第178話「妖精の苦情が止まらない:夜の光害パトロール」
温泉街の道路は綺麗になった。
騒音も時間帯で折り合いをつけた。
町は少しずつ“観光地としての体裁”を整え始めている。
……整え始めたからこそ、次の不満が生まれる。
「主任! 妖精たちが怒ってます!」
美月が、今日は開庁前から待ち構えていた。
もはや“地獄の予約”が入っている。
「妖精が怒ると、だいたい面倒だな……」
「光害です!
夜の看板が明るすぎて眠れないって!
『星が見えない!』『月が泣いてる!』って!」
「月が泣くな!」
加奈が紙袋を置きながら、すぐ顔をしかめた。
「温泉街、最近ネオン増えたもんね。
屋台も夜営業でライト増やしてるし」
「そうなんです。
観光客向けに“夜が楽しい”方向に振った結果、
妖精の暮らしが死んでます」
内線。
温泉郷の案内所から、疲れた声。
『異世界経済部さん、妖精が……看板に小石投げてます……
“光が痛い”って言って……』
「小石で済んでるなら優しい方だぞ!!」
背後から市長が現れる。
今日は 「夜更かし明けみたいに目が細い顔」 だ。
「夜の景観は大事だ。
だが、星も資源だな」
「星が資源になった瞬間、急に難しくなる!!
行きます!」
1.現場:温泉街の夜が“昼みたい”になっていた
夜の温泉街。
歩くと楽しい。看板が光り、屋台が賑わい、足湯の灯りが揺れる。
観光客の笑い声も増えた。写真も撮られている。
……でも、妖精の視点だと、地獄だった。
街灯の下、妖精たちが小さな集団で腕を組んでいた。
光を避けるように、影に集まっている。
「まぶしい」
「痛い」
「星、消えた」
「月、見えない」
短い言葉が、刺さる。
加奈が小声で言った。
「妖精って、夜の森で暮らすんだよね。
光に弱いのは分かる」
美月がタブレットを見せる。
「苦情が止まりません。
昨日だけで五十件。妖精界の掲示板でも炎上してます」
「妖精界にも炎上概念あるの!?」
案内所の職員が言う。
「しかも、妖精の苦情は“集団で同時に来る”ので、圧がすごいです」
「圧が小さいくせに圧がすごいの、最悪だな!!」
2.問題:観光の“夜の活気”と、妖精の“夜の暮らし”が衝突している
勇輝は整理した。
夜の看板・照明が増えた(観光に効く)
妖精は光に弱い(生活が死ぬ)
星空は景観資源(人間にも価値)
でも安全のための街灯は必要
「つまり、“全部消す”も“そのまま”もダメ。
光を“制御”して、両立させる」
市長が、短く頷いた。
「光の条例だな」
「条例って言うな!!
……でも、やることは条例だ!」
方針:①光の強さを段階化、②時間帯で切り替え、③妖精の通れる“暗い道”を作る、④守る店が得する仕組み
光のレベル設定(明るさ上限)
時間帯で減光(深夜は控えめ)
妖精回廊(暗い導線)
協力店マーク(観光にもプラス)
①光の上限:まず“痛い光”を止める
勇輝は看板屋と商店街を集め、現場で確認した。
問題は、強いLEDと点滅の派手な看板。
妖精には“刃物”みたいに刺さるらしい。
「まず、点滅は禁止。
それと、光の直撃を減らす。
下向き照明、遮光フード、拡散カバー」
看板屋が言う。
「でも派手じゃないと客が――」
「派手の代わりに“雰囲気”で勝つ。
温泉街はネオン街じゃない。
湯けむりと灯りで勝てる」
加奈がうなずく。
「提灯とか、柔らかい光の方が温泉街っぽいよ」
「そう。
温泉街のブランドに合わせる」
②時間帯で減光:深夜は“星が戻る時間”にする
次に、時間で切り替える。
18:00〜21:00:観光タイム(明るめOK)
21:00〜23:00:減光(看板半分、屋台は必要分)
23:00〜:深夜モード(最小限、安全灯のみ)
美月が目を輝かせる。
「これ、“星空タイム”として売れます!
『23時から星が戻る温泉街』って!」
「観光と保護を同時にやるの、いいな」
市長が、少しだけ口角を上げた。
「星空は、観光資源だ。妖精にも、人間にも」
③妖精回廊:妖精が安心して通れる“暗い道”を作る
全部の道を暗くはできない。
だから、“暗い導線”を一本作る。
「温泉街の裏道を、妖精回廊として指定。
ここは照明を低め、看板も控えめ。
妖精が移動できるルートを確保する」
妖精たちが、ざわっと反応した。
影の中で、光が少し揺れる。
「暗い道、必要」
「安心」
「眠れる」
短い肯定。
それだけで、現場は救われる。
④協力店マーク:守る店が得をする
守るだけだと反発が出る。
だから、協力店が“見える”ようにする。
「星空協力店」マーク
(提灯の絵+小さな星)
減光に協力している店
妖精回廊に配慮している店
公式パンフとSNSで紹介
ひまわりポイントの“微増”対象にもする
「罰ではなく、得で動かす」
商店街会長が腕を組む。
「現実的だな……
ウチも“協力店”って言われる方が気分いい」
3.事件:妖精パトロール隊、勝手に出動する
制度案が固まりかけた夜。
突然、温泉街のあちこちで「ピカッ」という光が消えた。
「え?」
街灯が……消えている。
数カ所まとめて。
美月が青い顔になる。
「主任! 停電じゃないです!
妖精が“光を摘んで”ます!!」
「摘むな!! 光は果物じゃない!!」
影の中から妖精が出てきて、堂々と言った。
「まぶしい。消す」
「消すな!
安全灯まで消したら人間が転ぶ!」
加奈が慌てて言う。
「夜道で転ぶのは危ないよ!」
妖精は少しだけ迷う。
その迷いを見て、勇輝は即決した。
「よし。パトロールを一緒にやる。
妖精だけで勝手に消すな。
人間だけで勝手に光らせるな。
“合同パトロール”にする」
市長が頷く。今日は 「現場で腹を決めた顔」。
「合同でやれ。秩序は共有だ」
4.解決:夜の光が“ルール”になる
翌日から。
21時:減光開始
23時:星空タイム(深夜モード)
妖精回廊:常時低照度
合同パトロール:人間+妖精(安全灯は残す)
温泉街の灯りが、柔らかくなった。
提灯の光が増え、看板は下向きの間接照明に変わっていく。
そして、23時を過ぎると――星が戻った。
「わあ……」
観光客が空を見上げて、息をのむ。
湯けむりの上に、星が滲むように浮かぶ。
妖精たちも、影の中で静かに頷いていた。
「星、戻った」
「痛くない」
「ここ、好き」
加奈が小さく笑う。
「夜って、明るければいいわけじゃないんだね」
「観光は“雰囲気”だ。
雰囲気は、守るほど強くなる」
美月がタブレットを見て嬉しそうに言った。
「『星空タイム最高』って投稿が増えてます!
炎上が、褒めに変わってます!」
「炎上を褒めに変えるな!
……いや、変わるなら大歓迎だ!」
市長が、今日は 「満足そうに息を吐く表情」 を見せた。
「これで夜の温泉街も、ひまわり市の顔になったな」
「顔が増えすぎて管理が大変ですけどね……」
でも、夜の空は確かに綺麗だった。
町が“光を操れる”ようになったことが、少し誇らしく感じた。




