第170話「異界列車、大暴走!? 市役所、緊急乗り込み対応!」
――ひまわり市役所の朝。
美月はタブレットを抱え、廊下を全力で駆けていた。
「主任ーーっ!! 大変です!!」
勇輝は会議資料を広げたところで顔を上げる。
「今度は何だ?」
「異界連絡線の列車が、勝手に走り出して止まらないらしいんです! 駅員さんから緊急通報が!」
加奈が静かにメガネを押し上げながら補足した。
「魔導エンジンが暴走すると、自律運転に切り替わって……指定された“願望路線”を好き勝手に走り回るんです」
美月が頭を抱えた。
「願望路線って何!? そんなの存在していいんですか!?」
勇輝は椅子を蹴るように立ち上がった。
「行くぞ。異界列車の運行管理は、市役所の責任だ」
――ひまわり中央駅・異界連絡ホーム。
構内は非常ベルが鳴り響き、駅員たちがパニック寸前で走り回っている。
ホームに滑り込んだ列車は――
停車する代わりに、狛犬の像のような顔をした車頭がふんぞり返り、勝手に汽笛を鳴らした。
「がぉぉーーーっ!!」
美月は耳を塞ぎながら叫んだ。
「いやもう列車じゃないでしょこれ!? 生きてるじゃん!!」
加奈が淡々と答える。
「異界製ですから。たまに人格が芽生えるんです」
「そんなことがあってたまりますか!!」
勇輝は車両制御端末を駅員から受け取り、状況を確認する。
「……やっぱりだ。願望路線に切り替わってる。“好きな場所へどこまでも走る”モードだ」
美月は震える声で聞いた。
「そんなモードいらないでしょ……!」
「異界の観光列車は自由奔放がお約束だからな」
勇輝は短く息を吐き、決断する。
「美月、加奈。乗り込んで暴走を止める。ダイヤがめちゃくちゃになる前に」
美月が叫ぶ。
「ええええっ!? 乗るんですか!? あれに!?」
加奈は小さく頷く。
「乗らなきゃ止められません」
――列車前方。
勇輝がドアを叩くと、列車がむくりと目を光らせた。
「……あー、あなたたちか。乗るの?」
「もちろんだ。走り続ける気か?」勇輝は冷静に返す。
列車は鼻息を荒くして答えた。
「止まりたくない。だって今日は天気がいいし! 山も海も空も全部走りたい!」
美月は頭を抱える。
「列車の願望が自由すぎる……!」
加奈が勇輝に小声で言う。
「このタイプは“乗客の要望”が上書きになります。強い理由を提示すれば止まる可能性が」
「市長もよく動機づけが強すぎると暴走しますよね……」美月がぼそっと言う。
勇輝は少し考え、車頭に向き直った。
「このまま走り続けたら、異界側の踏切が閉まりっぱなしになる。住民の生活が困るぞ」
列車はしばし沈黙し、眉のようなライトをひくつかせる。
「えっ……みんな、困るの?」
「そうだ。だから止まってくれると助かる」
列車はぐらりと揺れ、考え込むような音を立てた。
「……でも走りたい……」
「市役所も走りたいよ!! でも仕事だから止まって!!」
突然、美月が全力で叫んだ。
列車はびくっと震えた。
「き、緊迫した業務……!」
加奈が続ける。
「あなたが止まってくれたら、駅長さんが“丸洗いメンテナンス”してくれますよ。新しいワックスも」
列車の目が輝いた。
「ワックス!! ピカピカになるやつ!?」
「そう、それ」
列車は照れたように鼻息をふんわり漏らした。
「……じゃあ、止まってもいい……」
次の瞬間、列車は静かにブレーキをかけ、完全に停止した。
美月はその場にへたり込む。
「はぁぁ……怖かった……」
勇輝は端末で制御を確認し、駅員に返した。
「制御モード、通常運転に戻した。今日の運行は再開できるはずだ」
駅員は涙目で頭を下げる。
「助かりました! 本当に助かりました!!」
――その時、ホームの奥から市長がのんびり歩いてきた。
「お、なんだ……列車が止まったのか? 暴走してたと聞いたぞ?」
美月が呆れ果てた顔で質問する。
「なんで市長がここにいるんですか?」
「通勤だよ。今日は異界側で会合があってな……あれ? 列車のやつ、なんかピカピカじゃないか?」
列車は誇らしげにライトを点滅させた。
「ワックス予定だからね!」
市長はぽかんと口を開けた。
「……最近の列車はよく喋るなあ」
勇輝は額を押さえ、小さく呟いた。
「喋るようにした覚えはないんだがな……」
――こうして、暴走異界列車騒動は、なんとか市役所の対応で収束した。




