痛そうな顔で頷いた。
「入ります……入るんです……」
そして栄養士さんが、震える声で続けた。
「今日の献立、シチューなんです。でも、今朝納品された牛乳が……“聖なるミルク”って書いてあって……」
「聖なるミルク」
勇輝は、ゆっくり天井を見上げた。
この町、食材が二つ名を持ち始めると大体ろくなことがない。
「それで、何が起きたんですか」
養護教諭が答えた。
「魔族の転校生が、口に入れた瞬間……顔が真っ青になって、くしゃみが止まらなくなって……」
「くしゃみ?」
「はい。あと、周りの机が……ちょっと凍りました」
「凍った!?」
加奈が即ツッコミを入れる。
「シチューで机が凍るの、温度設定どうなってるの!」
栄養士さんが泣きそうに言った。
「私も知らないです! いつも通り作ったのに!」
市長が腕を組む。
「つまり、食材の“属性”が身体反応を起こす。アレルギーと同じ扱いが必要だ」
「市長、珍しく整理が早い!」
「子どもの健康は早い」
勇輝はうなずく。
「で、その子の容体は?」
「今は落ち着いてます。保健室で様子見。呼吸は大丈夫。でも、本人がすごく気にしてて……」
「それが一番きつい」
勇輝は、すぐに段取りを組んだ。
「まず、今日は“安全側”に倒す。問題の牛乳は使用停止。代替献立を作る。
次に、魔力・属性を“食材情報”として管理する仕組みを作る。
そして、保護者説明。煽らず、誤解させず、責任は曖昧にしない」
美月がメモを取りながら小声で言う。
「主任、最後の“責任は曖昧にしない”が一番難しいやつです」
「知ってる。だから今やる」
まずは今日を回す:シチューから“聖なるミルク”を抜け
給食室は戦場だった。
調理員さんたちが「えっ、牛乳抜く?」「代わりは?」「もう煮込んでるよ!?」と顔で会話している。
勇輝は栄養士さんに確認する。
「代替、可能ですか」
「可能です! 牛乳の代わりに豆乳……って言いたいんですけど、豆乳が“魔力(微量)”って書いてあります!」
「豆乳まで魔力持つな!」
加奈が横から言った。
「もう、水でいいんじゃない? シチューじゃなくて“具だくさんスープ”にしよう」
栄養士さんがぱっと顔を上げた。
「……それならいける! 野菜スープに寄せて、パンと合わせます!」
「よし。今日の献立は変更。現場の判断で最小の混乱にする」
市長が不敵な笑みで言う。
「スープは平和だ。誰も争わない」
「争いますよ! 子どもは“シチュー”って言葉に夢を見てるんです!」
美月がリアルなことを言う。
勇輝はうなずいた。
「だから、放送でちゃんと説明する。“安全のため、今日はスープに変更”。嘘はつかない。誇張もしない」
養護教諭が頷く。
「保健室からも伝えます。体調優先って」
加奈が紙袋から小分けの飴を出し、栄養士さんにそっと渡した。
「甘いの。いま頭が回らないときだから。深呼吸してね」
「……ありがとうございます……」
栄養士さんの目に、少しだけ光が戻った。
現場を救うのは、だいたい砂糖と手順だ。
本題:魔力はアレルゲンなのか問題
給食が回り始めたところで、会議室に移り、教育委員会・学校・異世界経済部でミニ会議を開いた。
勇輝はホワイトボードに書く。
魔力/属性の扱い:論点
①人体反応が起きるなら、アレルギーと同等の管理が必要
②“魔力”は成分というより“状態”の可能性(加熱で変わる?)
③供給側(異界商会)の表示がバラバラ
④学校現場で判断できない情報が多すぎる
⑤保護者の不安が高い(誤解で排除が起きる)
美月が手を挙げた。
「“魔力”って、どう測るんですか?」
栄養士さんが泣きそうに答える。
「……分かりません……。ラベルに“強”って書いてあるだけで……」
市長が静かに言った。
「測れないなら、基準を作れ」
「市長、それ簡単に言うな!」
加奈が現場目線で刺す。
「基準ないと、結局“怖いから全部ダメ”になっちゃうよね。そうなると、食材が減って、給食が死ぬ」
「その通り」
勇輝はうなずき、結論を出しにいく。
「測定は、役所単独では無理。なら、供給側に“証明”を求める。
異界商会に、食材の魔力レベル表示と、最低限の属性表示を“統一フォーマット”で出してもらう」
教育委員会担当が不安そうに言う。
「でも……商会が従いますか?」
勇輝は即答した。
「従わせる。協定の枠を使う。『学校給食に納入したいならこの表示』。
従わないものは——給食には入れない」
美月が小声で言った。
「うわ、行政が強い顔してる」
「子どもの飯がかかってるからな」
加奈が頷く。
「いいと思う。ルールは“守りたい人”を守るためにある」
市長が独特の笑みで言う。
「よし。『食材来歴証明』だな」
「また名前が重い!」
「重いのが行政だ」
「最近それ便利に使いますね!?」
当事者の気持ち:魔族の子が“悪い子”扱いされかける
会議の最中、養護教諭がそっと言った。
「ひとつ心配が……」
「何ですか」
「教室で、あの子が“給食止めた原因”みたいに見られてしまって……」
勇輝の顔が固まる。
それが起きると、取り返しがつかない。
加奈が即座に言った。
「それ、ダメ。絶対ダメ。誰も悪くないのに“原因役”を作ると、いじめの芽になる」
美月が珍しく真面目な顔で頷く。
「SNSでも、そういう空気、一瞬で生まれます……」
勇輝は決めた。
「先生方へ。今日の献立変更は“全体の安全確認のため”と説明する。特定の子の話はしない。
保護者向けにも同じ。個人情報は出さない。
そして、クラスには“体質の違いは当たり前”って指導を入れる。透明転校生のときと同じ。ここは学校が強いところだ」
養護教諭が強く頷いた。
「分かりました。私から先生に伝えます」
市長が静かに付け足す。
「守るべきは、子どもの体と心だ」
「今日は市長がずっと正しいの、怖い」
「私はいつも正しい」
「その自信だけは正しくない!」
仕組み化:アレルギー表は“拡張”する。だが、増やしすぎない
結局、ひまわり市は“現実的な落としどころ”に着地した。
アレルギー表に「魔力」を入れるのは暫定でOK(反応が出た以上、管理が必要)
ただし「聖/闇」など属性は“全品目に付けない”(現場が死ぬ)
属性は 「注意が必要な児童がいる場合のみ」、個別対応として管理
給食納入の食材は、協定商会に 統一表示ラベル を義務づけ
“魔力測定”は、当面 ラベル申告+抜き打ち検査(協力者検査) で担保
保護者向け通知は「安全確認のための運用追加」で、煽らない文面に
美月が言う。
「主任、統一ラベルのデザイン、私が作ります! 分かりやすく! 色分けで!」
「色はやめろ。差別が生まれる」
「じゃあ、記号!」
「記号は誤解が生まれる。文字でいけ。シンプルに」
「むずっ!」
加奈が笑った。
「“分かりやすい”って、難しいよね」
「それが行政だ」
栄養士さんが、やっと息を吐いた。
「主任さん……今日、私、ほんとに終わったと思いました……」
「終わってません。今日を回した。回せたなら勝ちです」
市長が独特の笑みで言う。
「勝利のスープだな」
「勝利のスープって何だよ」
そのとき、廊下から子どもの声が聞こえた。
「今日のスープ、具が多くて当たりじゃん!」
「シチューより好きかも!」
「明日もスープがいい!」
「明日は通常に戻します!」
先生の悲鳴が混ざる。
現場は現場で、別の戦いが始まっていた。
勇輝は苦笑しながら、メモ帳に書いた。
給食は“味”だけじゃない。
安全と、心と、説明と、ルールでできている。
ひまわり市役所。
今日も通常運転。
ただし、アレルギー表に“魔力”が並ぶことがある。
次回予告(第57話)
「商店街が異界対応:ポイントカードが“呪い”扱いされる」
「貯めればお得」なはずが、異界住民には「魂の契約」に見える!?
喫茶ひまわりのポイントカードを巡って、加奈が商店街を救う!




