第55話「学校行事が地獄:運動会の綱引きにドラゴンが混ざる」
運動会は、平和の象徴だ。
赤組白組、応援合戦、玉入れ、リレー、そして最後に全員で泣きそうになるやつ。——子どもにとっては一大イベントで、大人にとっては腰が終わる儀式。
ただし。
ひまわり市が異界に転移して以来、運動会は「腰が終わる」どころじゃなくなった。
地面が終わる。
「主任! 運動会にドラゴンが混ざります!」
教育委員会からの電話は、朝イチで勇輝の胃を直撃した。
隣で美月が「うわ、最高にやばいやつ」と顔に書いている。顔に書くな。
「混ざるって、観覧じゃなくて?」
『参加です! 綱引きに!』
「綱引き!? なんで!?」
『児童が……“友だちだから”って……』
善意が最強の起爆剤である。
勇輝は受話器を置き、椅子から立ち上がった。
「美月、教育委員会と学校に連絡。現場に行く」
「了解! もう保護者LINEが『ドラゴン綱引き』で踊ってます!」
「踊らせるな!」
そこへ加奈が紙袋を抱えて現れた。今日はなぜかスポーツドリンクも入っている。嫌な予感が当たりすぎる。
「運動会? 差し入れ多めにした。胃も水分も足りなくなる日でしょ」
「胃はどうにもならないけど、水分は助かる」
背後から、のっそりと市長が現れる。不敵な笑み。今日は笑みが“ワクワク”寄りで困る。
「ふむ。異界交流の学校行事。良いではないか」
「市長、“良い”は安全と保険が揃ってから言ってください」
「保険もまた行政だ」
「その通りですけど!」
現場:校庭の端に“でかい影”がいる
ひまわり市立・第二小学校の校庭は、朝から賑やかだった。
先生たちはライン引きで走り回り、PTAはテントを立て、子どもはテンションで既に走っている。運動会は始まる前から運動会だ。
そして校庭の端。
テントよりでかい影が、どっしり座っていた。
ドラゴンだ。
大きい。
とにかく大きい。
鱗が陽を反射してキラキラしているのに、存在感が重くて地面がへこみそうだ。
「主任……地面、もう負けてます」
美月が小声で言う。やめろ、地面に人格を持たせるな。
担任の先生が、泣きそうな笑顔で駆け寄ってきた。
「すみません……! 昨日までは“見に来る”って話だったんです! でも今朝、子どもたちが——」
遠くで子どもたちが叫んでいる。
「ドラゴンさんも綱引きやろー!」
「仲間でしょー!」
「赤組に入ってー!」
「白組に入ってー!」
当事者同士は平和。大人だけが修羅場。
勇輝は深呼吸して、先生に確認した。
「ドラゴン本人は、どう言ってます?」
「……“頼まれたから出る”って……」
義理堅いドラゴンが一番厄介だ。断らないから。
加奈が現場の空気を見て、ぽつりと言った。
「断ったら子どもが泣く。出したら地面が泣く。……どっちも泣かせない方法、いるね」
「それが行政です」
市長が独特の笑みで頷く。
「よし。ルールを作ろう。運動会はルールの祭りだ」
「たしかに祭りだけど!」
行政の本題:綱引きに必要なのは“綱”より“条件”
校舎の会議室で、即席の調整会議が始まった。
教育委員会、学校、PTA代表、そして異世界経済部(勇輝)。美月は議事録係。加奈は“生活の現実”係。市長は“言うだけ言って盛り上げる係”になりかけている。
勇輝はホワイトボードに大きく書いた。
綱引きにドラゴンが混ざる問題点
安全:転倒・巻き込み・綱の反動・踏まれる
校庭:地面が掘れる/ラインが消える/最悪、陥没
公平:勝負が成立しない
保険:適用範囲が不明(“ドラゴンによる損害”って何だ)
心理:子どもの憧れが暴走すると危険
広報:映えすぎて炎上の芽(安全軽視と見られる)
PTA代表が震える声で言った。
「うちの子、ドラゴンと綱引きしたいって……でも怪我したら……」
先生も頷く。
「子どもたちは“友だち”として見ていて……排除したくないんです」
市長が腕を組む。
「排除はしない。だが、無策で参加させるのも違う」
「今日は市長が正しい日だ」
美月が小声で言って、勇輝に睨まれた。感想戦するな。
加奈が現実を刺した。
「公平も大事だけど、まず安全。ドラゴンが綱引きに本気出したら、勝負どころか綱が消えるよね」
「消えるな。存在を保て」
勇輝はドラゴン側にも聞き取りをする必要があると判断した。
廊下に出て、ドラゴンのところへ向かう。
ドラゴン本人:本気で“良かれと思っている”
ドラゴンは、礼儀正しく頭を下げた。頭だけでテント一個分くらいある。
「我はグラン=ドゥル。子らに頼まれた。参加する」
「来てくれた気持ちはありがたいです。ただ、綱引きは危険で……」
勇輝が言いかけたところで、ドラゴンが真面目に返す。
「危険? なら、手加減する」
「手加減って、どのくらい?」
「……一割」
「一割でも地面が死ぬ!」
加奈が横から即ツッコミを入れた。
ドラゴンが少し首をかしげる。
「では、半分?」
「逆! 逆! もっと弱く!」
美月が小声で言った。
「ドラゴンの“弱く”って、基準が違う……」
勇輝は、具体化する。
「綱を引く力を“数字”にしましょう。人間の子どもが引く力を基準にして、ドラゴンはその“同じ程度”にする」
「同じ程度……」
ドラゴンが真剣に考え込んだ。
そして、ぽつり。
「……難しい」
「正直で助かる」
加奈が笑う。
「じゃあ、別の参加の仕方にしよ。綱を引く側じゃなくて、“審判”とか“応援”とか」
ドラゴンが一瞬だけ、しょんぼりした気配を出した。
大きいのに、しょんぼりが分かるのが怖い。
「子らと同じことがしたい」
——そう言われると、先生もPTAも弱い。もちろん勇輝も弱い。
だからこそ行政が必要だ。
勇輝は、ここで折衷案を出した。
「ドラゴンが“綱を引く”のではなく、綱を“支える”役にするのはどうですか」
「支える?」
「綱引きの綱は、強く引くと跳ねます。反動で子どもが転びます。ドラゴンが綱の中央を軽く押さえて、反動を吸収する。引くのは子どもたちだけ。ドラゴンは安全係」
加奈が頷く。
「それなら“一緒に参加”できるし、“守ってくれる”感じも出る」
美月が目を輝かせた。
「絵面もいい! 『ドラゴン安全係』!」
「絵面を先に言うな!」
ドラゴンが、ゆっくり頷いた。
「良い。守る役なら得意だ」
市長が遠くから独特の笑みで言った。
「決まったな。ドラゴンは、盾になる」
「市長、良いこと言ってるけど、まだ保険が残ってます!」
運動会ルール改訂:ドラゴン参加、ただし“安全係”
会議室に戻り、勇輝は正式案としてまとめた。
追加ルール(綱引き)
ドラゴンは引き手ではなく“安全係”(綱の中央を軽く支える)
参加者との距離を確保(ライン引き+監督者配置)
綱は安全仕様(太め+反動少なめ、結び目なし)
競技は短時間・一回勝負、転倒時は即停止
校庭の一部を補強(マット+板敷きで踏圧分散)
事故時の連絡体制(保健室+救護+異界医療連携)
PTA代表が恐る恐る聞いた。
「公平性は……?」
「ドラゴンは勝敗に関与しません。支えるだけ。勝つのは人間の子どもです」
先生が、ほっと息を吐く。
「子どもたちも納得しそうです。『ドラゴンが守ってくれる綱引き』って、むしろ燃えます」
美月がすかさずメモする。
「燃えますって言いましたね? 広報的に“燃える”は別の意味も——」
「炎上の話は今しない!」
保険については、教育委員会担当が現実を突きつけた。
「ただ……“ドラゴンが関わる競技”は、既存の学校保険でカバーされるか微妙です……」
勇輝は頷いた。ここが最後の地雷だ。
「事故の原因が“ドラゴンの関与”に見えると揉めます。だから——ドラゴンは“安全補助員”として、市の行事保険の特約に入れる。事故の責任が誰にあるか曖昧にならないように」
市長が頷く。
「手続きを踏む。行政は踏む」
加奈が小声で言う。
「踏むって言葉、ドラゴンの前では怖いね」
「言うな!」
本番:綱引き、地面は耐えた。ギリギリで
運動会当日、綱引きの時間。
子どもたちは赤白に分かれて、気合いが顔に出ている。先生は声が枯れ、PTAはカメラの構えが本気だ。市役所組は安全係として配置につく。
そして中央に、ドラゴン。
胸に付けられた札が大きく揺れていた。
「安全係」
「……字がでかい!」
美月が感動したように言う。
「見やすさ第一だからな!」
ドラゴンは綱の中央を、爪先で“そっと”押さえている。
そっと、の定義が違うせいで綱が少し沈むが、許容範囲だ。たぶん。
先生が笛を吹く。
「よーい……はじめ!」
子どもたちが一斉に引く。綱がきゅっと張る。
普段ならここで綱が跳ねて、誰かが尻もちをつく。だが今日は——反動が少ない。ドラゴンが吸収している。
「わあ! 引きやすい!」
「ドラゴンさんすげー!」
子どもたちが盛り上がる。
PTAも盛り上がる。
市役所の胃だけが、盛り上がらない。
加奈が救護側から叫ぶ。
「走らないー! 引く方向、真っ直ぐー!」
美月が広報モードで叫ぶ。
「写真撮る方、前に出ないでください! 安全ライン守ってください!」
「美月、今日は頼もしいな」
「喉は死にます!」
勝負は白組が勝った。
赤組が悔し泣きしそうになる。
だがドラゴンが、そこへゆっくり顔を近づけて言った。
「良い引きだった。負けも、誇れ」
赤組の子が、鼻水をすすりながら頷いた。
「……ドラゴンさんに言われたら、なんか納得する……」
市長が独特の笑みで呟く。
「教育だな」
「今日は市長がずっと正しいの、逆に怖い」
そして競技後。
校庭は無事だった。ラインも残っている。陥没もない。
勇輝は、その場にしゃがみ込みそうになるのを堪えた。
行政は、成功しても姿勢を崩してはいけない。次が来るから。
ひまわり市の結論:異界交流は“同じことをする”だけじゃない
片付けの時間、先生が勇輝に深く頭を下げた。
「ありがとうございました……! 子どもたち、最高の思い出になりました」
「こちらこそ。安全に終わってよかった」
PTA代表も、ほっとした顔で言う。
「最初は反対しようと思ったけど……“一緒に参加”の形って、こういうことなんですね」
加奈が笑う。
「うん。勝負に混ざらなくても、一緒にできる」
美月がスマホを見ながら、嬉しそうに言った。
「炎上、してません! むしろ『安全配慮がちゃんとしてて偉い』って!」
「たまに褒められるな、ひまわり市」
市長が独特の笑みを浮かべ直した。
「よし。来年は——」
「来年の話はやめてください! 胃が一年持たない!」
校庭の端で、ドラゴンが子どもたちに囲まれていた。
綱を引くのではなく、支える。勝つのではなく、守る。
それでも“参加した”という顔をしている。
勇輝は思った。
異界交流は、同じ競技に同じ力で混ざることじゃない。
違うまま、同じ場に立つ方法を作ることだ。
ひまわり市役所。
今日も通常運転。
ただし、運動会の安全係がドラゴンなことがある。
次回予告(第56話)
「給食が異界対応:アレルギー表に“魔力”が追加される」
「牛乳」「卵」「小麦」……の隣に、なぜか「魔力(強)」!?
保健室、栄養士、そして役所が走る。
“おいしく安全に食べる”が、今日も最難関ミッション!




