第160話『竜王の秘宝、ひまわり市でひそかな騒動』
◆午前・ひまわり市庁舎・広報室
封筒は、ただの紙のはずだった。
けれど勇輝がそれを手に取った瞬間、紙の薄さが妙に頼りなく思えた。薄いものが、薄いもののまま「重さ」を運んでいる。そういう感覚がある。
彼は深呼吸をする。深呼吸は落ち着くためではなく、落ち着かせるためにする。自分の中の現実を、身体に追いつかせるために。
竜王領から届いた秘宝は小ぶりだった。
小ぶりであることが、かえって怖い。大きなものなら距離を取れる。小さなものは手の届く場所に置けてしまう。手の届く危険ほど扱いが難しい。
秘宝は眩い光を放っていた。
光は明るいというより、濃い。
濃い光は視界を満たし、満たされると人は「見た気」になる。見た気になったとき、人は油断する。
美月が紙袋を開け、目を丸くした。
「光が生きてるみたい」
生きている、という比喩はここでは比喩になりきらない。光が意志を持っているように揺れる。揺れは呼吸に似ている。呼吸する光が、部屋の空気を少しずつ変えていく。
加奈は慎重にそれを取り出した。
「魔力が不安定」
彼女の声は低く、言葉は短い。短い言葉ほど、本気の匂いがする。
少しでも油断すると町中に暴走しかねない。
暴走――火と光が暴走する映像が、勇輝の中にすぐ浮かぶ。浮かぶから、目の前の秘宝が余計に静かに見える。静かなものほど怖い。
勇輝は秘宝を見つめながら考えた。
町のイベントに使えるか。使えるなら、町の景観はまたひとつ増える。けれど危険すぎるか。危険を「使う」ことは、危険を「抱える」ことでもある。
町おこしは、いつから危険と仲良くなる仕事になったのだろう、と彼は思う。なった、のではなく、そうせざるを得なくなっただけかもしれない。
◆昼・ひまわり公園
試験を兼ねて、公園の一角で秘宝の力を確かめることになった。
公園は開けている。開けている場所は、危険を逃がせる。逃がせると信じられる。信じられることが、少しだけ手を動かす。
秘宝から放たれる光は、草木や空気に触れるとふわりと反応した。
触れた、というより、触れ返す。
空気が光を受け取るのではなく、光が空気の温度を測っているように見える。
光の鱗――小さな竜の鱗のような粒が、ちらちらと広がり、まるで町全体を包む尾の動きみたいに揺れた。
美しい。
美しいからこそ、怖い。
美しいものは、人を近づける。近づいた瞬間に危険が始まることを、勇輝は経験で知っている。
子どもたちが興味津々で寄ってくる。
「飛び回る光だ」
飛び回る――言葉が、危険を遊びへ変換してしまう。遊びへ変換された危険は、手が伸びる速度を上げる。
勇輝は手を広げて制止した。
近づきすぎるな。ちょっとの接触でも火力がある。
火力という言葉は、役所の現場では異物だ。けれど異物が日常に混ざり込んでしまったのが、この町の今なのだろう。
美月は笑顔で手を振った。
安全に見せる演出もできるかも。
彼女の言葉にはいつも「可能性」がある。可能性は町を動かすが、同時に町を危うくする。動かない町は死ぬ。動きすぎる町も壊れる。その間を歩くのが、たぶん今のひまわり市だ。
加奈は光の動きを確認しながら調整した。
ほんの少し抑えるだけで、安全に保てる。
ほんの少し――その言葉の中に、彼女の神経が詰まっている。ほんの少しの差が、火傷と無事を分ける。
◆午後・庁舎屋上
ところが、秘宝の光は風に影響された。
風が悪いわけではない。風はただ吹く。
吹くものに、光が乗ってしまう。乗ってしまった瞬間、制御は一段難しくなる。
屋上の風は強く、光の鱗は予想外の方向へ飛び出した。
町のカフェや商店街へ――
小さな光が舞い込み、住民たちが驚きの声を上げる。
驚きの声は、悲鳴ではなく、問いに近い。なんだこの光、と。
問いに近いからこそ、ここにはまだ余裕がある。問いが悲鳴に変わる前に、手を打たなければならない。
「落ち着け」
勇輝は調整装置を操作しながら、自分に言い聞かせた。
落ち着け、という言葉は、状況への命令ではなく、心臓への命令だ。心臓が早く打つと、指が震える。指が震えると、操作が狂う。狂うと、光が増える。
美月は端末で記録を取りつつ、町民に笑顔で呼びかけた。
「面白い演出だと思って」
面白い、と言うことで、恐怖を薄める。恐怖を薄めることで、人々の動きを止める。止まってくれれば、事故の確率が下がる。
彼女の笑顔は、ただの明るさではない。現場を守るための明るさだ。
加奈も微調整を続け、町全体の安全を確保した。
確保という言葉が、ここではいつもより重い。安全は、確保されるものではなく、保ち続けるものだからだ。
◆夕方・ひまわり公園
最終的に秘宝の魔力は、“ひまわりの大樹”の周囲に収束した。
収束するということは、解けるということでもある。散っていたものが戻ってくる。戻ってくる場所があるというのは、町にとって救いだ。
光はゆっくりと舞い、木々や花々を照らした。
照らし方が優しい。眩しくはない。光が「ここに帰ってきた」と言っているように見える。
竜の鱗の光が、夕暮れの空気の中で少しだけ柔らかくなり、硬い輝きが温かい色へ変わっていく。
勇輝は深呼吸をして、納得の笑みを浮かべた。
危険はあった。危険は確かにあった。
それでも、景観としては悪くない。
悪くない、という言葉は控えめだが、控えめな評価ほど信用できることがある。彼はもう、軽々しく「最高だ」とは言えない。最高は、油断を連れてくる。
美月は興奮気味に言った。動画映えはバッチリ。
加奈は安心したように頷いた。使い方次第で活かせる。
使い方次第――結局そこに戻る。力そのものではなく、扱い方が町を決める。
夕陽に光る鱗のような光は、町全体をほんのり温かく包んだ。
包む光は優しい。
優しい光は、人の心をゆるめる。
ゆるむ心の中で、今日の「ひそかな騒動」は、いつの間にか「ひとつの思い出」へ形を変えていった。




