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第48話「迷子対策:テレポ迷子、最後に見たのは三次元」

 ひまわり市役所には、いくつか「できれば聞きたくない言葉ランキング」がある。

 上位はだいたいこうだ。


1位「至急」

2位「炎上」

3位「子どもがいない」


 そして今朝、その“3位”が、真正面から殴ってきた。


「主任! 迷子です! ……いや、迷子っていうか……テレポです!」


 住民課のカウンター前で、美月が息を切らしていた。片手にスマホ、片手にメモ。髪は結びっぱなしで、顔がいつもより本気で青い。

 美月がこの色になるときは、だいたい冗談で済まない。


「落ち着け。順番に言え。……誰が、いつ、どこで?」


「“いつ”は今! “どこ”は……えーっと……『最後に見たのは三次元です』って!」


「証言が詩的すぎる」


 勇輝が即座にツッコむと、後ろから加奈がひょいと顔を出した。今日も喫茶ひまわりの紙袋を抱えている。差し入れが、もはや防災備蓄みたいな扱いだ。


「三次元って、どういうこと?」


「子どもが、消えたんだよ。……ワープで」


 勇輝が言うと、加奈は一瞬だけ目を見開き、それから真顔になった。


「……それ、笑えないやつだね」


「笑えない。だから動く」


 勇輝はカウンターの奥にいる担当職員に声をかけた。


「子育て支援・福祉の窓口、今空いてる? 迷子対応のフローで回す。警備(庁舎内確認)も呼んで。あと、町内会にも連絡」


「はい!」


 市役所の“日常の強さ”は、こういうときに出る。手順が身体に入っている職員は、迷わない。

 問題は——迷子の場所が、この世の地図に載っていないことだ。


 そこへ、のっそりと市長が現れた。不敵な笑み。今日も準備運動みたいに現場へ来る。


「ふむ。迷子か」


「市長、“か”で済ませないでください」


「済ませない。だから来た」


 市長の言葉が、珍しく頼もしい。

 勇輝は頷き、受付の椅子に座る母親のもとへ急いだ。


「目を離した一瞬で、消えました」


 椅子に座っていたのは、若い母親だった。顔が真っ白で、膝の上で手が震えている。隣に町内会の人が寄り添っているが、言葉が見つからないのが見て取れた。


「ひまわり市役所です。勇輝といいます。……お子さんのお名前と年齢、特徴を教えてください」


 勇輝は、できる限りゆっくり、声を落として話した。

 迷子対応でいちばん大事なのは、情報より先に、保護者の呼吸を戻すことだ。焦りは、情報を歪ませる。


「……り、りんです。五歳。髪は短くて……青い帽子……」


「服装は?」


「黄色いパーカー、白いスニーカー……」


 母親が言葉を絞り出す。

 加奈が横から、そっと紙コップを差し出した。


「これ、温かいお茶。飲めるだけでいいよ」


「……ありがとうございます……」


 母親が一口飲んで、ほんの少しだけ顔が戻った。


 勇輝は続けた。


「どこで、どうして消えたんですか?」


「……公園で。遊具の近くで……目を離した一瞬で……」


 公園。

 最近、遊具が伸びたり増えたりしていた場所だ。嫌な符合が、頭の中でカチっと音を立てる。


「凛ちゃんは、消える前に何か言ってました?」


「……“ここ、キラキラしてる”って……」


 その言葉に、美月が小さく息を呑んだ。


「……キラキラ。テレポの前兆っぽい」


「前兆とか言うな、怖い」


 勇輝が言うと、市長が顎に手を当てた。


「公園に転移の“節”ができている可能性があるな」


「節って何ですか」


「木の節みたいなものだ。次元の継ぎ目が固くなって、ひっかかる」


「例えは分かりやすいけど現象が怖い!」


 勇輝は即座に段取りを組んだ。


「美月、凛ちゃんの特徴を“個人が特定されない範囲”で広報に回せる準備。写真は使わない。服装と帽子だけ。

 加奈、母親のそばにいて。落ち着かせるのと、現場導線の確認。

 市長、庁舎内の確認をお願いします。テレポで変な場所に出てる可能性もある」


「承知した。庁舎は私が見る。天井裏も含めて」


「天井裏まで!?」


 市長は笑った。


「経験則だ。異界の迷子は、だいたい“変なところ”に出る」


 経験則が嫌すぎる。


迷子捜索、ただし“次元”が追加される


 公園へ向かう途中、美月がスマホを叩きながらぼやいた。


「主任……迷子対応のマニュアル、普通は“半径〇メートル”じゃないですか。テレポだと半径って概念が……」


「だから今日は“半径”を捨てる」


「捨てるんですか!?」


「代わりに“出口”を探す。テレポは入口があれば出口がある。出口を増やすか、出口を塞ぐか」


 加奈が横から言う。


「出口を増やすって?」


「呼びかけ。音。匂い。子どもは安心できるものに寄ってくる」


 加奈は頷いた。


「じゃあ、りんちゃんが好きなもの、聞いとくね」


「頼む」


 公園に着くと、すでに町内会の人が集まり、職員がロープを張っていた。

 例の“伸びたブランコ”は今日は落ち着いているが、地面の一部が妙に光って見える。朝露? それとも、嫌なキラキラ?


「ここが“キラキラ”してた場所です」


 母親が震える指で示した。

 勇輝はしゃがみ込み、地面をよく見る。砂利の間に、ほんの薄く光る模様がある。落書きのようで、落書きじゃない。


「……魔法陣、っぽいな」


 美月が小声で言う。


「誰がこんな場所に……」


「たぶん誰も。魔力が溜まって、勝手に“道”になったんだろ」


 勇輝が言うと、加奈が眉を寄せた。


「じゃあ、りんちゃんは……道に落ちた?」


「そういう言い方はやめよう。……でも、近い」


 勇輝は職員に指示した。


「公園の周囲、目視捜索。次に、近隣施設——公民館、図書館、商店街、あと市役所にも“迷子受け入れ”の連絡を回す。

 それと、異界側にも。竜族観光組合と、天空国の配送系。テレポで出た先が異界の“通路”に繋がることがある」


「了解!」


 言いながら、自分でも思う。

 迷子対応に「天空国配送系」って、どんな自治体だ。

 でも、ひまわり市はもうそういう町だ。


ひまわり市式:テレポ迷子を“呼び戻す”


 加奈は母親から情報を引き出して戻ってきた。


「りんちゃん、好きなものは……“鈴の音”だって。あと、喫茶ひまわりのクッキー」


「鈴?」


「幼稚園のとき、先生が鳴らしてたやつが好きだったみたい」


 勇輝は頷き、美月に視線を送る。


「音の手配できる?」


「できます! 庁舎の受付の呼び鈴、持ってきます!」


「それ、役所の備品だぞ」


「迷子の命の方が大事です!」


「……正論が強い」


 美月が走り、加奈が紙袋からクッキーを取り出した。

 現場でクッキーが出る自治体、たぶんここだけだ。


「匂いでも寄ってくるかも。子どもって安心する匂いに反応するし」


 勇輝は、地面の“キラキラ”の前に立ち、深呼吸する。


「ここに向けて、呼びかける。大声はダメだ。驚かせると逆に遠くへ飛ぶ可能性がある」


「飛ぶの!?」


 母親が顔を上げる。

 勇輝は慌てて言い直した。


「……可能性の話です。大丈夫。今から“安全に戻す”ために動きます」


 加奈が母親の手を握る。


「りんちゃん、必ず戻る。大丈夫。ここにいる人、みんな味方だから」


 母親が、涙をこぼしながら頷いた。


 そこへ、美月が呼び鈴を持って戻ってきた。

 ——チリン。

 澄んだ音が、小さく鳴る。


「これ、効きますかね……」


「効く。……と思う。効いてくれ」


 勇輝は、優しい声で地面に向けて呼びかけた。


「凛ちゃん。聞こえる? ひまわり市役所だよ。怖くないよ。鈴の音が聞こえたら、そのまま音の方に来て。ゆっくりでいい」


 ——チリン。

 ——チリン。


 加奈がクッキーの袋を少し開ける。甘い匂いがふわりと広がる。

 母親は声を震わせながら呼ぶ。


「凛……! 凛……! ここにいるよ……!」


 数十秒。

 何も起きない。


 美月が、息を呑む。


「……だめ、ですか」


 そのとき。


 地面のキラキラが、すっと濃くなった。

 薄い光が線になり、円になり——まるで“扉”の形に揺らぐ。


「……来るぞ」


 勇輝が低く言う。


 次の瞬間、ぽん、と音もなく、小さな影が地面から現れた。


「……あれ?」


 黄色いパーカー。青い帽子。白いスニーカー。

 凛ちゃんが、きょとんとした顔で立っていた。


「りん!!」


 母親が駆け寄ろうとして、加奈がそっと腕を止めた。


「いまはゆっくり。驚かせない」


 母親は涙をこらえ、ゆっくり近づく。凛ちゃんは一瞬目をぱちぱちさせて、それから笑った。


「ママ!」


 抱きつく。

 周囲から、ほっと息が漏れる。誰かが小さく拍手をした。

 勇輝は、肩の力が一気に抜けるのを感じた。


「……よかった」


 美月が泣きそうな顔で言う。


「主任……戻りました……“三次元に”……」


「言い方がSFすぎる」


 凛ちゃんは母親の胸の中で、のんきに言った。


「ねえ、ママ。さっきね、キラキラの道に入ったら、すごいとこだったよ!」


「すごいとこ?」


「うん。お空の下の、ながーい廊下。あとね、すべり台があった!」


 勇輝の眉が上がる。


「……すべり台?」


 加奈が小声で言った。


「それ、どこのすべり台……?」


 凛ちゃんは元気に答える。


「雲の上のすべり台! おじさんが“出口まもってるから、こっちだよ”って言ってくれたの!」


 雲の上。

 出口を守ってるおじさん。


 勇輝は、美月と顔を見合わせた。


「……天空国の配送通路だな、たぶん」


「えっ、迷子が“物流”に混ざったってことですか!?」


「混ざったな」


「最悪じゃん!」


 最悪だが、無事だった。今はそれが全てだ。


ひまわり市、迷子対応の“新ルール”を作る


 市役所に戻ると、市長がちょうど廊下から現れた。

 手には脚立。なぜか埃まみれ。


「庁舎内にはいなかった。天井裏も確認したが、スライムしかいなかった」


「市長、天井裏にスライムいるのも問題です」


「後で対処する。……で、見つかったか?」


「はい。公園の“キラキラ”から戻りました」


 市長は満足げに頷いた。


「よし。迷子対応は成功だ。だが、再発は防ぐ」


「そこです。今日の件、偶然戻った部分が大きい。仕組みにしたい」


 勇輝が言うと、市長は独特の笑みを深めた。


「迷子用の“呼び鈴”を配備するか?」


「備品増やすな!」


 美月が挙手する。


「じゃあ“迷子用テレポ注意ポスター”作ります! 『キラキラを見たら近づかない!』」


「子ども、キラキラに近づくんだよ」


 加奈が現実を突きつける。


「だから、近づいても大丈夫なようにするしかない。……例えば、キラキラの周りに柵とか」


 勇輝は頷いた。


「それと、テレポの出口側にも協力要請だ。天空国配送路に“迷子が出る可能性”を伝えて、見つけたら市役所に連絡してもらう。

 あと、公園の魔力溜まりは、定期的に排魔。遊具点検とセットで回せる」


 美月がすぐメモる。


「『迷子対応・次元版』のマニュアル作ります!」


「タイトルのセンスが怖い」


 市長が腕を組む。


「よし。名付けよう。“テレポ迷子対応要領”だ」


「急に公文書っぽい」


「公文書だ」


 加奈が小さく笑った。


「でもさ、今日みたいに戻ってきたの、たぶん“鈴”が効いたんだよね。凛ちゃんの安心が、道を戻した」


「安心が道を戻す、か」


 勇輝は、静かに息を吐いた。

 異界のトラブルは、制度だけでは片付かない。最後に効くのは、たいてい“人の感情”だ。


 母親が深く頭を下げた。


「本当に……ありがとうございました……」


 勇輝はすぐに首を振る。


「こちらこそ、情報を落ち着いて教えてくれて助かりました。……凛ちゃん、もうキラキラの道には一人で入らない。約束できる?」


 凛ちゃんは、きっぱり言った。


「うん! でもね、雲の上のすべり台、もう一回すべりたい!」


「ダメです」


 勇輝・加奈・美月の声が、完璧に重なった。


 市長だけが、独特の笑みでぽつりと言う。


「……安全な観光商品にできないだろうか」


「市長!」


 ツッコミが飛び、庁舎の空気が少し明るくなる。


 ひまわり市役所。

 今日も通常運転。

 ただし、迷子捜索の範囲に“次元”が追加された。


次回予告(第49話)


「図書館が危険:読んだ人の口調が変わる本」

静かなはずの図書館で起きた、謎の感染(?)。

読んだ人が急に詩人になり、武士になり、なぜか市長だけ口調がさらに大仰に——。

勇輝、貸出停止か、文化振興か。究極の二択に挑む!

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