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異界に浮かぶ町、ひまわり市 ー転移した山奥のまち、異世界対応中!ー  作者: ひまわり あおい


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第159話『竜王領の秘密兵器、ひまわり市に潜む小さな冒険』

◆午前・ひまわり市・庁舎前広場


前日の光と炎は、もう消えたはずだった。

けれど余韻というものは、目に見えるものより長く残る。広場の空気はいつもより少しだけ乾き、足元の石畳が「温かかった記憶」を抱えたまま朝を迎えているように見える。


勇輝は出勤の途中で立ち止まり、広場に置かれた小さな箱を見た。

竜王領から届いた小箱。

箱という形は、何かを「安全に収めた」顔をする。けれど箱の中身が危険なときほど、箱は無邪気に見える。


蓋を開けると、見たことのない装置や小瓶が詰まっていた。

金具の光。ガラスの薄い反射。

説明書きには、手作り、とあった。竜王の手作り。

手作りという言葉が持つ温かさが、ここでは逆に怖い。大きな力が「個人の手」で扱われているという事実は、親密さと危うさを同時に呼ぶ。


美月が興味津々で箱を覗き込んだ。

「ちっちゃいのに火の魔力が詰まってる」

彼女の声は、好奇心の熱を隠さない。熱が熱を呼ぶ。火を見れば、人は無意識に近づく。


加奈は少し眉をひそめた。

使い方を間違えると広場が炎の海になる――その言い方は大げさに聞こえる。けれど、竜の炎を見たばかりの勇輝には、大げさだと笑い飛ばす余裕がない。大げさに聞こえる危険ほど、実際は近い。


勇輝は小瓶を慎重に取り出した。

ガラスの中に、赤い粒のようなものが沈んでいる。沈んでいるのに、光がある。

火は上へ行くものだと思っていた。けれど火の魔力は、重さの法則の外側にも存在できる。


「まずはテストから」


安全第一、と口にしたとき、勇輝は自分がそれを「祈り」のように言っているのに気づいた。安全は手順であり、同時に願いでもある。


◆昼・庁舎屋上


屋上は風が強かった。

風が強い場所で火を扱うことの矛盾が、ひまわり市では不思議と日常に混ざってしまう。矛盾が増えるほど、町は奇妙に落ち着いていく。


小規模の試験が始まる。

小瓶を開けると、炎の粒がふわりと放たれた。

想像以上に柔らかく輝き、空中に浮かぶ。

火なのに、攻撃ではない。火なのに、脅しでもない。

ただ、そこにある。そこにありながら、周囲の空気をほんの少しだけ変える。


美月は端末で光の軌跡を記録した。

動画映え――その言葉は軽い。だが軽い言葉があるからこそ、異界の現象が人間の生活へ降りてくる。重いままでは、誰も触れない。


加奈は装置の周囲に安全バリアを展開した。

ほんの少しの魔力調整。危険を回避。

彼女の仕事は、いつも「ほんの少し」に神経を使う。ほんの少しのずれが、大きな事故になることを知っているからだ。


勇輝は炎の粒を追いかけながら、思わず口元を緩めた。

侮れない。小さくても迫力がある。

迫力、という言葉の裏に、力への敬意がある。敬意がなければ、火は必ず反撃する。


そのとき、炎の光が樹木の間に奇妙な影を映した。

影は影のまま動いた。

ぴょん、と飛び出した瞬間、影が「子ども」であることが分かった。


町の子どもたちが、忍び込んでいた。

忍び込む、という言葉が持つ罪の色は、ここでは薄い。彼らの足取りには、いたずらよりも「見たい」というまっすぐさがあった。

見たい、という欲求は危険だ。危険だからこそ、世界は美しく見える。


◆午後・広場での小さな騒動


「魔法みたい!」


子どもたちは炎の粒に手を伸ばし、歓声を上げた。

歓声は空気を震わせ、震えが炎の粒の揺れと重なる。

火は揺れに敏感だ。揺れを食べて大きくなることがある。


勇輝は駆け寄り、手を振って制止した。

危ない、と。

危ない、という言葉は短い。短いからこそ届く。

届いたのは、言葉というより、声の温度だった。


美月は笑いながらも、子どもたちに丁寧に説明した。

遊ぶのは安全に。

その言い方が、彼女らしい。禁止ではなく、条件を付ける。条件を付けることで、子どもは自分の行動を「選べる」ようになる。


加奈も子どもたちを囲み、距離を整えた。

距離は、危険を薄めるための最初の道具だ。

うまく調整すれば、炎も光も楽しめる。

調整――その言葉の中には、火を敵にしないという姿勢がある。火と折り合いをつける。火を押さえつけない。押さえつけると、火は反発する。


子どもたちは納得し、遠くから炎の光を眺めることになった。

遠くから見る、という行為は、好奇心を殺さないまま安全をつくる。

安全はいつも「禁止」だけでは成立しない。代わりの楽しみ方を渡す必要がある。


勇輝はふと空を見上げた。

火の粒が作る光の点と、空の雲の重さが対照的だった。

異界の力が日常に溶け込む。悪くない。

そう思うことで、彼の中の怖さが少しだけ薄くなる。怖さが消えるわけではない。薄くなるだけだ。薄くなるから、手が動く。


◆夕方・庁舎屋上


試験を終えるころ、夕陽が屋上を斜めに染めた。

夕陽の色は火に似ている。似ているのに、夕陽は燃えない。燃えない火の色を見ながら、勇輝は「安全な炎」という概念の輪郭を、少しだけ掴んだ気がした。


ファルクが翼を広げ、夕陽の中に立った。

町が安全に楽しめる方法が見つかったようだ、と言う。

その言葉は誉め言葉であり、同時に次の課題の提示でもある。安全な方法が見つかったなら、それを「続けられる形」にしなければならない。


勇輝は頷いた。

小さな試みでも、人が喜ぶなら意味がある。

意味がある、という言い方は実務的だが、そこにほんの少しの優しさが混ざっている。町の人が喜ぶ。それが、町の仕事の根っこだ。


美月は端末を置き、ほっと息をついた。

小瓶は町おこしに使えそう。

使えそう、という未来形が、今日を「終わった一日」から「始まる一日」へ変える。


加奈は夕陽を背に、ファルクの背を見上げた。

次は特産品も絡められそう。楽しみ。

楽しみという言葉は、また熱を呼ぶ。今度は火の熱ではなく、人の熱だ。


広場には炎の光が残っていた。

残った光は、燃え残りではない。余韻としての灯りだった。

夕暮れの町をほんのり温かく染め、誰かの帰り道の影を少しだけ柔らかくした。

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