表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異界に浮かぶ町、ひまわり市 ー転移した山奥のまち、異世界対応中!ー  作者: ひまわり あおい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/724

第55話「学校行事が地獄:運動会の綱引きにドラゴンが混ざる」

 運動会は、平和の象徴だ。

 赤組白組、応援合戦、玉入れ、リレー、そして最後に全員で泣きそうになるやつ。——子どもにとっては一大イベントで、大人にとっては腰が終わる儀式。


 ただし。


 ひまわり市が異界に転移して以来、運動会は「腰が終わる」どころじゃなくなった。

 地面が終わる。


「主任! 運動会にドラゴンが混ざります!」


 教育委員会からの電話は、朝イチで勇輝の胃を直撃した。

 隣で美月が「うわ、最高にやばいやつ」と顔に書いている。顔に書くな。


「混ざるって、観覧じゃなくて?」


『参加です! 綱引きに!』


「綱引き!? なんで!?」


『児童が……“友だちだから”って……』


 善意が最強の起爆剤である。

 勇輝は受話器を置き、椅子から立ち上がった。


「美月、教育委員会と学校に連絡。現場に行く」


「了解! もう保護者LINEが『ドラゴン綱引き』で踊ってます!」


「踊らせるな!」


 そこへ加奈が紙袋を抱えて現れた。今日はなぜかスポーツドリンクも入っている。嫌な予感が当たりすぎる。


「運動会? 差し入れ多めにした。胃も水分も足りなくなる日でしょ」


「胃はどうにもならないけど、水分は助かる」


 背後から、のっそりと市長が現れる。不敵な笑み。今日は笑みが“ワクワク”寄りで困る。


「ふむ。異界交流の学校行事。良いではないか」


「市長、“良い”は安全と保険が揃ってから言ってください」


「保険もまた行政だ」


「その通りですけど!」


現場:校庭の端に“でかい影”がいる


 ひまわり市立・第二小学校の校庭は、朝から賑やかだった。

 先生たちはライン引きで走り回り、PTAはテントを立て、子どもはテンションで既に走っている。運動会は始まる前から運動会だ。


 そして校庭の端。

 テントよりでかい影が、どっしり座っていた。


 ドラゴンだ。


 大きい。

 とにかく大きい。

 鱗が陽を反射してキラキラしているのに、存在感が重くて地面がへこみそうだ。


「主任……地面、もう負けてます」


 美月が小声で言う。やめろ、地面に人格を持たせるな。


 担任の先生が、泣きそうな笑顔で駆け寄ってきた。


「すみません……! 昨日までは“見に来る”って話だったんです! でも今朝、子どもたちが——」


 遠くで子どもたちが叫んでいる。


「ドラゴンさんも綱引きやろー!」

「仲間でしょー!」

「赤組に入ってー!」

「白組に入ってー!」


 当事者同士は平和。大人だけが修羅場。


 勇輝は深呼吸して、先生に確認した。


「ドラゴン本人は、どう言ってます?」


「……“頼まれたから出る”って……」


 義理堅いドラゴンが一番厄介だ。断らないから。


 加奈が現場の空気を見て、ぽつりと言った。


「断ったら子どもが泣く。出したら地面が泣く。……どっちも泣かせない方法、いるね」


「それが行政です」


 市長が独特の笑みで頷く。


「よし。ルールを作ろう。運動会はルールの祭りだ」


「たしかに祭りだけど!」


行政の本題:綱引きに必要なのは“綱”より“条件”


 校舎の会議室で、即席の調整会議が始まった。

 教育委員会、学校、PTA代表、そして異世界経済部(勇輝)。美月は議事録係。加奈は“生活の現実”係。市長は“言うだけ言って盛り上げる係”になりかけている。


 勇輝はホワイトボードに大きく書いた。


綱引きにドラゴンが混ざる問題点


安全:転倒・巻き込み・綱の反動・踏まれる


校庭:地面が掘れる/ラインが消える/最悪、陥没


公平:勝負が成立しない


保険:適用範囲が不明(“ドラゴンによる損害”って何だ)


心理:子どもの憧れが暴走すると危険


広報:映えすぎて炎上の芽(安全軽視と見られる)


 PTA代表が震える声で言った。


「うちの子、ドラゴンと綱引きしたいって……でも怪我したら……」


 先生も頷く。


「子どもたちは“友だち”として見ていて……排除したくないんです」


 市長が腕を組む。


「排除はしない。だが、無策で参加させるのも違う」


「今日は市長が正しい日だ」


 美月が小声で言って、勇輝に睨まれた。感想戦するな。


 加奈が現実を刺した。


「公平も大事だけど、まず安全。ドラゴンが綱引きに本気出したら、勝負どころか綱が消えるよね」


「消えるな。存在を保て」


 勇輝はドラゴン側にも聞き取りをする必要があると判断した。

 廊下に出て、ドラゴンのところへ向かう。


ドラゴン本人:本気で“良かれと思っている”


 ドラゴンは、礼儀正しく頭を下げた。頭だけでテント一個分くらいある。


「我はグラン=ドゥル。子らに頼まれた。参加する」


「来てくれた気持ちはありがたいです。ただ、綱引きは危険で……」


 勇輝が言いかけたところで、ドラゴンが真面目に返す。


「危険? なら、手加減する」


「手加減って、どのくらい?」


「……一割」


「一割でも地面が死ぬ!」


 加奈が横から即ツッコミを入れた。

 ドラゴンが少し首をかしげる。


「では、半分?」


「逆! 逆! もっと弱く!」


 美月が小声で言った。


「ドラゴンの“弱く”って、基準が違う……」


 勇輝は、具体化する。


「綱を引く力を“数字”にしましょう。人間の子どもが引く力を基準にして、ドラゴンはその“同じ程度”にする」


「同じ程度……」


 ドラゴンが真剣に考え込んだ。

 そして、ぽつり。


「……難しい」


「正直で助かる」


 加奈が笑う。


「じゃあ、別の参加の仕方にしよ。綱を引く側じゃなくて、“審判”とか“応援”とか」


 ドラゴンが一瞬だけ、しょんぼりした気配を出した。

 大きいのに、しょんぼりが分かるのが怖い。


「子らと同じことがしたい」


 ——そう言われると、先生もPTAも弱い。もちろん勇輝も弱い。

 だからこそ行政が必要だ。


 勇輝は、ここで折衷案を出した。


「ドラゴンが“綱を引く”のではなく、綱を“支える”役にするのはどうですか」


「支える?」


「綱引きの綱は、強く引くと跳ねます。反動で子どもが転びます。ドラゴンが綱の中央を軽く押さえて、反動を吸収する。引くのは子どもたちだけ。ドラゴンは安全係」


 加奈が頷く。


「それなら“一緒に参加”できるし、“守ってくれる”感じも出る」


 美月が目を輝かせた。


「絵面もいい! 『ドラゴン安全係』!」


「絵面を先に言うな!」


 ドラゴンが、ゆっくり頷いた。


「良い。守る役なら得意だ」


 市長が遠くから独特の笑みで言った。


「決まったな。ドラゴンは、盾になる」


「市長、良いこと言ってるけど、まだ保険が残ってます!」


運動会ルール改訂:ドラゴン参加、ただし“安全係”


 会議室に戻り、勇輝は正式案としてまとめた。


追加ルール(綱引き)


ドラゴンは引き手ではなく“安全係”(綱の中央を軽く支える)


参加者との距離を確保(ライン引き+監督者配置)


綱は安全仕様(太め+反動少なめ、結び目なし)


競技は短時間・一回勝負、転倒時は即停止


校庭の一部を補強(マット+板敷きで踏圧分散)


事故時の連絡体制(保健室+救護+異界医療連携)


 PTA代表が恐る恐る聞いた。


「公平性は……?」


「ドラゴンは勝敗に関与しません。支えるだけ。勝つのは人間の子どもです」


 先生が、ほっと息を吐く。


「子どもたちも納得しそうです。『ドラゴンが守ってくれる綱引き』って、むしろ燃えます」


 美月がすかさずメモする。


「燃えますって言いましたね? 広報的に“燃える”は別の意味も——」


「炎上の話は今しない!」


 保険については、教育委員会担当が現実を突きつけた。


「ただ……“ドラゴンが関わる競技”は、既存の学校保険でカバーされるか微妙です……」


 勇輝は頷いた。ここが最後の地雷だ。


「事故の原因が“ドラゴンの関与”に見えると揉めます。だから——ドラゴンは“安全補助員”として、市の行事保険の特約に入れる。事故の責任が誰にあるか曖昧にならないように」


 市長が頷く。


「手続きを踏む。行政は踏む」


 加奈が小声で言う。


「踏むって言葉、ドラゴンの前では怖いね」


「言うな!」


本番:綱引き、地面は耐えた。ギリギリで


 運動会当日、綱引きの時間。

 子どもたちは赤白に分かれて、気合いが顔に出ている。先生は声が枯れ、PTAはカメラの構えが本気だ。市役所組は安全係として配置につく。


 そして中央に、ドラゴン。

 胸に付けられた札が大きく揺れていた。


「安全係」


「……字がでかい!」


 美月が感動したように言う。


「見やすさ第一だからな!」


 ドラゴンは綱の中央を、爪先で“そっと”押さえている。

 そっと、の定義が違うせいで綱が少し沈むが、許容範囲だ。たぶん。


 先生が笛を吹く。


「よーい……はじめ!」


 子どもたちが一斉に引く。綱がきゅっと張る。

 普段ならここで綱が跳ねて、誰かが尻もちをつく。だが今日は——反動が少ない。ドラゴンが吸収している。


「わあ! 引きやすい!」


「ドラゴンさんすげー!」


 子どもたちが盛り上がる。

 PTAも盛り上がる。

 市役所の胃だけが、盛り上がらない。


 加奈が救護側から叫ぶ。


「走らないー! 引く方向、真っ直ぐー!」


 美月が広報モードで叫ぶ。


「写真撮る方、前に出ないでください! 安全ライン守ってください!」


「美月、今日は頼もしいな」


「喉は死にます!」


 勝負は白組が勝った。

 赤組が悔し泣きしそうになる。

 だがドラゴンが、そこへゆっくり顔を近づけて言った。


「良い引きだった。負けも、誇れ」


 赤組の子が、鼻水をすすりながら頷いた。


「……ドラゴンさんに言われたら、なんか納得する……」


 市長が独特の笑みで呟く。


「教育だな」


「今日は市長がずっと正しいの、逆に怖い」


 そして競技後。

 校庭は無事だった。ラインも残っている。陥没もない。


 勇輝は、その場にしゃがみ込みそうになるのを堪えた。

 行政は、成功しても姿勢を崩してはいけない。次が来るから。


ひまわり市の結論:異界交流は“同じことをする”だけじゃない


 片付けの時間、先生が勇輝に深く頭を下げた。


「ありがとうございました……! 子どもたち、最高の思い出になりました」


「こちらこそ。安全に終わってよかった」


 PTA代表も、ほっとした顔で言う。


「最初は反対しようと思ったけど……“一緒に参加”の形って、こういうことなんですね」


 加奈が笑う。


「うん。勝負に混ざらなくても、一緒にできる」


 美月がスマホを見ながら、嬉しそうに言った。


「炎上、してません! むしろ『安全配慮がちゃんとしてて偉い』って!」


「たまに褒められるな、ひまわり市」


 市長が独特の笑みを浮かべ直した。


「よし。来年は——」


「来年の話はやめてください! 胃が一年持たない!」


 校庭の端で、ドラゴンが子どもたちに囲まれていた。

 綱を引くのではなく、支える。勝つのではなく、守る。

 それでも“参加した”という顔をしている。


 勇輝は思った。

 異界交流は、同じ競技に同じ力で混ざることじゃない。

 違うまま、同じ場に立つ方法を作ることだ。


 ひまわり市役所。

 今日も通常運転。

 ただし、運動会の安全係がドラゴンなことがある。


次回予告(第56話)


「給食が異界対応:アレルギー表に“魔力”が追加される」

「牛乳」「卵」「小麦」……の隣に、なぜか「魔力(強)」!?

保健室、栄養士、そして役所が走る。

“おいしく安全に食べる”が、今日も最難関ミッション!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ