第181話「ご当地グルメの商標争い:エルフ商人が強い」
温泉街の空気が、最近やたらとうまい。
湯けむりに混じって、揚げ物の香りが漂うからだ。
ひまわり市の新名物――ひまわりコロッケ。
外はサクッ、中はほくほく。地元の芋と玉ねぎ、そして“異界の香草”をほんの少し。
屋台でも旅館でも、買い食いでも、お土産でも売れている。
売れている――はずだった。
「主任! 商工会が“戦争”です!」
美月が、パンフ刷新の束を抱えたまま飛び込んできた。
「最近その単語、軽く使いすぎじゃない?」
「軽くありません!
『ひまわりコロッケ』の名前が取られかけてます!」
「……名前?」
加奈が紙袋を机に置いて、眉をひそめる。
「取られるって、どういうこと? 名前って取れるの?」
「商標です!
エルフ商人が“ひまわりコロッケ”を商標登録して、独占しようとしてます!」
「独占!? うちの町の名物を!?」
勇輝の声が一段上がった瞬間、内線が鳴った。
商店街会長の声が、今日は怒りで喉が震えている。
『勇輝主任!!
エルフの商会がな、“ひまわりコロッケ”って名前を“うちの物”にするって言ってきた!
そんなの通したら、うちの店が全部“名前使えない”じゃねぇか!』
「それ、最悪です。今すぐ行きます!」
背後に気配。
市長が入ってきた。今日は 口元は穏やかなのに、目がまったく冗談を許さない顔。
「“名前”は町の看板だ。
看板を取られたら、観光の足場が崩れる」
「ですよね! 崩れます! 胃も崩れます!」
1.商工会議室:コロッケが“法律”で揚がる音
商工会の会議室は、珍しくぎゅうぎゅうだった。
精肉店、総菜屋、旅館、屋台組合、観光課、そしてエルフ商会の代表。
その中心に立っていたのは、例のエルフ商人――ラウレン。
髪は銀、笑顔は丁寧、言葉は切れ味抜群。
「誤解があるようですね。
私は“独占”したいのではありません。
品質を守りたいのです」
「品質守るって言い方で独占するやつだ、それ!」
商店街会長が机を叩く。
会議室の空気が揚げ油みたいに熱くなる。
ラウレンは動じない。
「現状、“ひまわりコロッケ”という名で、何でも売られている。
芋が入っていないもの、揚げていないもの、甘いもの……
それらが混ざれば、信用が落ちる。
信用が落ちれば、町が損をする」
「ぐっ……正しいこと言ってるのが腹立つ!」
加奈が小声で勇輝に言う。
「でも、確かに最近“ひまわりコロッケ風クッキー”とかあったよ」
「誰だよそれ作ったの!」
屋台のおじさんが、そっと手を挙げた。
「……売れたんだよ」
「売れるな!!」
美月がタブレットを見ながら口を挟む。
「SNSでも『これコロッケじゃなくない?』って突っ込まれてます。
炎上未満だけど、火種はあります」
「ほらみろ!」とラウレンが言いたげな顔をする。
腹立つ。
勇輝は深呼吸して前に出た。
「品質を守る必要はあります。
でも、商会が単独で商標を取ると、町の事業者が名前を使えなくなる可能性がある。
それは、町全体の活力を殺します」
「では、代案は?」
ラウレンが、にこやかに問いを投げる。
完全に“試験官”の目だ。
市長が一歩出る。今日は 笑わずに、低い声で場を押さえる。
「代案は“共同管理”だ。
町の名物は、町で守る」
「共同管理……」と会長が呟く。
勇輝は頷いた。
「商標を“誰かの私物”にしない。
ひまわり市としてのブランドにして、使う人には基準を守ってもらう。
守る代わりに、みんなが使える」
2.ひまわり市式:商標を“囲い込む”んじゃなく“守りながら開く”
ホワイトボードに、勇輝は大きく書いた。
ひまわりコロッケ ブランド方針(案)
名称は「ひまわりコロッケ」
認定条件を作る(材料・製法・表示)
認定店はロゴ使用可(パンフ・SNSで優遇)
認定外は「風」「類似」表記を義務(誤認防止)
管理は“協議会”で(市+商店街+旅館+屋台+第三者)
「第三者?」
会長が眉を上げる。
「審査が身内だけだと揉めます。
公平性のために第三者枠が必要です」
そこで加奈が、自然に手を挙げた。
「喫茶ひまわり、商店街の端っこだけど、観光客の声はよく聞くよ。
第三者っていうなら、そういう“客の目線”も入れない?」
会長が「おう」と頷く。
屋台のおじさんも頷く。
みんな、加奈の言葉は信用している。
ラウレンが静かに言った。
「管理が甘ければ、無意味です」
「甘くしません。
むしろ、基準を“守れる強さ”に落とす。
現実に守れない基準は、紙の上で美しいだけです」
美月が小声でぼそっと言う。
「主任、珍しくカッコいいこと言いました」
「褒めるな、胃が落ち着かない」
3.事件:エルフ商会、先に出願していた
ここで、観光課の職員が青い顔で資料を差し出した。
「主任……すでに、ラウレンさん側が“出願”を……」
「えっ」
会議室が凍った。
会長が立ち上がりそうになる。
「先に出してたのか!?」
ラウレンは悪びれずに言った。
「市場の混乱を止めるには、速度が必要です。
だから動きました」
「うわぁ……!」
加奈が思わず声を漏らす。
美月がタブレットを握りしめる。
「これ、SNSに出たら炎上しますよ……“名前を奪われた町”って」
勇輝は、胃がキュッとなるのを感じた。
でも、ここで怒鳴っても解決しない。
行政は、怒鳴るより道を作る。
「出願は取り下げられますか」
勇輝が真っ直ぐ聞くと、ラウレンは少しだけ目を細めた。
「条件次第です」
「条件を出してください。
ただし、町の名前を“町の外”に持っていく条件は飲めません」
市長が、短く頷いた。
今日は 背中で“行け”と言う雰囲気 がある。
ラウレンは言った。
「品質基準を“文書”で作る。
監査を入れる。
違反にはペナルティを設ける。
その運用が“回る”なら、出願は取り下げましょう」
「回る運用なら、こちらも得です」
勇輝は即答した。
「ただし、運用の主導はひまわり市と協議会。
エルフ商会は“協力者”として参加してください」
「協力者……」
ラウレンが一瞬だけ考え、頷いた。
「良いでしょう。
私の目的は独占ではない。
“信用が守られること”です」
「言い方が腹立つけど、目的は一致した!」
4.解決:ひまわりコロッケ認定制度、爆誕
その場で、暫定の決定がまとまった。
商標は当面、市が出願(※ラウレンの出願は取り下げ)
認定制度を1か月で作る
認定ロゴを配布(パンフと連動)
認定外は「ひまわり風」表記(誤認防止)
監査は月一、簡易チェックは週一(“回る監査”)
会長が腕を組み、ようやく息を吐いた。
「……守れるなら、守ろう。
名前は、町の誇りだ」
加奈が笑う。
「喫茶ひまわりでも“認定コロッケサンド”出せるね」
「出すな、仕事増える!」
「でも売れるよ?」
「売れるなら検討します……」
美月がすぐ写真を撮って言った。
「『ひまわりコロッケ、公式認定制度スタート!』
これ、良いニュースとして流せます!」
「頼むから煽る文章はやめろよ!」
市長が、最後に 小さく口元だけ緩める。
「争いを、仕組みに変えた。
町が一段、強くなったな」
「強くなるたび胃が削れるの、そろそろ何とかしてほしいです」
「胃薬は予算化するか?」
「予算化しないでください!!」
会議室の空気が、ようやく揚げたてコロッケみたいにほぐれた。
“名前”は奪われず、守られ、そして開かれる形ができた。
ひまわり市は今日も、名物一つで行政を学んでいた。




