第180話「異界観光パンフ刷新:写真が全部“盛りすぎ”」
ひまわり市役所・異世界経済部。
机の上にはパンフレットが山のように積まれていた。
紙の山――つまり、嫌な予感の山だ。
「主任! ついにやります!」
美月が、キラキラした目で宣言した。
「何を?」
「観光パンフ刷新です!
星空タイムも、ドラゴン係留場も、異界屋台も、全部載せます!」
「全部載せは胃が死ぬやつだ」
加奈が紙袋を置き、パンフの山を一枚めくる。
――そして、固まった。
「……これ、何?」
「表紙です!」
表紙には、温泉街の写真。
ただし普通じゃない。
湯けむりが、虹色に輝いている。
空にはドラゴンが十体くらい飛んでいる。
星空は昼なのに見えていて、しかも流れ星が三本。
さらに、旅館の前で妖精が輪になって踊っている。
「盛りすぎだろ!!」
勇輝のツッコミが、役所に響いた。
「現実の温泉街に流れ星三本は無理だよね……?」
加奈が遠い目で言うと、美月が胸を張る。
「異界なら可能です!
“可能性”を見せるのが広報です!」
「広報は可能性の捏造じゃない!!」
内線が鳴った。
商店街会長の声が、今日は妙に元気だ。
『勇輝主任! パンフの試作、見たぞ!
あれ、すごいな! 夢がある!
……でも、うちのコロッケが“金色に発光”してるの、何だ?』
「何だよそれ!!」
背後から市長が現れた。
今日は 「面白そうな案件を前に、口元だけ少し緩む顔」。
「盛るのは商売の基本だ。
だが、盛りすぎると信用を失う」
「そこです! そこを今から止めます!」
1.パンフが“詐欺”になりかけている
会議室に広報チームが集まる。
美月、観光課、デザイナー(ドワーフ)、エルフ商会の協力者、そしてなぜか妖精代表までいる。
妖精代表は小さく腕を組み、冷たく言った。
「嘘、嫌い」
「ですよね!!」
勇輝はパンフのページをめくった。
そこにも盛りが暴走している。
「温泉に入ると肌が三日光る!」
「屋台のスープが踊って客席にサービス!」
「ドラゴンが無料で送迎!(※気分次第)」
「星空タイム、毎晩流星群確定!」
「確定って書くな!!
行政が“確定”って書く時は条例か予算だけだ!」
美月が口を尖らせる。
「でも現実のままだと地味じゃないですか!」
「地味でもいい。
“本当に来たらちゃんとある”が最強だ」
加奈が頷いた。
「パンフって、夢を見せるけど、期待も作っちゃう。
期待を裏切ると、二度と戻ってこない」
市長が短く言う。
「信用は資本だ」
「珍しく短くて重い言葉!」
2.原因:異界の“盛り文化”と、現代日本の“誠実文化”がぶつかっている
エルフ協力者が穏やかに言った。
「異界では、宣伝とは誇張です。
誇張してこそ、客は“現地で真実を確かめる”」
ドワーフデザイナーが頷く。
「派手な方が売れる。
それはどの世界も同じだ」
勇輝が頭を抱える。
「でも日本の観光は、レビュー文化が強い。
『写真と違う』が一発で拡散する。
信用が崩れたら、回復に年単位かかる」
美月が小さく呟く。
「……炎上は嫌です」
「嫌なら誠実に盛れ」
「誠実に盛る?」
加奈が笑った。
「“盛り方”を変えるってことじゃない?」
「そう。
嘘じゃなく、魅力を強調する。
写真を加工するんじゃなく、“見せ方”を工夫する」
方針:①“盛り禁止ライン”を決める、②写真は基本ノー加工(色味調整まで)、③表現は“体験ベース”に、④異界の魅力は“注釈で遊ぶ”
禁止:効果の断定・過剰な誇張
写真:盛らない(証拠になる)
文章:体験・雰囲気で盛る
注釈:異界っぽい遊びはOK(ただし嘘はNG)
3.“盛り禁止ライン”会議
勇輝はホワイトボードに線を引いた。
盛りOK
「湯けむりが幻想的」
「星空タイムで星が見える」
「ドラゴンを間近で見られる日も」
「屋台の多国籍感が楽しい」
盛りNG
「確定」「必ず」「毎晩流星群」
「入ると光る」「治る」「効果が出る」
「無料で送迎(気分次第)」
「食べると強くなる」
「断定はダメ。効果はダメ。
“日による”“場合による”は書け。
行政はその一言で救われる」
美月が小さく手を挙げる。
「でも“場合による”って書くと弱く見えません?」
「弱く見えない書き方にする。
“一期一会”に変換する」
「一期一会?」
加奈が提案する。
「例えば、
『ドラゴンが空を横切る日もあります』
じゃなくて、
『運が良ければ、空を横切るドラゴンに出会えるかも』
の方がワクワクする」
「それだ!」
勇輝が即答する。
「嘘じゃない。断定じゃない。
でも夢はある。これが誠実な盛りだ」
妖精代表が小さく頷く。
「嘘じゃないなら、いい」
「妖精審査、通りました!」
4.事件:表紙の“流れ星三本”は誰が入れた
問題の表紙。
誰が流れ星三本を入れたのか。
美月が目を逸らした。
「……入れたのは……ドワーフさんです」
ドワーフデザイナーが胸を張る。
「かっこいいだろ」
「かっこいいけど、現実に三本流れない!」
ドワーフが腕を組む。
「流れ星は出るだろ。
一生に三本くらい」
「人生スケールで誤魔化すな!!」
市長が少し考え、言った。
「流れ星は消せ。
代わりに、星空タイムの“本物の写真”を載せろ」
「撮れるんですか?」
美月が言うと、市長が淡々と言った。
「撮れる。
夜の減光が効いている。
星が戻ったんだろう?」
勇輝が頷く。
「撮れます。
今夜、撮影班を組みます。
加工で盛るんじゃなく、“現場を整えて盛る”。
これが役所の勝ち方です」
「かっこいいこと言ってるけど、夜勤確定だな……」
「確定って言うな!」
5.解決:パンフが“信頼できる夢”になる
その夜。
星空タイム。温泉街の灯りが落ち、提灯が揺れる。
湯けむりの向こうに、星がちゃんと見えた。
美月がカメラを構えて、息を呑む。
「……加工いらない。
これ、写真だけで強い」
加奈が小さく笑った。
「本物って、強いよね」
翌日。
パンフは刷新された。
写真は基本ノー加工(色味調整のみ)
表現は“体験”中心
注釈で異界らしい遊び(ただし嘘なし)
“運が良ければ” “出会えるかも” のワクワク表現
商店街会長がパンフを見て言った。
「前のより地味だな……と思ったけど、読んでると行きたくなるな。
これならクレームも減りそうだ」
妖精代表も頷いた。
「嘘がない。いい」
市長が、今日は 「少し誇らしげに頷く表情」 を見せた。
「宣伝は、信用の借金だ。
返せる範囲で借りろ」
「名言っぽいの出たな……」
勇輝はパンフの束を抱え、深呼吸した。
町の魅力を盛るのは、簡単じゃない。
でも“本当にいい町”なら、盛り方は誠実でいい。
ひまわり市は、また一歩だけ観光地として強くなった。




