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異界に浮かぶ町、ひまわり市 ー転移した山奥のまち、異世界対応中!ー  作者: ひまわり あおい


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第179話「魔王領から“職員研修”が来る(上から目線)」

 朝のひまわり市役所。

 冬みたいに澄んだ空気の中、職員たちはいつも通り――いや、いつも以上に落ち着かない顔で動いていた。


 理由は単純。


「主任! 魔王領から来ます!」


 美月が、開庁前の静けさを破って言い切った。


「……来る?」


「来ます! “職員研修”です!

魔王領の役人が、“人間行政を学びに”来るって名目で……!」


「名目で?」


 勇輝が眉を寄せると、美月がタブレットを突き出す。

 画面には魔法通信の文面。


『貴市の行政運用を視察し、改善提案を行う研修を実施する。

遅滞なき受け入れを求む。』


「改善提案を行う研修って何だよ。研修じゃなくて査察じゃねぇか」


 加奈が紙袋を机に置きながら、静かに言った。


「“求む”って書き方がもう、上からだね」


「上からの匂いがするな……」


 内線が鳴る。総務の係長が青い顔で言った。


『主任、来庁予定は本日10時。人数は五名。

肩書が……“魔王領 行政統制局・研修官”です』


「統制局!? 治安系じゃないの!? 行政のやつ!?」


 その瞬間、背後で足音。

 市長が入ってくる。今日は 口元は軽いのに目が全然笑ってない顔 だった。


「いいね。相手が“行政で殴ってくる”なら、こちらも行政で返すだけだ」


「返したくないんですが!? 胃が死ぬんですが!?」


「胃は後で労わればいい」


「後っていつだよ!!」


1.魔王領研修官、到着(礼儀はある、圧はもっとある)


 10時ちょうど。

 市役所正面玄関に、黒いマントの集団が現れた。


 先頭は、背が高く、角が小さく尖った魔族の女性。

 黒髪をきっちり結い、書類ケースを抱えている。目が鋭い。

 名札にはこう書いてあった。


研修官 ヴァルミナ(魔王領 行政統制局)


 ヴァルミナは一礼する。丁寧。

 ――ただし、言葉は一切柔らかくない。


「本日より研修を実施する。

貴市の行政手順、窓口応対、決裁系統、帳票管理、住民対応を確認する」


「確認って言うより、完全にチェックリストだな……」


 勇輝が口に出しかけた瞬間、美月が耳元で囁いた。


「主任、やめてくださいね。今の人、言葉で斬ってきます」


「怖っ」


 続いて四名。

 若手の魔族が二人(ノートの持ち方がガチ)、護衛っぽい屈強な魔族(視線が刺さる)、そしてなぜか――片眼鏡の小柄な人物。


「……エルフ?」


 加奈が小声で言うと、ヴァルミナが淡々と答えた。


「会計監査役の協力者だ。

異界の金は混ざる。なら専門が必要だろう」


「専門って言い方が腹立つほど正しい」


 市長が一歩出て、にこやかに手を差し出す。今日は 営業スマイルの皮を被った戦闘態勢。


「ようこそ、ひまわり市へ。

我々も学べることがあれば歓迎します」


 ヴァルミナは握手し、目だけで周囲を測った。


「歓迎は不要。必要なのは協力だ」


「うわぁ……」


 加奈が小さく呻き、美月がタブレットを抱え直す。

 勇輝は深呼吸して、頭を切り替えた。


「よし。行政勝負だ。受けて立つ」


2.研修の名を借りた“マウント”が始まる


 最初の研修場所は窓口。

 転入届、保険、観光案内、異界通貨の相談……今のひまわり市で一番忙しい場所だ。


 ヴァルミナは言う。


「まず質問だ。

受付窓口が複数あるのに、案内は一枚の紙だけか。

誘導が弱い。動線が乱れる」


 いきなり刺す。


「案内板は増やしてます。多言語も導入中です」


 勇輝が答えると、若手研修官がメモしながら冷たく言った。


「導入中は、未導入と同義」


「ぐっ……!」


 美月が横で小声。


「主任、今のは刺さります。でも言い返すと負けます」


「言い返さない。事実を出す」


 勇輝は職員に目配せし、棚から一式を取り出した。


「これが“迷子カード”。

多言語放送テンプレ。

そして『ひまわりレート』掲示。

現場の混乱を減らすため、段階導入で運用してます」


 ヴァルミナの眉が微かに動く。


「……ほう。テンプレ化は合理的だ。

だが、紙が多い。紙は紛失する」


「停電にも魔力干渉にも強いです」


「魔力干渉……?」


 護衛役が一瞬だけ首を傾げた。

 勇輝は頷く。


「こっちは“魔導インフラ点検日”にWi-Fiが落ちます。

紙は最後まで残る」


 ヴァルミナは、納得したような、していないような顔で言った。


「環境に合わせた運用か。

……では次。決裁だ」


3.魔王領の決裁スピード vs ひまわり市の合意形成


 会議室。

 決裁フローの資料を出すと、魔王領側が反応した。


「決裁に“協議”が多い。

なぜ一人で決めない」


 勇輝は一瞬、言葉に詰まる。

 ここは価値観が違う。


 市長が先に口を開いた。今日は 静かに圧を返す声。


「町は“一人の判断”だけで動かない。

住民の生活に関わる。だから合意が必要だ」


 ヴァルミナが返す。


「合意を取る間に、機会は逃げる」


 加奈が、思わず前に出た。


「でも、勝手に決めたら反発が出る。

反発で止まったら、もっと機会を失うよ」


 ヴァルミナは加奈を見る。


「……喫茶店の娘が、行政に口を挟むのか」


 空気が凍る。


 勇輝の胃が「ギュッ」と鳴った。

 だが加奈は引かない。にこりともせず、淡々と言う。


「町のことだから。

観光客の声も、住民の声も、毎日聞いてる。

役所だけが町を知ってるわけじゃない」


 美月が心の中で拍手してそうな顔をした。


 ヴァルミナは数秒黙り、やがて言った。


「……現場の声を吸う窓口があるのは強い。

だが、責任の所在は曖昧になる」


「そこは“議事録と決裁記録”で担保します」


 勇輝は机に、運用ルールを置いた。


誰が提案したか


誰が承認したか


いつ実施したか


いつ見直すか


苦情と改善ログ


「意思決定の過程を残す。

合意形成の遅さを、透明性で補う。

ひまわり市はそれで走ってます」


 ヴァルミナが、少しだけ目を細めた。


「……面倒だが、崩れにくい仕組みだな」


「面倒って言うな! 褒め言葉として受け取ります!」


4.本丸:魔王領が狙うのは“金”だった


 最後にヴァルミナが出したのは、会計の話だった。


「異界通貨を扱う以上、帳簿が要る。

レート更新、両替上限、ポイント制度……

それらは“抜け道”を作る」


 片眼鏡の協力者エルフが静かに続ける。


「市の両替所が“観光・生活用”を名目にしているのは良い。

しかし監査の観点では、曖昧さはリスクです」


「曖昧さを潰すと現場が死ぬ。

現場を生かしながら、抜け道を塞ぐ。

そのラインを探ってるんです」


 勇輝が答えると、ヴァルミナが言った。


「では提案する。

魔王領式の監査票を導入せよ」


 美月が小声で呻く。


「来た……。押しつけ来た……」


 加奈も顔をしかめる。


「それ入れると、現場、死ぬやつだよね」


 勇輝は即答しない。

 ここで拒否すると、“協力しない”のレッテルが付く。

 受け入れると、現場が終わる。


 市長が一歩出た。今日は 笑わず、まっすぐな声。


「導入はする。

ただし、ひまわり市仕様に“軽量化”して」


 ヴァルミナが眉を上げる。


「軽量化?」


「監査票を“全部”導入しない。

要点だけ抜き出し、週一の簡易監査にする。

月一で詳細監査。

段階導入だ」


 勇輝が引き継ぐ。


「現場が回らなくなれば、監査対象そのものが崩れます。

監査は、壊すためじゃなく守るためにある。

だから“回る監査”にします」


 ヴァルミナは沈黙した。

 若手がメモを止める。護衛が動かない。

 その数秒が、やけに長い。


 やがてヴァルミナが言った。


「……良い。

“回る監査”という思想は理解した。

だが条件がある」


「条件?」


「研修の成果として、貴市から“改善提案”を一つ提出せよ。

魔王領へ。こちらも学ぶ」


「えっ」


 美月が目を丸くする。


「向こうも学ぶんですか」


「名目だからな」


 勇輝は思った。

 この人、上から目線だけど――完全な悪ではない。

 自分の領地を守るために合理性で動いてる。

 行政の顔だ。


「分かりました。提案、出します」


5.逆転:ひまわり市の“改善提案”は、魔王領の弱点を突く


 その場で勇輝は紙を取り、提案を書いた。


提案:住民対応の“窓口テンプレ化”と“多言語カード”の導入


魔王領の行政は決裁が速いが、住民への説明が属人的になりやすい


テンプレとカードで、説明の質を均一化し、反発を減らす


反発が減れば、決裁速度が“実行速度”に直結する


 ヴァルミナが提案書を読み、初めてわずかに口元を動かした。

 笑ったというより、“認めた”に近い。


「……貴市は、遅いのではない。

遅さを、崩れにくさに変えている」


「褒め言葉として受け取っていいですか」


「半分だけ」


「半分かよ!!」


 美月が後ろで吹き出しそうになって、必死にこらえた。


 加奈が小声で言う。


「主任、胃、大丈夫?」


「半分だけ大丈夫」


「そこも半分なんだ」


 市長が、ようやく 肩の力を抜いた表情 を見せた。


「これで研修は、研修になったな」


「最初から研修であってほしかった!!」


6.去り際:上から目線が、少しだけ“横”になる


 帰り際、ヴァルミナが廊下で立ち止まった。


「喫茶店の娘」


 加奈が顔を上げる。


「……はい」


「現場の声を吸う仕組み。

魔王領にも必要だ。

……その店、どこだ」


 加奈が一瞬固まり、次の瞬間、にこっと笑った。


「市役所のすぐ近く。

コーヒー、苦めだけど、胃には優しいよ」


「胃に優しい……重要だな」


「重要なんだ……」


 勇輝が遠い目になる。


 魔王領一行が去ると、役所の空気が一気に抜けた。

 美月が椅子に倒れ込む。


「主任……上から目線、やばかったですね……」


「やばかった。

でも、敵じゃない。

行政はだいたい、味方か敵かじゃなく“利害”だ」


 加奈が頷く。


「利害が一致したら、協力できる」


「そう。

ひまわり市は今日、“協力の線”を一本引けた」


 市長が言う。


「よし。次はその線を太くする」


「太くする前に休ませてください!!」


 胃は相変わらず痛い。

 でも、町が守られた感覚も確かにあった。


 ひまわり市は今日も、“行政で生きる”町だった。

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