第54話「学校が異界対応:転校生が“透明”で出席が取れない」
ひまわり市役所にとって、学校は“別世界”だ。
いや、異界転移してからの「別世界」は文字通りの意味になってしまったけれど、それでも小学校の現場は役所の机上と違う緊張がある。子どもは待ってくれない。ルールより先に、今日の教室が回らないといけない。
だから教育委員会から電話が来た瞬間、勇輝は嫌な汗をかいた。
「異世界経済部の主任、勇輝です」
『主任さん! 助けて! 今、学校が“透明”です!』
「学校が透明……?」
『転校生が透明! 出席が取れない! 先生が泣きそう!』
電話口の声は教育総務の職員だった。普段は丁寧で落ち着いているのに、今日は完全に“現場に引きずられて”いる。
隣の席で美月が、すでにスマホを握りしめている。
「主任、もう“透明転校生”ってワードが保護者グループで回ってます!」
「回すな! 止めろ!」
そこへ加奈が紙袋を抱えて現れた。今は昼前のはずなのに来るということは、もう商店街も察している。
「学校トラブル? 今日は何、給食がドラゴンサイズとか?」
「出席が取れない。転校生が透明」
「……え、透明って、物理的に?」
「物理的に、らしい」
背後から、のっそりと市長が現れた。不敵な笑み。だが今日の笑みは“困ってるのを面白がる”というより、わりと本気の顔だ。
「子どもが困るのは放置できない。行くぞ」
「市長、今日は即決ですね」
「教育は未来だからな」
たまにこういうことを言うから、市長はずるい。
朝のホームルーム、先生の心が折れかける
ひまわり市立・第二小学校。
教室の前まで来ると、廊下が妙に静かだった。静か、というか、子どもたちが「声を出すのを我慢している」気配がする。好奇心を抑えるときの子どもの静けさは、だいたい爆発前の火薬庫だ。
職員室に入ると、担任の先生が頭を抱えていた。
「すみません……市役所の方ですよね……? 私、出席が……出席が……」
「落ち着いてください。状況を聞きます」
勇輝が言うと、先生は深呼吸して説明した。
「今日、転校生が来ました。名前は“ミオ”さん。書類もあります。保護者の同意書もあります。なのに——」
先生が教室の方を指さす。
「見えないんです。席にいる“はず”なのに」
「はず、って」
「返事はします。声はします。でも、姿が見えません」
勇輝は胃の奥を押さえた。
見えない転校生。声だけある。つまり、怪談の導入だ。だがここは小学校。怪談で済むなら楽だ。
美月が小声で囁く。
「主任、出席のとき、名前呼んで“はい”って言われたら普通はOKですよね?」
「普通はな。……でも」
先生が泣きそうに続ける。
「“はい”って返事があっても、子どもたちが『どこ!?』って騒ぎます! 『今の誰の声!?』って! 私も怖いです!」
「先生が怖がっちゃダメ!」
加奈が即座に突っ込んで、先生が苦笑いした。助かる。笑えるなら、まだ大丈夫。
そこへ教室のドアが、すっと開いた。
中から、子どもたちの声が漏れる。
「先生、ミオちゃん今いる!?」
「イス動いた! 絶対いる!」
「え、見えないのに給食どうするの!?」
給食が先に出るの、子どもらしくて救われる。
市長が腕を組む。
「まず、教室を落ち着かせる。次に、制度を整える。順番だ」
「珍しく完璧な順番」
「行政は順番で勝つ」
勇輝は教室に入った。
“透明”は怪異ではなく、体質です
教室は、期待と不安でざわついていた。
先生が勇輝たちを紹介すると、子どもたちは一斉にこちらを見る。次に、その視線が空席っぽい場所へ吸い込まれる。
「ミオさん、聞こえますか?」
勇輝が、なるべく優しく声をかける。
『……はい』
返事は、確かにそこからした。
なのに、誰も見えない。空気だけが少し揺れた気がする。椅子が、きゅ、と鳴った。
子どもが息を呑む。
「今、椅子鳴った……!」
「いる! いるよ!」
勇輝は、ここで最初の“ルール”を置いた。
「みんな、落ち着こう。ミオさんは“見えにくい体質”なだけで、怖いことじゃない。からかったり、驚かせたりはしない。いいね?」
子どもたちは頷く。
真剣な話をするとき、子どもは意外とちゃんと聞く。大人より聞くときすらある。
加奈が柔らかく言った。
「見えなくても、クラスメイトはクラスメイト。名前で呼べばいいよ。ここは“ひまわり市”だし」
その言い方が、場をほどく。子どもたちが少し笑った。
美月が小声で勇輝に耳打ちする。
「主任、でもこれ、出席だけじゃなくて……名札、健康診断、避難訓練、写真、全部詰みません?」
「詰む前に整える」
市長が、独特の笑みを浮かべた。
「よし。透明対応マニュアルを作ろう」
「軽く言うな!」
行政の本題:出席とは“そこにいる”の証明である
職員室に戻り、教育委員会の担当も合流して、即席の作戦会議になった。
勇輝は紙に書き出す。
出席確認:本人確認と所在確認
安全:避難・点呼・引き渡し
学習:席の把握、教材配布
健康:体温、怪我、保健室対応
いじめ防止:からかい・排除の芽を潰す
プライバシー:本人が“見えるようにしたくない”可能性
先生が弱々しく言う。
「正直……出席簿に“透明”って書きたくないです……」
「それは絶対ダメです」
勇輝は即答した。
属性をラベルにするのは、子どもには刺さりすぎる。いじめの燃料になる。
加奈も頷く。
「うん、“ミオちゃん”でいい。見えないって言い方も、本人が嫌なら変えよう」
市長が静かに言う。
「本人の尊厳が最優先だ」
珍しく、重い正論。
美月が手を挙げた。
「じゃあ、出席の方法を“視認”から変えればいいんですよね? 例えば……音!」
「音?」
美月はポケットから小さな鈴を出した。
この前のテレポ迷子のときに使った、あの鈴だ。いつの間に常備になった。
「鈴を名札につける! 返事するときにチリンって鳴ったら、“そこにいる”が分かる!」
先生の顔がぱっと明るくなる。
「それ、いい! 子どもも分かる!」
だが勇輝は、すぐにブレーキを踏む。
「ただし、鈴は“目印”になりすぎる。本人が嫌がる可能性がある。……ミオさんの意思確認が先」
加奈がうなずく。
「あと、音ってからかわれやすい。鳴らして遊ばれる可能性もある」
美月がしゅんとする。
「じゃあ……どうします?」
勇輝は、別の案を出した。
「学校で使う“出席確認カード”を作る。机の上に置くカード。出席したら本人がひっくり返す。欠席なら置かない。透明でも“机の上のカード”は見える」
「なるほど……!」
先生が食いつく。
これは地味だけど強い。見えるのは人ではなく、手続きの結果だ。
市長が頷いた。
「良い。手続きで救う。行政らしい」
美月がまた手を挙げる。
「でも避難訓練の点呼は?」
「そこは二重にする。担任が名前呼んで返事、プラス、カードの枚数確認。さらに、本人が“集合位置”を決める。見えなくても迷子にならないように」
加奈が言う。
「集合位置、“先生の隣”とか、“壁際の端”とか、本人が安心できる場所がいいね」
先生が深く頷いた。
「ミオさんの席も、本人が選べるようにします。見えないってだけで、勝手に端にするのは違いますし」
勇輝は、その言葉に救われた。
学校が“正しい感覚”を持ってくれているなら、役所は支えるだけでいい。
本人の意思:見えないのは、守りでもある
最後に、本人確認が必要だった。
勇輝は先生と一緒に、静かな空き教室でミオさんと話すことにした。子どもたちの視線が集中する教室で聞くのは、負担が大きい。
「ミオさん。今日、びっくりしたと思う。……“見えにくい”こと、困ってる?」
少し間があって、返事が返ってくる。
『困ってる。けど……見えるのも、こわい』
「見えるのが怖い?」
『……幽界では、見えると“捕まる”ことがある。だから、透明でいるのが、癖になってる』
加奈が、息を呑む気配がした。
勇輝は、声を柔らかくする。
「ここでは、捕まえない。からかわない。……少なくとも、役所と学校は守る」
『……ほんと?』
「ほんと。だから、無理に見える必要はない。でも、学校は安全のために“いる”ことを確認しないといけない。カード方式ならどう? 自分で机の上に出せる」
『……それなら、いい』
声が少しだけ明るくなった気がした。
「鈴は?」
『……いや』
即答だった。
美月の案は、却下である。美月が遠くでくしゃみしてそうだ。
「分かった。鈴は無し。カードでいこう。あと、何か困ったら先生か保健室か、市役所に言っていい」
『……うん』
勇輝は、胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じた。
“透明”は問題ではある。でも、その子の背景には理由がある。理由があるなら、合わせ方がある。
教室へ戻る:出席は“カード”で取る!
ホームルームのやり直し。
先生が黒板の前に立ち、深呼吸して言った。
「みんな、出席の取り方を変えます。今日から“出席カード”方式」
配られた小さなカードには、名前ではなく番号とクラス名だけが書かれている。誰のカードかは、本人と先生だけが知っている。プライバシーも守れる。
「出席した人は、自分の机の上にカードを出してください。確認したら先生が回収します」
子どもたちが一斉にカードを出す。
そして——一つだけ、空気の上にふわり、とカードが現れ、机の上に置かれた。
「……出た!」
「ミオちゃんだ!」
歓声が上がりそうになって、先生がすぐ手を上げる。
「静かに。驚かせない。普通に」
子どもたちは、必死に頷く。
そして誰かが、ぽつりと小声で言った。
「……カード、かわいい」
その一言で、空気が少しだけ“日常”に寄った。
美月が廊下で小さくガッツポーズする。
「主任、勝ちましたね。出席に勝ちました」
「出席に勝つって何だよ」
市長が、満足げに頷く。
「良い。子どもが泣かずに済んだ。先生も泣かずに済んだ。行政も胃が痛まずに済んだ」
「胃は痛いです」
「それは通常運転だ」
加奈が笑って、紙袋を差し出した。
「ほら、先生にも差し入れ。今日の先生、がんばった」
「ありがとうございます……!」
先生の目が少し潤んだ。
今日一番救われた人は、先生かもしれない。
ひまわり市の結論:見えなくても、学校は回る
帰り際、勇輝は教育委員会担当にメモを渡した。
出席カード方式を正式運用(ルール化、年度内の扱い整理)
避難訓練は二重確認(返事+カード数+集合位置事前設定)
本人の意思を尊重(“見える化”の強制禁止)
いじめ防止の指導案(“特性”をネタにしない、からかい即対応)
保護者向け通知文(煽らず、安心を優先)
「主任……これ、他校にも展開した方がいいですよね」
「する。透明だけじゃない。これから“見えにくい子”は増えるかもしれない」
異界は、そういう世界だ。
そしてひまわり市は、そういう町になった。
教室の方から、声が聞こえた。
「ミオちゃん、給食どうやって食べるの?」
『……普通に』
「見えないのに!?」
『……口はある』
「口どこ!?」
『……探さないで』
先生の「こらー!」が飛び、廊下に笑いがこぼれる。
勇輝は、少しだけ笑った。
こういう笑いなら、いい。日常の笑いだ。
ひまわり市役所。
今日も通常運転。
ただし、出席確認は“目で見る”だけじゃない。
次回予告(第55話)
「学校行事が地獄:運動会の綱引きにドラゴンが混ざる」
勝負は白熱、でも地面が耐えない!
安全基準、参加資格、そして保険——教育委員会と異世界経済部、再び走る!




