表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異界に浮かぶ町、ひまわり市 ー転移した山奥のまち、異世界対応中!ー  作者: ひまわり あおい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/232

第54話「学校が異界対応:転校生が“透明”で出席が取れない」

 ひまわり市役所にとって、学校は“別世界”だ。

 いや、異界転移してからの「別世界」は文字通りの意味になってしまったけれど、それでも小学校の現場は役所の机上と違う緊張がある。子どもは待ってくれない。ルールより先に、今日の教室が回らないといけない。


 だから教育委員会から電話が来た瞬間、勇輝は嫌な汗をかいた。


「異世界経済部の主任、勇輝です」


『主任さん! 助けて! 今、学校が“透明”です!』


「学校が透明……?」


『転校生が透明! 出席が取れない! 先生が泣きそう!』


 電話口の声は教育総務の職員だった。普段は丁寧で落ち着いているのに、今日は完全に“現場に引きずられて”いる。


 隣の席で美月が、すでにスマホを握りしめている。


「主任、もう“透明転校生”ってワードが保護者グループで回ってます!」


「回すな! 止めろ!」


 そこへ加奈が紙袋を抱えて現れた。今は昼前のはずなのに来るということは、もう商店街も察している。


「学校トラブル? 今日は何、給食がドラゴンサイズとか?」


「出席が取れない。転校生が透明」


「……え、透明って、物理的に?」


「物理的に、らしい」


 背後から、のっそりと市長が現れた。不敵な笑み。だが今日の笑みは“困ってるのを面白がる”というより、わりと本気の顔だ。


「子どもが困るのは放置できない。行くぞ」


「市長、今日は即決ですね」


「教育は未来だからな」


 たまにこういうことを言うから、市長はずるい。


朝のホームルーム、先生の心が折れかける


 ひまわり市立・第二小学校。

 教室の前まで来ると、廊下が妙に静かだった。静か、というか、子どもたちが「声を出すのを我慢している」気配がする。好奇心を抑えるときの子どもの静けさは、だいたい爆発前の火薬庫だ。


 職員室に入ると、担任の先生が頭を抱えていた。


「すみません……市役所の方ですよね……? 私、出席が……出席が……」


「落ち着いてください。状況を聞きます」


 勇輝が言うと、先生は深呼吸して説明した。


「今日、転校生が来ました。名前は“ミオ”さん。書類もあります。保護者の同意書もあります。なのに——」


 先生が教室の方を指さす。


「見えないんです。席にいる“はず”なのに」


「はず、って」


「返事はします。声はします。でも、姿が見えません」


 勇輝は胃の奥を押さえた。

 見えない転校生。声だけある。つまり、怪談の導入だ。だがここは小学校。怪談で済むなら楽だ。


 美月が小声で囁く。


「主任、出席のとき、名前呼んで“はい”って言われたら普通はOKですよね?」


「普通はな。……でも」


 先生が泣きそうに続ける。


「“はい”って返事があっても、子どもたちが『どこ!?』って騒ぎます! 『今の誰の声!?』って! 私も怖いです!」


「先生が怖がっちゃダメ!」


 加奈が即座に突っ込んで、先生が苦笑いした。助かる。笑えるなら、まだ大丈夫。


 そこへ教室のドアが、すっと開いた。

 中から、子どもたちの声が漏れる。


「先生、ミオちゃん今いる!?」

「イス動いた! 絶対いる!」

「え、見えないのに給食どうするの!?」


 給食が先に出るの、子どもらしくて救われる。


 市長が腕を組む。


「まず、教室を落ち着かせる。次に、制度を整える。順番だ」


「珍しく完璧な順番」


「行政は順番で勝つ」


 勇輝は教室に入った。


“透明”は怪異ではなく、体質です


 教室は、期待と不安でざわついていた。

 先生が勇輝たちを紹介すると、子どもたちは一斉にこちらを見る。次に、その視線が空席っぽい場所へ吸い込まれる。


「ミオさん、聞こえますか?」


 勇輝が、なるべく優しく声をかける。


『……はい』


 返事は、確かにそこからした。

 なのに、誰も見えない。空気だけが少し揺れた気がする。椅子が、きゅ、と鳴った。


 子どもが息を呑む。


「今、椅子鳴った……!」


「いる! いるよ!」


 勇輝は、ここで最初の“ルール”を置いた。


「みんな、落ち着こう。ミオさんは“見えにくい体質”なだけで、怖いことじゃない。からかったり、驚かせたりはしない。いいね?」


 子どもたちは頷く。

 真剣な話をするとき、子どもは意外とちゃんと聞く。大人より聞くときすらある。


 加奈が柔らかく言った。


「見えなくても、クラスメイトはクラスメイト。名前で呼べばいいよ。ここは“ひまわり市”だし」


 その言い方が、場をほどく。子どもたちが少し笑った。


 美月が小声で勇輝に耳打ちする。


「主任、でもこれ、出席だけじゃなくて……名札、健康診断、避難訓練、写真、全部詰みません?」


「詰む前に整える」


 市長が、独特の笑みを浮かべた。


「よし。透明対応マニュアルを作ろう」


「軽く言うな!」


行政の本題:出席とは“そこにいる”の証明である


 職員室に戻り、教育委員会の担当も合流して、即席の作戦会議になった。

 勇輝は紙に書き出す。


出席確認:本人確認と所在確認


安全:避難・点呼・引き渡し


学習:席の把握、教材配布


健康:体温、怪我、保健室対応


いじめ防止:からかい・排除の芽を潰す


プライバシー:本人が“見えるようにしたくない”可能性


 先生が弱々しく言う。


「正直……出席簿に“透明”って書きたくないです……」


「それは絶対ダメです」


 勇輝は即答した。

 属性をラベルにするのは、子どもには刺さりすぎる。いじめの燃料になる。


 加奈も頷く。


「うん、“ミオちゃん”でいい。見えないって言い方も、本人が嫌なら変えよう」


 市長が静かに言う。


「本人の尊厳が最優先だ」


 珍しく、重い正論。


 美月が手を挙げた。


「じゃあ、出席の方法を“視認”から変えればいいんですよね? 例えば……音!」


「音?」


 美月はポケットから小さな鈴を出した。

 この前のテレポ迷子のときに使った、あの鈴だ。いつの間に常備になった。


「鈴を名札につける! 返事するときにチリンって鳴ったら、“そこにいる”が分かる!」


 先生の顔がぱっと明るくなる。


「それ、いい! 子どもも分かる!」


 だが勇輝は、すぐにブレーキを踏む。


「ただし、鈴は“目印”になりすぎる。本人が嫌がる可能性がある。……ミオさんの意思確認が先」


 加奈がうなずく。


「あと、音ってからかわれやすい。鳴らして遊ばれる可能性もある」


 美月がしゅんとする。


「じゃあ……どうします?」


 勇輝は、別の案を出した。


「学校で使う“出席確認カード”を作る。机の上に置くカード。出席したら本人がひっくり返す。欠席なら置かない。透明でも“机の上のカード”は見える」


「なるほど……!」


 先生が食いつく。

 これは地味だけど強い。見えるのは人ではなく、手続きの結果だ。


 市長が頷いた。


「良い。手続きで救う。行政らしい」


 美月がまた手を挙げる。


「でも避難訓練の点呼は?」


「そこは二重にする。担任が名前呼んで返事、プラス、カードの枚数確認。さらに、本人が“集合位置”を決める。見えなくても迷子にならないように」


 加奈が言う。


「集合位置、“先生の隣”とか、“壁際の端”とか、本人が安心できる場所がいいね」


 先生が深く頷いた。


「ミオさんの席も、本人が選べるようにします。見えないってだけで、勝手に端にするのは違いますし」


 勇輝は、その言葉に救われた。

 学校が“正しい感覚”を持ってくれているなら、役所は支えるだけでいい。


本人の意思:見えないのは、守りでもある


 最後に、本人確認が必要だった。

 勇輝は先生と一緒に、静かな空き教室でミオさんと話すことにした。子どもたちの視線が集中する教室で聞くのは、負担が大きい。


「ミオさん。今日、びっくりしたと思う。……“見えにくい”こと、困ってる?」


 少し間があって、返事が返ってくる。


『困ってる。けど……見えるのも、こわい』


「見えるのが怖い?」


『……幽界では、見えると“捕まる”ことがある。だから、透明でいるのが、癖になってる』


 加奈が、息を呑む気配がした。

 勇輝は、声を柔らかくする。


「ここでは、捕まえない。からかわない。……少なくとも、役所と学校は守る」


『……ほんと?』


「ほんと。だから、無理に見える必要はない。でも、学校は安全のために“いる”ことを確認しないといけない。カード方式ならどう? 自分で机の上に出せる」


『……それなら、いい』


 声が少しだけ明るくなった気がした。


「鈴は?」


『……いや』


 即答だった。

 美月の案は、却下である。美月が遠くでくしゃみしてそうだ。


「分かった。鈴は無し。カードでいこう。あと、何か困ったら先生か保健室か、市役所に言っていい」


『……うん』


 勇輝は、胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じた。

 “透明”は問題ではある。でも、その子の背景には理由がある。理由があるなら、合わせ方がある。


教室へ戻る:出席は“カード”で取る!


 ホームルームのやり直し。

 先生が黒板の前に立ち、深呼吸して言った。


「みんな、出席の取り方を変えます。今日から“出席カード”方式」


 配られた小さなカードには、名前ではなく番号とクラス名だけが書かれている。誰のカードかは、本人と先生だけが知っている。プライバシーも守れる。


「出席した人は、自分の机の上にカードを出してください。確認したら先生が回収します」


 子どもたちが一斉にカードを出す。

 そして——一つだけ、空気の上にふわり、とカードが現れ、机の上に置かれた。


「……出た!」


「ミオちゃんだ!」


 歓声が上がりそうになって、先生がすぐ手を上げる。


「静かに。驚かせない。普通に」


 子どもたちは、必死に頷く。

 そして誰かが、ぽつりと小声で言った。


「……カード、かわいい」


 その一言で、空気が少しだけ“日常”に寄った。


 美月が廊下で小さくガッツポーズする。


「主任、勝ちましたね。出席に勝ちました」


「出席に勝つって何だよ」


 市長が、満足げに頷く。


「良い。子どもが泣かずに済んだ。先生も泣かずに済んだ。行政も胃が痛まずに済んだ」


「胃は痛いです」


「それは通常運転だ」


 加奈が笑って、紙袋を差し出した。


「ほら、先生にも差し入れ。今日の先生、がんばった」


「ありがとうございます……!」


 先生の目が少し潤んだ。

 今日一番救われた人は、先生かもしれない。


ひまわり市の結論:見えなくても、学校は回る


 帰り際、勇輝は教育委員会担当にメモを渡した。


出席カード方式を正式運用(ルール化、年度内の扱い整理)


避難訓練は二重確認(返事+カード数+集合位置事前設定)


本人の意思を尊重(“見える化”の強制禁止)


いじめ防止の指導案(“特性”をネタにしない、からかい即対応)


保護者向け通知文(煽らず、安心を優先)


「主任……これ、他校にも展開した方がいいですよね」


「する。透明だけじゃない。これから“見えにくい子”は増えるかもしれない」


 異界は、そういう世界だ。

 そしてひまわり市は、そういう町になった。


 教室の方から、声が聞こえた。


「ミオちゃん、給食どうやって食べるの?」

『……普通に』

「見えないのに!?」

『……口はある』

「口どこ!?」

『……探さないで』


 先生の「こらー!」が飛び、廊下に笑いがこぼれる。


 勇輝は、少しだけ笑った。

 こういう笑いなら、いい。日常の笑いだ。


 ひまわり市役所。

 今日も通常運転。

 ただし、出席確認は“目で見る”だけじゃない。


次回予告(第55話)


「学校行事が地獄:運動会の綱引きにドラゴンが混ざる」

勝負は白熱、でも地面が耐えない!

安全基準、参加資格、そして保険——教育委員会と異世界経済部、再び走る!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ