第39話「魔界と天界、湯けむりの決戦!」
~世界を揺らすのは、ひとつの温泉だった~
■オープニング・異界サミット会場
ひまわり温泉郷の中心に建てられた特設ホールは、
今日だけは“地方の会議場”ではなかった。
天井には天界の光柱が差し込み、床には魔界の黒炎が走り、
それぞれが干渉しないよう精密に組まれた魔法陣が輝いている。
その中央に――ひまわり市役所・異界経済部の代表として
勇輝、加奈、美月が並んで立っていた。
三人の背後には、市民の願いが詰まった膨大な資料の束。
だが異界の大国を前にすると、それはあまりに小さく見えた。
――世界規模の会議に、地方役所の若手が挑む。
奇妙だが、これがひまわり市の日常だった。
■サミット開会
司会・エルフ代表の声がホールに響く。
「第1回・異界温泉経済サミットを――開始します」
静寂。
天界の光が一段と強まり、議場に神域の静けさが満ちた。
◆天界代表・セレーネ
やわらかな光をまとい、まるで舞うように壇上へ進む。
「天上の清き湯は、魂を浄化し、争いを遠ざける聖域。
よって――ひまわり温泉を“聖湯指定地”とし、
天界の庇護下に置くことを提案します」
ざわめく会場。
◆魔界代表・ベリオール
黒い霧をまとった髪が揺れ、鋭い笑みを浮かべる。
「いや、湯の価値は自由市場が決めるべきだ。
ひまわり温泉は我々が投資し、拡張し、観光利益を最大化する。
“管理”ではない。“支配”でもない。“発展”だよ」
あまりに強引な物言いに、会場がさらに揺れた。
◆勇輝、立つ
重圧の中、勇輝は静かに壇上へ進む。
緊張で喉が乾いているのに、不思議と声は落ち着いていた。
「……どちらの意見も、一理あります。
ですが――どちらも、この町の“心”を無視している!」
場の空気が凍った。
勇輝は続ける。
「ひまわり温泉は、異界のために作ったわけじゃない。
老人も、子どもも、疲れた帰り道の誰かも。
“町に生きる人たち”のための場所なんです」
天界・魔界双方の代表が、じっと彼を見る。
加奈が前に出た。
「だから私たちは提案します!
“ひまわり温泉・自治協定”――
市民を中心とした共同運営体制です!」
一瞬、会場がざわめき、そのざわめきは次第に大きな渦となっていった。
■同時刻・温泉の地脈管理室
サミット会場の裏で、もうひとつの戦いが進んでいた。
魔力の灯りが揺れる制御室。
複数の職員が計器の前で慌てふためく。
「おかしい……ゲート反応が急上昇してる!」
「魔力流入が異常だ! 誰かが外部から干渉してる!」
次の瞬間――
床から赤い光柱が突き破るように爆発した。
「だ、誰かが温泉の“異界ゲート”を操作してる!!」
警報が鳴り響き、町全体を震わせる。
■会場・混乱の幕開け
ズドォォォォォン!!!
サミット会場の床が揺れ、
床下から沸き上がる蒸気と魔力光が議場全体を包む。
悲鳴、怒号、魔法の光。
一瞬で平和な会議は“戦場”と化した。
加奈が駆け寄る。
「勇輝さん! 湯脈が暴走してます!
このままじゃ温泉街が吹き飛びます!」
美月がベリオールを睨みつける。
「アンタね……最初から仕組んでたでしょ!」
ベリオールは肩をすくめ、薄い笑みを浮かべた。
「さて、どうだろうね。
“湯の源”を抑えた者が勝者だ。
それだけは事実だが?」
勇輝は歯を食いしばる。
「……やっぱり、最初から狙ってたな!」
■湯源地へ
暴走する魔力が空を紅く染め、
温泉街全体が低い唸り声のような振動を上げている。
その中を、勇輝・加奈・美月は避難誘導しながら走った。
湯気は熱を帯び、まるで触れるだけで皮膚を焼くようだった。
「勇輝さん! ここ、もう温泉じゃない……
“異界ゲートそのもの”が膨張してる!」
美月が叫ぶ。
「このままじゃ、町ごと異界の狭間に沈む!!
止める方法は!?」
加奈が制御塔を見上げる。
「手動で――封印装置を再起動するしかありません!!」
勇輝は迷わなかった。
「――俺がやる!!」
■封印再起動・決死の瞬間
制御塔の頂上へ続く階段は、蒸気と光の竜巻の中。
踏み出すたびに皮膚を刺すような魔力が吹きつける。
だが勇輝は登る。
町の顔、通学する子どもたち、温泉街で働く人々。
浮かぶのは“日常の光景”ばかりだった。
(ひまわり市を守るって……俺が言ったんだろ……
こんなところで……負けるわけには――)
制御盤に手を触れた瞬間、
暴走する魔力が逆流し、身体を弾き飛ばしそうになった。
だが勇輝は叫び返す。
「ひまわり温泉は――市民のものだぁぁぁぁ!!」
手のひらを押し当て、封印陣の再起動を強行する。
ズガァァァァァン!!!
光が爆発し、周囲の景色が白く染まった。
■静寂
湯気がゆっくりと散り、
制御塔の上に勇輝が立っていた。
足元は震え、今にも崩れ落ちそうだ。
加奈が駆け寄り、顔を上げる。
「勇輝さん……!」
勇輝はかすかに笑った。
「……止まった……か……」
加奈が涙ぐむ。
「はい! ゲート、安定しました!
本当に……よくやりました!」
美月が鼻をすすりながら叫ぶ。
「……ほんっとバカリーダー!
でも……ありがとう!!」
温泉街全体に歓声が広がり、
生きている喜びを抱きしめるように人々が泣き笑いした。
■天界と魔界
セレーネが静かに空を見上げ、つぶやく。
「……人の子が、自らの意思で魔力を鎮めるとは。奇跡ね」
ベリオールは肩をすくめる。
「まったく……だから人間は侮れない」
勇輝が二人を見据える。
「これが――俺たちの“町の生き方”です」
セレーネが頷く。
「ならば、聖湯指定案は撤回します」
ベリオールも微笑む。
「ふん。次に来るときは、我らが客として湯に浸かってやる」
会場全体が拍手に包まれた。
ひまわり市は――守られた。
■エンディング・夜の温泉街
修復が進む温泉街。
湯気は穏やかで、まるで町全体が深呼吸するように揺れている。
美月が夜空を見上げて言う。
「……結局、今日もドラマチックだったね」
勇輝は苦笑しながら湯気に手をかざす。
「この町、静かな日ってあるのか?」
加奈は笑顔で首を振った。
「でも……みんな生きてる。
それだけで十分ですよ」
勇輝はゆっくりと頷いた。
「……ああ。
ひまわり市は――今日も、営業中だ」
夜空に、湯気をまとったひまわりの幻影がふわりと浮かぶ。
『異界に浮かぶ町、ひまわり市』
第39話「魔界と天界、湯けむりの決戦!」 END
次回予告(第40話・シーズンフィナーレ)
「異界に咲く約束の花」
温泉騒動が収束した直後、
突然――“地球との通信回復”という報せが届く。
戻るか、この世界に残るか。
町の人々に迫られる、人生最大の選択。
そして勇輝と加奈もまた、
それぞれの“想い”と向き合うことになる――。
「俺たちはもう、異界の住民だ」
――次回、怒涛の最終話。
ひまわり市、未来への決断。




